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第二章 御奉公
第10話 佐倉様3
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蝉が盛んに鳴き始めるころには、要領のいい悠介は大抵の家事を一人でこなすようになっていた。
「すまんな、なかなか女中が見つからなくて不便を強いてしまっている。ちゃんと睡眠はとれているか」
「問題ありませんよ。このままあたし一人で十分回していけます。旦那様、女中を雇って無駄に散財することはありません。柏原の人達のためになることに使ってください」
けろりと言い放つ悠介に、佐倉は首を傾げた。
「今までいた女中はそれはそれは働き者で要領も良かった。しかもそこそこ年季の入った婆さんだったから何をするにも合理的で速かった。でもお前はまだ若い。むしろ子供だ。一体どうやっているのだ」
取り込んだばかりの洗濯物を畳みながら、悠介は「簡単でございますよ」と笑った。
「やることが分からないうちは忙しいんです。でも、やるべきことが全部わかれば、それらに順序をつけるだけです。毎日やること、三日おきにやること、たまにやること、この三種類が決まればどうにでもなります」
佐倉は興味を持ったようだ。
「ほう。例えば?」
「そうですね……」
悠介は少し視線を外して首をチョイと傾げた。その様子が九つの男の子にしては妙に色気があり、彼が遊郭の出であることを佐倉に強制的に思い出させた。
「お食事は一日三回作らなければなりません、これが最優先です。その合間に毎日使う部屋や廊下の掃除をします。あとの空いた時間を三日ごとにやる仕事に回します」
「ほう、それは面白い」
話しながらも洗濯物を畳んでいる悠介の手は休むことがない。
「滅多に使わない部屋は毎日掃除する必要がありません。それに買い物も三日に一度まとめて買って来ればいい。お庭の草むしりも三日に一度やればそんなに生えて来ません」
「草むしりまでやっているのか」
「はい、造作もないことですから。お洗濯とお布団干しはお天道様と相談しながらです。離れの縁側は陽が当たるので、座布団が干せて便利ですよ。御隠居様のお布団も湿っていけないのでよく干しますね」
佐倉は仰天して身を乗り出した。あの何を言っても動かない父を動かして布団を干しているだと? しかもよく干すということはすでに何度も干しているということか。
「父の布団を? 動いてくれないのではないか?」
「それはやり方次第ですよ」
「どんな手妻を使ったのだ?」
悠介はくすくすと笑うと洗濯物をまとめて積んだ。
「将棋のお相手をしていただくんです。座布団に座っていただいてその間に干しちまうんですよ。大旦那様もよくわかっていらして、陽の出ている日に限ってあたしを将棋に誘ってくださいます」
病を患ってからというもの、話し相手をするのも面倒になるほど偏屈になっていたあの父が。佐倉はにわかに信じられなかった。
この悠介という少年は父を上手く使って動かしている。父もわかっていて上手に悠介を誘導している。案外この二人は気が合うのかもしれない。奈津の話では、父は悠介に意地の悪いことばかり言っているようだが、悠介の方がニコニコと受け流しているらしい。まだ九つの子供だ、大人に意地の悪いことを言われればしぼんでしまうかもしれないものを。
「なるほど、お前を見ているととても勉強になる」
「とんでもございません、あたしはただの下男ですよ。あ、そうそう、旦那様」
「どうした?」
悠介は仕事の手を止めて佐倉の方に向き直った。
「あたしはこの家に来て新しい人間に生まれ変わりました。旦那様のお陰でございます」
「なんだ藪から棒に」
「いえ、一度きちんとお礼を言いたかったものですから」
佐倉は笑って頷いた。
「これからもよろしく頼むぞ、悠介」
「すまんな、なかなか女中が見つからなくて不便を強いてしまっている。ちゃんと睡眠はとれているか」
「問題ありませんよ。このままあたし一人で十分回していけます。旦那様、女中を雇って無駄に散財することはありません。柏原の人達のためになることに使ってください」
けろりと言い放つ悠介に、佐倉は首を傾げた。
「今までいた女中はそれはそれは働き者で要領も良かった。しかもそこそこ年季の入った婆さんだったから何をするにも合理的で速かった。でもお前はまだ若い。むしろ子供だ。一体どうやっているのだ」
取り込んだばかりの洗濯物を畳みながら、悠介は「簡単でございますよ」と笑った。
「やることが分からないうちは忙しいんです。でも、やるべきことが全部わかれば、それらに順序をつけるだけです。毎日やること、三日おきにやること、たまにやること、この三種類が決まればどうにでもなります」
佐倉は興味を持ったようだ。
「ほう。例えば?」
「そうですね……」
悠介は少し視線を外して首をチョイと傾げた。その様子が九つの男の子にしては妙に色気があり、彼が遊郭の出であることを佐倉に強制的に思い出させた。
「お食事は一日三回作らなければなりません、これが最優先です。その合間に毎日使う部屋や廊下の掃除をします。あとの空いた時間を三日ごとにやる仕事に回します」
「ほう、それは面白い」
話しながらも洗濯物を畳んでいる悠介の手は休むことがない。
「滅多に使わない部屋は毎日掃除する必要がありません。それに買い物も三日に一度まとめて買って来ればいい。お庭の草むしりも三日に一度やればそんなに生えて来ません」
「草むしりまでやっているのか」
「はい、造作もないことですから。お洗濯とお布団干しはお天道様と相談しながらです。離れの縁側は陽が当たるので、座布団が干せて便利ですよ。御隠居様のお布団も湿っていけないのでよく干しますね」
佐倉は仰天して身を乗り出した。あの何を言っても動かない父を動かして布団を干しているだと? しかもよく干すということはすでに何度も干しているということか。
「父の布団を? 動いてくれないのではないか?」
「それはやり方次第ですよ」
「どんな手妻を使ったのだ?」
悠介はくすくすと笑うと洗濯物をまとめて積んだ。
「将棋のお相手をしていただくんです。座布団に座っていただいてその間に干しちまうんですよ。大旦那様もよくわかっていらして、陽の出ている日に限ってあたしを将棋に誘ってくださいます」
病を患ってからというもの、話し相手をするのも面倒になるほど偏屈になっていたあの父が。佐倉はにわかに信じられなかった。
この悠介という少年は父を上手く使って動かしている。父もわかっていて上手に悠介を誘導している。案外この二人は気が合うのかもしれない。奈津の話では、父は悠介に意地の悪いことばかり言っているようだが、悠介の方がニコニコと受け流しているらしい。まだ九つの子供だ、大人に意地の悪いことを言われればしぼんでしまうかもしれないものを。
「なるほど、お前を見ているととても勉強になる」
「とんでもございません、あたしはただの下男ですよ。あ、そうそう、旦那様」
「どうした?」
悠介は仕事の手を止めて佐倉の方に向き直った。
「あたしはこの家に来て新しい人間に生まれ変わりました。旦那様のお陰でございます」
「なんだ藪から棒に」
「いえ、一度きちんとお礼を言いたかったものですから」
佐倉は笑って頷いた。
「これからもよろしく頼むぞ、悠介」
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