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第六章 結

第53話 結3

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 三人は通された部屋に自分たちの作品を並べるよう指示された。船戸様が来る前に三人でそれぞれの作品を眺めて意見交換をする事になったが、悠介はなかなか自分の絵を出すことができずにいた。
「さすが紅秋斎先生、いつもながら構図が目を引きますね」
「鉄宗さんの動物や鳥の柔らかい質感はどうやっても真似できませんな」
 二人は何度も顔を合わせてはこんな話をしているようだ。悠介は場違いなところに来てしまったような気まずさを覚えた。
「悠介さんのも見せて貰えませんか」
 鉄宗がさりげなく悠介を誘う。この男は痩せていて見た目は神経質そうだが、なかなか細やかな気配りのできる男らしい。
「お二人の前に出すのはちょっと気が引けますが、遺言ということで許していただきましょう」
 悠介は恐る恐る、自分の描いた絵を並べた。お内儀には堂々と出しなさいと言われていたし、佐倉にも御隠居様にも悠一郎になったつもりで行って来いと言われていたが、いざとなるとやはり腰が引ける。なんといっても相手は大御所なのだ。
 二人は悠介の絵を見ても何も言わなかった。顔色も変えなかった。よほど二人の絵師の目には酷く映ったのだろうか。
 何か反応して欲しい、なんでもいいから……そう思っていると、船戸様が入って来た。三人はすぐにひれ伏した。
「良い良い、そんなに畏まる必要はない。面を上げよ」
 悠介は二人が面を上げるのを待ってから、ゆっくり上体を起こした。
 船戸様は初めて見るが、三十代になったばかりくらいの細身の男だった。
「紅秋斎、鉄宗、よく来てくれた」
 船戸様はそこで悠介に視線を移した。
「そなたが悠一郎の代理か」
「はい、悠介と申します」
「普段は何をしておる。まさかずっと絵を描いているわけではなかろう」
「普段は柏原の佐倉様のお屋敷で下男をしております」
 船戸様は視線を宙に漂わせ、ちょっと悩んで「ああ」と思い出したように言った。
「柏原の大名主じゃな」
 それから彼は「では三人とも弟子はいないのか」だの「手伝いはどうするかの」だの一人でブツブツ言っていたが、「よし、では絵を見ようかの」と言い出した。
 そのとき「畏れながら」と鉄宗が割り込んだ。
「なんじゃ、申してみよ」
「畏れながら、私は辞退させていただきたいと」
「儂もそう思うておったところじゃ」
 紅秋斎と鉄宗が辞退?
「なぜじゃ」
「ご覧ください、悠介が描いたこの絵。絵筆を握って数カ月、まだまだ粗削りながらも、この唐紙全体を一つの風景としているこの構図が、まるで完成された庭を見ているようです」
 更に鉄宗が横から補足する。
「しかも縁起の良い実がたくさん生っている。吉祥の象徴である桃、子宝に恵まれる柘榴ざくろ、不老不死の実と言われる無花果いちじく、富と繁栄を表す南天、長寿の象徴として有名な万年青おもと。私はこの絵を前に自分の絵を出しておくのが恥ずかしくなって参りました」
 悠介には構図のことはさっぱりわからない。ただ単に、自分の描きたいものを描きたいところに描いただけなのだ。これは天性の才能なのかもしれない。
 二人の絵師の推薦に加え、船戸様本人も気に入ったとあって、あっさり唐紙の絵は悠介のものに決まった。
 一番驚いたのは悠介だ。唐紙に絵なんか描いたことない。こうして下絵のように小さな絵ならたくさん描いたが、大きな絵をどうやって描いたらいいのかわからない。その上、手伝ってくれる人もいない。ただ悠一郎に言われたから描いて持って来ただけだ。絵を描いている間、佐倉の家の家事をする人間もいなくなる。
 慌てた悠介がオロオロしながらそうやって伝えると、紅秋斎と鉄宗が悠介の手伝いをしながら絵の描き方などを伝授すると約束してくれた。佐倉の家の仕事は船戸様が女中を二人派遣してくれると言った。何から何まで至れり尽くせりである。
 こんなありがたい話があるだろうか。もう断る要素がどこにもない。悠介は観念して唐紙の仕事を引き受けた。紅秋斎は家から通えるので、鉄宗と悠介の部屋を船戸様の屋敷に準備して貰えることにもなった。
 悠介はこれをどうやって佐倉様や奈津に報告したらいいのか途方に暮れた。
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