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第3章~魔物の口~

26話「死者の行進曲2」

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 フラグとはある種の一定条件を満たし、それを満たした際に顕現する結果を予測したものである。

 たとえば「俺を置いて先に行け」と言えば、本人は身代わりにあるいは囮になるため命を落とす可能性が非常に高い。
 この一連の流れを「死亡フラグ」と呼び、わずかに生存する可能性はあるものの、おそらく死ぬであろうと推測されるものである。

「こんなことは起きないだろう」と楽観的に言えばハプニングが起き、大魔法を喰らわせて「やったか!?」と言えば煙の中から無傷の敵が現れ、絶望感を味わせる。
 フラグとはこういうものらしい。

 そして我は現在、先ほど言った「ゾンビなんてもうでない」と言ったセリフを今すぐ無かったことにしたくてたまらない。
 なぜかって?そうだな、言ってみれば見事に我のセリフは「フラグ」だったのだ。

「現在、リメットの門を通すわけにはいかない」

 そう言う衛兵の周りには沢山の人々が詰め寄って、文句を言ったりなぜ入れないのかという疑問を解消したい質問に飲み込まれていた。
 かくいう我らも人々の長蛇の列に足止めされている。

 リメットの城壁の門・・・関所はその大きな扉を閉じている。

「何かあったんでしょうか?」

 スプリガンを巣に戻し、リメットに帰還した我らの目の前に広がっていたのはそれだった。

 手でメガネを作るようにして遠くにある門を見張るシオン。当然何が起こってるか見えるわけないが、おそらく気分の問題だろう。
 なので我とサエラのような身体能力の上昇を可能とするコンビで観察してみるが、衛兵たちが懸命に人々を落ち着かせようと呼びかけている事しかわからない。

「姉さん。これどうなってると思う?」

「さ、さぁ?外にいる行商人や冒険者を閉め出すなんて事例ないですし・・・」

 中には壁外で農作業をしていた農民の姿も見える。
 うむ。どんな理由であろうと問題行為である。が、我は聞いてしまった。かなり遠くからだが、リメットの中から大砲の発射音が聞こえてきたのだ。

 しかし実際遠くからだし、人々の暴動じみた抗議の叫び声によってかき消されているに等しい。
 我はサエラの服を軽く引っ張り、その事を小声で伝えた。

「都市の中から大砲?」

 わけがわからないといった様子で首をかしげたのはシオン。ただ我が嘘をつかないと信じてくれているのか、うーんとさらに考えはじめる。

「つまり中で戦闘が起きてて、外部から侵入されないようにするため?」

「もしくは中から何かが出ないようにするため・・・であるな」

 我の言いたい事を察したのか、サエラは頭を抱えて俯いた。
 そう、我の考えている事態・・・それはリメットの内部でアンデットが大量発生したという事だ。

 あくまで可能性である。ダンジョンから魔物が逃げ出すスタンピートかもしれん。だが、それにしてもあの冒険者ギルドの防衛網を潜り抜けた時点で一大事だ。

 すると突然リメットから大音量の女性の声が響いた。


『この放送は繰り返されます。現在、リメット内部にて大量のアンデットが発生。市民は速やかに最寄りの要塞、あるいは自宅に避難。衛兵と冒険者は可能な限りアンデットを排除してください。なお、ギルドカードに記載された討伐数によって報酬金が・・・』


 どうやらアメジスト色に輝く防壁から聞こえているようだ。あの壁自体魔力の塊だし、声を伝達させる魔法を使って大規模な放送を行なっているようだ。

 それにしてもアンデット発生か・・・嫌な方向で予想が的中してしまった。
 放送を聞いた人々は怒声を騒めきに変え、中には逃げ出そうと来た道を戻るのも数人見られた。

 逆に冒険者たちは報酬という言葉を聞いて、さらに扉を開けと騒ぎ立てる。
 ゾンビは数こそ脅威だが、基本的には弱い。しかも素材という素材などほとんど手に入らないため、冒険者たちからは色んな意味で忌み嫌われているのだ。
 しかし討伐数で報酬が出るなら話は別なのだろう。ボーナスキャラである。

「どうします?」

 シオンが尋ねてくるが、どうするもこうするも落ち着くまで大人しく待っているしかないだろう。
 
「お主ら武器がないだろうに」

「あっ」

「私も小太刀しかない」

 そういうことだ。二人の装備は強化、作製で預けてしまっている。しばらくダンジョンに潜らないつもりだったのがこうも裏目に出るとは。

「サエラはゾンビ相手に接近は無理だろう?」

「噛み殺されるかショック死するかの違い」

 抵抗せい。

「むー、なんか凄い勿体無いです・・・」

 シオンが肩を下げて惜しむように言う。まぁ稼ぎ時ではあるからな。
 しかし無理して怪我などしては本末転倒である。

「諦めよ」

「ぐ、こんなところでっ!」

「勇者みたいな事いうなお主」

 かなり前、ボロボロになった勇者がそんなことを言ってたなとぼんやりしていたその時であった。

 爆音が我らの耳を・・・否、身体を激しく揺らした。

 強烈な破壊音。それは衝撃波となり、瓦礫や木材の破片を飛ばす。その中には人の姿も見えた。
 軽々しく、子供が羊皮紙を千切るかのように。

「ヒィヒーンッ!!ギュヴルルルッ!!」

 爆音と肌を削る衝撃波に馬が混乱する。前足を上げ、乗り手を振り下ろそうと大暴れだ。目が恐怖の漆黒に染まっている。
 サエラは暴れ馬のお陰で一瞬固まった思考を再起動させると、戸惑いながらも馬を落ち着かせる。

「どーどー、どーどぉ」

 馬を上手いこと暴れさせながら、サエラはストレスを発散させる。しばしして、馬は落ち着きを取り戻し鼻息を吹いた。

「な、なんですか今の!?」

 シオンの方も馬が暴れたようだが、サエラと同じくなんとか落ち着かせることができたようだ。
 その目は驚きに見開かれる。

 爆発は一瞬だった。辺りには何かの破片と、先ほどの爆発で吹き飛ばされた人間たちが横たわっていた。
 身につけている兵装からして、冒険者だろう。中には衛兵や商人、農民と思わしき人間も混ざっている。

 うめき声を上げながら痙攣する者と、全く動かない者。飛んだ時の衝撃か、あるいは硬い地面に叩きつけられた影響か、四肢の一部が千切れている者もいる。

 あまりにも残酷な光景に、シオンとサエラも表情を青ざめる。

「・・・何、あれ」

 サエラが呆然とした声で、爆発音のした門の方へ目を向けた。
 釣られた我もそこを見る。

 そこには爆発に巻き込まれなかった人々を見下ろす巨人がいた。スプリガンのような巨大化した巨体ではなく、人間たちにとっても馴染み深いであろう人型の巨人だった。

 しかしそれは体の至る所が腐敗しており、痛々しい筋肉を剥き出しにしている。
 目は濁っていて、今にもポロっと落ちそうだ。それでもある種の意思を感じ取れた。

 食欲。

「あがぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」


 その悲鳴は歓喜。腐った声帯を無理やり震わせて感情を露わにする。
 冒涜的な捕食者。刃物を向けられたり、魔法を撃ち出されたり、弓矢の照準がこちらを向いているのとは違う、圧倒的で原始的な恐怖。
 奴の叫びは、それを大きく表現していた。
 一瞬で、固まっていた人々は四方八方に逃げ出す。

 「新人フレッシュマン・・・!?」

 巨人型ゾンビの発狂にも聞こえる雄叫びを聞いたシオンは、その名を小さく呟いた。
 そして馬の手綱を慌てて引っ張ると我らに向かって「逃げましょう!」と叫んだ。
 いつもとは違う、真剣な表情をするシオンにサエラは戸惑いの声を上げる。

「姉さん、どうしたの・・・?」

「あれはダメです!あれは、あんなの・・・!」

 いつもなら解説してくれるのだが、混乱しているのかそれもない。かなり怯えている。
 我はそのフレッシュマンとやらの方を向いた。奴は何かしらの方法で門を破壊し、その前にいた運の悪い冒険者や衛兵などの人々を扉ごと吹き飛ばしたのだ。
 流石にアメジスト色の防壁を傷付ける事ができなかったようだが、木製の扉を破壊するのは充分な力の持ち主らしい。

 足元にいた人々はすでにそこに居らず、代わりに踏み潰された衛兵の遺体が散らばっている・・・・・・・
 すると命尽きた体が、まるで血液を抜き取られるかのように萎んでいき、やがてそれは乾燥したミイラに成り果てた。

 我にはわかる。魔力の流れが、あのフレッシュマンに吸い取られているのだ。いわば魔力の捕食とも言える。

 おそらく奴はエネルギーの代謝が異常に高い。だからこそ、消化の過程を無視できる魔力そのものを吸収しているのだろう。
 それもただの魔力ではなく、魂に備わった命の魔力を。

 となれば、フレッシュマンには極上の餌が見えたはずだ。他の逃げ惑う人間には目もくれず、遠くにいるはずのエルフの二人が。

「えひっ!え"ひひひひひ!!!」

フレッシュマンは歓喜するように、周囲に倒れた人々を無視してサエラとシオンを視界に収めた。
 肥大化した両手を地面に当て、ナックルウォークで走り出す。
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