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22話 ライの追憶/剣と罪科

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────俺は剣を使わない。これからも、ずっと。





この世界に馴染めなかった時に支えてくれたのは、魔法を教えてくれた先生だった。

深い緑色の長い髪をしたオッドアイの男。名前はザランと言い、この国の魔術師団に所属していたという経歴を持つ。それが先生だ。

5歳の頃からお世話になっている先生は、俺の教師になった時には既に魔術師団を引退しており、若手に技術を継承するために教鞭きょうべんを執っていたそうだ。





教師をあてがわれたばかりの時の俺は、前世の記憶が色濃く残っており、前世と現世の違いに戸惑い、情緒不安定になっていた。

そんな時に先生は、魔法だけでなくこの世界での生き方についてを教えてくれたり、善悪の観念について等道徳的な事も教示してくれた。内容を聞いて、前世も現世も似た様なところがあることに気付いたら、なんだか肩の荷が下りた気分になったのを今でも覚えている。

前世の記憶があると打ち明けた時、先生は「そうか。それはいいな。人よりも色んな世界を見ることができるなんて、素敵な事だ。我は羨ましく感じるぞ。」と言って、優しく頭を撫でてくれた。

俺はその言葉に救われた。

俺は次第に、先生を家族のように思うようになっていた。





「なあ先生!俺もう基礎魔法全部使えるようになったぞ!」

「凄いじゃないか。良くやった。では今日は剣を握ってみるか?」

魔術と同時に剣術も教えてくれた多才な教師。

あの頃の俺の夢は、一流の冒険者になることだった。だって冒険者ってカッコイイだろ、色んな場所を見て回って、沢山魔物を倒して、人助けをして・・・。

それを先生は知っていた為、剣も魔法も使えるようにと、両方同時に指導してくれた。

俺よりも遥かに強い先生は、俺の目標であり憧れであった。
教師と生徒という関係が続いていくことが、多種多様なことをずっと教えて貰えることが、当たり前だと思っていた。





────だが、別れは唐突に訪れた。それも最悪な形で。

およそ4年前、15歳の時のある日、共にダンジョンへと足を運んでいた時のことだった。

その日行ったダンジョンは、普段とは比べ物にならないくらい危険な場所だったらしく、俺はほとんど戦わせてもらえず、後方支援をして成り行きを見守っていた。

途中、俺達は引き返そうとしたが、地上へ続く階段は魔物で溢れかえっており、帰ることは至難の業であった。その為、ダンジョンを攻略してワープゲートを通って地上に向かわなければならなくなってしまった。

地下に進むにつれて魔物はどんどんと数を増し強くなっていく。
かすり傷を負った先生を見て、俺はようやく尋常ではない事態となっているダンジョンに足を突っ込んでしまったのだと理解した。





────難戦はしたが何とかラスボスの所まで行きつくことができた。この時既に、俺は恐怖でいち早く帰りたい気持ちになっていた。

それを知ってか知らずか、何かあってはいけないと、先生はボス戦の前に俺に対して認識阻害の魔法をかけてくれた。

ダンジョンのラスボスがいる部屋の扉をそっと開ける。辺りは暗いので、瞳を凝らして周囲を伺う。

すると、俺たちの気配に反応したのか、血塗れの鎧兜よろいかぶとを身につけた騎士らしき魔物がこちらを一瞥いちべつしてきた。

他の魔物達とは異なり、その鎧騎士にはなにやら知性があるように思えた。もしかしたら言葉が通じるかもしれないと安堵したが、鎧騎士は一気にこちらへと詰め寄り、携えた大剣を使って先生に一太刀浴びせに来た。

襲ってきた鎧騎士の大剣を、愛用の剣で捕らえる先生。
一撃を捕らえた後、攻撃を逸らそうとしたが、鎧騎士の方が圧倒的に力が強く、先生は胸元に深い傷を負ってしまった。

鎧騎士の狙いは先生の様だ。認識阻害魔法のおかげか、俺には目もくれない。

「・・・っ。まずいな、我の力では倒せそうにないな。」

弱音を吐くだなんて信じられなかった。俺も戦闘に参加しないと。汗ばんだ手で剣を握りしめて敵に切り込もうとするが、足がすくんで震えが止まらない。

先生は俺の気持ちなど意に介さず、来た道を指さして、認識阻害魔法の効果が消えない内に逃げろと言ってくる。

「大丈夫だ、走れ。」

「でも、先生!」

強力なその魔法の効果は残り一時間。今引き返せば何とか地上へ戻る事ができるだろう。でも・・・

「俺は、俺は逃げたくないっ・・・。」

「我の言う事が聞けんか、うつけ者。ここで共倒れする気か。」

そう言って先生は鎧騎士と自分自身の周りに結界を貼り、誰も戦闘に加わらないようにしてしまった。

「先生!何でだよ、何で一人で戦おうとしてるんだよ!」

結界を何度も何度も叩いて叫ぶ。

「俺も、俺も戦える・・・。結界を解いてくださいよ、先生・・・。」

結界を解く気はないのだろう。俺が参戦した所で、勝てない事なんて分かりきってる。でも、このままでは後悔することになる。それだけは絶対に願い下げだ。





魔法で一部の結界を破る。

鎧騎士に向かって剣を振りかぶる。



「手を出してはいけない!」





────先生を、斬った。

「そん、な。」

先生の肩に剣が突き刺さる。硬い骨の感触が手に伝わってくる。零れ落ちる大量の血を見て立ちくらみする。このままでは、失血死してしまう。回復魔法を・・・

「いくら優れたつるぎでも、手入れを怠れば脆くなるばかりだ。」

肩に刺さった剣を抜く。

「何の・・・何の話だよ。しっかりしろよ、先生。」

ごめん、ごめんと謝りながらヒール、と回復魔法を掛けるが、血は全く止まらない。

「お前の才能は計り知れない。だからこそ管理は肝要だ。」

先生は話を続ける。

「風の吹くままに生きよ。それが最後・・の我が願いだ。」

鎧騎士が近付いてくる。俺は恐怖で動けなかった。何も出来なかった。非力だった。ただ見ているだけだった。





先生の首が宙を舞う。

ゆっくりと倒れてゆく体。

張り巡らされた結界が壊れてゆく。

散りゆく姿はまるで一枚の絵画の様だった。見たくない、見たくない。





ああ、髪の毛、整えないとな。久しぶりの外出なんだから。でも、時間を掛けたら先生を待たせてしまう。
ダンジョンなんて久しぶりだ。久しぶり・・・だ。

それからの記憶はない。





────俺は、魔法学園で成績トップになる事に執着した。そうすれば、きっと先生を助けられるから。今度は救えるだろうから。

俺は今でも先生の死を受け入れていない。どこかで生きてるのではないかと思っている。

兄の様に感じていた先生との別れは、俺にとって受け入れ難い現実だった。





────それ以来、俺は剣を握ることはなかった。





ダンジョンから帰還して数日が経ったある日。

せめて埋葬だけでもしてあげたいと思い、死体を回収しにもう一度ダンジョンに出向いたが、そこには何も無かった。何もいなかった。屈強な魔物も、鎧騎士も、先生も。

大恩ある師匠のしかばねは、未だ見つかっていない。
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