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第三章
昔
しおりを挟むギルデウスが長旅で疲れたと言って寝てしまったので、仕方なくウィオルは一階に降りた。
まさかはるばる会いに来たアルバートとかりにも近衛騎士団の団長が来ているので、ほったらかしにして恋人のそばにいようとはしない。ただ、そうしたいのはやまやまである。
一階に降りるとアルバートとエシウスが談笑していた。
「お?もういいのか?久々の再会なんだろ?」
「寝てしまったので」
聞いた瞬間アルバートがサッと口をふさいだ。うずらのように首を縮めて二階を見上げる。
どうやらそういった反射的な習慣は治ってないらしい。
「大丈夫だと思います。一応自分の服を置いてきたので」
前に、ガラックがでかい音を出しても起きなかったことがある。後々から自分が背負っていたことで、においが間近に感じたのかもしれないと考えた。
だが、ギルデウスがウィオルのにおいで静かになることを知らないアルバートは「そ、そうか?」と不安げだった。
エシウスは特に何か反応しなかったが、やはりあの近衛騎士団全員が装備している黒い仮面をつけているせいで何を考えているのかよくわからない。
視線はこちらに向いているのはなんとなくわかる。
「食事は摂りました?まだでしたら何か準備しましょうか?」
「マジでいいのか!頼むぜ!相棒!」
「いつから相棒になったんですか……。エシウスさんも何か食べたいものはありますか?肉はさすがに少ないですけど」
「ああ、私は食べやすい流動食でお願いします」
「わかりました」
ウィオルは窓から顔を出して畑仕事しているダグラスに聞くと、ウィオルが直々に作ると知ってすぐさま手を洗ってきた。
パンと炒めた野菜、スープを出すとアルバートは周りに構わずがっついた。
「腕上がったなウィオル!」
「ウィオル様相変わらずおいしいです!もう作るたびに腕が上がっていますね!」
負けじとダグラスも賛美に続く。
エシウスの分は食べやすいように野菜を細切れにし、穀物の粉を水で薄めたものである。そのお椀を持ち上げてエシウスは立ち上がる。
「それでは私は外で食べてきますね」
顔を埋めながら食べていたアルバートがごくっと飲み込んで言った。
「ウィオルなら気にしないと思うぜ?」
「初見では驚くと思うので、やはり外で食べてきます。一緒に食べることができずに申し訳ありません」
「何か、あるんですか?」
ウィオルが訊くとエシウスはなんてことないように自分の仮面を指さした。
「実は私、昔顔に酷い火傷を負いましてね。見た目が少しアレなんです。他の人の食欲を害さないためによく人のいないところで食べているんです」
「私は気にしません」
「ほらな?言ったろ。ウィオルは気にしねぇよ」
「ウィオル様が気にしないなら俺も気にしません!というか悪魔見たことありますし!」
その悪魔がギルデウスである。まだ本人が二階にいると知らないダグラスにどう説明するのかも問題である。
「……そう、ですか。それでももう慣れちゃいましてね。そのお気持ちだけ受け取っておきます。ありがとうございます」
そう言ってエシウスは庭に出てしまった。
「悪く思うな。あいつ頑固だからな」
「口振から仲よさそうですね」
「まあ、昔フレングとつるんでいた時に会ったことあるからな。一応フレングはあの兄妹の恩人だし、俺も一応顔見知りなんだ」
ウィオルはトレッドに誘拐されて地下での出来事を思い出した。来てくれたギルデウスがトレッドに向かって「エシウスの顔を焼いたのはお前だったのか」と言ったような気がする。
「そういえば、私が誘拐された時、地下で爆発音を聞きました。モレスかと思って地上に出ましたが本人はいませんでした。でもその後手紙でフレングのクソ野郎が私の敵意がモレスに向くように仕掛けたと知りました。懇親会に参加するリストも私たちが参加するようフレング団長の計らいで、モレスとトレッドにもらしたのも計画の一環でした」
重苦しく聞いていたアルバートが思わず目をぱちぱちさせて顔を上げた。
聞き間違いか?今真面目なウィオルの口から、フレングのクソ野郎と聞いたような……。
だがウィオルはいたって普通である。淡々と知ったことを言っていく。
「さすがに怒りが湧きましたが、今思い出すともうどうでもよくなりました。モレスに協力して薬制作に加わっていた者たちや、モレスに協力した者たちがあの後、全員捕えられたと聞いたので。これはこれでよかったと思いました。怒りは消えませんが。このことは団長も知っていたんですか?」
「あー、なんというか、少しだけな?全容はさすがに教えられなかったが」
「そうでしたか。まあ、色々知れたし、ギルデウスも帰ってきてくれました。次フレング団長に会ったら一発と言わずにたくさん殴ろうと思います。それで私の怒りに一段落をつけようと思います」
「おう!そうしてやれ!」
「はい」
「ところでよ。お前この後どうするつもりなんだ?」
「この後?」
「ほら、シャスナに居続けるのは待つためなんだろ?帰ってきた今、騎士団に戻るのか?」
ウィオルは少し黙った。ちょうどいいので、ダグラスもいるこの場で自分の今後の考えを打ち明けた。そして聞いたアルバートとダグラスのあごが落ちんばかりに口を開いている。
「ということです」
「いやいやいや!ガチなのか!」
「ウィオル様!!そんな俺はどうすればいいですか!!というかあの悪魔が今ここにいるのですか!!」
「まあ、今すぐにというわけではありません。本人の意向も聞かなければいけないので」
頭にあの唯我独尊の恋人を浮かばせる。
同意してくれるかどうかもわからない。
夕方になり、空がだいぶ薄暗くなってきた。
アルバートは二階で寝泊まりする気で、すでに寝床を整えにいった。
そして、夕方後の片付けを終わらせて厨房から出たウィオルは予想外の来客に驚いた。
「よお、ウィオル。久しぶりだな」
ドアにもたれかかりながら傭兵団の頭、カシアムがそこに立っていた。行商隊の時以来である。
「なぜあなたがここに」
「帝都がめちゃくちゃになった時真っ先に離れてな。お前がいると知ったら探しに行ったんだが……」
「そうなんですか?」
頭の後ろをなでながらカシアムがため息をつく。
「ああ。それで今お前の境遇を聞いてな。どうだ。帝都に戻る気がないなら俺の傭兵団に来ないか?お前だったら歓迎する」
驚いたようにウィオルが目を丸くする。
「あ、せっかくのご好意なのに申し訳ありません」
「……断ると思った。仕方ないな。それじゃまた会おうな」
「もう行くのですか?泊まって行きませんか?」
「いや、遠慮する。断られて傷心中だしな……冗談だ。手下どもを裏門で待たせている。次に会ったら酒でもおごってやる」
「ええ。シャスナを離れるつもりなので、本当にいつになるのか分かりませんが」
「なるほどな。じゃあな、ウィオル」
「はい。お気をつけてください」
残骸混じりの村を眺めながらカシアムは頭をひとなでした。
「いい人選だと思ったけどな」
「おや、お客さんですか?」
「うおっ!」
突然薄暗闇から現れた黒い仮面にカシアムが後ろに飛び退く。
「なんだ、お前。騎士の制服?見慣れない色だな」
「怪しい者ではありません。ウィオルさんの知人です。傭兵団の方ですか?」
「そうだが」
カシアムは警戒しながらエシウスを見回した。
「そう警戒なさらないでください。村の裏門にいる人々はあなたの仲間ですか?」
「ああ」
「よかったです」
「は?」
「てっきり怪しいものだと思って打ち取るところでした」
「なんなんだお前……」
「あなたもウィオルさんの知人みたいですね。知人同士仲良くしましょう。それでは」
だが次の瞬間、行こうとしたエシウスに手を伸ばしたカシアムは黒い仮面を手にして2、3歩後ろに下がる。
パッとエシウスが手で顔を覆う。
「仮面を……返していただけませんか?」
「さっき驚かしやがった返しだ」
カシアムは仮面の目の部分に当てられた布をつついて言う。
「変な仮面だな……どっかで見たことあるな」
「帝国の近衛騎士団の仮面ですよ」
穏やかな声にカシアムが一瞬反応できなかった。
「なんだって?近衛騎士団?……まさかお前が?」
「ええ」
舌打ちしたカシアムは仮面を投げ返した。
「さっきも言ったが、お前が驚かしてくるからだ。じゃあな」
「そんなつもりはありませんでしたが……申し訳ありません」
「あと、お前は仮面つけないほうが似合ってる。綺麗な顔立ちしてるからな」
仮面をつけようとしたエシウスの手が一瞬戸惑う。見ると、カシアムはすでに背中を向けながら遠くに行ってしまった。
「そんなことを言われるのはあなたで2人目です」
寝ようと二階に戻ったウィオルは緊張していた。
久しぶりに同じベッドで眠るのだ。緊張しないほうがおかしい。
なのに全裸になったギルデウスはベッドでくつろいでいた。
全裸寝は本当にどうにかしてもらえないだろうか!わずかな理性が!
「なにやってんだ。早く来い」
「今行く!」
だが、シャツを脱ごうとした手を引っ張られてウィオルが思い切りギルデウスの体に被さった。
理性が、理性が、理性がーー
「久しぶりにやらないか?」
理性ーー
「いいのか?」
「ああ。全部好きにしろ」
「全部?本当か?」
「もちろんだ。全部、なんでもいい」
ウィオルはギルデウスに対してわずかな違和感を覚えた。
なんだ?なんだか、言葉にできないような。
「どうした?」
「あ、いや。なんでもない」
布団の中にもぐりこんで、ウィオルの手が相手の首から下へ滑る時、胸にある傷をかすめた。
数多ある傷のなかで、その位置にふと記憶を呼び起こされた。
ウィオルの動きが思わず止まり、冷や汗が流れる。
「い、痛いか?」
「1年経って痛いわけないだろ」
それでもウィオルは悔しさに唇を噛んだ。
「すまなかった」
「気にするな」
ウィオルはギルデウスの額に軽くキスをした。
「今日はやっぱりやめよう。せっかく帰って来てくれたんだ。ゆっくり休んで欲しい。それに……明日はちゃんと話したいこともある」
何も返事が返ってこず、ウィオルは不思議そうに見た。だがふいと、ギルデウスが背中を向ける。
ウィオルは頬をかいてからその背中に手を置いた。
「……その、おやすみ」
「ああ」
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