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2章 アポカリプスサウンド

50話【彼女が欲したもの】

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「どうだ? これもあってるか?」
 武藤さんの問いに、彼女は一瞬目を見開いてから、拍手をして笑った。

「すごいすごい、ムトーくん正解。へえ、こんな人たちもいるんだね。素敵だな。ねえ、私も仲間に入れてくれないかな?」
 彼女は楽しそうに笑っている。

「俺の上司に訊いてやるが、上に連れがいる。アンタのスキルで殺されちゃたまらんから、アンタのスキルを封じさせて貰うこと、それとスマホのステータスを見せることが絶対条件だ。それを呑むなら」

「わかった。いいよ」

 あまりにあっさりというと、彼女はスマホを武藤さんに投げて寄越す。
 なんだか、急に雰囲気が変わった。

 今の彼女に恐ろしさはなく、普通の女の人に見えた。

「……何で名前が無いんだ?」
 名前が気配察知でわからなかったのは彼女のスキルの効果ではないんだろうか。

「私には戸籍が無いからじゃないかな。最初からその表示だよ」
 さらりと何でもないことのように彼女は言う。

「戸籍が、ない……?」
「そう、親が出生届を提出しなかった。だから私はね、透明人間みたいなものだね。社会的には人間としてカウントがされてないんだ」

 彼女の言葉に、唖然とする。出生届を出されず、戸籍が無い。それは、あまりに過酷なことだったのではないか。彼女が生きてきた人生を僕は上手く想像出来ない。

 あたりまえのことなんて、なにもないのよ。そういった母の言葉が脳裏に浮かぶ。

 当然だと思えば、相手を侮ることになる。何かをしてくれて当たり前、なんてことはなく。

 当然の権利、なんてものも、ない。
 ただそれがあるように思えるように、自分の周囲の人たちや過去、権利獲得のために戦った誰かが、この世界が少しでもよくなるように積み上げて来たものがあるのだと僕は学んできた。

 当たり前なんて、ない。
 だけど僕は、想像もしなかった。

 名前も、戸籍も、持たない人も、いる。

 数多の誰かが積み上げて、作り上げた人間としての存在証明の1つ。殆ど全ての日本で生まれた人が、持っていて当然とする、権利も義務も得られない。皆が当然のようにして持つものを持たない。持たされず、大きく欠けたまま生きなければならない。

 それは、一体どんな人生なんだろうか。

「坊主、大丈夫だ。やってくれ」
 武藤さんが彼女のステータス、スキルを確認して言う。

 頷いて、彼女に向かい歩き出した武藤さんの後を追う。スキル効果の範囲に入って、僕はスキル封印を使った。

 彼女が許可をした。武藤さんが大丈夫だと言った。それを僕は信じる。


 彼女は僕たちを恐ろしいやり方で試した。僕たちが知らないほどの、強い警戒心が彼女にそうさせたのか、それともそれは彼女の復讐なのかわからない。

 スキル封印は、僕が死ぬことも、弾かれることもなく、通った。

「それで、無力になった私を殺すのかな? ムトーくん」
 彼女は武藤さんの顔を見上げて、微笑む。

「できりゃそうしたいね。アンタが選べなかった、他人が作った酷い境遇に同情はする。だが、自分が弱い被害者だからと言って、他人を殺していいなんて道理もねえからな」

 武藤さんは、言いながら、彼女にスマホを返す。

「なんて呼べばいい。なんて呼ばれたいんだアンタは」

 普段使っている名前を武藤さんは訊かなかった。
 自分の呼ばれたい名を言うように促している。

 彼女は、静かに武藤さんを見つめる。

 近くで見れば、平均よりは背の小さな、綺麗なお姉さんだった。年齢は武藤さんと同じくらいだろうか。
 もう最初に見た時の禍々しさを感じない。それが全て抜けて、虚のように静かだ。


 ああ、この空虚な諦めは。


 夢現ダンジョンで見た、自害した男の目によく似ている。

「親も殺したんだろ、そのスキルで。欲しい答えは得られたか?」

 彼女は「やっぱり、なんか看破スキルあるんじゃないの?」と笑った。
 今まで見たどんな笑みより、空虚で、寂しい人のする悲しい笑い方だった。

 彼女は自分の境遇ゆえに、問うて来たのだろうか。

 自分が何故、こういう状態なのか。何故。何故みんなと違うのか。どうして与えられるべき物が、与えられないのかと。

「あのひとたちはね、私に命以外はなーんにもくれなかったし、奪われてばっかりだったし、嘘ばっかりだったよ。だから私はここで、待っていたんだよ」

 たくさんの質問をして、たくさんの人を殺して。
 彼女が欲しかったものは。


「私を殺してくれる、優しい正直者を」
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