青い死神に似合う服

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第3章 復讐のジゼル

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 ヨネは魔女の時間に籠もり、紳士用のスーツを縫っていた。

 先日、圭司にテーラー・ヨネまできてもらって採寸をし、生地を選んだ。彼のスーツを縫うことにしたのだ。
 圭司は戸惑っていたが、萠衣のために理由は聞かずに仕立てさせて欲しいと言うと、承諾してくれた。萠衣の遺言か何かだと勘違いしたのかもしれない。

 萠衣が依頼した『生者にも見えるチュチュ』は縫うのをやめた。それでは彼女の望みを叶えるには不向きだと判断したのだ。もちろん、代替案は用意してある。

「さて……」

 方針さえ決まれば、あとはひたすら作業を重ねていくだけだ。

 今回は仮縫い後の試着の工程は省いて、本縫いに入った。生地はイタリー製で、ダークブラウンにピンストライプをダブル仕立てのスリーピースで。少々派手な印象ではあるが、圭司は普段ビジネススーツばかりを着ているだろうから、これくらい華のある物でもいいだろう。恐らく、着用するのは一度きりになるのだから。

 ヨネは魔女の時間の中、作業台に向かうと、大切に仕舞ってある糸を取り出した。特別に取り寄せた糸だ、大切に使わなければ。

 わずかに光沢のある糸を針に通し、ヨネは縫製を始める。仕上がりの立体感が出るよう、縫ってはアイロンで形を整え、また縫い上げていく。その繰り返しだ。袖山や背の優美な曲線はミシン縫いではなかなか出せない。手仕事ならではの繊細さが生きる。

 どんな依頼も受けるのが身上ではあるが、やはりテーラーと名乗るからには紳士服の仕立てが本職であると思えた。

 父から教わった技術を余すところなく使って手で一針一針縫っていく。練習で、何度もやり直しを命じられた八刺しも今ではなかなか上手にできる。

 紳士服を縫っていると、父の面影が思い出された。
 父の仕立てた服を着て鏡の前に立つ客の、面映ゆいような誇らしげな表情。それを見る父の満足げな笑み。もう遠く遠く霞んでしまった記憶だけれど、それでも仕立てを行っているときには鮮やかに蘇るものだ。

『そのスーツはどんな男前が着るんだい?』

 背後から声がした。魔女だ。

「人間のお客様ですわ。男前かどうかは……お好みかと」
『珍しいね。普通の人間に服を縫うなんて』
「そう言われてみれば……そうですわね」

 確かに、テーラー・ヨネには風変わりな客が多い。パイロット・ノアの紹介でやってくるのだから仕方がないが。

『もっと人間向けにも商売の手を広げたらどうだい。そこらへんを歩いている男共のむさ苦しいことと言ったら! ねずみの行列かと思うね』

 魔女の悪態に、ヨネはくすくすと笑う。確かにそうかもしれない。みんな似たようなスーツを着込んで、朝には駅に吸い込まれ、夜には吐き出される。それをねずみのようだと言うと、管弦ねずみは憤慨しそうだけれど。

「制服のようなものなんですよ、たぶん」
『なるほどねぇ……』

 魔女はつまらなそうに呟く。そして気配は消えていった。

 ヨネは少し立ち上がって伸びをする。肩が凝り固まって、目がしょぼしょぼした。それでも気持ちは急いて、すぐに作業に戻った。

 仕事をするというのは気分がいいものだった。これが誰かの役に立つ。そして自分の糧となる。もちろん疲れはするが、世界の輪の中にいるという安心感があった。病に伏していた少女の頃には得られなかった感覚だ。

「働いているほうが安心なんて、なんて日本人ぽいのでしょう」

 父も母もドイツ人で勤勉ではあったが、それでも日本人の仕事好きにはよく呆れていたものだ。まさか、娘がこれほどオーバーワークをしているなんて想像もできないだろう。

 こういうのを、氏より育ちと言うのかしら。ヨネは一人で笑い、作業台の前に戻った。
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