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人外編【モノクロドクロ】
第8話 対等ではない存在
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ぞ り。
目隠しの下の目が光ったような気がした。
『見えた』と思った瞬間、そう思ったことを後悔した。
あれはダメだ。
見てはいけない。
わたくしたちとは異質な存在。
真っ当な動物を宿すわたくしたちとは違う、上位であることは間違いない。
上位、つまり、高貴。
下層の者たちでは姿を見ることすら能わない。
そう感じさせるほど、重く、強く、怖い。
脳天から顎先にかけて汗が伝う。
近くで慕う小猿たちでさえ、わたくしは目視してはいけないような気がして。
身を屈め、視線は自身の足先に向けた。
そうしないとこの空間にはいられなかった。
「ところで」
肩が震える。
汗が落ちる。
床にシミができる。
眼球が泳ぐ。
何か気に触ることをしただろうか。
わたくしは……不十分だ。
わたくしはメイドという立場でありながら、もてなすということについては不十分だと自身で理解している。
それが罪。
怠惰であるわたくしのあり様。
眷属であるからこそ、その本能には抗えない。
「あなた」
キィ。
決して大きくはない耳障りな音。
わたくしの方に寄ってきて、……お客様の靴先が視界に引っかかる。
足を組み直す動作でさえ恐怖で慄いてしまう。
「お名前は?」
「……………………は?」
「は?」
「っ、申し訳ございません」
思わぬ回答、いや、質問に間抜けな返答をしてしまった。
反射的に謝ったのは正しかっただろう。
さっきの様な嫌悪感を感じる隙もなく謝るのは、自己防衛本能からか。
草食である自分が、肉食に敵うはずがないという対応力か。
諦める前に謝るという、抗いか。
「……それで、お名前は?」
「……丑尾、と申します」
「そうですか、貴方が丑尾様」
ぺらり。
視界を白と黒の何かが遮る。
手に取ると、その質感は紙だった。
触り心地のある様なない様な、特に特徴もない紙。
真っさらな白い部分に、ポツポツと黒い部分がある。
それにはとてもとても目に馴染みのある文字が書いてあった。
「あなたのご依頼ですね」
「……はい。ありがとうございます」
『ころして』
わたくしは確かにそう書いた。
主人の依頼の紙に。
裏から。
筆記の違いはあったが、主人は気付かないだろう。
書いたことさえも覚えていないだろうから。
「回りくどいことをされましたね」
「ええ。まあ。本気ではなかったので」
「ほう」
「……失礼いたしました。言葉を改めます。正しくは、『殺しも請け負ってくださるとは思わなかったので』」
「殺したい気持ちは本物ということですね」
「はい」
「それは、貴方が妻の立場として受けた所業によるものですか」
「……はい」
わたくしは酉井の妻でした。
目隠しの下の目が光ったような気がした。
『見えた』と思った瞬間、そう思ったことを後悔した。
あれはダメだ。
見てはいけない。
わたくしたちとは異質な存在。
真っ当な動物を宿すわたくしたちとは違う、上位であることは間違いない。
上位、つまり、高貴。
下層の者たちでは姿を見ることすら能わない。
そう感じさせるほど、重く、強く、怖い。
脳天から顎先にかけて汗が伝う。
近くで慕う小猿たちでさえ、わたくしは目視してはいけないような気がして。
身を屈め、視線は自身の足先に向けた。
そうしないとこの空間にはいられなかった。
「ところで」
肩が震える。
汗が落ちる。
床にシミができる。
眼球が泳ぐ。
何か気に触ることをしただろうか。
わたくしは……不十分だ。
わたくしはメイドという立場でありながら、もてなすということについては不十分だと自身で理解している。
それが罪。
怠惰であるわたくしのあり様。
眷属であるからこそ、その本能には抗えない。
「あなた」
キィ。
決して大きくはない耳障りな音。
わたくしの方に寄ってきて、……お客様の靴先が視界に引っかかる。
足を組み直す動作でさえ恐怖で慄いてしまう。
「お名前は?」
「……………………は?」
「は?」
「っ、申し訳ございません」
思わぬ回答、いや、質問に間抜けな返答をしてしまった。
反射的に謝ったのは正しかっただろう。
さっきの様な嫌悪感を感じる隙もなく謝るのは、自己防衛本能からか。
草食である自分が、肉食に敵うはずがないという対応力か。
諦める前に謝るという、抗いか。
「……それで、お名前は?」
「……丑尾、と申します」
「そうですか、貴方が丑尾様」
ぺらり。
視界を白と黒の何かが遮る。
手に取ると、その質感は紙だった。
触り心地のある様なない様な、特に特徴もない紙。
真っさらな白い部分に、ポツポツと黒い部分がある。
それにはとてもとても目に馴染みのある文字が書いてあった。
「あなたのご依頼ですね」
「……はい。ありがとうございます」
『ころして』
わたくしは確かにそう書いた。
主人の依頼の紙に。
裏から。
筆記の違いはあったが、主人は気付かないだろう。
書いたことさえも覚えていないだろうから。
「回りくどいことをされましたね」
「ええ。まあ。本気ではなかったので」
「ほう」
「……失礼いたしました。言葉を改めます。正しくは、『殺しも請け負ってくださるとは思わなかったので』」
「殺したい気持ちは本物ということですね」
「はい」
「それは、貴方が妻の立場として受けた所業によるものですか」
「……はい」
わたくしは酉井の妻でした。
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