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第3章~魔物の口~

21話「サエラの武器4」

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 リメットの外壁の外には、簡易的に土を盛り上げてできた塀の作られた地域が存在する。
 そこは農園としての役割を果たし、広大な土地を利用して多種多様な農作物を生産しているらしい。

 土で作った壁と言ってもただの土ではなく、動物の糞と藁などを混ぜた日干しレンガで、さらに石でコーティングされていることもあり最低限の防御力は備えているとのこと。
 しかし中には塀を登って農園に侵入し、作物を盗む魔物が出ることもあるという。

 今回、その問題を引き起こしているのはスプリガンであった。幻惑魔法と身軽な身体を使い、衛兵たちの追跡をことごとく躱した強敵である。

「スプリガンは基本的におとなしい魔物なんです。近づかなければ攻撃してきませんし、中にはドワーフに使役されて採掘の護衛をしたりと、人との関わりも強いんです」

 実りに実った・・・とは言い難い、あまり作物の育っていない農園を眺めながら、シオンがスプリガンについての解説をしてくれる。
 スプリガンか。我も見たことがない。おそらくベヒモスウォールには生息しない魔物なのだろう。
 シオンの解説を聞いていたマーシーは、背中に重そうな機材を背負いつつも、その重さを感じさせないような涼しい顔でシオンの説明に補足を入れた。

「良くも悪くもね。人に協力的な印象とは反対に、中には物を盗んだり、風魔法を使って作物をダメにしたりっていう悪戯者の一面もあるわ」

 なんというか・・・随分と善悪が極端な魔物だのぅ。

「ということは、今この農園の作物の育ちが悪いのも・・・・スプリガンのせい?」

 風魔法を使って土地を合わすと聞き、サエラが普通より半分くらいしか大きさのない野菜を指差して尋ねるが、マーシーはそれを首を振って否定した。

「それはないと思うわ。風魔法だから、枯らすっていうよりいうより破壊する感じだから。今作物の育ちが悪いのとは関係ないわ」

「・・・破壊の方が嫌」

 台風が通った後のような悲惨な状態を想像したのか、サエラは眉毛を八の字に曲げ、不快そうに呟く。サエラの言葉に同調したのか、シオンもプンプンと怒りを露わした。

「そうですよ!美味しいご飯が食べられなくなっちゃうじゃないですか!」

 飯のことしか考えてないのかこやつは。
 無邪気なシオンの言い方に、マーシーが笑いながら肯定した。

「あははっ!そうね、そうなったら困るわね」

 完全に子供を相手にしてるお姉ちゃんみたいな言い方である。シオンよ、これが年上というものだぞ?サエラという妹がいるのだから見習え。
 するとシオンの子供っぽい発想にマーシーが一つ疑問を浮かべたのか、二人にこんなことを尋ねてきた。

「そういえば、二人とも年はいくつなの?エルフだからわかんないのよね」

 エルフは長寿であると同時に、その外見も長い間変わることがない。子供の姿のエルフに年を尋ねると「あなたのおじいちゃんと同じくらいよ」と言われた話もあるようだ。

「わたしは16歳です」

「私は15」

「え、嘘、年下?」

 二人のまさかの返答に、マーシーは驚いた表情を隠さずに言った。鬼人族のマーシーは18歳という、なんと見た目的にも年齢的にも二人のお姉さんであったのだ。ということは、我はおじいちゃんである。

「へぇそうだったんだ・・・っと、そろそろ真面目にスプリガンを探しましょうか」

「おー!」

「おー・・・」

「がおー」

「・・・個性豊かね」

 ボソッとマーシーが呟いたが、このメンツでは言われても仕方がないと思う。
 とりあえず捜索組は我とサエラのコンビとなった。我が嗅覚でスプリガンの匂いを発見し、サエラが追跡者チェイサーとしての能力を使い、その痕跡を追うという作戦だ。
 スプリガンの匂いは嗅いだことがないが、とりあえず植物、そして人間以外の匂いを辿ってみるとしよう。我はパタパタと羽を動かし、農園を適当に飛び回る。
 その後ろを、三人が付いてくるという感じである。

「それにしても、大きな農場ですよね」

 スプリガンの残した証拠を探しつつ、シオンが感想を漏らす。サエラも、シオンの感想に同意見のようだ。こんなことを言ってくる。

「私たちの村のより大きい」

「それはそうかもね。この農園は、リメットの食料自給率の内二割を生産してるって話よ」

 マーシーの言葉に、二人は驚いた様子であった。

「こ、こんなに大きくても足らないんですか!?」

「え、えぇ・・・」

「あぁ、二人はまだリメットを全部見てないのね。広いわよこの都市は」

 リメットってどんだけ広いのだ・・・?

「まぁ、そんなわけだからここで農作物に被害が出るのはリメットとしても痛手なわけね。いくら交易が盛んと言ってももう直ぐ冬だし、そうなれば行商人キャラバンも来れなくなるわ。今の内に食料をできるだけ溜め込みたいらしいのよ」

 人口が多ければ消費する食料も多くなる。しかし冬となれば生産は難しいだろう。野生動物と同じように、今は食料を貯蔵する大事な時期ということなのだな。
 そしてそこに、スプリガンか。リメットの領主が賞金首をつける理由も頷ける。

「な、なら早く見つけないとですよ!お腹がベコベコになってしまいます!」

 食糧難で飢える姿を想像したのか、シオンはあえて「ベコベコ」という表現を使って言う。そんなシオンに呆れたように、サエラが口を挟んだ。

「姉さん・・・ダンジョンならいくらでも採れるから」

「・・・あ、そうでした」

 二人の漫才のような会話を聞き、マーシーは腹に手を当てて愉快に笑っていた。見てるこっちが恥ずかしいわい。

 そんでもってスプリガンの捜索だが、実際に見つけるとなるとなかなか現れない。賞金首のスプリガンを討伐するのに農園は一般人も入れるようになっているので、我ら以外にも捜索している冒険者が何人かいたが、見つけている様子はなかった。
 おそらく隠れやすいリンゴの木などが密集しているところに隠れていると思っていたが、そうでもないらしい。一時間ほど経っても、我らは何の手がかりも見つけられなかった。

「・・・何だか、私たちリメットに来てから探し物ばっかりしてる気がする」

 サエラがそう言うが、否定できなかった。

「でも頑張る」

 うむうむ、諦めたらそこで何とやらだぞ。しかし、我も匂いを嗅いで植物以外のものを探しているがなかなか見つからない。スプリガンは匂いを残さないのか、それとも果実の匂いが強くて埋まってしまっているのか。
 どちらにせよ、ドラゴンの嗅覚でも察知できんとはなかなかやり手であるぞ。
 索敵組の我の状態を見て、シオンはマーシーと次なる作戦のために話し合いを始めた。なんだかんだ言ってシオンは作戦立てがうまいからな。

「ウーロちゃんでも見つけられないみたいですね」

「うーん、サエラさんも無理な感じ?」

 マーシーの問いかけに、サエラは苦虫を噛み砕いたような苦い表情を浮かべ、首を左右に振った。

「手がかりを見つければ追跡できる。・・・けど、現状だと難しい」

「だよね」

「むむ、となるとスプリガンはここにはいない可能性がありますね」

「どうして?」

「だって、壁をよじ登って入れるなら、同じように外にも出られると思うんですよ」

「あーなるほど、お腹が空いた時だけ侵入してるのね」

 シオンの予想にマーシーは納得したのか「ポン」と片手に拳を置いた。シオンの予想は当たっているかもしれん。理由としては、何度も衛兵に追われているのと、農園に多数の冒険者が入り浸っているから警戒したという可能性だ。
 一箇所に留まらず、作物だけ盗ってすぐに農園から出て行ってるのなら、農園の中をどれだけ探しても見つかるはずがない。

 となると主に匂いの痕跡を探す対象は外壁になるな。我らは塀まで移動し、そこから沿うようにスプリガンの捜索を始めることにした。
 鼻を鳴らして必要な匂いを嗅ぎ分ける。

「クンクン、クンクン」

「ウーロちゃん、どうですか?」

 残念ながらまだ発見には至ってないな。我はシオンに首を振ることで返事を返す。

「ま、とりあえず農園一周してみましょうよ。何か見つかるかもしれないわ」

 マーシーの励ましの一言を皮切りに、壁に残っているであろうスプリガンの匂いを探す。農園中を歩き回るほど労力はないが、それでも広い農園を囲う塀を飛び回るのは一苦労である。
 ・・・むぅ下手したら今日中には見つからんかもしれんのう。なるべく早くサエラに強化した武器を持たせてやりたいのだが・・・。

 我はチラリとサエラの方へ目を向けてみた。彼女は壁を見ながら目を細め、手掛かりの痕跡を探っていた。感覚を研ぎ澄ませ、チェイサーとしての能力を最大限に活用している。

 そんな彼女の持っているのは、狩猟用のごく普通なショートボウだ。活用している能力の高さとは対照的である。
 サエラの戦闘能力は高いほうだと我は思っている。高い身体能力と常人より鋭い五感。接近戦はまだ苦手な印象があるが、中、後衛からの矢の支援は中々のものだ。
 それに「影操作」とゆう奇妙奇天烈なスキルも持っている。万が一接近戦をすることになっても十分戦えるだろう。

 だというのに使っているのが獣狩りの弓。明らかにサエラ自身の能力の足かせをしているように見えて仕方がない。

 「実力があるならレベルの低い武器でも強くなるべき」と言っていた人間を何人か見たことがあるが、我はそうは思わん。実力があるなら、それに見合った武器を使って欲しいのである。
 サエラは強いが、我が今まで戦ってきた勇者と比べると見劣りする。まぁいわゆるSランカーなのだから当たり前なのだが。

 しかし、きっとサエラは強くなる。いつかは勇者に匹敵する実力の持ち主になるやもしれん。
 なぜかは知らんが、サエラの戦闘を見ているとかつて戦った勇者の面影を感じることがあるのだ。きっと優秀な指導者に訓練してもらったのだろう。

 だからこそ、サエラには実力相応の武器を持ってもらいたい。それを使って、己の実力を高めてもらいたいと思うのだ。
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