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第二章
争い事
しおりを挟む現場へ向かう途中、ギルデウスは上機嫌だった。やけに足取りが軽い。目にはしっかりと布が結ばれているが、本人が嫌がらずに受け入れたことはウィオルが何よりも安心した。
レクターの言う通り、村人のほとんどが行商隊を見に行ったせいか見かけるのはちらほらである。
村の裏門に近づくとガヤガヤと騒がしい声が聞こえてくる。
ウィオルは隣のギルデウスを見上げた。なんだか嫌な予感がしてきそうな笑みをもらしている。
変なことを考えていないといいが……この人に限ってあり得ないだろうな。
不安になりながら現場に到着すると、ウィオルは思わず目を見開いた。
「テメェらそもそもその人数でケダイナに行かずこっちに来んのが怪しいんだよ!」
「貴様らの方が物を壊しただろ!弁償すんのが筋ってもんだろ!」
「ジョーダンじゃねぇよ!そんな大事なもんをこんな人混みの中で出す方がおかしいんじゃボケェ!」
「バカ言ってんじゃねぇ!西っ側の騎士って礼儀のなってねぇヤツらの集まりだなぁ、あぁ?」
「当たり屋の傭兵にゃ言われたかねぇな!」
「黙れやこのヤクザ騎士!」
現場はもはや殴り合いになりそうな雰囲気を醸し出している。
一方はアルバートを筆頭に、もう一方は傭兵らしき男を筆頭に村の者と行商隊側が言い争っていた。傭兵らしき男の隣には質のいい衣装をまとったふくよかな男がいる。アルバートの隣にはいつぞやウィオルを馬車に乗せた御者がいる。
「おもしろそうな事になっているな!」
「ギルデウス?言っておくが、何もするなよ」
「殺すなって?わかっている!」
「言ってないけど!?そんなこと言ってないよな?頼むから抑えててくれ!とりあえず俺が行く!」
ウィオルは待つように言って対立し合う双方のあいだに行こうとする。ついてくる足音を聞いて振り返ると、ギルデウスが素知らぬふりでついて来た。
ダメだーーッ。いや、わかっていたが。
「何もするなよ、いいな?」
だがギルデウスはただ笑っただけだった。
「団長!」
「テメェらはーーお?ウィオル!来てくれ!あの傭兵ヤロウにお前の帝都育ちで培った知性を見せてやれ!」
「なんだ、また助っ人か?今度は2人?はっ!いかにも真面目そうなヤツと変な目隠しヤロウが来たな」
腕を引っ張られてウィオルは一番前に立たされた。
「天才騎士が来たぞ!!」
「「ウィオル・リード!!ウィオル・リード!!」」
頼むからもうやめてくれ!!
顔を真っ赤にしてウィオルは「静かに!」と叫んだ。すると魔法がかかったように村人は静かになり、行商隊側もつられてひと言も発さない。
ウィオルはこほんと軽く咳払いをしてアルバートに向かって訊く。
「何があったのか一から説明を受けてもいいですか?」
「ああ、もちろんだ!あのデブが見えるか!」
と言ってアルバートは傭兵らしき男の隣にいるふくよかな男を指す。
「誰がデブだ!」
アルバートは男の抗議の声を無視して続ける。
「あいつがこの行商隊のカシラだ!」
「カシラとな!?わしをそんな山賊の頭みたいな呼び方をするな!わしはれっきとした商人だぞ!」
どうやらこの男が行商隊のリーダーらしい。
「俺がこいつに雇われた傭兵団のカシラだ。名前はカシアムだ」
商人の隣に立つガタイのいい男が自分を指さして言う。
「シャスナ駐屯所の騎士、ウィオル・リードです」
「ウィオル・リード……天才騎士?」
「さっきのあれは気にしなくていい!」
ウィオルは叫んでから息を整え、カシアムに向き直る。
「少しだけ話をうかがうので待ってもらえませんか」
「だったら双方から話を聞いた方がいい。じゃないと偏るだろ?」
「そうしましょう。団長」
「ああ。んじゃこっちから先に話すぞ。いいな?」
アルバートがカシアムに向かって訊くと、あちらはどうぞと手で示した。
「実はこのゴルワンさんがな、行商隊の商品を見ていた時、たまたま腕が商人の手に当たったらしい。その時に商人が持っていた貴重なものが落ちて壊れたって言って弁償を求めてくんだよ」
「俺はただ珍しい香辛料があったからそれを見ていただけで、あの人が近くに立っていたなんて知らないんだよ!」
ゴルワンと呼ばれた男は必死に説明をした。
「なるほど。それで、カシアムさん側は?」
「似たような感じだ。しかし、俺の雇い主がちょっと違うことを言ったんだよ」
商人はふんぞりかえるように腕を組んだ。
「そっちのゴルワンという男が俺の雇い主を故意にぶつけたらしい」
「デタラメだ!俺はそんなことしてない!」
「ゴルワンさん落ち着いてください」
ウィオルは激昂したゴルワンをなだめてカシアムにふたたび向き直る。
「故意にぶつけたという当時の状況を聞かせてもらってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ」
「わしが言う!商品の陳列をしていた時にその男がこっちを何回も盗み見していたんだ。だから急にポケットに入れていた宝物が気になって取り出して確認した。そしたらその男が急にぶつかってきて、宝物が地面に落ちて壊れてしまった!この宝物はな、近頃出回り始めた貴重なガラスで作られた物だぞ!お前ごときが触れていい物じゃない!」
「理不尽だろ!ぶつかってきたのはむしろお前のほうだ!」
ゴルワンが突っかかりそうになるので、ウィオルは腕でなんとか引き止める。
「ゴルワンさん、とりあえず私に任せてください。ええと、商人の方?」
「わしのことはミジェール様と呼べ!」
「はい、ミジェールさん。少しだけ本題と外れたことをお聞きしますが、なぜこの村に来ようと思ったのですか?」
「なに?」
「行商隊のような大人数はケダイナなど、宿がもっと探しやすい繁華した場所を選ぶはずです。この村は比較的栄えていますが、設備も整っていない田舎です。あなたのような者がわざわざ来るような場所ではありません。近頃は雷雨など荒れた天気もなく、道は歩きやすいはずです。なぜシャスナ村に来ようと思ったのですか?」
するとミジェールが言葉に詰まったように一瞬顔を強張らせた。
「そ、それは……最近商売で失敗してお金が流れただけだ!節約のためにこの村へ来た!何か問題があるのかね?」
ウィオルは少し違和感を持った。それを感じ取った同時に「あきた」とギルデウスの気怠い声が聞こえてきた。
瞬時にウィオルの思考が持っていかれる。
「なんだって?」
口を隠し、向こう側に聞こえられないよう小声で聞き返す。
「だから、あきた。何かやらかしたい」
何かやりたいのではなく、何かやらかしたい。
「ギルデウスお願いだから今は本当にそんな時じゃない」
「安心しろ。“俺からは”何もしない」
「どういう意味だ?」
「お前はお前のことに集中してろ」
「……わかりました」
ウィオルは口もとを隠していた手を外した。
「ミジェールさんとゴルワンさんのことはまだ調べる必要があります。少し日数をいただいてもよろしいですか?」
「日数だと?わしは急いでるんだぞ!早く賠償してくれないと!」
アルバートがこそっとウィオルにその賠償の金額を言った。
「そんなにか?」
「ああ、らしい。本当にあげたら半年は酒飲めねぇよ!」
「そんな大金一応あるんですね」
「さすがにあるわ!ほとんど支援金だけど」
「支援金か……ゴルワンさんはそんな大金持ってないですよね」
「まあな。ただの村人だし」
ウィオルは考え込んだ。お金を払えないならゴルワンの身が危ないことになるかもしれない。だが、支援金を持っていかれたらギルデウスが起こした賠償金だけでも充分頭を悩ませる。さらに日常生活の出費などを加えればあきらかに足りない。
「何見てやがんだ!」
突然の怒鳴り声にウィオルが顔を上げた。傭兵側の男がにらんできていた。
いや、俺じゃない。むしろ……。
男の視線をたどるとギルデウスが目に入ってくる。ギルデウスの周りには誰も近寄りたくないため、村人は全員端へ端へと回避しようとする。そのため必然と男が見る方向はギルデウスのみになる。
ウィオルは、何かしたのか?という視線を投げかける。ギルデウスはちらっと見返して男を見た。目隠しをしていてもわかるほど、非常に人をイラつかせる顔をしている。
「いや、別に?」
「テメェなんだその顔は!ナメてんのか!」
「別に?」
「だったらそのイラつかせる顔をやめろ!」
「何が?」
男が歯を噛み締めながら怒りに震えた。
ぷふっ、という嗤い声が聞こえた。ギルデウスである。
嗤われたことで堪忍袋の緒が切れたのか、男は目を赤くしてギルデウスに飛びかかった。カシアムが止めようとするもすでに遅かった。
ギルデウスは向かってくる男を見て鋭い犬歯を剥き出しにして笑い、次の瞬間、男は力強い拳に地面へとたたきつけられた。
男は仰向けで何が起こったのかわからない表情で呆然としたが、すぐ我に返って身を起こす。
さすが傭兵というべきか、男は格闘に関して心得があった。ギルデウスと殴り合いになっても殴り飛ばされることはなかった。
とはいえ、ギルデウスのほうは手加減している節がある。事を起こさないようという配慮からではない。ウィオルの勘が言っている。これは長く遊ぶために手加減をしているのだと。
案の定、笑っていた顔が気怠くなり、男はギルデウスの正面パンチで殴り飛ばされた。
止めようとウィオルが口を開くと、ギルデウスのほうが先にあり得ないことを口走った。
「全員かかってこい!」
その言葉にあおられて傭兵たちが表情を怒らせる。
「ギルデウス!」
ウィオルが叫んだ瞬間、カシアムがハッとしたようにギルデウスを見る。その視線がウィオルにも注がれた。
「全員落ち着け!」
カシアムが傭兵団に叫ぶと傭兵たちは殴りかかりそうな自分を抑えてギルデウスをにらんだ。
殴り飛ばされた男もなんとかよろめきながら立ち上がる。が、血走った目でギルデウスに向かって走った。それを後ろからカシアムが蹴り飛ばす。
「戻れ!」
怒鳴られると男は渋々ながらも傭兵団のなかへ戻っが、その目は依然としてにらみを効かせている。
カシアムはウィオルを見た。
「ウィオル・リードと言ったな」
「そうだが」
「言うとおり日数をやる」
「なに!?お前ーーむぅっ!」
カシアムはミジェールの口を覆った。
「だが知っての通り、俺の雇い主が急いでる。早くしろ」
「わかった」
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