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第3章~魔物の口~
21話「サエラの武器6」
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「あ、ウーロちゃんですよー!」
しばらくして、遠くの方から少女たちがやって来るのが見えた。シオンが笑顔で手を振りながら、小走りしているのが確認できる。
「がおっ」
お返しという意味で、我も大きく右手を振るい、彼女たちに向けて自分の存在をアピールする。
シオンとサエラはダンジョンで鍛えているためか、農園を外から回ってくるのに疲れた様子を見せなかった。しかしマーシーは背負っている機材が重いためか、少し息を切らしていた。
我はいち早く到着したシオンの方へ羽ばたくと、彼女は冗談まがいにこんなことを言ってくる。
「一人で大丈夫でしたかー?誘拐犯とか来ませんでしたかー?」
その一言に我はギクリと動きを一瞬止めたが、あまり心配を掛けたくなかったので「ぎゃおっ」と元気に返事をしておいた。
あの男どもは結局、衛兵に捕まって連行されていった。
何故そうなったかというと、たまたま巡回していた衛兵たちが我の剣を叩き壊した音を聞きつけたらしい。塀から降りて男たちと睨み合っていると、「ドタドタ」「ガチャガチャ」と早歩きで何かがこちらに向かってくるのが聞こえたのだ。
間違いなく面倒ごとに巻き込まれると思った我は、足音の主がこちらに到着する前に壁の向こう側に飛んで隠れた。
案の定、やって来たのは衛兵たちである。重装備な鎧を身にまとっている衛兵に男たちは怯えておった。
男たちは「ドラゴンがいた」と喚いていたが、そもそもそんな話を衛兵が信じるはずもなく、さらには「ドラゴンがいたとして、お前たちは何をしていた?」と不審がっていた。
見るからにガラの悪い二人組を怪しいと思ったのか、衛兵たちは身体検査をその場で行い、結果農園の果実を盗んでいたという事実がわかって盗っ人をしょっぴいて行ってしまったのであった。
ボコボコにできなかったのは残念であるが、これで良かったのだと思う。
今思うと我は少々気が立っていて何をするかわからんかった。爪を振るえば奴らの上半身と下半身が泣き別れするし、炎を吐けば灰になってしまうだろう。冷静になれば、こんなことはすぐわかるというのに・・・あのまま衛兵がやって来なかったら我は自分の力を振るっていたやもしれない。
過剰な防衛はただの暴力にしかならぬ。我を素材や金儲けに利用しようとする人間と久々に出会ってしまったとはいえ、今後のことも考え反省せねば。
我がどうこうされるというよりも、シオンやサエラに迷惑をかける方が心配である。従魔が殺人をしたとなれば、いろいろな責任が二人に求められてしまうだろうしな。
「・・・」
ん?なんだ?サエラがこちらをジッと見てくる。
わ、悪いことはしておらんぞ?ギリギリで衛兵が来たから何もしとらん!
我が一瞬固まるのを見て何か察したのだろうか。何か言いたげにしているが、無関係のマーシーがいるためか問いただせない様子である。
あ、あぶねぇである。マーシーに感謝。
「はぁ、はぁ、二人共元気ね・・・」
息を切らしながらマーシーは二人に向かって言う。鬼人族は力が強いことで有名なのだが、個人差はあるようである。
それでも自分と同じ大きさのある機材を背負って歩けるだけの筋力はあるようだが。
シオンはその大きな機材が何なのか気になっていたようで、息を整えているマーシーに疑問を投げかける。
「すっごく気になってたんですけど、マーシーさんのそれ何なんですか?」
「あ、あぁこれ?ゴーレムよ」
「はい?」
予想外の返答が帰ってきた。さすがのシオンも困惑である。
「これによく作業を手伝わせたりしてるの。動かす時は変形するのよ」
なにそれかっこいいな。
「・・・最初から歩かせれば良いのでは?」
サエラが突っ込むが、マーシーは「魔力の燃費が悪すぎるのよ、この子」と言う。ゴーレムは魔力で体の機能を活動させることができる。だが、それはつまり人と同じくエネルギーが必要だということだ。
マーシーのゴーレムの場合、通常の戦闘用ゴーレムとは違って細かな作業を必要とされるため様々な機能が付いているとのこと。その分起動するのにもそれ相応の魔力が求められるらしい。
そう思うとギルドのダンジョン入り口で門番をしているガーゴイルはどれほどの魔力を使って動いているのだろう?普段は休眠というかスリープ状態なのかもな。
「スプリガンを仕留めたら起動させるわ。だからサエラさん、よろしくね」
「わかった」
マーシーの言葉にサエラは頷き、早速追跡能力を使って痕跡を見つけ出した。我は嗅覚でしか匂いを追うことができないが、サエラは視覚でもスプリガンの痕跡を追うことができる。
塀の傷跡から微かに残っている体臭が、白い靄のように見えるらしい。それは道標であり、スプリガンの場所まで導いてくれる。
「・・・こっち」
サエラがそう言い、先頭に立つ。我は皆より頭一つ分ほど高く飛び、魔物が襲ってこないか見張りをする。いくらリメットの周辺と言っても、外壁の外である。魔物が襲ってこないとも限らん。事実、スプリガンという魔物が出現しているのだだからな。
シオンは回復魔法の系統である「シールド」の魔法をいつでも発動できるようにしている。これなら不意打ちを喰らうこともまずないだろう。
サエラには痕跡を追うことに集中してもらえる。
追跡していくと岩場や草が伸びて見渡しにくい道を通っていたりと、スプリガンがかなり用心深いことがわかった。
途中で足跡らしきものも見つけたが、その足跡も歩いた後再び同じ場所を踏んで近場の草むらに飛んだりと、追跡を狂わす技術も有していた。
「・・・今度はこっち」
しかし、サエラから逃れることはできない。一つでも証拠を残せばその後を追うことができるのだ。まるで猟犬であるな。
そうしてしばらく付いていくと、次第に行き先は森の中に変わっていった。スプリガンの住処はこの森の中にある可能性が高いな。
当然といえば当然だが。
「・・・あっ」
と、サエラが森の中で何か見つけたようだ。なんだ?なんだ?ゆっくり降下しつつ、サエラが発見したものに近づいてみるとそれは・・・。
「・・・馬鈴薯」
サエラがその落し物の名前を言った。それは馬鈴薯と呼ばれる食材であったのだ。
馬鈴薯はその形が馬に付ける鈴に似ているということからその名が与えられた植物である。
寒い地域でも比較的よく育つことができるため、リメットでは季節を問わず、冬の間でも作られる農作物だという。
戦時中でも馬鈴薯は多くの人を餓えから救った。厳しい環境でも育ち、一つの苗でたくさん作れる。何より土の中で育つため、軍隊が畑を踏み荒らしても何の影響も受けなかったという話もあるのだ。
そういった歴史もあり、馬鈴薯は多くの人々に食べられている食べ物のひとつとして有名なのだ。まぁこの知識はシオンから教わった受け売りなのだが。
しかしこの食べ物は別の地域から輸入されたもので、本来リメット周辺で自生しているものではない。ましてや地中で育つので地表に表面を見せることもないのである。
つまりこれは・・・。
「スプリガンが近くにいるってことですかね?」
「・・・多分。ちょっと待って」
サエラがそう言うと馬鈴薯とその周囲を、何かを探すように捜索し始めた。何をしているのかと思っていたら、サエラが一通り調べ終えたのか報告していた。
「馬鈴薯の周辺に血痕が残ってた。ベッタリ。乾いてるから大分時間が経ってると思う」
「?・・・なんで馬鈴薯に血なんて付いてるのかしら?」
マーシーが首を傾げて疑問を表す。確かに血を出す植物など聞いたことが無い。
ふーむ、スプリガンが馬鈴薯を持ち逃げした際、仕留めようとした衛兵の攻撃がたまたま当たったのかのぅ?
そんな我の予想と同じ思考に至ったシオンが言ってみるが、サエラは首を横に振る。
「それだったら、農園からここまでのどこかに血の跡が他にもあるはず。・・・それに、これは多分スプリガンの血じゃない」
「え?そうなんですか?」
「血の匂いの違いまではわからないけど、これがあった」
サエラが見せたのは、一本の毛である。泥色の一本から相当強烈な臭いが漂ってくる。シオンもマーシーも顔をしかめるほどだ。嗅覚の鋭い我には耐えきれず、思わず鼻の穴を塞いでしまった。
一方サエラは悪臭に負けず、冷静な様子で毛の持ち主を特定する。
「これは馬鈴薯喰いの毛。オオイノシシのもの」
「うっ・・・オオイノシシって、あれですか?」
オオイノシシとは、世でゴブリンに次いで数の多いとされる獣の一種だ。魔物ではない。
外見は普通のイノシシと変わらぬが、その大きさはおおよそ3倍である。食欲旺盛で、劣悪な環境でも生息できるためあらゆる毒や有害物質への耐性を持っているのだ。
そのため、毒だろうがなんだろうがなんでも食べてしまうという悪食な動物なのである。
そしてとんでもなく臭いのだ。
「たしか、元々別の大陸に住んでたんですけど、大昔に魔王軍が王国全域に放ったのが始まりでしたね。人間が馬鈴薯で飢饉を脱したのを阻止しようとしたって」
オオイノシシの元々の生息域は馬鈴薯の原産地である。土を掘って餌を探すので、オオイノシシは別名馬鈴薯喰いと呼ばれているのだ。実際、馬鈴薯は好物らしいからな。
「オオイノシシは、私たちの住んでた村の近くにもいたよね?姉さん」
「それは、サエラの方が詳しいと思いますが」
シオンがそう答える。
サエラは狩人だからな。シオンは巫女であるし、知っているのは知識だけで、実態はあまり知らんのだろう。
サエラも念のため聞いたという程度らしく、シオンに頷いて説明を続ける。
「昔、畑で採れた馬鈴薯を運んでたらオオイノシシが襲いかかってきた。アイツら好物を見ると周りが見えなくなる」
数人のエルフがいたというのに、馬鈴薯目掛けて突進してきたとのこと。なるほど、サエラの言いたいことがだんだんわかってきた。
サエラの推理はこうであった。農園から馬鈴薯を持ち逃げしたスプリガンは、なんとか逃げ切った後に自身の縄張りに到着。しかしその際、オオイノシシに遭遇して戦闘になったあるいは逃げきれなかった。という事らしい。
「あれ?もしかしてスプリガンもうやられちゃったりする?」
マーシーが拍子抜けという風に言うが、サエラはそこまで楽観視してる様子はなかった。
「そうであって欲しいけど、ここにスプリガンか、オオイノシシのどちらの死体もないって事は、まだ両方とも生きてて争ってるのかも」
という事は、手負いの獣を両方相手をしなければならない可能性もあるということか。
ぬぅ・・・だんだんと厄介になってきたな。両方とも力尽きているのが理想だが、そうもいかんだろう。
ここに馬鈴薯が放置されてる・・・それはつまり、スプリガンとオオイノシシも何処かで力尽きていると予想はできるし、逆に両方まだ戦闘中という事も十分あり得るというわけだ。
しばらくして、遠くの方から少女たちがやって来るのが見えた。シオンが笑顔で手を振りながら、小走りしているのが確認できる。
「がおっ」
お返しという意味で、我も大きく右手を振るい、彼女たちに向けて自分の存在をアピールする。
シオンとサエラはダンジョンで鍛えているためか、農園を外から回ってくるのに疲れた様子を見せなかった。しかしマーシーは背負っている機材が重いためか、少し息を切らしていた。
我はいち早く到着したシオンの方へ羽ばたくと、彼女は冗談まがいにこんなことを言ってくる。
「一人で大丈夫でしたかー?誘拐犯とか来ませんでしたかー?」
その一言に我はギクリと動きを一瞬止めたが、あまり心配を掛けたくなかったので「ぎゃおっ」と元気に返事をしておいた。
あの男どもは結局、衛兵に捕まって連行されていった。
何故そうなったかというと、たまたま巡回していた衛兵たちが我の剣を叩き壊した音を聞きつけたらしい。塀から降りて男たちと睨み合っていると、「ドタドタ」「ガチャガチャ」と早歩きで何かがこちらに向かってくるのが聞こえたのだ。
間違いなく面倒ごとに巻き込まれると思った我は、足音の主がこちらに到着する前に壁の向こう側に飛んで隠れた。
案の定、やって来たのは衛兵たちである。重装備な鎧を身にまとっている衛兵に男たちは怯えておった。
男たちは「ドラゴンがいた」と喚いていたが、そもそもそんな話を衛兵が信じるはずもなく、さらには「ドラゴンがいたとして、お前たちは何をしていた?」と不審がっていた。
見るからにガラの悪い二人組を怪しいと思ったのか、衛兵たちは身体検査をその場で行い、結果農園の果実を盗んでいたという事実がわかって盗っ人をしょっぴいて行ってしまったのであった。
ボコボコにできなかったのは残念であるが、これで良かったのだと思う。
今思うと我は少々気が立っていて何をするかわからんかった。爪を振るえば奴らの上半身と下半身が泣き別れするし、炎を吐けば灰になってしまうだろう。冷静になれば、こんなことはすぐわかるというのに・・・あのまま衛兵がやって来なかったら我は自分の力を振るっていたやもしれない。
過剰な防衛はただの暴力にしかならぬ。我を素材や金儲けに利用しようとする人間と久々に出会ってしまったとはいえ、今後のことも考え反省せねば。
我がどうこうされるというよりも、シオンやサエラに迷惑をかける方が心配である。従魔が殺人をしたとなれば、いろいろな責任が二人に求められてしまうだろうしな。
「・・・」
ん?なんだ?サエラがこちらをジッと見てくる。
わ、悪いことはしておらんぞ?ギリギリで衛兵が来たから何もしとらん!
我が一瞬固まるのを見て何か察したのだろうか。何か言いたげにしているが、無関係のマーシーがいるためか問いただせない様子である。
あ、あぶねぇである。マーシーに感謝。
「はぁ、はぁ、二人共元気ね・・・」
息を切らしながらマーシーは二人に向かって言う。鬼人族は力が強いことで有名なのだが、個人差はあるようである。
それでも自分と同じ大きさのある機材を背負って歩けるだけの筋力はあるようだが。
シオンはその大きな機材が何なのか気になっていたようで、息を整えているマーシーに疑問を投げかける。
「すっごく気になってたんですけど、マーシーさんのそれ何なんですか?」
「あ、あぁこれ?ゴーレムよ」
「はい?」
予想外の返答が帰ってきた。さすがのシオンも困惑である。
「これによく作業を手伝わせたりしてるの。動かす時は変形するのよ」
なにそれかっこいいな。
「・・・最初から歩かせれば良いのでは?」
サエラが突っ込むが、マーシーは「魔力の燃費が悪すぎるのよ、この子」と言う。ゴーレムは魔力で体の機能を活動させることができる。だが、それはつまり人と同じくエネルギーが必要だということだ。
マーシーのゴーレムの場合、通常の戦闘用ゴーレムとは違って細かな作業を必要とされるため様々な機能が付いているとのこと。その分起動するのにもそれ相応の魔力が求められるらしい。
そう思うとギルドのダンジョン入り口で門番をしているガーゴイルはどれほどの魔力を使って動いているのだろう?普段は休眠というかスリープ状態なのかもな。
「スプリガンを仕留めたら起動させるわ。だからサエラさん、よろしくね」
「わかった」
マーシーの言葉にサエラは頷き、早速追跡能力を使って痕跡を見つけ出した。我は嗅覚でしか匂いを追うことができないが、サエラは視覚でもスプリガンの痕跡を追うことができる。
塀の傷跡から微かに残っている体臭が、白い靄のように見えるらしい。それは道標であり、スプリガンの場所まで導いてくれる。
「・・・こっち」
サエラがそう言い、先頭に立つ。我は皆より頭一つ分ほど高く飛び、魔物が襲ってこないか見張りをする。いくらリメットの周辺と言っても、外壁の外である。魔物が襲ってこないとも限らん。事実、スプリガンという魔物が出現しているのだだからな。
シオンは回復魔法の系統である「シールド」の魔法をいつでも発動できるようにしている。これなら不意打ちを喰らうこともまずないだろう。
サエラには痕跡を追うことに集中してもらえる。
追跡していくと岩場や草が伸びて見渡しにくい道を通っていたりと、スプリガンがかなり用心深いことがわかった。
途中で足跡らしきものも見つけたが、その足跡も歩いた後再び同じ場所を踏んで近場の草むらに飛んだりと、追跡を狂わす技術も有していた。
「・・・今度はこっち」
しかし、サエラから逃れることはできない。一つでも証拠を残せばその後を追うことができるのだ。まるで猟犬であるな。
そうしてしばらく付いていくと、次第に行き先は森の中に変わっていった。スプリガンの住処はこの森の中にある可能性が高いな。
当然といえば当然だが。
「・・・あっ」
と、サエラが森の中で何か見つけたようだ。なんだ?なんだ?ゆっくり降下しつつ、サエラが発見したものに近づいてみるとそれは・・・。
「・・・馬鈴薯」
サエラがその落し物の名前を言った。それは馬鈴薯と呼ばれる食材であったのだ。
馬鈴薯はその形が馬に付ける鈴に似ているということからその名が与えられた植物である。
寒い地域でも比較的よく育つことができるため、リメットでは季節を問わず、冬の間でも作られる農作物だという。
戦時中でも馬鈴薯は多くの人を餓えから救った。厳しい環境でも育ち、一つの苗でたくさん作れる。何より土の中で育つため、軍隊が畑を踏み荒らしても何の影響も受けなかったという話もあるのだ。
そういった歴史もあり、馬鈴薯は多くの人々に食べられている食べ物のひとつとして有名なのだ。まぁこの知識はシオンから教わった受け売りなのだが。
しかしこの食べ物は別の地域から輸入されたもので、本来リメット周辺で自生しているものではない。ましてや地中で育つので地表に表面を見せることもないのである。
つまりこれは・・・。
「スプリガンが近くにいるってことですかね?」
「・・・多分。ちょっと待って」
サエラがそう言うと馬鈴薯とその周囲を、何かを探すように捜索し始めた。何をしているのかと思っていたら、サエラが一通り調べ終えたのか報告していた。
「馬鈴薯の周辺に血痕が残ってた。ベッタリ。乾いてるから大分時間が経ってると思う」
「?・・・なんで馬鈴薯に血なんて付いてるのかしら?」
マーシーが首を傾げて疑問を表す。確かに血を出す植物など聞いたことが無い。
ふーむ、スプリガンが馬鈴薯を持ち逃げした際、仕留めようとした衛兵の攻撃がたまたま当たったのかのぅ?
そんな我の予想と同じ思考に至ったシオンが言ってみるが、サエラは首を横に振る。
「それだったら、農園からここまでのどこかに血の跡が他にもあるはず。・・・それに、これは多分スプリガンの血じゃない」
「え?そうなんですか?」
「血の匂いの違いまではわからないけど、これがあった」
サエラが見せたのは、一本の毛である。泥色の一本から相当強烈な臭いが漂ってくる。シオンもマーシーも顔をしかめるほどだ。嗅覚の鋭い我には耐えきれず、思わず鼻の穴を塞いでしまった。
一方サエラは悪臭に負けず、冷静な様子で毛の持ち主を特定する。
「これは馬鈴薯喰いの毛。オオイノシシのもの」
「うっ・・・オオイノシシって、あれですか?」
オオイノシシとは、世でゴブリンに次いで数の多いとされる獣の一種だ。魔物ではない。
外見は普通のイノシシと変わらぬが、その大きさはおおよそ3倍である。食欲旺盛で、劣悪な環境でも生息できるためあらゆる毒や有害物質への耐性を持っているのだ。
そのため、毒だろうがなんだろうがなんでも食べてしまうという悪食な動物なのである。
そしてとんでもなく臭いのだ。
「たしか、元々別の大陸に住んでたんですけど、大昔に魔王軍が王国全域に放ったのが始まりでしたね。人間が馬鈴薯で飢饉を脱したのを阻止しようとしたって」
オオイノシシの元々の生息域は馬鈴薯の原産地である。土を掘って餌を探すので、オオイノシシは別名馬鈴薯喰いと呼ばれているのだ。実際、馬鈴薯は好物らしいからな。
「オオイノシシは、私たちの住んでた村の近くにもいたよね?姉さん」
「それは、サエラの方が詳しいと思いますが」
シオンがそう答える。
サエラは狩人だからな。シオンは巫女であるし、知っているのは知識だけで、実態はあまり知らんのだろう。
サエラも念のため聞いたという程度らしく、シオンに頷いて説明を続ける。
「昔、畑で採れた馬鈴薯を運んでたらオオイノシシが襲いかかってきた。アイツら好物を見ると周りが見えなくなる」
数人のエルフがいたというのに、馬鈴薯目掛けて突進してきたとのこと。なるほど、サエラの言いたいことがだんだんわかってきた。
サエラの推理はこうであった。農園から馬鈴薯を持ち逃げしたスプリガンは、なんとか逃げ切った後に自身の縄張りに到着。しかしその際、オオイノシシに遭遇して戦闘になったあるいは逃げきれなかった。という事らしい。
「あれ?もしかしてスプリガンもうやられちゃったりする?」
マーシーが拍子抜けという風に言うが、サエラはそこまで楽観視してる様子はなかった。
「そうであって欲しいけど、ここにスプリガンか、オオイノシシのどちらの死体もないって事は、まだ両方とも生きてて争ってるのかも」
という事は、手負いの獣を両方相手をしなければならない可能性もあるということか。
ぬぅ・・・だんだんと厄介になってきたな。両方とも力尽きているのが理想だが、そうもいかんだろう。
ここに馬鈴薯が放置されてる・・・それはつまり、スプリガンとオオイノシシも何処かで力尽きていると予想はできるし、逆に両方まだ戦闘中という事も十分あり得るというわけだ。
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