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4章 ダンジョンアポカリプス

102話【罪の在り処】

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 場には、暴力による支配する側と、される側の空気が漂っている。
 僕の最も苦手とする、ヒリついた場面に胸がざわつく。

「いいよ。俺の能力ごとあんたらに供与してもいい。だけどひとつだけ。多聞のことだけは絶対に喋らない。それが嫌なら、四肢でも何でも好きにしろ」

「意外ですね。自分の四肢より、裏切った彼の方が大事ですか」

「裏切り? そっちの理屈だそんなのは。あいつはあいつ、俺は俺。利害が一致しなければ陣営が別になることなんて珍しくはない。別にあいつが大事なわけじゃない。あんたらは、俺を殺せない。だけどあいつらは俺を殺せる。要望は一貫してるはずだ。俺は死にたくない、それだけだ」

「だったらあっちについた方が、少なくとも殺されかけることはなかったじゃないのか?」
 武藤さんの問いに、床に座りなおした伏見さんは新しく煙草を取り出して火をつけて笑った。

星格オルビス・テッラエ、この世界の最も神に近いものを使役している相手と敵対するなんて、ありえんだろう。敵となれば、君たちは俺を殺せずとも、君たちの下位組織の連中が俺を見逃すとは限らない。例え自身や世界に不利益があろうとも、理性より感情を優先させる人間は多いんだ。君たちは自分たちが異常者だと早く気付いた方がいい。大概の人間てのは、感情優位だ。じゃなきゃ俺は今まで生きてこられてなかっただろうよ」

「貴方は何故、犯罪を繰り返したんですか。貴方の話術や、頭脳があれば、犯罪なんてしなくても生きていけた。なのに、何故」

「では俺も訊くが、真瀬少年、君が最も幸せを感じる瞬間は?」
「……作った食事を喜んで食べて貰えること」

「それと同じさ。俺は他人を落としいれた時に、幸福を、満たされるという感覚を味わう。好きなことをやっていただけ。それがあんたらの常識や法で悪事に数えられるだけだ。何も変わらない」

他人に感動を与えること・・・・・・・・・・・。確かに、感情を動かすことに変わりはないな」

 武藤さんが淡々と言う。

「根本の魂の性質が違う。魂が喜びを感じる部位が違う、そう言いたいわけだ。けどな、俺はこうも思う。世界のルール、善と悪。それが理解できないわけじゃなく、他者の不利益を啜る喜びに偏った、思想。星格オルビス・テッラエの敷いたルールが悪意や善意に対してではなく、その行い・・に対してカルマ値を算出する理由がよくわかった」

 武藤さんは、伏見さんの落とした煙草を拾い上げて、握りつぶす。
 煙草には、まだ火がついていた。火傷をしていないだろうか。

「悪を悪として理解しながら行うことが、最も罪深い。悪意を抑えず、己の快楽のために、他人を世界を蝕むことができるものを悪として裁く対象に置いた。なあ坊主、お前食事を他人に振舞うことが、他人を確実に害を及ぼし、不幸にすることだという前提があったら、お前は他人が喜ぶとしてそれを行うか?」

「無理です。できません」

 例えばそういうスキル。僕の作ったごはんを食べた人が不幸になったり、ひどい目に合うのであれば、それを自覚したらそれはもうできない。
 人を喜ばせるとしても。それが他人の人生を蝕んでしまうことなら、僕には、できないし、やらない。

「地獄への道は善意で舗装され、地獄は善意で満ちているが、天国は善行で満ちている。善意、悪意、思想。それは裁かれる対象ではなく、行ったことが裁定される。大事なのは行い・・・・・・・である。ということだ。お前はその快楽を夢想するだけで、あるいは創作に落とし込むことで発散していられれば、罪科を得ることはなかった。何も変わらなくなんて、ないんだよ。お前の魂を、生まれを、お前は選べなかった。けれどお前はお前の人生を選べた。選んだ行動が悪行なら、罪はお前にあるのさ」

 武藤さんの開いた手のひらに、吸殻はなく、手のひらに火傷や汚れもなかった。
 よかった。思わずほっとする。

「俺はお前が創作家になっていれば、と思うぜ。犯罪者目線の、リビドー全開のクライムサスペンス。人間の感情を食い物にするのであれば、それ以上の方法はない。誰一人不幸にせず、お前は世界に肯定されただろうよ」

「悪くない説法だな。僧侶にでもなったらどうだ」
 鼻を鳴らして、伏見さんは紫煙を吐いて言った。

「どうあれ、俺の行いはもう過ぎたことで取り返しなんてものはつかない。今更説教をくれられても、俺の過去は変わらない。今のアンタがガキの俺にそれを説いてればそうなっていたかもしれないが、残酷なことに、そんなことを言う大人なんざ俺の人生に存在しなかった。俺は俺の悪意のままに生きる道を自分で選び取った」

 短くなった煙草を、伏見さんもまた握り潰して、手を開く。欠けた指を、見せつけるように。

「悪いが、そこに後悔は、欠片もない」

 そういって、スーツの内ポケットから一冊の手帳を取り出して、原国さんへと投げる。

「それにアカシックレコードおれのスキルで得た知識の全てを書いてある。アカシックレコードについてもだ。俺ごと好きに使えばいいが、それをやってる時間はあるかどうか。告解スキルのことを知ったら、あいつらが何をするかわかるだろう?」

「脅威の排除、ですね」

「当然そうする。俺でもそうするだろう。護るものが多いっていうのは、それだけ弱点が多いってことでもある。護られる人間が、あんたらのような異常者ばかりとはかぎらんだろう。有坂ちゃんのように感情と理屈を切り分けて力を行使できる人間は少ない。力を行使できないか、力に溺れて悪行に堕ちる者がいれば、戦力が減る。あいつらが何をどうするかは知らないが、結構な地獄を作るだろうな。例えば血の紋を持つやつらを引き入れて、半端な統治を行い、危機感を煽る。危機を煽られた人間は、感情優位の滅茶苦茶をする。あるいはダンジョンの利権まわりで立ち回るかもな」

「襲撃が起きた。昨日行った病院だ。どうする?」
 星格オルビス・テッラエが、僕たちに告げる。

「襲撃者の数は?」

「21人。全員血の紋を持っている。異星の神も徳川多聞もいない。警備が対抗しているが、相手はPKで力を増してる。告解なしで護りきるのは難しそうだ」
「では通達を。病院内の告解スキルを持つ人へ、その力の行使の許可をして下さい。襲撃者に遠慮は不要と」

「向こうの僕が通達をした。伏見宗旦、残念だけど君たちの企みは、成就しない」
 星格オルビス・テッラエが淡々と口にする。

「中立、という立場で僕たちから情報を引き出しながらかき回そう、という魂胆だろう?」

「俺があいつらと手を組んでいる、と?」
「君にその性質を与えたのは僕だ。わかるさ。君は徳川多聞を裏切れない。例え死んでも」

「――これまでの周回で、あなたが彼を見捨てたり裏切ったことはなかった。この手帳の中身にも罠がありますね」
 引き継ぐように、原国さんが言い、伏見さんに手帳を投げて返す。

「だったら俺をどうする? 俺を殺せない、理性的なあんたたちは、一体どんな地獄を俺に与える?」
 受け取った手帳の中身を、パラパラとめくってから彼はそれを懐へとしまった。

「喉を潰します。喋れなくすれば、あなたの力は半減するから」

 有坂さんの言葉に、伏見さんが笑う。

「だとよ。だから言ったんだ、善人でも単純に甘い連中じゃねえって」

 その言葉と共に、異星の神と徳川さんが転移、一瞬のうちに伏見さんを連れ去った。
 原国さんが会話をパーティー秘匿会話に切り替える。


「彼らは我々の側についた。これから、その説明をします」


 淡々と、僕たちにそう、告げた。
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