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望まない婚約

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 王太子殿下の婚約者に選ばれてから、公爵令嬢シャルル・フォン・ノアイユの日常は変わった。

 ヒュン、ヒュンッ!!
 魔法学校の通路を歩けば、呪いの矢がシャルルに向かって飛んでくるし、

 ガッシャーン!!
 頭上から、花瓶が落ちてくることもある。
 反射神経がそこそこのシャルルは、毎日なんとか避けていたが、さすがに心は疲弊していた。

 艶やかなロングウェーブの金髪。群青色のつぶらな瞳をした美少女シャルルは、前世は日本の社畜OLだったが、事件に巻き込まれ亡くなり、この異世界に転生した。

 前世は平凡デブな容姿だったが、異世界転生した姿は美しかったので浮かれていたが、こんな人生の落とし穴が待っていようとは予想もしていなかった。

 スターナ王国王妃、王太子殿下の母君が、シャルルの家柄や容姿、優秀な学業成績を気に入り、シャルルの父に直々に婚約の話をされた。

 シャルルは気が進まなかったが、王族の申し出を断るなど公爵家に出来るはずもなかった。

 しかし、シャルルは王太子殿下に、これっぽっちも魅力を感じていない。
 金髪碧眼で眉目秀麗な王太子殿下は、無類の女好き。
 甘い言葉や思わせぶりな態度でメロメロにした令嬢が山のようにいるのだ。

 なりゆきで王太子殿下の婚約者になってしまったシャルルには、殿下を愛する令嬢たちからの嫉妬や嫌がらせに耐える日々が始まった。

 このスターナ王国では、13歳~16歳の3年間、魔法学校へ通うことが義務づけられている。

 15歳のシャルルは、こんな嫌がらせの日々も卒業するまでと自分に言い聞かせて耐えていた。

 しかし、好きでもない婚約者のために耐えなければならないことに釈然としない気持ちもあった。
 もう2週間もこんな状態が続いているのに、王太子殿下はシャルルを守ろうともしてくれない。

 愛しても、愛されてもいない。
 将来、殿下と結婚しても、きっと幸せにはなれないだろう。

 側妃や妾がたくさんいて、寂しい思いをさせられるような気がする。
 そして、それを咎めることも許されないのだ。

「婚約破棄したい…」
 シャルルは切実に願っていた。

 王位継承者第一位の王太子殿下と結婚すれば、ゆくゆくは王妃となり、女性最高の地位を手に入れることができるだろう。

 しかし、そんな名誉よりも、シャルルは愛し合える人と愛情を育んで生きていきたいと思っていた。

 絶望感に襲われた心に隙が出来た、その瞬間――

 ズザザザザァッ!!
 大きな落とし穴に、引きずり込まれるように落ちていた。

 深さは3メートルほどだ。落とし穴の外からは、嘲笑が聞こえてくる。
 
「もう、穏やかな日々は戻ってこないのかしら…」
 穴の外に出る気持ちにもなれず、うずくまってしまう。

 その時。
「キャーーーーーーッ!!」
 穴の外で、女生徒たちの悲鳴が聞こえた。

 気になって、落とし穴からなんとか這い出ると、穴のすぐそばに立っていたのは、同じクラスのサファーロ・フォン・ペリゴールだった。

 端正な横顔にサラサラの短い銀髪が風に靡いて、涼しげな翡翠色の瞳は縛り上げた少女たちを睨んでいた。

「嫌がらせもいいかげんにしろ! 君たちがやったことは録画してある。学校関係者や保護者、王太子殿下に見ていただく。猛省して処分を待て!」

「え~~っ!そんなぁ!」
「どこに録画してるのよ!消去してやる!」
「私たちを縛り上げてただですむとでも思ってるの!」

 怒号が飛び交う中、サファーロは振り返り、シャルルのドレスに付いた土汚れを魔法で綺麗にした。

 シャルルの前に跪き、「お怪我はありませんか?」と心配して尋ねてくれる。
 傷付いた心に、小さな優しい灯がともり、シャルルは泣いてしまいそうだった。

「シャルル嬢、殿下に会いに行きましょう」
 
 その言葉に、シャルルは力強く頷いた。
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