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人外編【モノクロドクロ】

第1話 白黒の対話

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「いやー。全く売れませんねぇ」


 この屋敷の主は届いた手紙を読みながら満足げに言う。
 わたくしにはどこがおもしろいのかわからない物語が、他の読者からしても比較的不評のようだ。
 世間に発表する前に読ませてもらったが(読むように指示された)、途中で寝てた。
 主は「そういう反応もありがたい」と責めなかった。
 原稿が涎で汚れてしまったのがわかったときは空気がピリついた。
 あの時の土下座は滑らかすぎて瞬間移動の様だったと言われた。
 眼鏡越しに覗く赤い瞳を見つめながら、呟く。


「あの」
「うん? なんだい?」
「なんで、目を隠すんですか?」
「……前言わなかったっけ?」
「聞いた気はします」


 少し笑って、「そっか」と。
 これも怒らない。
 けど、目は笑っていない。


「目から得られる情報は多大だからね」
「……先入観が邪魔をする?」
「正解。覚えてるじゃないか」


 聞いてから思い出した。
 そうそう。
 「依頼主の外見から判断してしまわないようにするため」と言っていた。
 世界を渡った先の生き物はどんな風体をしているかはわからない。
 全く見えないわけではなく、少しぼやかしているのだという。

 もしかしたらおどろおどろしいかもしれない。
 もしかしたらファンシーかもしれない。
 もしかしたらヒトガタでも肌が蛍光色かもしれないし、主には認識できないくて透明かもしれない。
 それは『見えてしまうから』そういう感想が出るのだと。
 恐怖するのだと。
 好感を持つのだと。
 怪訝に思うのだと。
 主はそう言う。
 だから、『はっきり見ない』という選択をした。


「では、わたくしのことはどう思ったのですか?」


 紅茶の入ったティーカップを口に運ぶ主に、唐突に聞いてみた。
 目を上に泳がせ、しばし黙る。
 紅茶を飲み込んで、全く笑っていない目を眼鏡越しに見せつける。


「真面目そうなふりをしたクソやろうだなって思ったかな」


 嗤った。




 ―――――……




 とある屋敷。
 鬱蒼とした森の中に広めの建物。

 建物には蔓植物が這っている。
 庭らしき場所はもはや雑木林。
 ここの主人は薬草を育てるのが趣味なのかのかもしれない。
 本で読んだ毒草や薬の材料になる植物は多く見受けられる。
 石でも飛んだのか、ヒビが入ったままの窓ガラス。
 手入れの行き届いていない様子は一目でわかる。


「ご依頼者様はご存命でしょうか……」


 玄関の手前で、目隠しをした車椅子のお客様が呟く。
 失礼な物言いであるが、例え主人とは言え、どうでもいいと思ってしまう。
 そう、私はメイドとして失格なのだ。


「どうぞ」
「ありがとうございます」
「まーす!」


 猿耳の猿轡をした子と、猿耳に耳あてをした子に車椅子を押され、御仁はするすると屋敷に入っていく。
 どんよりと曇った景色を扉で仕切った。
 御仁の前を歩き、依頼を出した主人の元へ案内する。
 車椅子で来ると聞いていたので、主人は一階で待機してもらった。
 はずだった。


「……すみません」
「はい?」
「どちらかへ行かれてしまったようです。少々お部屋でお待ちいただいてもよろしいでしょうか」
「おやおや。一緒に探しましょうか?」
「いえ。お客様にそこまでしていただくわけには。こちらでお待ちください」
「承知しました」


 御仁たちを部屋に残し、わたくしは二階へ行く。
 主人が行く場所はたいてい自室か妻の部屋。
 それらは二階にある。
 階段だから車椅子ではいけないし、ほぼ確定だから人手はいらない。
 ドアの横のベルを鳴らす。
 光がちかちかと照る。


「失礼します」
「帰れ!!!」


 扉に何かが当たった。
 扉を開けて、ぶつけられたそれを見る。

 子猫の死骸だった。


「お客様がお見えです。ご用意をお願いいたします」
「知らん! なぜワシが出向く! 向こうに来させろ!」
「この屋敷まで来てくださったのですよ。お食事もご一緒にご用意させていただくことになっています」
「ようやく飯か! いつぶりだと思っている!」
「今朝ぶりです」


 大きい羽根をこれでもかと広げ、自分を大きく見せて威嚇してくる。
 話すたびにこれだ。
 何度もされればいい加減慣れる。
 横幅は向こうの方が大きいが、縦はわたくしのほうが高い。
 昔はこれでも迫力があったのだが。
 羽の隙間も増え、艶も減り、随分老けてしまったものだ。

 歩くときもふんわりと羽を広げ、爪を立てながら歩く。
 食堂の場所はしっかり覚えているようで迷いがない。

 主人を追って部屋を出て、振り向く。
 カーテンはボロボロ。
 糞はいたるところにある。
 羽も散らばっている。
 衛生的ではないその部屋を見て、扉を閉めた。


「……汚い……」
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