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人外編【モノクロドクロ】
第5話 見えている(見えていない)
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車椅子を押す音だけが廊下に響く。
たったそれだけの音大きく聞こえるほど、他に音はなく、また外にも何もない。
強いて言えば草木が多すぎるほどにあるだけだが、それは特に問題ない。
なぜなら、別に生活には支障がないからだ。
わたくしと主人しかいない家。
どちらかが気に留めない限り、何かをしようとは思わない。
二階を一通り見て回りたい、と言った客人は鼻歌を奏でる。
本当に見ているだけ。
いや、見えてもいなさそうな眼帯に隠された眼。
これに意味はあるのだろうかと思う。
意味なんてなくてもいい。
それで今日が潰せるなら、それもそれで。
「この家で使われている部屋はいくつですか?」
唐突にライター様が誰かに尋ねる。
無論、わたくししかいない。
出かけた欠伸を噛み締めて、言葉を反芻する。
「三つ、いえ、四つです。主人の部屋、食堂、主人の奥様の部屋、わたくしの部屋」
「全て二階ですか?」
「いいえ。食堂とわたくしの部屋は一階です」
「普段から鍵をかけている部屋は?」
「主人の奥様の部屋だけです」
ふむ。と会話が終わる。
実るようで実っていない。
実は空っぽというか、甘みのない果実のような会話。
果たしてこれは意味があるのかないのか。
わたくしの顔は正直だったようで、隠された眼が笑っているように眉が持ち上がった。
「酉井様の元へ行きましょう」
「ということは、何かわかったのですか?」
「ええ。ですが、その前に確認したいことがございます」
「わたくしに?」
「いえ、酉井様にお伺いします」
はあ。
ため息と返事を同時に行い、踵を返す。
階段までの道のりはなぜか重い。
だが所詮は家の中。
早かれ遅かれ、階段はすぐそこだ。
「お連れの方々をお呼びしましょうか」
登り階段は車椅子を抱えて登った。
ひどい有様だったのは鮮明に思い出せる。
下りはどうするのかと直前で思い出した。
ライター様に問えば、「お構いなく」と足を乗せていたステップを避ける。
「んーっ」
「……立てたのですね」
朝起きたように。
しばらく伸ばしていなかった足と背をこれでもかと伸ばす。
長すぎる足と背が仰反る。
いったいなんで車椅子に乗っていたのかと思うのは不思議なことではないだろう。
「私は長くは歩けませんが、階段ぐらいなら降りれます」
車椅子を畳んで、両手で持つ。
そこは男性だからか、車椅子とはいえ両腕は特に異常はないからなのか、安易と持ち上げた。
足取りも重くもなく、むしろ軽い。
長く歩けないからと言って、そう簡単にいくほどなのか。
そうこうしているうちに、ライター様は一階へ到着。
思い出したように私も降り始めた瞬間、ライター様が振り返る。
「歩けないとは言ってませんからね」
悪戯な笑みに鳥肌がたった。
一言も聞いてもいない。
疑いの顔になっていても見えていないはず。
してやったり、と意地の悪そうな顔をしているのだろう。
半分程度の顔は見えているのに、見えているものは偽りのように感じる。
見えているものは真実かを疑問に思う。
裏には何かを潜ませていそうな、違和感というには安直なそれ。
今までのことすら疑いそうになる、怪しい感覚が全身を巡る。
「きゃっ」
足を踏み外した。
滑り落ちはせず、体が段差に身を委ねる。
「おやおや、大丈夫ですか?」
そう口にするわりに、心配しているように感じない。
今までこうだったか?
今だからこうなのか?
今となってはわからない。
今となってはどちらでもいい。
返事をするのも忘れて、立ち上がって身なりを整える。
平静を装って降りた先では、ライター様の声で「早く押せ」と幻聴が聞こえるように車椅子に座っていた。
とても優雅な姿に、また鳥肌が立った。
たったそれだけの音大きく聞こえるほど、他に音はなく、また外にも何もない。
強いて言えば草木が多すぎるほどにあるだけだが、それは特に問題ない。
なぜなら、別に生活には支障がないからだ。
わたくしと主人しかいない家。
どちらかが気に留めない限り、何かをしようとは思わない。
二階を一通り見て回りたい、と言った客人は鼻歌を奏でる。
本当に見ているだけ。
いや、見えてもいなさそうな眼帯に隠された眼。
これに意味はあるのだろうかと思う。
意味なんてなくてもいい。
それで今日が潰せるなら、それもそれで。
「この家で使われている部屋はいくつですか?」
唐突にライター様が誰かに尋ねる。
無論、わたくししかいない。
出かけた欠伸を噛み締めて、言葉を反芻する。
「三つ、いえ、四つです。主人の部屋、食堂、主人の奥様の部屋、わたくしの部屋」
「全て二階ですか?」
「いいえ。食堂とわたくしの部屋は一階です」
「普段から鍵をかけている部屋は?」
「主人の奥様の部屋だけです」
ふむ。と会話が終わる。
実るようで実っていない。
実は空っぽというか、甘みのない果実のような会話。
果たしてこれは意味があるのかないのか。
わたくしの顔は正直だったようで、隠された眼が笑っているように眉が持ち上がった。
「酉井様の元へ行きましょう」
「ということは、何かわかったのですか?」
「ええ。ですが、その前に確認したいことがございます」
「わたくしに?」
「いえ、酉井様にお伺いします」
はあ。
ため息と返事を同時に行い、踵を返す。
階段までの道のりはなぜか重い。
だが所詮は家の中。
早かれ遅かれ、階段はすぐそこだ。
「お連れの方々をお呼びしましょうか」
登り階段は車椅子を抱えて登った。
ひどい有様だったのは鮮明に思い出せる。
下りはどうするのかと直前で思い出した。
ライター様に問えば、「お構いなく」と足を乗せていたステップを避ける。
「んーっ」
「……立てたのですね」
朝起きたように。
しばらく伸ばしていなかった足と背をこれでもかと伸ばす。
長すぎる足と背が仰反る。
いったいなんで車椅子に乗っていたのかと思うのは不思議なことではないだろう。
「私は長くは歩けませんが、階段ぐらいなら降りれます」
車椅子を畳んで、両手で持つ。
そこは男性だからか、車椅子とはいえ両腕は特に異常はないからなのか、安易と持ち上げた。
足取りも重くもなく、むしろ軽い。
長く歩けないからと言って、そう簡単にいくほどなのか。
そうこうしているうちに、ライター様は一階へ到着。
思い出したように私も降り始めた瞬間、ライター様が振り返る。
「歩けないとは言ってませんからね」
悪戯な笑みに鳥肌がたった。
一言も聞いてもいない。
疑いの顔になっていても見えていないはず。
してやったり、と意地の悪そうな顔をしているのだろう。
半分程度の顔は見えているのに、見えているものは偽りのように感じる。
見えているものは真実かを疑問に思う。
裏には何かを潜ませていそうな、違和感というには安直なそれ。
今までのことすら疑いそうになる、怪しい感覚が全身を巡る。
「きゃっ」
足を踏み外した。
滑り落ちはせず、体が段差に身を委ねる。
「おやおや、大丈夫ですか?」
そう口にするわりに、心配しているように感じない。
今までこうだったか?
今だからこうなのか?
今となってはわからない。
今となってはどちらでもいい。
返事をするのも忘れて、立ち上がって身なりを整える。
平静を装って降りた先では、ライター様の声で「早く押せ」と幻聴が聞こえるように車椅子に座っていた。
とても優雅な姿に、また鳥肌が立った。
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