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第11章 ふたりのルイスと魔王2

畿内の宣教とふたりのルイスの再会

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〈ルイス・フロイス、ルイス・デ・アルメイダ、ガスパール・ヴィレラ、ロレンソ了斎、コスメ・デ・トーレス〉

 ルイス・デ・アルメイダが豊後から肥前の各所を移動し続けている次第は本人がいくらか語っていたが、元号が変わらず永禄のままだったこの頃のキリスト教宣教師の畿内の動きを少し記しておく。なお、当時の表記でいえば「きりしたん」であるがここでは使わない。
 この頃の宣教は九州と畿内のふたつを拠点にしていた。肥前の大村純忠がみずから洗礼を受けて、横瀬浦を交易港として開いた話は先に書いた。一方の畿内ではガスパール・ヴィレラが将軍への面会を叶え、大和、河内国などの領主に宣教の認可を得るべく動いていた。
 ヴィレラの補佐、通訳として活躍していたのはロレンソ了斉という日本人だった。ロレンソの前身は琵琶法師だったので、通訳の語りも十分に人心に訴える力があったのだ。京都と畿内で確固たる地位を得ようというのは、全国の武将と通ずるところがある。宣教師たちははからずも当時の日本の中枢の不安定な情勢を知るに至る。ただあくまでも、日本宣教の責任者は肥前に移ったコスメ・デ・トーレス司祭である。彼はフランシスコ・ザビエルとともに日本に入った先駆者であり重鎮である。すべてはトーレス司祭に報告されたが京都や畿内の情勢はなかなか複雑だった。そして、ヴィレラとロレンソは畿内の有力者に次々と出会うことになるので、離れた地で正確に把握するのはなおさら難しかった。
 彼らは将軍足利義輝から宣教の許可(允許状)を得たのだが、それで万事安泰ということにはならない。特に三好長慶の重臣・松永久秀は宣教師を追放するべきだと考えていた。新たな宗教勢力に危惧を抱いた僧侶らの嘆願を受けていたからである。そこで、久秀は家臣の結城忠正と清原枝賢にキリスト教を詮議させることにした。清原が信者と討論するのを、結城に判断させようとしたのである。ただ、二人は宗論の相手のディオゴという町人にいたく感化された。さらに追って派遣されてきたロレンソの話を聞き、洗礼を受けようと決めるにいたる。そのすぐ後に、ロレンソの話を聞いた大和・沢城主の高山図書(友照)も家族一同で洗礼を受けた。
 この3人が畿内の武将でもっとも早い信徒になった。
 高山友照の子にはのちの高山右近がいる。また、清原枝賢の娘・いと(マリア)はのちに細川玉(ガラシャ)をキリスト教に導く女性である。

 宣教師の追放を考えていた松永久秀にしてみればまるきり当てが外れたわけだが、それで鉾を収めるはずもない。畿内から追放するという命令が将軍から出たとして宣教師を追い出すことにした。困ったのはロレンソである。結局、京まで戻って再度ヴィレラと将軍に謁見して追放の命令の有無を確かめるが、そのようなことはなかった。
 ただ、あまり反感を持つ勢力を刺激すべきではないという周囲の勧めもあり、堺に新たな協力者を求めるべく京を発ったのである。

 このいきさつにも、足利将軍と三好長慶あるいは台頭する松永久秀との関わりが透けて見えるようである。

 九州と畿内のこうした報告はそれぞれトーレス司祭のもとに集められていたのだが、ゴアのアジア管区長やローマのイエズス会本部へ子細につどつど送るのは困難なことだったと思われる。イエズス会はそれら報告を『通信』として、たいへん重要視していたので、きちんと成果として書かなければならないのだが。

 複雑な事情を事細かに書面に起こせる才能を持った人がようやく日本にやってくる。

 永禄六年(1563)に横瀬浦の港が開かれて、入港したポルトガル船で何人かの宣教師が派遣されてきた。その一人がルイス・フロイスである。ポルトガルのリスボンを発ったときはまだ少年だったが、このときは31歳になっている。当初から日本での宣教を希望していたので、ようやく本願を叶えたというところだろうか。

 ここで彼は15年前の初航海で同じ船に乗り合わせたルイス・デ・アルメイダと再会する。感動の再会ではあったが、お互いにたいへん驚いたというのは記しておかなければならない。
 アルメイダは成長して体躯も立派になったフロイスに驚いたし、
 フロイスといえば痩せこけて老け込んだアルメイダに驚いたのだった。

 フロイスは、アルメイダが船医から貿易商、イエズス会の宣教師となったいきさつは知っていた。いやそもそも、なぜゴアに向かう船に乗ったのかも知っていた。リスボンで開業医になる道が突然閉ざされ、愛する女性と引き離され、うちひしがれて港に立ったのだ。はなから東方宣教を国王に願い出て、その道をずっとたどっている自分との違いを改めて目の当たりにしたのだ。彼の痩せようは、老けようは、彼がどれほど働いてきたかというしるしであった。

 確かに、リスボンからゴアに向かう航路でも、ゴアの熱帯気候にも身体が耐えられない人は数多くいた。そのような人は痩せてやつれてしまう。熱病にかかる場合もある。そして回復しないまま亡くなってしまうことも珍しくはなかった。しかし、アルメイダの場合はそれとはまた違う。
 みずからの身体を酷使していることがありありと分かる消耗なのだ。

 彼の艱難辛苦に何と言葉をかけたらよいか分からず、しばらくフロイスは言葉を発することができなかった。対するアルメイダはフロイスの戸惑いを容易に察することができたので、微笑みを浮かべて目を細めつつ言葉をかけた。
「よくいらっしゃいました、パードレ(司祭)・フロイス。本当にお久しぶりです。すっかり逞しく立派になられて」
 パードレと言われたフロイスは苦笑いをした。アルメイダがイルマン(修道士)なのを知っているからだ。七歳年長のアルメイダはフロイスより下になる。フロイスはそれが誇らしいことだとは思っていなかったので、苦笑いをした後で少しうつむいた。
「アルメイダさん、私はあなたにまたお会いできたことがとても嬉しいのです。あなたが私よりずっと早く日本に入って活動されているのも知っています。この国はゴアともまったく違って、風習などを理解するのが難しいと聞いています。まっさらな心で一から学びます。どうかこれから先もどうかよろしくお願いします」

 アルメイダはにっこりと笑った。
「あなたは、ゴア行きの船の頃と少しも変わっていないのですね。私は変わってしまいましたか?」
「はい、あなたは私のずっと先にいらっしゃいます」
 そういわれたアルメイダは首をゆっくり振ってただ微笑むばかりだった。

 穏やかな親しみを持って再会した二人だったがゆっくりと話す余裕はない。フロイスは日本語という独特な言語と、日本という国について一から学ぶためファン・フェルナンデス修士に付いて猛勉強しなければならなかった。アルメイダはこれまで通り、トーレス司祭の命で別の地に赴かねばならなかった。

 それでも、二人のルイスは出会えたこと、ともにこの国で働けることを心から喜び合っていた。
 
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