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人間編【猿生交換】
第8話 恩人
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今日は晴天。
昨日までの荒れ模様が嘘の用の穏やか。
何年も開いてしまった時間を埋めるように、腕を回して存在を確かめる。
「よしくん……どうしてたの? 心配したんだよ?」
「悪いな。良くない奴に追われてたんだ。䨩を巻き込みたくなくて、一人で逃げてたんだ」
「そんなの……一緒に行くのに。でも、ありがとう。心配してくれて。もう大丈夫なの?」
「ああ。大丈夫。そいつらも諦めたみたいだ」
「そうなんだね。良かった……よかったぁ……。じゃあ、これからは一緒にいられる?」
「ああ、一緒にいられる。一緒だ」
涙があふれた。
笑っていたいのに。
泣いたあたしを見ないでほしいのに。
望んだことが受け入れられて、嬉しくて、安心して、堪えきれなかった。
涙の波は絶え間なく彼の服を濡らす。
黙って受け入れてくれているのをいいことに、あたしは服に顔を埋めて顔を隠した。
小さな嗚咽は波の音でかき消えた。
「䨩」
波に重なりそうな声が、鼓膜を揺らした。
「なぁに?」
「頼みがあるんだ」
「頼み? なぁに? あたしにできること?」
「䨩にしかできないことだ」
真剣な声が、あたしの涙を枯らした。
服に埋めた顔を横にずらし、片耳を開けた。
「俺にとって大事なひとが困ってる。助けたいんだ」
「……だいじな、ひと?」
「ああ。お世話になったんだ。金じゃない。人手が欲しいんだ。協力してくれないか?」
だいじなひと。
引っかかってしまうのはしょうがないだろう。
あたし、だもの。
男とか、女とか。
明言してほしい。
あたしから言わずに、よしくんから言ってほしい。
それぐらいは最低限の配慮じゃないの?
あたしだよ?
あたしに言ってるんでしょ?
「俺の憧れでもある人なんだ。世界を渡り歩く、かっこいいひと。俺はあの人……辰見さんみたいになりたいんだ」
「たつみ、さん」
名前の持つ情報量の少なさ。
男性だろうか。
女性だろうか。
かっこいいなんて性別関係なく使える誉め言葉。
……女性だったら、どうかしちゃう。
「わかった。いいよ」
男の人ならね。
よしくんが憧れて、お世話になった人なら。
あたしにとっても恩人だもの。
「ありがとう、䨩」
「うん。なにをすればいいの?」
「まずはそのひとに会ってくれ。俺も一緒にいるから」
よしくんは後ろを振り返った。
あたしはよしくんの体の向こう側を見ようと顔を出した。
奥の方から歩いてくる、スーツを着た、帽子をかぶった人が見えた。
「OK出ました。辰見さん」
その声で、視線の先の人は帽子をとった。
頭に何かついているのが見えたけれど、それが何かはわからない。
軽い会釈。
持ち上がった顔には目の部分に布が巻かれ、目隠しされていた。
その人は、「昨日で最後」と言った人だった。
昨日までの荒れ模様が嘘の用の穏やか。
何年も開いてしまった時間を埋めるように、腕を回して存在を確かめる。
「よしくん……どうしてたの? 心配したんだよ?」
「悪いな。良くない奴に追われてたんだ。䨩を巻き込みたくなくて、一人で逃げてたんだ」
「そんなの……一緒に行くのに。でも、ありがとう。心配してくれて。もう大丈夫なの?」
「ああ。大丈夫。そいつらも諦めたみたいだ」
「そうなんだね。良かった……よかったぁ……。じゃあ、これからは一緒にいられる?」
「ああ、一緒にいられる。一緒だ」
涙があふれた。
笑っていたいのに。
泣いたあたしを見ないでほしいのに。
望んだことが受け入れられて、嬉しくて、安心して、堪えきれなかった。
涙の波は絶え間なく彼の服を濡らす。
黙って受け入れてくれているのをいいことに、あたしは服に顔を埋めて顔を隠した。
小さな嗚咽は波の音でかき消えた。
「䨩」
波に重なりそうな声が、鼓膜を揺らした。
「なぁに?」
「頼みがあるんだ」
「頼み? なぁに? あたしにできること?」
「䨩にしかできないことだ」
真剣な声が、あたしの涙を枯らした。
服に埋めた顔を横にずらし、片耳を開けた。
「俺にとって大事なひとが困ってる。助けたいんだ」
「……だいじな、ひと?」
「ああ。お世話になったんだ。金じゃない。人手が欲しいんだ。協力してくれないか?」
だいじなひと。
引っかかってしまうのはしょうがないだろう。
あたし、だもの。
男とか、女とか。
明言してほしい。
あたしから言わずに、よしくんから言ってほしい。
それぐらいは最低限の配慮じゃないの?
あたしだよ?
あたしに言ってるんでしょ?
「俺の憧れでもある人なんだ。世界を渡り歩く、かっこいいひと。俺はあの人……辰見さんみたいになりたいんだ」
「たつみ、さん」
名前の持つ情報量の少なさ。
男性だろうか。
女性だろうか。
かっこいいなんて性別関係なく使える誉め言葉。
……女性だったら、どうかしちゃう。
「わかった。いいよ」
男の人ならね。
よしくんが憧れて、お世話になった人なら。
あたしにとっても恩人だもの。
「ありがとう、䨩」
「うん。なにをすればいいの?」
「まずはそのひとに会ってくれ。俺も一緒にいるから」
よしくんは後ろを振り返った。
あたしはよしくんの体の向こう側を見ようと顔を出した。
奥の方から歩いてくる、スーツを着た、帽子をかぶった人が見えた。
「OK出ました。辰見さん」
その声で、視線の先の人は帽子をとった。
頭に何かついているのが見えたけれど、それが何かはわからない。
軽い会釈。
持ち上がった顔には目の部分に布が巻かれ、目隠しされていた。
その人は、「昨日で最後」と言った人だった。
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