青い死神に似合う服

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第2章 泣き虫の死神ブルー

§7§

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 気がつくと一人、丘の上で横たわっていた。ひどく寒くて、ヨゼフィーネは自分の肩を抱く。傍らにはお母様に借りたヴェールがあった。それを胸元に引き寄せ抱き締める。

 風景は変わり果てていた。公園は限りなく闇に近い紺碧に塗り替えられていた。暗く、澱んだ空気は肺に入れると毒となって身体中に回りそうだった。

 花はもう咲いていない。皆、首を垂れてカラカラに乾いている。木々は枯れ枝ばかりになっていた。

 空には月もない。いつでも丸い月が昇っていたのに。

 何が起こったのだろう。一体、何が。

 身体を起こし、ヨゼフィーネは駆け出した。地面はぬかるんで上手く走れない。

「ブルー! ブルー、どこにいるの」

 不安で、何度も名前を呼ぶ。返事はない。澱んだ空気が震えるばかりだ。

「お願い……返事をして……!」

 声の限りに叫ぶ。だけど自分の声が谺するだけで、風の音一つ聞こえない。彼はどこへ行ったのだろう。どうして、こんなことになったのだろう。

「ブルー、お願い……」

 心細さに耐えかねて、涙が零れ落ちる。頬が濡れて冷たい。身体中が冷えていく。

 重い闇が垂れ込め枯れ果てた公園にはもう、以前の慕わしい景色はない。それでも、その痕跡を求めるようにヨゼフィーネは歩く。

「死神ブルーはもういません。彼は、罰を受けたのです」

 背後から声がして、驚いて振り返る。雪灰色のタキシードを着た男が、憐れむような目をして立っていた。

「スノーさん……? ブルーがいないって、どういうこと?」
「言葉のままです。彼は死神としての禁忌を犯したのです。だからもう、死神ブルーは存在しないのです」

 存在しない。どういうこと? ブルーは、死んでしまったの?

 問いかけは声にならなかった。ヨゼフィーネはただ、押し潰されそうな胸に両手を引き寄せて耐えるしかできない。

「どうしてこんな愚かなことをしたのか……」

 スノーの表情は静かだったけれど、一瞬、目には怒りが宿った。怖い顔だった。ヨゼフィーネが後退りするのを気取って、スノーは穏やかに、諭すように言う。

「死神としての仕事を放棄するだなんて、許されないことなのですよ」
「それならわたしも罰して! 彼だけに罪があるわけではないわ!」
「ええ。あなたは恐ろしい罰を受けることになります。マドモアゼル……あなたにはもう、迎えはきません」

 スノーの瞳が翳る。辛そうに眉をひそめ、ヨゼフィーネを見下ろす。とても恐ろしいことなのだろうということは、彼の表情から想像がつく。だけど、よくわからなかった。

「どういう……ことですか」
「未来永劫、あなたは彷徨うことになります」
「彷徨う……?」
「あなたは、人として生きることも、死ぬこともできないのです」
「……ブルーもそう言っていたわ」

 そうして、ブルーと一緒に生きるはずだった。

「ブルーもあなたと同じです。彼も、元は人間だったのです」
「少しだけ……聞いたわ」
「話したのですか。本当に、愚かなことを」

 スノーはため息をついたあと、幼子にするように目を細め、微笑みかけてくる。

「いずれ、わかりますよ。それがどういうことか。ブルーの犯した罪がどれほど重いのか。あなたはきっと、ブルーを恨むことになるでしょう」
「いいえ……いいえ! ブルーを恨むだなんて。わたしは、ブルーを愛しているもの」

 必死に言い募るヨゼフィーネを、スノーは憐れむように見つめ、大仰な仕草で胸に手を当て、お辞儀をした。

「お優しい、そして無垢なるマドモアゼル。ブルーの罪は、わたしが償いましょう」
「やめて、ブルーは罪なんて犯してないわ」

 何が、何が罪だというの。ブルーはとても優しい。十六歳で死んでいく少女の運命に同情して泣いていた。夢を叶えたいと言ってくれた。

 それが、そんなにも悪いことなの? 消えてしまわなければいけないほどの罪だというの?

「あなたの夢は、花嫁になること。それと、仕立て屋になることでしたね」

 ヨゼフィーネは泣き濡れた顔を上げる。

 夢……夢、そう、夢を見ていた。最初から叶うはずなどなかった。

 罪があるとすれば、自分のほう。運命を受け入れなかった、病に伏した世間知らずで愚かな娘。ヨゼフィーネは十六歳で死ぬはずだったのだ。

「一つは潰えましたが、もう一つは叶うでしょう」

 潰えたという言葉が胸に刺さる。スノーの言葉はもう、ヨゼフィーネにはどうでもいいことだった。それでも、スノーは変わらない少し芝居がかった口調で続ける。

「あなたが一人前のテーラーになるまで、及ばずながら助力いたします」
「……だって、あの人の服を縫おうと思ったのよ」

 ヨゼフィーネは首を振る。ブルーに服を縫ってあげたかった。

「それなら、死神になりますか。わたしは歓迎いたしますよ」
「え……」
「死に損ないは何か仕事をしなければならないのです。死神もその一つです」
「嫌よ……死神なんて」

 ブルーはあんなに泣いていた。きっと辛い仕事だったのだ。

 ヨゼフィーネは嫌だ嫌だと幼い子どものようにわめきながら泣いた。喉がひりついて痛い。胸は喘いで呼吸が止まってしまいそうだった。それならそれで構わない。どうせ死ぬ運命だったのだ。

 ブルーがいないなんて。そばにブルーがいないなんて。
 こんなことになるなら、彼のプロポーズを受けるのではなかった。死出の旅を彼にエスコートしてもらえばよかった。

 泣き続けるヨゼフィーネのそばで、タキシードの男は静かにただ、佇んでいた。
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