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きみを愛してる

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 しばらくして、シャルルがひとり、屋敷の門から出てきた。
 サファーロとモーリスは、明るい笑顔で駆け寄る。

「シャルル嬢、ご家族に旅の許可はいただいたのですか?」

 サファーロの問いかけに、俯いてしまうシャルル。
「…書き置きをしてきました。私を心配する者などおりませんので…」

「そんな…!」
 よほどの家庭事情なのだろう。無理に問い詰めないほうがいいのかもしれないと、サファーロは思った。

 シャルルの父は、シャルルが5歳の頃に再婚した。
 義母は、先妻の子のシャルルを可愛がってはくれず、そのうち義母と父の間に2人の女の子が生まれた。

 父はシャルルを気にかけてくれることもなく、後妻と後妻の生んだ子供だけを愛し、シャルルはいつも淋しかった。
 後妻と義妹たちは、父の目を盗んでは、シャルルを虐めて邪魔者扱いにした。

 なので、魔法学校に入寮することになったとき、シャルルは義母や義妹たちと離れることができてホッとしていたのだ。
 しかし、その束の間の安らぎも、王太子と婚約してからは地獄と化してしまったが…。

 辛い過去を思い出し暗い表情になってゆくシャルルに、サファーロは優しく言葉を紡ぐ。

「シャルル嬢。あなたの家庭環境も、どんなことがあったのかも、僕は詮索しませんから安心してください。
 そして、過去にあなたを傷付けた人のことは忘れてください。
 僕が、世界中の誰よりもあなたを愛しているから。
 あなたが寂しくなる暇がないくらい大切にするから。
 これから、楽しい思い出を作っていきましょう?」

 真摯な眼差しを向けるサファーロに、シャルルの涙腺が緩む。

 そっと、シャルルを抱き寄せるサファーロ。

 綺麗なハンカチで、シャルルの涙を優しく拭ってゆく。

 しなやかな指が優しく頬に触れ、サファーロの端正な顔が近づいてくる。

 うっとりと夢見心地に溺れてゆくシャルル。

 ――サファーロ様の胸の中は、どうしてこんなに癒されるの…?

 まるで、ちょうどよい湯加減の温泉にゆっくりと浸かって、心身の疲れがじんわりと取れてゆくような感覚に似ていた。

 少し気持ちが落ち着いたシャルルが、震えるような溜息をつく。そして、何かに気付き、
 「きゃっ!」
 サファーロの胸をそっと押し返し、真っ赤な顔をして離れてしまった。

 「?」
 良い雰囲気だったのに、なぜ突然の拒絶?
 サファーロは全く訳が分からなかったが、シャルルの視線の先を見て理解した。

 モーリスがふたりの様子を至近距離で凝視していたのだ。
 シャルルが恥ずかしがるのも無理はない。

「あっ、すみません。俳優のような美男美女のラブシーンが突然始まり目が離せなくなってしまって…。
 とても良いものを見せていただき眼福です。すっごく素敵でした!
 もう見ないようにしますので、どうぞ続きをお始めください♪」

 そう言って目を閉じ、手のひらで顔を覆うモーリス。薄紫の長髪が風に揺れている。
 しかし、手の指と指の間が微妙に開いていて、薄目を開ければ見れることをサファーロは見逃さなかった。

「モーリス、そんなことをしなくていい。
 私も人目を憚らずシャルル嬢を抱きしめるなど、気遣いが足りなかったと思っている。
 シャルル嬢、すまなかった」

「…いいえ」

 モーリスに至近距離で見られてしまったとはいえ、シャルルはサファーロの気持ちが嬉しかった。

 自分にこんなに大きな愛情を注いでくれる人に出会えるとは、思ってもいなかったのだ。

 ずっとひとり寂しく、誰かに虐められる日々が続くと思っていた。

 サファーロの言葉で、シャルルの心はポカポカと温まっていくようだった。

 ずっと抱えていた心の傷も少しずつ消えてゆくような気さえしてきた。

 
「シャルルお嬢様!」
 ノアイユ公爵邸の門から、シャルルと同い年くらいの侍女が飛び出してきた。たいそう焦っている。

「書き置きを読みました! ひとりで旅をなさるなんて危険です。私がお供いたします!」
「エミリー…」

 エミリーはシャルルの侍女だ。
 実家ではシャルルに良くしてくれたが、侍女では義母からの嫌がらせからシャルルを守るところまでは力が及ばなかった。

「この屋敷に居たほうが安全よ。無理しなくていいわ」
「私の意志です! 連れて行ってください!」

 アーモンド形の茶色い瞳が、真剣に訴えている。

「シャルル嬢を愛する人が、僕やおばあさまの他にもいましたね。もっといるかもしれない。妬けるなぁ」
 サファーロが悪戯っぽくつぶやいた。

「サファーロ様ったら…」
 サファーロの仕草が妙に魅力的に見えてしまう。彼の言葉や視線にドキドキしてしまう癖がつきそう。と、シャルルは心の中でひとりごちた。

「4人で、行きましょう」
「はい…」

 サファーロとシャルルが見つめ合うラブラブな甘い雰囲気を、またしても至近距離で堪能してしまったモーリスだった。
「ごちそうさまです♪」
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