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王太子との対峙

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 サファーロが差し出した手を取ると、シャルルはサファーロの魔法で一瞬にして王太子殿下の目の前へと転移していた。

 そこは人払いがされた離宮の東屋で、王太子はお気に入りの令嬢と親密な時間を過ごしていたようだ。

 殿下は突然現れたサファーロとシャルルに驚いていたが、
 すぐに冷めた瞳で迷惑そうに「どのようにしてここを知ったのだ?今すぐ失せろ」と、手で追い払う仕草をした。

「シャルル、この男は誰だ? 私というものがありながら…」

 自分のしていることを棚に上げ軽蔑のまなざしを向ける殿下に、シャルルの気持ちはますます冷めてゆく。

「無礼を承知で申し上げます。殿下…私との婚約を破棄してください。
 私には王太子妃の役目は務められそうにございません。
 殿下のお好きな方と婚約してくださいませ」

 頭を下げて返事を待つシャルルに、王太子の無情の声が響く。

「私に婚約破棄を願い出るとは無礼だな、シャルル。
 しかし、おまえは母上のお気に入りだし、母上の言う通りにしないと色々と面倒なのだよ。
 私が可愛がっている令嬢たちは、王太子妃になるには爵位が低い。
 他にも公爵令嬢はいるが、おまえほどの器量ではないしな。おまえが最適任者なのだ」

「しかし、シャルル嬢は、魔法学校で毎日のように殿下の恋人たちに虐められているのですよ? なぜ、婚約者を守らないのですか!」
 サファーロが我慢できずに反論する。

「困ったものだね…。彼女たちには、側妃か妾にすると話をしてあるのに、それでも嫉妬してしまうのか…」

 まるで他人事のように溜息をつき、遠くを見つめる王太子。
 面倒ごとに関わりたくないとでも言いたげな表情だ。

「一体、何人囲う気なんですか!」
「おまえ、口の利き方を知らないのか! 私を誰だと思っているんだ!」

「ええ! 殿下にこんな口を利いて、私は不敬罪で処分されるでしょうね!
 でも、もうシャルル嬢が悲しむ姿を見るなんて耐えられない! 窮鼠猫を噛ませていただきます!」

 ボムッ!
 大きな白い煙が上がったかと思うと、殿下の前に、シャルルを虐め縛られた令嬢たちが瞬間移動で現れた。

「殿下! こんな離宮で、その令嬢は新しい恋人ですの?」
「殿下とふたりきりなんて、うらやましい!」
「私だって、殿下を独り占めしたいのに!」
「ちょっと、貴女! 抜け駆けしないって約束でしょう!」
「殿下は、私が一番可愛いと仰っていたわ!」
「まぁ! 私もそう言っていただいたわ! 自分だけだと思わないことね!」
「殿下は私を愛してるって仰ったわ!」
「私が一番愛されてるのよ!」
「いいえ、私のほうが!」
「私に決まっているわ!」

 嫉妬深い恋人たちに詰め寄られ、女同士の醜い争いは始まるしで、たじたじとなる殿下。

「…いずれおまえたちも、この離宮に呼んでやろうと思っていた!そんなに焼きもちを妬くな」

 殿下は令嬢たちを縛っている縄を解こうとしている。

 殿下と令嬢たちが一塊になったのを見計らって、サファーロは魔法陣を展開し彼らを囲み、魔法を発動した。

 大きな光の渦と風が彼らを包み込む。
 
「うわぁああああっ!」
「「「きゃ~~~~~っ!」」」

 光と風が止んだ時、そこには、ネズミの姿になった王太子と令嬢たちがいた。

「「「チュ~チュ~!チュ~チュ~チュ~!!」」」

 何するんだ、元に戻せ!とでも訴えているかのように、怒って走り回る白いネズミたち。

「殿下。令嬢たちと楽しいハーレム生活をお過ごしくださいませ」

 サファーロはにっこり笑うと、殿下ネズミたちを無人島に転移させ、シャルルの手を取り姿を消した。

 無人島で多産系のネズミがハーレム生活だと、ずいぶん殖えるだろう。
 
 そんなことを思いながら、サファーロとシャルルが転移した場所は、シャルルが子供のころに遊び場にしていた花畑だった。

「懐かしい…。ここは昔とちっとも変わらないのね…」

 咲き乱れる色とりどりの美しい花たちに、うっとりと見とれていたが、シャルルは大事なことをハッと思い出した。

「サファーロ様、殿下や令嬢たちを魔法でネズミに変えてしまうなんて。
 私のせいで貴方が罰せられたら…どうしましょう…」

サファーロの身を案じて不安に震えるシャルルを、サファーロは優しい眼差しで見つめた。

「人払いのされてる離宮ですし、他に人の気配も無かったので目撃者はいないと思います。
 令嬢たちにしても、人目の無い所で貴女を落とし穴に落としていましたし。
 他の人に分からないように悪い事をするから、目撃者も通報してくれる人も居ないんですよ。
 …もし、僕がしたことだとバレて罪に問われても構いません。
 貴女が一生、殿下のために泣いて暮さないですむなら、僕の命くらいくれてやります」

 優しく微笑むサファーロに申し訳なくて、シャルルの胸は痛くなる。

「そんな…どうして私のためにそこまで…」

「…あなたは僕の初恋の人だから…。
 でも、警戒しないで大丈夫ですよ。
 僕は辺境伯爵の次男。家督も継げないし、公爵令嬢のあなたとは釣り合わないと自覚しています。
 だけど、あなたを守りたい。それくらいは許していただけませんか?」

 どこまでも優しい笑顔と温かな声が、シャルルの心を揺さぶる。

「そ…そんな…私なんて…」

 なんと答えてよいか分からなくなり、俯いてしまうシャルル。

「前世から貴女を見ていた。春野莉奈(はるの りな)さん、でしょう?」

 まるで、すべてを見透かすような美しい翡翠色の瞳が、シャルルの心を捕らえる。
 
「…どうして、私の前世の名前をご存じなんですか?」
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