54 / 137
2章 アポカリプスサウンド
50話【彼女が欲したもの】
しおりを挟む
「どうだ? これもあってるか?」
武藤さんの問いに、彼女は一瞬目を見開いてから、拍手をして笑った。
「すごいすごい、ムトーくん正解。へえ、こんな人たちもいるんだね。素敵だな。ねえ、私も仲間に入れてくれないかな?」
彼女は楽しそうに笑っている。
「俺の上司に訊いてやるが、上に連れがいる。アンタのスキルで殺されちゃたまらんから、アンタのスキルを封じさせて貰うこと、それとスマホのステータスを見せることが絶対条件だ。それを呑むなら」
「わかった。いいよ」
あまりにあっさりというと、彼女はスマホを武藤さんに投げて寄越す。
なんだか、急に雰囲気が変わった。
今の彼女に恐ろしさはなく、普通の女の人に見えた。
「……何で名前が無いんだ?」
名前が気配察知でわからなかったのは彼女のスキルの効果ではないんだろうか。
「私には戸籍が無いからじゃないかな。最初からその表示だよ」
さらりと何でもないことのように彼女は言う。
「戸籍が、ない……?」
「そう、親が出生届を提出しなかった。だから私はね、透明人間みたいなものだね。社会的には人間としてカウントがされてないんだ」
彼女の言葉に、唖然とする。出生届を出されず、戸籍が無い。それは、あまりに過酷なことだったのではないか。彼女が生きてきた人生を僕は上手く想像出来ない。
あたりまえのことなんて、なにもないのよ。そういった母の言葉が脳裏に浮かぶ。
当然だと思えば、相手を侮ることになる。何かをしてくれて当たり前、なんてことはなく。
当然の権利、なんてものも、ない。
ただそれがあるように思えるように、自分の周囲の人たちや過去、権利獲得のために戦った誰かが、この世界が少しでもよくなるように積み上げて来たものがあるのだと僕は学んできた。
当たり前なんて、ない。
だけど僕は、想像もしなかった。
名前も、戸籍も、持たない人も、いる。
数多の誰かが積み上げて、作り上げた人間としての存在証明の1つ。殆ど全ての日本で生まれた人が、持っていて当然とする、権利も義務も得られない。皆が当然のようにして持つものを持たない。持たされず、大きく欠けたまま生きなければならない。
それは、一体どんな人生なんだろうか。
「坊主、大丈夫だ。やってくれ」
武藤さんが彼女のステータス、スキルを確認して言う。
頷いて、彼女に向かい歩き出した武藤さんの後を追う。スキル効果の範囲に入って、僕はスキル封印を使った。
彼女が許可をした。武藤さんが大丈夫だと言った。それを僕は信じる。
彼女は僕たちを恐ろしいやり方で試した。僕たちが知らないほどの、強い警戒心が彼女にそうさせたのか、それともそれは彼女の復讐なのかわからない。
スキル封印は、僕が死ぬことも、弾かれることもなく、通った。
「それで、無力になった私を殺すのかな? ムトーくん」
彼女は武藤さんの顔を見上げて、微笑む。
「できりゃそうしたいね。アンタが選べなかった、他人が作った酷い境遇に同情はする。だが、自分が弱い被害者だからと言って、他人を殺していいなんて道理もねえからな」
武藤さんは、言いながら、彼女にスマホを返す。
「なんて呼べばいい。なんて呼ばれたいんだアンタは」
普段使っている名前を武藤さんは訊かなかった。
自分の呼ばれたい名を言うように促している。
彼女は、静かに武藤さんを見つめる。
近くで見れば、平均よりは背の小さな、綺麗なお姉さんだった。年齢は武藤さんと同じくらいだろうか。
もう最初に見た時の禍々しさを感じない。それが全て抜けて、虚のように静かだ。
ああ、この空虚な諦めは。
夢現ダンジョンで見た、自害した男の目によく似ている。
「親も殺したんだろ、そのスキルで。欲しい答えは得られたか?」
彼女は「やっぱり、なんか看破スキルあるんじゃないの?」と笑った。
今まで見たどんな笑みより、空虚で、寂しい人のする悲しい笑い方だった。
彼女は自分の境遇ゆえに、問うて来たのだろうか。
自分が何故、こういう状態なのか。何故。何故みんなと違うのか。どうして与えられるべき物が、与えられないのかと。
「あのひとたちはね、私に命以外はなーんにもくれなかったし、奪われてばっかりだったし、嘘ばっかりだったよ。だから私はここで、待っていたんだよ」
たくさんの質問をして、たくさんの人を殺して。
彼女が欲しかったものは。
「私を殺してくれる、優しい正直者を」
武藤さんの問いに、彼女は一瞬目を見開いてから、拍手をして笑った。
「すごいすごい、ムトーくん正解。へえ、こんな人たちもいるんだね。素敵だな。ねえ、私も仲間に入れてくれないかな?」
彼女は楽しそうに笑っている。
「俺の上司に訊いてやるが、上に連れがいる。アンタのスキルで殺されちゃたまらんから、アンタのスキルを封じさせて貰うこと、それとスマホのステータスを見せることが絶対条件だ。それを呑むなら」
「わかった。いいよ」
あまりにあっさりというと、彼女はスマホを武藤さんに投げて寄越す。
なんだか、急に雰囲気が変わった。
今の彼女に恐ろしさはなく、普通の女の人に見えた。
「……何で名前が無いんだ?」
名前が気配察知でわからなかったのは彼女のスキルの効果ではないんだろうか。
「私には戸籍が無いからじゃないかな。最初からその表示だよ」
さらりと何でもないことのように彼女は言う。
「戸籍が、ない……?」
「そう、親が出生届を提出しなかった。だから私はね、透明人間みたいなものだね。社会的には人間としてカウントがされてないんだ」
彼女の言葉に、唖然とする。出生届を出されず、戸籍が無い。それは、あまりに過酷なことだったのではないか。彼女が生きてきた人生を僕は上手く想像出来ない。
あたりまえのことなんて、なにもないのよ。そういった母の言葉が脳裏に浮かぶ。
当然だと思えば、相手を侮ることになる。何かをしてくれて当たり前、なんてことはなく。
当然の権利、なんてものも、ない。
ただそれがあるように思えるように、自分の周囲の人たちや過去、権利獲得のために戦った誰かが、この世界が少しでもよくなるように積み上げて来たものがあるのだと僕は学んできた。
当たり前なんて、ない。
だけど僕は、想像もしなかった。
名前も、戸籍も、持たない人も、いる。
数多の誰かが積み上げて、作り上げた人間としての存在証明の1つ。殆ど全ての日本で生まれた人が、持っていて当然とする、権利も義務も得られない。皆が当然のようにして持つものを持たない。持たされず、大きく欠けたまま生きなければならない。
それは、一体どんな人生なんだろうか。
「坊主、大丈夫だ。やってくれ」
武藤さんが彼女のステータス、スキルを確認して言う。
頷いて、彼女に向かい歩き出した武藤さんの後を追う。スキル効果の範囲に入って、僕はスキル封印を使った。
彼女が許可をした。武藤さんが大丈夫だと言った。それを僕は信じる。
彼女は僕たちを恐ろしいやり方で試した。僕たちが知らないほどの、強い警戒心が彼女にそうさせたのか、それともそれは彼女の復讐なのかわからない。
スキル封印は、僕が死ぬことも、弾かれることもなく、通った。
「それで、無力になった私を殺すのかな? ムトーくん」
彼女は武藤さんの顔を見上げて、微笑む。
「できりゃそうしたいね。アンタが選べなかった、他人が作った酷い境遇に同情はする。だが、自分が弱い被害者だからと言って、他人を殺していいなんて道理もねえからな」
武藤さんは、言いながら、彼女にスマホを返す。
「なんて呼べばいい。なんて呼ばれたいんだアンタは」
普段使っている名前を武藤さんは訊かなかった。
自分の呼ばれたい名を言うように促している。
彼女は、静かに武藤さんを見つめる。
近くで見れば、平均よりは背の小さな、綺麗なお姉さんだった。年齢は武藤さんと同じくらいだろうか。
もう最初に見た時の禍々しさを感じない。それが全て抜けて、虚のように静かだ。
ああ、この空虚な諦めは。
夢現ダンジョンで見た、自害した男の目によく似ている。
「親も殺したんだろ、そのスキルで。欲しい答えは得られたか?」
彼女は「やっぱり、なんか看破スキルあるんじゃないの?」と笑った。
今まで見たどんな笑みより、空虚で、寂しい人のする悲しい笑い方だった。
彼女は自分の境遇ゆえに、問うて来たのだろうか。
自分が何故、こういう状態なのか。何故。何故みんなと違うのか。どうして与えられるべき物が、与えられないのかと。
「あのひとたちはね、私に命以外はなーんにもくれなかったし、奪われてばっかりだったし、嘘ばっかりだったよ。だから私はここで、待っていたんだよ」
たくさんの質問をして、たくさんの人を殺して。
彼女が欲しかったものは。
「私を殺してくれる、優しい正直者を」
11
お気に入りに追加
149
あなたにおすすめの小説
引きこもり転生エルフ、仕方なく旅に出る
Greis
ファンタジー
旧題:引きこもり転生エルフ、強制的に旅に出される
・2021/10/29 第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞 こちらの賞をアルファポリス様から頂く事が出来ました。
実家暮らし、25歳のぽっちゃり会社員の俺は、日ごろの不摂生がたたり、読書中に死亡。転生先は、剣と魔法の世界の一種族、エルフだ。一分一秒も無駄にできない前世に比べると、だいぶのんびりしている今世の生活の方が、自分に合っていた。次第に、兄や姉、友人などが、見分のために外に出ていくのを見送る俺を、心配しだす両親や師匠たち。そしてついに、(強制的に)旅に出ることになりました。
※のんびり進むので、戦闘に関しては、話数が進んでからになりますので、ご注意ください。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件
月風レイ
ファンタジー
普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。
そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。
そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。
そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。
そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。
食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。
不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。
大修正中!今週中に修正終え更新していきます!
奴隷勇者の転生物語
KeyBow
ファンタジー
主人公は異世界召喚直後に奴隷にされた後に命じられて魔王を討伐した。
その時に奴隷から逃れる為に転生術を発動するも、不完全で記憶を無くしての転生になった。
本来ありえない2つのギフトを得られており、同郷の者と冒険者をするも、リーダーがその可能性に気が付き、嫉妬により腐らせた挙げ句に暗殺に失敗する。
そして追放された。
絶望の最中一人の女性と出会い、その後多くの仲間を得る。しかし、初めて彼女ができるも、他の少女を救った事から慕われ、思い悩む事になる。
だが、転生前と違い、追放後はハッピーに生きようとするが、そうは問屋が・・・
次から次に襲ってくる女難?と悪意から乗り切れるか?
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す
佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。
誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。
また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。
僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。
不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。
他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~
飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。
彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。
独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。
この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。
※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる