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第3章~魔物の口~
22.5話
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移動の準備の整った軍団は、100人の兵士を率いて城塞都市リメットへと向かっていた。
集団が大移動するのはそれなりに危険が付きまとう。音を隠せず、姿も丸見え、しかも食料や武器などの物資を乗せた馬車まで連れている。
こういった集団は野盗や力のある魔物や獣にとって格好の獲物である・・・が、レギオンは例外であった。
「ぎゃぁぁぁあ!?」
その男は木で作った粗末な盾ごと真っ二つに切断された。敵の武器を受け止めようとしたのだろう、男の亡骸は恐怖と驚愕に目を見開いたまま止まっていた。
臓物と血の匂いに男を斬った青年・・・ルーデスは汚臭に表情を歪ませる。するとルーデスに力強い声の指示が飛んできた。
「ルーデス!前に出すぎず、一撃離脱を心得ろ!」
「はいっ!!」
「ティムはビビリすぎだ!積極的に槍を前に出せ!敵を近付けるんじゃねぇ!」
「そ、そんな無茶な」
「あぁん!?」
「や、やりますよ、やりゃぁいいんでしょ!?」
指揮官と思わしき人物に怒鳴られた男・・・ティムは怯えながらも指示に従う。
しかしティムの槍さばきは素人がやけになって動かしているのとはワケが違い、確かに練度のあるものであった。そこはやはり、レギオンの団員といったところだろう。
レギオンは行軍中に野盗の集団に奇襲に遭い、現在交戦状態に陥っていた。
野盗もただ何も考えずに鎧を着込んだ武装集団を襲ったのではなく、反撃してきたレギオンの部隊を撹乱させて分断することに成功している。
結果ルーデスの所属していた部隊は森の中で孤立され、野盗たちに囲まれていた。
「兄貴!一人やられた!」
「なぁに気にすんな!死ぬってことはどうせ役立たずさ!むしろ取り分が増える事に喜べてめぇら!」
野盗のリーダーと思わしき人物が、太鼓のように大きな声を張って手下たちの士気を上げる。
リーダーのセリフを聞いて発する、野盗たちの下卑た笑い声。それはもはや勝利を確信していた雰囲気であった。
野盗のリーダーの手腕は確かに優れている。初めから人数の少ない部隊に絞り、森へ誘い込み、本隊と分断する事に成功している。
組織としても巨大化しており、移動中の行商人だけではなく騎士団までも物資の略奪に成功している大規模な盗賊団。自分たちはそれに所属しているという自負があり、自信があった。
「頭ァ!こいつらレギオンの連中ですぜ!」
「あぁそうだな、盗賊狩りとはよく言ったもんだ。見ろ、あいつらカメみてぇに縮こまってるぜ!」
「ぎゃははは!どうした、かかってこいよぉ!」
ルーデスたちの部隊は12人で構成された小隊である。20人以上の野盗に囲まれている状態で乱戦するのは不利となるだろう。故に彼らは一箇所に固まり、盾を構えて野盗が近寄れないよう防御を取っていた。
騎士たちが何もできずにいるのを見て、盗賊たちは優越感からかゲラゲラと汚い笑い声をあげる。誰がどう見ても追い詰められているとしか見えないだろう。
しかし、レギオンの団員たちは妙に落ち着いていた。淡々と盾を構え、敵の攻撃を受けないように集中している。優れた戦術家であればこの異様な雰囲気を感じ取れていたはずだ。しかし、所詮は盗賊でしかない野盗のリーダーが気づくことはできなかった。できるはずもない。
しばらく経つと、部隊の指揮官がまた大きな声で指示を出す。
「全員、『甲羅の構え』!!」
その直後、レギオンの団員たちはさらに互いの体を寄せ合い、盾をつなげて隙間をなくしていく。中央に移動した兵士は蓋をするように盾を上に構える。
結果、瞬く間に大きな鉄の箱が出来上がった。それを見て野盗たちは動きを止めたが、明らかに攻撃の姿勢ではなく防御の体勢であることに「こいつらは怯えている」と考えてしまったのだろう。調子に乗る。
レギオンに向かって暴言を吐き続けるが、野盗の優越感はそう長く続くことはなかった。
「弱虫どもが!篭ってねぇででぺっ!?」
突然野盗の一人が地面に倒れ伏せた。何が起きたかわからずに死んだのだろう、その首には口まで貫く形で矢が刺さっている。
「・・・は?」
それを見て野盗のリーダーは気の抜けた声を漏らす。ふと何気なく矢が降ってきた上空を見てみると、そこには無数の矢の雨が自分達に向かって降り注がれていた。
「な・・ん・・・d」
それが野盗達が見た最後の光景であった。
「この野盗共も、まさか自分達が回り込まれてるとは思わなかったでしょうね」
指揮官がそう言うと、レギオンの団長プロドディス・ドミニクが野盗の死体を見下ろしながら返答した。
「少人数の遊撃隊で本隊を撹乱し、追跡してきた部隊を孤立させてから集団で囲む・・・か。なかなか賢いやり方だが、奴らの誤算は遊撃隊が即壊滅したことだな」
本来時間稼ぎを目的とした遊撃隊であったが、レギオンの殲滅力の前では手も足も出なかったらしい。その秘密は、レギオンの採用している編成にあった。
レギオンには小隊編成とは別に3人1組という組がある。多人数との戦闘の乱戦の際には、12人の小隊から3人のパーティに切り替わるのだ。
なぜ3人なのかというと、一人が負傷した際、もう一人が負傷者を背負い、最後の一人が援護しながら速やかに撤退できるからである。この戦法により、死者は出にくくなっているのだ。
さらに攻撃の時にも、少人数で機動的に動けるようになっている。小隊ほどの人数的有利は減るが、乱戦では有利に働く。
結果野盗の遊撃隊は全滅し、レギオンはそのままルーデスたちの小隊の救援に向かった。茂みに隠れ、小隊の指揮官に合図を送った後、弓矢で野盗を一網打尽という流れである。
囮の部隊が盾で箱を作り、その周りに群がる敵を弓の雨で殲滅するのはレギオンの常套手段であった。もっとも、レギオンの中でも最精鋭で訓練の受けた部隊しかしないが・・・。
そういう意味では、野盗たちは罠にはめたつもりがはめられていたのだろう。レギオンに挑んだのが間違いである。
「死体はどうしましょう?」
「いつも通り、燃やしとけ。だがこいつらのリーダーの首は持って行くぞ。もしかしたら賞金首かもしれねぇからな」
「了解しました」
「だんちょー、一人宝石持ってたやついたからもらっていいっスか?」
「嬉々と死体漁りしてんじゃねぇバカモンがっ!!」
「いだー!?」
一人鉄拳制裁を受けているのを尻目に、レギオンの団員たちは殲滅した野盗の死体を一箇所にまとめ、魔法に心得のある兵士たちがその死体を火の魔法で燃やすという後始末をしていた。
死体を放置すれば寄生虫が取り付いたり、魔力の関係などの理由でアンデット化する可能性があるからだ。そうなれば、近隣の村人に被害が出るのは目に見えている。
野盗の隠れ場から最低限の物資を手に入れ、死体を燃やし終えたら移動を再開するようだ。何人かは座って休憩している。主に死体を運ぶ力仕事を受け持った兵士たちだ。
ルーデスはその中にいる一人の同僚に水筒を差し出した。
「ティム、お疲れ様」
「あぁルーデス。さんきゅ、ったく、死体運びも楽じゃねぇぜ」
ティムの愚痴にルーデスは「あはは」と苦笑いでしか返すことができない。ルーデス自身、あまり死体に触りたくないのだろう。それには同意できた。
「仕方ないじゃないか。ゾンビに徘徊されても困るし」
「まーな。それに、別に野盗に襲われるのも悪いことばかりじゃねぇし」
ティムはそう言って懐から赤い宝石を取り出した。それは、野盗の死体が身につけていた物である。「死体にゃ必要ねーだろ」と言ってティムがもぎ取ったのだろう。
いくらで売れるかと皮算用している様子にルーデスは呆れた視線を向ける。
「全く、やってることが盗賊じゃないか」
「悪党から物を取って何がわりーんだよ。ちゃんと団長には報告したぜ?」
ティムが後頭部を摩りながらそう言う。韋駄天と言われる逃げ足でも、団長から逃げ切ることはできなかったようだ。団長の「バカモン!」という怒鳴り声の発生原因はティムだったのかとルーデスは納得した。
「相変わらず、団長とは仲がいいね」
「いや、ガキの頃面倒見てもらっただけだ。そのぶん容赦ねぇだけだぞあの団長」
ティムはプロドディスに育てられた養子である。だからこそ他の団員たちとは少し違った距離感を持っているのだろう。
そのことをレギオンの団員たちは当然のように知っている。時々羨ましそうに昔の団長の事を尋ねたりしているようだが、聞けるのはいかに団長がスパルタであるかという愚痴くらいだ。
「・・・なぁティム」
「あん?」
「ティムってなんでレギオンに入ったの?」
「あん?そりゃコネがあるし・・・」
身内だからといって贔屓はされない。ティムの冗談だろう。
「ふざけてないで真面目にさ」
「えー?んなこと聞かれてもなぁ・・・」
ふざけた回答は受け付けられず、ティムは困ったようにうーんと顎に手を当てて考える。といっても、ティムにはルーデスのように強い意志を持ってレギオンに入隊したわけではない。
「強いて言えば・・・憧れたからかな?団長に」
自分はかつて子供で、あの大きな背中が太陽よりも眩しく感じていた時期が確かにあった。
心のどこかでは、まだ追いつきたいと思っているのかもしれない。
「そっか」
ルーデスはティムの返答を聞くと、求めていた答えとは違ったからか少し表情に影を見せた。
親しい同僚の変化をティムは見逃さない。
「なんだ?何か悩みでもあんのか?」
「いや、大したことじゃないんだ。ただ・・・」
「言えよ。俺とお前の仲だろが」
ティムとルーデスは同年代で同じ年に入団した同僚だ。つらい経験も、楽しかったことも共に学んできた戦友である。ルーデスはティムの隣に座ると、少し間をおいて話した。
「団長に言われてさ。お前は誰を守りたいんだ?って」
「はぁ?なんじゃそりゃ。で、なんて答えたんだ?」
「力のない人を守りたいって言ったよ。俺が子供の時、レギオンが助けてくれたことがすごく嬉しかったから」
「ほーん、お前らしいな」
「でも、それじゃダメだって。レギオンとしては良いかもしれないけど、俺自身の信念にするのは良くないって・・・」
ルーデスの言葉にティムは「ふむ」と相槌をし、しばし考えるような仕草をした。少なくともティムはプロドディスのことを良く知っているつもりだ。だから、団長がなぜわざわざルーデスに直接そう言ったのかをなんとなく想像することができる。
だが、それが答えじゃないのだろう。正直言ってわからない。だからといって悩んでいる友人をほっとくことはできなかった。
「んー、あれじゃね?お前の話はスケールでかいってことじゃね?」
「・・・ごめん、俺にも理解できるように言ってくれ」
ティムは説明が下手くそだった。
「つまりだ、「曖昧だ」って言いたいんじゃないか?人だって全員助けることなんてできねーし、個人でできることにも限りがある」
「わかってるよ。だからレギオンがあるんじゃないか」
「でもお前が目指してるのは団長みたいに強い男だろ?団長が言いたかったのは、ガムシャラにデカイ目標に走るんじゃなくて、お前の手の中で確実に守れる何かを見つけろってことじゃねーの?」
「・・・」
「支えがねぇと、いつか折れちまうだろ」
ティムの解釈を聞き、ルーデスはしばらく考える様子を見せる。話したからって、悩み種がすぐに解決するとはティムも思っていない。
(コイツ、俺とは違ってバカ真面目だからなぁ~。物事を難しく考えるんだよ)
「ま、友人の一意見ってことで。まだリメットには到着しないしゆっくり考えてみろよ」
「・・・あぁ、そうしてみる」
しばらくしてレギオンは移動を再開する。100名の行軍の中、ルーデスは偉大な城塞都市への道のりを歩きながら、自分の中の答えを探し続けていた。
集団が大移動するのはそれなりに危険が付きまとう。音を隠せず、姿も丸見え、しかも食料や武器などの物資を乗せた馬車まで連れている。
こういった集団は野盗や力のある魔物や獣にとって格好の獲物である・・・が、レギオンは例外であった。
「ぎゃぁぁぁあ!?」
その男は木で作った粗末な盾ごと真っ二つに切断された。敵の武器を受け止めようとしたのだろう、男の亡骸は恐怖と驚愕に目を見開いたまま止まっていた。
臓物と血の匂いに男を斬った青年・・・ルーデスは汚臭に表情を歪ませる。するとルーデスに力強い声の指示が飛んできた。
「ルーデス!前に出すぎず、一撃離脱を心得ろ!」
「はいっ!!」
「ティムはビビリすぎだ!積極的に槍を前に出せ!敵を近付けるんじゃねぇ!」
「そ、そんな無茶な」
「あぁん!?」
「や、やりますよ、やりゃぁいいんでしょ!?」
指揮官と思わしき人物に怒鳴られた男・・・ティムは怯えながらも指示に従う。
しかしティムの槍さばきは素人がやけになって動かしているのとはワケが違い、確かに練度のあるものであった。そこはやはり、レギオンの団員といったところだろう。
レギオンは行軍中に野盗の集団に奇襲に遭い、現在交戦状態に陥っていた。
野盗もただ何も考えずに鎧を着込んだ武装集団を襲ったのではなく、反撃してきたレギオンの部隊を撹乱させて分断することに成功している。
結果ルーデスの所属していた部隊は森の中で孤立され、野盗たちに囲まれていた。
「兄貴!一人やられた!」
「なぁに気にすんな!死ぬってことはどうせ役立たずさ!むしろ取り分が増える事に喜べてめぇら!」
野盗のリーダーと思わしき人物が、太鼓のように大きな声を張って手下たちの士気を上げる。
リーダーのセリフを聞いて発する、野盗たちの下卑た笑い声。それはもはや勝利を確信していた雰囲気であった。
野盗のリーダーの手腕は確かに優れている。初めから人数の少ない部隊に絞り、森へ誘い込み、本隊と分断する事に成功している。
組織としても巨大化しており、移動中の行商人だけではなく騎士団までも物資の略奪に成功している大規模な盗賊団。自分たちはそれに所属しているという自負があり、自信があった。
「頭ァ!こいつらレギオンの連中ですぜ!」
「あぁそうだな、盗賊狩りとはよく言ったもんだ。見ろ、あいつらカメみてぇに縮こまってるぜ!」
「ぎゃははは!どうした、かかってこいよぉ!」
ルーデスたちの部隊は12人で構成された小隊である。20人以上の野盗に囲まれている状態で乱戦するのは不利となるだろう。故に彼らは一箇所に固まり、盾を構えて野盗が近寄れないよう防御を取っていた。
騎士たちが何もできずにいるのを見て、盗賊たちは優越感からかゲラゲラと汚い笑い声をあげる。誰がどう見ても追い詰められているとしか見えないだろう。
しかし、レギオンの団員たちは妙に落ち着いていた。淡々と盾を構え、敵の攻撃を受けないように集中している。優れた戦術家であればこの異様な雰囲気を感じ取れていたはずだ。しかし、所詮は盗賊でしかない野盗のリーダーが気づくことはできなかった。できるはずもない。
しばらく経つと、部隊の指揮官がまた大きな声で指示を出す。
「全員、『甲羅の構え』!!」
その直後、レギオンの団員たちはさらに互いの体を寄せ合い、盾をつなげて隙間をなくしていく。中央に移動した兵士は蓋をするように盾を上に構える。
結果、瞬く間に大きな鉄の箱が出来上がった。それを見て野盗たちは動きを止めたが、明らかに攻撃の姿勢ではなく防御の体勢であることに「こいつらは怯えている」と考えてしまったのだろう。調子に乗る。
レギオンに向かって暴言を吐き続けるが、野盗の優越感はそう長く続くことはなかった。
「弱虫どもが!篭ってねぇででぺっ!?」
突然野盗の一人が地面に倒れ伏せた。何が起きたかわからずに死んだのだろう、その首には口まで貫く形で矢が刺さっている。
「・・・は?」
それを見て野盗のリーダーは気の抜けた声を漏らす。ふと何気なく矢が降ってきた上空を見てみると、そこには無数の矢の雨が自分達に向かって降り注がれていた。
「な・・ん・・・d」
それが野盗達が見た最後の光景であった。
「この野盗共も、まさか自分達が回り込まれてるとは思わなかったでしょうね」
指揮官がそう言うと、レギオンの団長プロドディス・ドミニクが野盗の死体を見下ろしながら返答した。
「少人数の遊撃隊で本隊を撹乱し、追跡してきた部隊を孤立させてから集団で囲む・・・か。なかなか賢いやり方だが、奴らの誤算は遊撃隊が即壊滅したことだな」
本来時間稼ぎを目的とした遊撃隊であったが、レギオンの殲滅力の前では手も足も出なかったらしい。その秘密は、レギオンの採用している編成にあった。
レギオンには小隊編成とは別に3人1組という組がある。多人数との戦闘の乱戦の際には、12人の小隊から3人のパーティに切り替わるのだ。
なぜ3人なのかというと、一人が負傷した際、もう一人が負傷者を背負い、最後の一人が援護しながら速やかに撤退できるからである。この戦法により、死者は出にくくなっているのだ。
さらに攻撃の時にも、少人数で機動的に動けるようになっている。小隊ほどの人数的有利は減るが、乱戦では有利に働く。
結果野盗の遊撃隊は全滅し、レギオンはそのままルーデスたちの小隊の救援に向かった。茂みに隠れ、小隊の指揮官に合図を送った後、弓矢で野盗を一網打尽という流れである。
囮の部隊が盾で箱を作り、その周りに群がる敵を弓の雨で殲滅するのはレギオンの常套手段であった。もっとも、レギオンの中でも最精鋭で訓練の受けた部隊しかしないが・・・。
そういう意味では、野盗たちは罠にはめたつもりがはめられていたのだろう。レギオンに挑んだのが間違いである。
「死体はどうしましょう?」
「いつも通り、燃やしとけ。だがこいつらのリーダーの首は持って行くぞ。もしかしたら賞金首かもしれねぇからな」
「了解しました」
「だんちょー、一人宝石持ってたやついたからもらっていいっスか?」
「嬉々と死体漁りしてんじゃねぇバカモンがっ!!」
「いだー!?」
一人鉄拳制裁を受けているのを尻目に、レギオンの団員たちは殲滅した野盗の死体を一箇所にまとめ、魔法に心得のある兵士たちがその死体を火の魔法で燃やすという後始末をしていた。
死体を放置すれば寄生虫が取り付いたり、魔力の関係などの理由でアンデット化する可能性があるからだ。そうなれば、近隣の村人に被害が出るのは目に見えている。
野盗の隠れ場から最低限の物資を手に入れ、死体を燃やし終えたら移動を再開するようだ。何人かは座って休憩している。主に死体を運ぶ力仕事を受け持った兵士たちだ。
ルーデスはその中にいる一人の同僚に水筒を差し出した。
「ティム、お疲れ様」
「あぁルーデス。さんきゅ、ったく、死体運びも楽じゃねぇぜ」
ティムの愚痴にルーデスは「あはは」と苦笑いでしか返すことができない。ルーデス自身、あまり死体に触りたくないのだろう。それには同意できた。
「仕方ないじゃないか。ゾンビに徘徊されても困るし」
「まーな。それに、別に野盗に襲われるのも悪いことばかりじゃねぇし」
ティムはそう言って懐から赤い宝石を取り出した。それは、野盗の死体が身につけていた物である。「死体にゃ必要ねーだろ」と言ってティムがもぎ取ったのだろう。
いくらで売れるかと皮算用している様子にルーデスは呆れた視線を向ける。
「全く、やってることが盗賊じゃないか」
「悪党から物を取って何がわりーんだよ。ちゃんと団長には報告したぜ?」
ティムが後頭部を摩りながらそう言う。韋駄天と言われる逃げ足でも、団長から逃げ切ることはできなかったようだ。団長の「バカモン!」という怒鳴り声の発生原因はティムだったのかとルーデスは納得した。
「相変わらず、団長とは仲がいいね」
「いや、ガキの頃面倒見てもらっただけだ。そのぶん容赦ねぇだけだぞあの団長」
ティムはプロドディスに育てられた養子である。だからこそ他の団員たちとは少し違った距離感を持っているのだろう。
そのことをレギオンの団員たちは当然のように知っている。時々羨ましそうに昔の団長の事を尋ねたりしているようだが、聞けるのはいかに団長がスパルタであるかという愚痴くらいだ。
「・・・なぁティム」
「あん?」
「ティムってなんでレギオンに入ったの?」
「あん?そりゃコネがあるし・・・」
身内だからといって贔屓はされない。ティムの冗談だろう。
「ふざけてないで真面目にさ」
「えー?んなこと聞かれてもなぁ・・・」
ふざけた回答は受け付けられず、ティムは困ったようにうーんと顎に手を当てて考える。といっても、ティムにはルーデスのように強い意志を持ってレギオンに入隊したわけではない。
「強いて言えば・・・憧れたからかな?団長に」
自分はかつて子供で、あの大きな背中が太陽よりも眩しく感じていた時期が確かにあった。
心のどこかでは、まだ追いつきたいと思っているのかもしれない。
「そっか」
ルーデスはティムの返答を聞くと、求めていた答えとは違ったからか少し表情に影を見せた。
親しい同僚の変化をティムは見逃さない。
「なんだ?何か悩みでもあんのか?」
「いや、大したことじゃないんだ。ただ・・・」
「言えよ。俺とお前の仲だろが」
ティムとルーデスは同年代で同じ年に入団した同僚だ。つらい経験も、楽しかったことも共に学んできた戦友である。ルーデスはティムの隣に座ると、少し間をおいて話した。
「団長に言われてさ。お前は誰を守りたいんだ?って」
「はぁ?なんじゃそりゃ。で、なんて答えたんだ?」
「力のない人を守りたいって言ったよ。俺が子供の時、レギオンが助けてくれたことがすごく嬉しかったから」
「ほーん、お前らしいな」
「でも、それじゃダメだって。レギオンとしては良いかもしれないけど、俺自身の信念にするのは良くないって・・・」
ルーデスの言葉にティムは「ふむ」と相槌をし、しばし考えるような仕草をした。少なくともティムはプロドディスのことを良く知っているつもりだ。だから、団長がなぜわざわざルーデスに直接そう言ったのかをなんとなく想像することができる。
だが、それが答えじゃないのだろう。正直言ってわからない。だからといって悩んでいる友人をほっとくことはできなかった。
「んー、あれじゃね?お前の話はスケールでかいってことじゃね?」
「・・・ごめん、俺にも理解できるように言ってくれ」
ティムは説明が下手くそだった。
「つまりだ、「曖昧だ」って言いたいんじゃないか?人だって全員助けることなんてできねーし、個人でできることにも限りがある」
「わかってるよ。だからレギオンがあるんじゃないか」
「でもお前が目指してるのは団長みたいに強い男だろ?団長が言いたかったのは、ガムシャラにデカイ目標に走るんじゃなくて、お前の手の中で確実に守れる何かを見つけろってことじゃねーの?」
「・・・」
「支えがねぇと、いつか折れちまうだろ」
ティムの解釈を聞き、ルーデスはしばらく考える様子を見せる。話したからって、悩み種がすぐに解決するとはティムも思っていない。
(コイツ、俺とは違ってバカ真面目だからなぁ~。物事を難しく考えるんだよ)
「ま、友人の一意見ってことで。まだリメットには到着しないしゆっくり考えてみろよ」
「・・・あぁ、そうしてみる」
しばらくしてレギオンは移動を再開する。100名の行軍の中、ルーデスは偉大な城塞都市への道のりを歩きながら、自分の中の答えを探し続けていた。
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