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第9章 手折られぬひとつの花 カトリーヌ・ド・メディシス
職を得たラブレー 1538年 フォンテーヌブロー
しおりを挟む〈フランソワ・ラブレーからミシェル・ノートルダムへの手紙〉
ミシェルへ
きみがトゥールーズを出たというのを風の噂で聞いた。何か不都合なことがあったようだな。とりあえずきみが懇意にしていた版元にこの手紙を託しておくが、見るのは数年後かもしれない。いつかまたきみが、時祷書の出物はないかとひょっこり現れるのではないかと思ってね。
思えば、初めてフォントネー・ル・コント村で出会ったときも、きみは旅の途中だったし、移動し続けることがきみの運命のようなものかもしれない。放浪の運命か、それもまたいいだろう。
私の近況を知らせておこう。
トゥールーズを出た後、しばらく身辺整理をして、私はおそるおそる王宮のあるフォンテーヌブローに足を向けてみたのだ。王はミラノの攻略やらまた戦闘をしていたからな、どさくさに紛れて戻れるかもしれないかと思ったのだ。もう檄文事件のことも人の口の端に上らなくなっていたこともある。
幸いなことに、私は旧知のジャン・デュ・ペレーに迎えられもう咎められることはないという確証を得ることができた。それがどれほど私を喜ばせたか、きみならわかってくれるだろう。さらに嬉しいことに、私の『パンタグリュエル物語』を国王陛下(フランソワ1世)が読んでくださったというのだ。そして、私に国政について忌憚のない意見を聞きたいとまでおっしゃっていると!
ああ、そのときの喜びをきみに、じかに伝えたかった。反逆罪のかどで絞首刑になるかもしれないと怯えて、夜も眠れなかったのが嘘のようだ。
そして私はデュ・ペレーの後見を受けて王の諮問委員のひとりに任ぜられたのだ。
ミシェル、身辺整理をしておいてよかったよ。
書くと長いので端折るが、私は新たに修道院の一員となり自分の役目に見合う所属元を得た。あとは、モンペリエで博士の称号を取るべく、自分の研究成果をまとめている。それが整えば、また宮廷での立場も安泰になるだろう。
ただ、デュ・ペレーが言うには、王は占星術に造詣が深い者を探している。
2年前に王太子が若くして不慮の死を遂げたことをきみも知っているだろう。王はそれでたいそう意気消沈していたらしい。神聖ローマ皇帝に宣戦布告したのも、王太子の弔い合戦のように思っていたようだ。王は国の行く末、特に自身の跡を継ぐ者について若干の不安をお持ちのようだ。まだ40代半ばなのだからそれほど焦眉の急ではないのだが、人が……若いから死なないわけではないと知ったのだろう。
何より親にしたら、子が突然天に召されてしまうことほど、悲しいことはない。王であれ羊飼いであれ、それは変わらないということだ。だとすれば、
いずれにしても、そのようなことで私ことフランソワ・ラブレーは王宮勤めになったというわけだ。
さて、きみがずいぶんと気にしていた、王太子妃(もう公爵夫人ではない)のことを書いておこう。
カトリーヌ妃はあまり喜ばしくない状況にあるようだ。まずご自身がなかなか子を授からないのが大きな悩みらしい。急に王太子になった夫君もそうだが、子を産むことが前よりも重要な責務になった。二人の子がゆくゆくはフランス王になるわけだからね。
ただ、カトリーヌ妃は王のお気に入りなのだ。王の姉マルガリータもたいそう可愛がっているから、当然追い出したりはしないだろう。
一方でーーこちらの方がもっと深刻だがーー王の愛妾と王太子の愛妾がぶつかって、それが派閥になってしまっているのだ。カトリーヌ妃はどちらかに片寄らないようずいぶんと苦慮しているらしい。そのせいだろうか。カトリーヌ妃はイタリア半島から来た占い師にずっと話を聞いているらしい。
ミシェル、もしこの手紙を見たら、私にすぐ返信を出してくれ。そうすれば、私がきみを雇ってもらうよう、口を利いてやる。きみの知識見識はモンペリエでも評判だったじゃないか。
特に占星術の知識については、きみは他の人の追随を許さない。それは宮廷でも十分通用すると思う。
それでは、また必ず会おう!
フランソワ・ラブレーより
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