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ひと夏の思い出編

115色 そして私もいなくなった

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 私が厨房に足を踏み入れると、衝撃……いや、予想通りと言うべきでしょうか、寧ろ、外れていてほしかった光景が広がっていた。 『数名の従業員が倒れていた』のだ。

「え!? どうなってるの!?」
「だ、大丈夫ですか!?」

 私の後に続いてきたトウマ君と緑風くんが驚愕しながら、倒れている従業員に駆け寄る。

「二人とも待って下さい! あまり無暗に近づかない方がいいです」
「!?」

 私は駆け寄る二人を静止した。 その理由は、倒れている人達の身体に『ツル』が絡まっていたからだ。

「室内に植物が生えているなんて不可解過ぎます。 慎重にいきましょう」
「うん、ごめん、そうだよね」

 二人は頷くと、私にいわれた通りに遠目から倒れている人達を確認する。

「これって植物? 人工のモノかな?」

 緑風くんも私と同じ疑問を持ったのか、ツルを見ながら聞いてくる。

「ツルの形状や全く劣化している形跡がないので、恐らく、『植物魔法』だと思われます」

 ツルの色合いや形を確認しながら答えるとトウマ君が続けていう。

「ってことは、誰かいるの!?」

 トウマ君は周囲を警戒する。

「いえ、遠隔操作をされているんだと思います。 そうでないと私達に何もなかったことの説明がつきませんし、それに近くに不審な気配は感じません」

 私は魔力感知は得意ではないが、気配を感じるのはそこそこできる方だ。 だから、これは間違いではないはずです。

「うん、ぼくの場合はただの勘かもしれないけど、まるうちさんのいうとおりまわりにイヤな気配は感じないよ」

 緑風くんも周囲をみながら答える。

「二人がいうなら間違いなさそうだね」

 私達の言葉を受けたトウマ君が胸を撫で降ろす。

「…………」

 私は再度、倒れている人達の観察を開始する。 その人達の倒れ方や顔色を確認するとひとつの考えが浮かんだ。 

「もしや、『魔力の枯渇』?」

 私が仮説を口にするとトウマ君が首を傾げながら聞いてきた。

「魔力の枯渇ってだけで意識って失うものだっけ?」
「体内の血液や水分と同じです。 それらが枯渇してると人間は生命の危機に立たされるのは分かりますよね?」

 彼の疑問に顎に手を当てながら答え、説明を続ける。

「かなりグロテスクな例えになりますが、カラダから血液や水分が一気に溢れ出たとします。 そしたら、ショック症状で気絶、または死にいたってしまうんです。 それが、今回の場合は恐らく『魔力を一気に吸われてしまった為』気絶しているものと思います」

 周囲を再度観察しながら、トウマ君達に目を向けると、私はひとつ可笑しなことに気が付いた。

「『お嬢様は何処ですか?』」
「!?」

 私の言葉を受けた二人も異変に気付いたのか、慌てて周りを確認する。

「あれ? さっき後ろにいたはずだけど? そういえば、厨房に入ってきてたっけ?」
「!?」

 トウマ君は首を傾げながら厨房の入口を確認するが、緑風くんは顔色が変わり慌てて厨房を出ていく。

「きのせさん!!」

 私達も緑風くんに続き厨房を出ていくと、彼は慌てた様子で彼女の事を呼びながら探すが、彼女の姿がなかった。 店内を出て周囲を素早く見回してもう一度彼女を呼ぶ。

「きのせさん!! きのせさーん!!!」

 緑風くんはかなり慌てた様子で必死に彼女のことを何度も呼ぶ。

「どうしたの!? クウくん!」
「!?」

 緑風くんの声に寄ってきたのか近くのお店の角から黄緑色のショートヘア女性が驚いた様子で姿を見せ走ってきた。

「はーちゃん!」
「抹消さん」
「ハヅキね」

 私にツッコミながらも、抹消さんは緑風くんに駆け寄った。

「クウくんどうしたの? そんなに慌てて」
「はーちゃん! 大変だよ! きのせさんが!」
「え? フウちゃん?」

 緑風くんは慌てて抹消さんにいうが、彼女は首を傾げながら不思議そうに返す。

「フウちゃんなら、ついさっき『見かけた』よ」
「え!?」

 彼女の衝撃な言葉に私とトウマ君も驚く。

「何処でですか?」

 私が真剣な声で聞くと、状況を理解できていない抹消さんは不思議そうにするが答えてくれる。

「えっと、わたしがそこの歩道を歩いてたから、ちょっと離れてすれ違ったんだけど、砂浜のところを『ひとりで歩いてた』よ」

 抹消さんは先程自身が歩いてきた道を指さす。

「あ、でも、なんかちょっと様子がヘンだった気がするな」
「ヘンとは?」
 
 私が聞き返すと思い出す様に答える。

「少し遠かったからわたしに気付いてないだけかと思ったけど、こっちの声が聞こえてないような感じだったね。 それになんか『虚ろな眼』をしてた気がするな」
「………………」

 彼女の言葉を受け、私は顎に手を当て思考を巡らせる。

「……かなりマズイ状況かもしれません」
「え? どういうこと?」

 私はこれまでの経緯を彼女に説明した。

「それって、かなりヤバイじゃん!」

 状況を理解した抹消さんは顔が強張りながらいう。

「まあ、さきにクウくんとこのお店にきていたのはあれだけど……」

 独り言? をぼそりとそういうと抹消さんは話を切り替える。

「とにかく、フウちゃんを追いかけないと!」
「いえ、待ってください」

 お嬢様を追いかけようとする抹消さんを私は静止する。

「今追いかけても、もうすでに見失ってしまっているので、無暗に動くのは得策ではありません」
「じゃあ、どうするの?」
「まずは、他のみんなに情報共有をするのが先です」

 私は先にすべき行動を伝えていく。

「緑風くんと抹消さんはホテルに戻って他のみんなに情報の説明をしてください」
「マルちゃんと荒谷くんは?」
「私とトウマくんはもう一度厨房を調べてから『直ぐに』合流します」

 私はトウマくんに眼を向けるとトウマくんは静かに頷く。

「出来るだけひとりの行動は避けてください。 最低でも二人以上での行動をお願いします」
「うん、ふたりも気を付けてね。 行こう! クウくん!」
「うん!」

 二人はホテルの方向に走っていく、その背中を見送った私とトウマくんは店内に入り厨房に向かう。

「……さすがにこのままという訳にはいきませんね」

 厨房に入り再度周りを確認して、倒れている人達に目を向ける。

「あまり安易に触れない方がいいでしょうが、命に関わったら大変です。 このツルを切り離しましょう」
「うん、そうだね」

 私は近くの魔法卵を二つ手に取ると、それをハサミに変える、只のハサミではなく園芸用のハサミだ。

「トウマくん、これを、くれぐれもツルには触れずに」
「わかった」

 私は刃の方を持ちハサミの持ち手の方をトウマ君に向け渡す。 トウマくんは頷き受け取ると、私達は慎重にツルを切っていく。

「……やはり、自然に生えてきたモノではないみたいですね」

 ツルに触れないように厨房にあったトングでツルを掴み断面を確認すると、とても綺麗な緑色をしていた。 外面にも目を通すが、何処にも虫に食われたり劣化している様子は見当たらなかった。

(植物を自在に成長させる……しかも『遠隔』で。 そんな高度なことが普通できるのでしょうか?)

 私は一度、ツルを放しトングとハサミを床に置き、左手を口に当て深く思考する。

(リュイ先輩レベルの魔術の達人なら可能かもしれませんが、そんな、天才が普通ぽんぽんといる訳ではないですからね……)

 ………………。

(……いえ、『普通』という言葉で納得してはいけませんね。 実際、起きているんですから) 

 
 カランッ!

(!?)

 突然、私の思考を遮るように背後から金属が地面に落ちる音がした。 私は反射的に振り返ると、トウマくんが突っ立っていてその足元にハサミが落ちていた。

「……どうしました? トウマくん?」

 私は彼の不審な動きに警戒しながら声を掛けるが、返事が返ってこなかった。

「…………」

 背筋にゾクリとした感覚が走るが、私は少しずつ大きくなる鼓動を抑えながらトウマくんの顔を覗き込む。

『トウマくんの眼からヒカリが消え虚空を見つめていた』

「!?」

 私の全身に悪寒が走り、反射的に彼の肩を揺すり必死に呼びかける。
 
「トウマくん!! どうしたんですか!? しっかりしてください!」
「…………」

 幾ら呼びかけようともトウマくんはびくりともせず、只々私の声が響いた。

(……取り敢えず落ち着きましょう……まずは、他のみんなに伝えないと)

 一度トウマくんから手を離し冷静になる。 恐らく、このまま一人でいる方がまずいかもしれない。 だから、早くここから離れてみんなの所にいかなければ……

(~~~~♪)

「!?」

 厨房から出ようとした私の頭の中に突然『ナニかが聴こえてきた』。

(まさか、これって……!)

(~~~~♪~~~~♪)

 私の中で一つの結論に辿り着く前に頭が痺れてカラダが動かなくなる感覚に襲われる。

(……判断が……遅れま……した……)

 私の思考が完全に途切れ視界がテレビの電源を切るように途切れた。
 
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