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第三章
喪失感
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—————————————
…………………
シャスナ村の爆発事件から1年が経とうとした。
帝国はシャスナ村に手厚い支援を行ったが、1年経とうとする今も復興できてない。
村人や駐屯所の騎士たちはみな他の場所へ転移させられている。
いまだにこの地を離れないのはウィオルとダグラスだけとなった。
ダグラスに関してはウィオルがいるからここに足止まりしているだけであって、喧嘩して家出した実家はどうやらそこそこ裕福でダグラスの新居もあるらしい。
それがなぜ違法賭博場を開くまでにいたったのかわからないが、刺激が欲しかったと本人は言う。
そして、ウィオルが離れない原因は一つだけである。
俺が帰るのを待てーー
その言葉だけを頼りにこの1年を過ごしてきた。
去り際に贈られた物と愛の言葉はウィオルが一生をかけても忘れられない思い出となった。
この1年で何度も、もう一度会えるならどう言葉を伝えようかと考えていた。そのたびに隣にいるはずの人がいないと再認識させられ、酷い喪失感にさいなまれる。
会いたいとその言葉だけで何度つぶやいたかもわからない。
ギルデウスの部屋に残留するにおいはとっくになくなって、ベッドも枕も布団も全部ウィオルのにおいになってしまった。
いつものようにダグラスは駐屯所一階の掃除を終え、配達員から荷物を受け取った。
ここへ送られる荷物なんて宛名はダグラスかウィオルのどっちかである。
最近ますますウィオル様の元気がない。ダグラスはそれだけが心配だった。たまに親友と名乗る態度のデカいやつも来たり、元シャスナ駐屯所の騎士から手紙を受け取るが、それを読む時だけあの方の笑顔が見れる。
「はあ……この手紙たちで少しでも笑ってくれたらなぁ」
ぼやいてから元気を出し、せめて自分が落ち込む姿を見せてはならないと、ダグラスは気合いを入れた。
二階に駆け上がり、最奥の部屋をノックする。
「ウィオル様!お手紙来てますよ!」
「わかった。すぐに行く」
足音が向かってくるのを聞き、ダグラスが二歩後ろに下がった。
ドアを開けたウィオルはシャツとズボン姿だが、その肩に羽織っている濃緑の上着は若干本人より大きい。不思議なのはボタンが全部ないことである。
「ウィオル様、どうぞ。こちらです!」
「いつも悪いな」
「いえいえ!お役に立ててよかったです!もはやお仕えすることが私の生きがいでございます!」
「はは……相変わらずだな。俺に構わずいつでも家に帰るといい」
そもそも自分自身が帰るかどうかもわからない相手を待っている。だが、ウィオルはどうしてもあの人が帰ってこないと考えにくかった。
「どうかそうおっしゃらずに!ただの下僕として置いてくださればなんでもします!」
「いや、そういう意味で言ったんじゃ……このやりとりも何回目だ」
はは、とウィオルはおかしそうに笑う。
手紙の束を受け取って部屋に戻ると一つずつ差出人を見る。サナス、フレング、エシウスなどなど、昔の同僚や元シャスナ村の騎士たちからも手紙が来てる。
一番下には差出人名が二つある封筒もある。レクターとレオンの名前だ。この2人は奇しくも同じ勤務場所へ振り当てられた。帝国東に位置するコンボルである。シュナインが偵察していた場所だった。ただ、シュナインはその後翼竜騎士団に戻って、今は二隊の隊長を勤めているらしい。前の隊長が隊の規律を乱すとしてフレングが嬉々と階級を下げたのだ。
レクターとレオンは同じ紙に書いたのか一枚目には2人の名前とその下にそれぞれが書いた内容がある。
レクターはどうやらやっとレオンの文通相手を突き止めたらしい。相手が男だったと知って残念がっている。一方のレオンはレクターに返信する形で、アホか、と書いている。
実はレオンの文通相手だという相手方は、近衛騎士団の副隊長とともにこのシャスナ村に来たことがあった。
相手の身分がこの帝国の皇太子と知った時はさすがにウィオルでも驚いた。どうやらレオンの親友と自称する皇太子アルベールは、一度極秘で遊びにくるつもりらしかった。しかし、その前に爆発事件が起きてしまってできなかったという。
手紙とは別に他にも何枚か紙が入っている。レクターは最近絵描きにハマっているらしく、練炭を盗んで描いているらしい。
ウィオルやレオンの肖像画、自画像まで送ってきていた。
今回はどうやらコンボルでできた友達の絵らしい。みんな棒人間にしか見えないが、レクターの中では全員の区別がつくみたいだった。
次の手紙はフレングのである。
ウィオルは騎士であることを辞めようとした。そうしなければずっとこの場に留まっていられない。しかし、除隊されたと思われたウィオルはフレングの計らいで翼竜騎士団に戻された。そのうえで無期の長期休暇をもらった。
いつでも戻っていいらしい。
なんだか、このわがままがどうやって通ったのか、ウィオルにはまったくわからない。この人は相変わらず何を考えているのかつかめない。
手紙には恋人のことが書かれていた。ウィル・ロイ・ジェスタと晴れて恋人になったらしい。
何!?
見間違いか?とウィオルはもう一度見る。間違いない。確かに恋人と書いてある。
あの2人、付き合ったのか……。
最初は40過ぎだと聞いてウィルが自分の領地へ帰ったらしいが、葛藤を経てから改めてフレングに気持ちを打ち明けたという。これは誠心誠意を持って返さないとダメだと思ったフレングは自分に息子がいることを教えた。
息子!!?
ふたたび見間違いか?と手紙を見返す。間違いはなかった。
あの人に息子がいたのか?結婚していた?いや、まさか。
これは誠心誠意というのか?フレングが大真面目に息子がいることを言う場面を想像したができない。
しかもその息子を昔、独り立ちさせるために山に置いてきたらしい。
ウィオルは思わず、バカだこの人、と思った。
その後はウィルに平手打ちされて帰られたらしいが、告白に感動したフレングはどうやらウィルと恋人を続けたいと言う。
いや、そもそも付き合ったのか?これ時間の流れ的に見ると1日のあいだに告白して怒ったということだよな?
あとはもうフレングの嘆きがツラツラと連なっていたので、あとで読もうととりあえずたたんだ。
そしてサナスの手紙だ。
内容は相変わらず今すぐ騎士団へ戻れと催促することだった。
お金や家やなんやらと親のように心配ごとを長くつづっている。
しかし、今元駐屯所ではわりと自給自足の生活ができているのでお金も家の心配もない。
外の馬小屋は今鶏を2匹飼っており、卵が取れる。庭には畑となった部分があるが、アルバートたちは何も植えなかったのでちょうど借りて芋類を植えた。そしてたまにシャスナ村の現状を知らない商人から食料や必需品を買っている。
幸い、浪費癖のないウィオルの懐事情はわりとよかった。
あとはダグラスの実家から届いてくる食料である。
これに関しては足りているので、ウィオルはいらないと言ったが、一緒に元駐屯所で住むようになってから交代でご飯を作った。その時にダグラスは張り切ってウィオルにいろんなものを食べてもらおうと実家から届いた食材を使う。
とにかく、生活する分には大きな障害はない。井戸の水もちゃんと取れるので水源の問題も心配なかった。
ただ、その生活に一つだけ足りないところがある。
隣にあの人がいない。
その後も手紙たちを読んでいく。そして最後に残ったのはエシウスの手紙だった。この人から手紙が届くのは珍しい。
開けるのが怖く、最後に回したのだ。
ウィオルは心の準備ができてから開けた。
内容はそんなに多くない。簡単なあいさつと大きな送り物をしたと書いてある。
大きな送り物?
届くのに数日かかるらしい。受け取らなかった場合命の保証はないとも書いてある。
何を送られたんだ?
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