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人間編【猿生交換】
第9話 貴方の
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「こんにちは。猿野 䨩様。……ご無沙汰しております」
「ああ、貴方ですかぁ」
なんとなく雰囲気が変わったような、昨日までの話し相手。
まともに見ていなかったからどこがどうとかわからないけれど。
スーツを着て。
ハットを被って。
……目隠しをして。
こんな変な人だったのぉ。
あたしのよしくんを誑かすのは男でも女でもユルセナイ。
よしくんの服を握りながら、目先の敵を睨む。
「貴方が恩人?」
「そのようですね」
口元だけしか見えない顔でカラカラと嗤う。
怪しい。
怪しすぎる。
あたしはずっとこんな奴と話をしていたのか。
別にそんなのはどうでもいいのだけど、よしくんが特別視しているというだけで嫌悪感が凄まじい。
まあ、でも。
よしくんはこの人に恩を感じ、恩を返したいという。
あたしにできることならばやってあげたい。
服を握る力が再度強くなる。
よしくんを守らなきゃ。
「あたしは何をすればいいの?」
薄ら笑いを浮かべた口元。
手を伸ばしてもギリギリまで届かない位置で、頭を下げた。
「まずは自己紹介を。私はライターと申します。『辰見』というのはペンネームでございます。相談所を営む、兼業作家でございます」
「ああ、そうですか。それでぇ?」
「私は色々なお話を聞き、問題を解決することで小説のネタを頂いているのです」
「はあ。そうですかぁ」
「お話を聞くため。また、私自身が色々なお話に触れるため、世界を渡っています」
「へぇ。それはそれは」
「ですが、その世界を渡るためにももちろん手段が必要でございます。その手段がなくなってしまうと、私の趣味と仕事はなくなってしまいます。大好きなものを失ってしまうのです。それは避けたい。なので、移動をより確実なものにしたいのです」
つまりなんでしょう。
お金?
船や飛行機?
世界旅行でもしたいの?
だからその手段をプライベートでほしいということ?
「周りくどいですねぇ。はっきり言ってください。お金でしたらかき集めてきますから時間も要します。早く終えてよしくんと二人きりになりたいんですけれど」
「これは失礼いたしました」
斜め四十五度に上体を下げた。
ライター兼、辰見というその男。
薄ら笑いを下半分の顔面に貼り付けたまま、体を屈めてあたしの至近距離にまで顔を寄せた。
小声で、けれどこの場にいる二人に良く聞こえるように囁く。
「貴方にご助力頂きたいのは、お金ではありません」
「違うんですかぁ。じゃあ、何です?」
「『貴方』を、ください」
え。
「こちらへ」
体を起こし半分後ろに体を捻る。
誰に言ったのか。
考えることが極端に遅くなったあたしの頭は、目の前の男が向いた先を見ることを選んだ。
そこに、いたのは。
車椅子。
それに乗る、全身灰色の服を着た子ども。
近づいてくるとベルトで拘束されているのが分かった。
その周りを走り回る、二人の子ども。
車椅子を押すのは、お店でしか見たことがないようなレトロなメイド服を着たナニカ。
この場。
この国。
この世。
この世界。
どこにもあんなにも異様な雰囲気を出す者たちはいないのではないか。
そう漠然と思った。
よしくんの服から、手汗で濡れた手が滑り落ちた。
「ああ、貴方ですかぁ」
なんとなく雰囲気が変わったような、昨日までの話し相手。
まともに見ていなかったからどこがどうとかわからないけれど。
スーツを着て。
ハットを被って。
……目隠しをして。
こんな変な人だったのぉ。
あたしのよしくんを誑かすのは男でも女でもユルセナイ。
よしくんの服を握りながら、目先の敵を睨む。
「貴方が恩人?」
「そのようですね」
口元だけしか見えない顔でカラカラと嗤う。
怪しい。
怪しすぎる。
あたしはずっとこんな奴と話をしていたのか。
別にそんなのはどうでもいいのだけど、よしくんが特別視しているというだけで嫌悪感が凄まじい。
まあ、でも。
よしくんはこの人に恩を感じ、恩を返したいという。
あたしにできることならばやってあげたい。
服を握る力が再度強くなる。
よしくんを守らなきゃ。
「あたしは何をすればいいの?」
薄ら笑いを浮かべた口元。
手を伸ばしてもギリギリまで届かない位置で、頭を下げた。
「まずは自己紹介を。私はライターと申します。『辰見』というのはペンネームでございます。相談所を営む、兼業作家でございます」
「ああ、そうですか。それでぇ?」
「私は色々なお話を聞き、問題を解決することで小説のネタを頂いているのです」
「はあ。そうですかぁ」
「お話を聞くため。また、私自身が色々なお話に触れるため、世界を渡っています」
「へぇ。それはそれは」
「ですが、その世界を渡るためにももちろん手段が必要でございます。その手段がなくなってしまうと、私の趣味と仕事はなくなってしまいます。大好きなものを失ってしまうのです。それは避けたい。なので、移動をより確実なものにしたいのです」
つまりなんでしょう。
お金?
船や飛行機?
世界旅行でもしたいの?
だからその手段をプライベートでほしいということ?
「周りくどいですねぇ。はっきり言ってください。お金でしたらかき集めてきますから時間も要します。早く終えてよしくんと二人きりになりたいんですけれど」
「これは失礼いたしました」
斜め四十五度に上体を下げた。
ライター兼、辰見というその男。
薄ら笑いを下半分の顔面に貼り付けたまま、体を屈めてあたしの至近距離にまで顔を寄せた。
小声で、けれどこの場にいる二人に良く聞こえるように囁く。
「貴方にご助力頂きたいのは、お金ではありません」
「違うんですかぁ。じゃあ、何です?」
「『貴方』を、ください」
え。
「こちらへ」
体を起こし半分後ろに体を捻る。
誰に言ったのか。
考えることが極端に遅くなったあたしの頭は、目の前の男が向いた先を見ることを選んだ。
そこに、いたのは。
車椅子。
それに乗る、全身灰色の服を着た子ども。
近づいてくるとベルトで拘束されているのが分かった。
その周りを走り回る、二人の子ども。
車椅子を押すのは、お店でしか見たことがないようなレトロなメイド服を着たナニカ。
この場。
この国。
この世。
この世界。
どこにもあんなにも異様な雰囲気を出す者たちはいないのではないか。
そう漠然と思った。
よしくんの服から、手汗で濡れた手が滑り落ちた。
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