ポケットに隠した約束

Mari

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第一章

ポケットの中の手袋

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会場を一目で気に入った雪乃は、仮予約を入れてサロンを後にした。


「相澤さん、さっきのお客様、仮予約していったのね。じゃあ、このまま担当お願いね」
「あ、あの…!」
「どうしたの?」
「…いえ…」

言えない。
新郎が元彼だから担当したくありませんなんて、言えるわけがない…。
出来ることなら、他のサロンに行ってほしい。
それが本音だ。



「どうした?瑞希」
パンフレットで頭をパコンと軽く叩きながら、私の顔を覗き込む、市ノ瀬隼人(いちのせ はやと)。
私と莉奈とは同期の音響スタッフだ。

「新規で受付したお客様、新郎が元彼だったのよ」
私の代わりに答える莉奈。
「うわぁ、まじ災難だな」
そう言って笑う隼人。

「…笑い事じゃないんだから…」
二人のやり取りに余計に頭を抱える私。

「え?何?もしかしてまだ未練あるとか?」
「未練どころか…結婚の約束してたのよ?
瑞希は晃平くんがニューヨークから帰ってくるのをずーっと待ってたの」
「…あー、それって前に話してた彼氏か。一回皆で鍋した時に居たよな。…結局彼女連れて帰ってきたんだ?」

事情を知っている隼人は、なるほどと頷く。



その日の帰り、隼人と莉奈と三人でサロンを後にする。

「うぉっ!寒っ!」
「あー、鍋食べたい、鍋!」

一段と寒さを感じる。
はぁっと吐き出した白い息を追って、夜空を見上げた…

「なぁ、瑞希の〝それ〟さ、癖だろ」
「え?」
「あぁ、分かる!外に出ると必ず空を見上げる癖」
「…そうだっけ?」
「そうだよ!気付いてないのー?」

本当は気付いてる…
離れていても、この空だけは晃平と繋がってるような気がして、淡く儚い約束を信じて見上げるようになっていた。

本当に儚い約束になってしまったな…
そう思いながら、一人苦笑いを零す。

コートのポケットに手を入れて、相変わらず〝そこ〟にある片方だけの手袋に触れる。
「…バカだな、私」
「え?何か言った?」
「ううん」


晃平が転勤する前の12月初め、デートに手袋を忘れていき、晃平が貸してくれた片方だけの手袋。
空いた手は、晃平と手を繋いで彼のポケットの中で暖め合ったっけ…。

「こんな寒いのに、何でお前手袋してねえんだよ」
なんて言いながらも、晃平は優しくて…。
「だって、慌てて出てきちゃったんだもん」
そう返した私の言葉に笑ってくれた。


あの日の晃平の手のぬくもりを、今でもこんなに思い出せるのに…
隣に晃平はもう居ない。
今では、ポケットに入っている手袋だけが、かじかんだ指を暖めてくれる。


歩き始めた夜の帰り道は、やけに暗く、遠く感じた…






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