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人間編【捕食欲求】

第8話 囚

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 ――覆い被さってきた。

 なるほど、女に襲われるとはこういう光景か。
 何とも言えず、感想が出てこない。
 心は踊らず、肌は立たず、気も振るわん。
 さっきまでの恐怖とは雲泥の差で詰まらんものだ。


「わらわの旦那様になっていただけません?」
「何度でも申し上げます。無理です」
「そうすればわらわの悩みは解決します。ハッピーエンドですのよ」
「残念ながら、それはできませんね」
「……これはこれは。説得には時間がかかりそうですわ」
「もったいないですので別の方へ行かれては」
「いやです」
「なぜです」
「貴方は特別なお方だからです」


 特別……。
 私が『龍』ということは表立っては言っていない。
 私は『鹿』ということになっているはず。
 何をもって特別というのか。
 内容によっては……雲ノ宮家を失くしてしまわないといけない。
『龍』とはそれだけ高貴で、気高くて、いるのかいないのか不明瞭にしておかなければならない。
 能力を与えることについても、それを求めて競い合い、騙し合い、貶し合うことになってしまう。
 それでは世界が壊れ、つまらなくなってしまう。
 特別長命な『伝説』にとって世界がつまらないというのは死活問題。
 そうはならないよう、ある意味『伝説私たち』はいかにうまく隠せるかを楽しんでいるのだ。
 そして、それが『』や同じ『伝説』と云われる者の定めなのだ。

 ――なので。
 私が『龍』とされるのは、世界のため、雲ノ宮様のため、ひいては私のためにならない。


「特別とは何のことでしょう?」


 返答次第では、真っ先に頭を飲み込むこととしよう。


「貴方のようなスマートで、律儀で、切れ者で、清潔感があって、逞しくて……完璧という言葉では足りないぐらいに満ち足りている御方は初めてです」
「どうも」
「そんな貴方なら、わらわの夫として永く添い遂げてくれることでしょう。寂しいのは嫌。ずっとずっと、一緒にいてくださいまし」


 覆い被されら、ふうと息を吐く。
 一先ず、この人を食らう必要はなさそうだ。
 けれどこの状況はよろしくない。
 今まさに、目線をずらせば母の縛様がいらっしゃるというのに。
 というか、この状況になる前に縛様もどうにかしてほしいのだが。


「やれやれ。束はこれと言ったら聞きませんね」


 許容してくれるな。
 目隠し越しに縛様を睨む。

 ――嫌な予感がした。


「【縛】」


 指を二本たて、反響したような、何重か重なった声が部屋中に轟いた。
 風景を歪ませる細く見えない糸が私に絡みつく。
 決して締め上げるわけでも、まして息の根を止めようとするわけでもなく。
 ただ巻き付いて、吸い込まれるようにして、拘束感を残して消えた。


「ふふ」
「何をされたのですか?」


 確実に知っている顔の束様が不敵に笑う。
 多少強引に体を起こし、縛様に問うた。


「ライター。お主はこの家から出られない。我が能力【縛】はお主に絡みついた」
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