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人間編【捕食欲求】

第9話 声

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「【縛】……」


 縛様は【能力able】を授けられていたのですね。
 雲ノ宮家、雲、蜘蛛。
 強欲の眷属ということは、主はゴブリン。
 後先を考えない適当な奴だ。
 けれど『伝説』の矜持はわかっているようで、どこにいるやもなにをしているやも知れない。
能力able】を手に入れたのは最近か遠い日のことか。
 それすらもわからない。


「束、あとはあなた次第です」
「はぁい。ありがとう、ママ」


 縛様は片膝を立て、重い腰を上げた。
 今まさに客人が襲われようとしているのに。
 今まさに、娘が男を押し倒しているというのに。


「ママも歓迎してますよ」


 ああ、ね。
 共犯ね。

 ふすまが音を立てずに閉められる。
 ご丁寧に、雨戸を閉めて薄暗くされた。
 組み敷かれたまま放置。
 視界一杯に広がる白い肌。
 金色の眼が妖しく光る。
 はあ、と息を漏らした。
 ちらりと見えた口の中は糸を引いていて、興奮状態であることを物語る。


「はぁ」


 とついたのは私で、吐息ではなく溜息。


「あら、美女を目の前にして溜息なんて、失礼な方」
「組み敷く方が失礼と思いますが」
「ご褒美ととられる方が多いのですよ」
「私には拷問ですね」
「本当失礼」
「すみません」


 目隠しをずらす。
 眉根が上がったままの眼が景色を鮮明に映す。
 ぼやけていた束様は、蜘蛛のように目が複数あり、肌の色と似た牙が上下に大きく伸びている。


「ひっ」


 何かを見た束様は怯んだ。
 その隙に体を起き上げ、相手を倒す。
 押し倒すほどの下品さは持ち合わせていないので私だけは立ち上がる。


「私に蜘蛛を食す趣味はありません」


 後ろ向きで言い放ち、持ってきた荷物を探る。
 ファスナーを空けた瞬間に飛び出してきた、二つの頭。


「静かに」
「はい!」
「……」


 大きい返事をしたフキと、猿轡越しに口を押えるユズ。
 首根っこを掴んで持ち上げる。
 壁に寄りかかって胡坐をかき、両腿にそれぞれを乗せる。


「そのお子らは……」
「ふたりとも、外して」


 耳当てと猿轡が外された。
 途端に響く甲高い子どもの声。


「だれかだれかだれかわらわをあいしてささえておねがいひとりにしないでだれかあいしてしてあいしてすきといってどこにもいかないでだれかわらわをあいしてささえておねがいここにいてあいしてたすけておねがいだれかわらわをあいして」
「「…………」」
「おねがいここにいてひとりにしないであいしてたすけておねがいだれかわらわをあいしてだれかだれかだれかわらわをあいしてささえておねがいだれかあいしてすきといってどこにもいかないでだれかわらわをあいしてささえて」
「「…………」」
「やだやだひとりはいややだやだやだひとりじゃむりだれかたすけてわたしをあいしてわたしだけをあいしてどこにもいかないでわらわをあまやかしてすきといってたすけて」
「「………………」」
「あーーーーああーーーーーーーああーーーーーーーーーーあーーーやめていわないでおねがいやだやだひとりはいやああああーーーーーーーやだやだやだたすけてわらわをわらわをわららあらららららららああららららららら」
「なにもきこえない。せんせ、あかちゃん、いないよ」


「へ……?」
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