上 下
9 / 237
第2章~竜と少女たち~

4話「サエラ、怒りの救出劇①」

しおりを挟む
 目が覚めると、まず私の感覚を刺激したのは無機質な冷たさだった。
 ここはどこだ・・・?私は一体何をしていたんだ・・・?
 薄れた記憶、まるで霞んだ霧の中で迷子になったかのような感覚。
 体がダルい。また眠ってしまおうか・・・そう思った瞬間「ズキン」と、鋭く痛みとも言えるだろう刺激が私の意識を現実に戻した。

「―――っ!?痛っつ・・・」

 痛みはうなじから感じた。思わず利き手で押さえようとするも、私の手は動かない・・・いや、正確には「両腕」が。
 縄で荒く、そしてきつく縛られていたのだ。とてもじゃないが私の腕力では振りほどくことはできない。
 でも姉さんなら・・・んんー、でも普通にできそう・・・。
 あ、そうだ。

「姉さんっ!」

 そうだ、私は姉さんが生贄にされることを反対していた。だから村の集会所にも殴り込みする勢いで突撃した・・・ここまでは覚えてる。
 その後は、確か・・・
 私はもう悪魔にしか見えなくなった叔母の顔を思い出し、あの女が言っていた言葉を思い出す。
 記憶は意識するだけで簡単に蘇るのはありがたいが、言葉にするだけで腸が煮え返りそうになるこの思いをどうにかしたい。

『アンタが何を言おうと、もう無駄だよ。シオンはもう生贄として送り出した』

 ギリィっと、口の中から硬い音が聞こえてきた。無意識に歯ぎしりしていたようだ。
 ここまで思い出したあとは、もうすべてが鮮明な記憶として存在していた。
 姉さんがベヒモスウォールの頂上・・・名称は「竜王の巣」と呼ばれる小さな洞窟まで送られたと聞いたとき、私は叔母を説得することを止めてすぐに集会所を出て行った。
 生贄のことに肯定的な人も否定的な人も、ほとんどの人が私を止めようとしたが応じる気は全くなかった。
 理由は単純。頂上は、ウロボロスがいてもいなくても危険なエリアとして有名だっただからだ。

 10メートルを越える巨大象型モンスターのギガントマンモス。巨大なサーベル状の犬歯が特徴的なケイブ・スミロドン。種類に限らず10頭以上の大型狼を従えることができるアルファ・ウルフ。一流の狩人が揃っても狩ることができない凶悪な魔物の生息地。
 いくら狩人として働いていても子供を行かせるには危険すぎる土地だ。
 首が痛むし、意識が不安定だということは、誰かが私を気絶させたということだ。私はそれを知っている。
 叔母だ。
 あの人は私の背後から魔法を撃って無理矢理気絶させたのだ。気絶する瞬間、叔母が小さく詠唱を唱えていたから間違いない。

 叔母は私を心配して気絶させたのではない。間違いなく「竜王の巣」とやらに行かせないようにするためだ。
 どれくらい意識を失っていたかはわからないが、もう既に姉さんが「竜王の巣」に到着しているなら、危険な目に会うのは想像に容易い。

 一刻も早く、この縄を解かねば・・・私は縄を解く方法を探すがてら、ここがどこかを把握するために辺りを可能な限り観察する。
 と言っても、何もない。私はただ無骨な牢屋の中に放り出されているだけだ。ランプもろうそくも見当たらない。
 明かりは壁際に生えている小さなヒカリゴケがわずかに照らしてくれている。
 冷たいのは平らな岩で敷き詰められた床のせい。寝床とも言えるのはボロ雑巾の方がまだ温かみがあると言えるだろう薄い布。あとは外に通じているのであろう鉄格子のかかった通気口。

「・・・」

 扉を閉めているのは古いタイプの南京錠だけ・・・棒とヘアピンでもあれば開けることはできるけど、あまり女のとして趣味や服装を心がけていなかった私にそんな道具は持ち合わせていなかった。
 そもそも、持っていたとしても没収されているのは間違い無いだろう。服はいつもの作業服ではなく麻袋で作ったであろう簡易的なものに着替えさせられている。
 盗賊が使う解錠スキルの類でもなければここから脱出するのは不可能だ。
 あまりに厳しい現状に、私は小さく舌打ちを漏らす。

「だからって・・・諦めない・・・っ!」

 今この瞬間でも、姉さんの命が危険に晒されているかもしれない。そう思う限り、私は抵抗をやめるつもりはなかった。
 と言っても両手の自由は奪われ、道具も皆無。手入れの行き届いていないオンボロの牢屋だとしても、脱出するのは極めて困難だろう。
 だとしたら・・・鉄格子のある通気口から脱出すべきか。さすがに通気口の中に見張りはいないだろうし、一度外に出れればこっちのものだ。

 通気口までの距離は5メートル・・・スキルと魔法を併用すればギリギリ届くかもしれない。
 けど、私は起き上がりながら牢屋の外を睨みつける。私の見えない場所に見張りはいるはずだ、無詠唱ができない私じゃ魔法を使った瞬間に監視にバレる。
 ただ通気口に届けばいいというわけじゃない。そこからなんとかして鉄格子を開けなければならない作業が待っているのだ。できるだけ音を立てずに、そっと・・・。
 私がスキルを発動させようとした、その時だった。

「さ、サエラ・・・か?そこにいるのは・・・」

 今にも息絶えそうな老人の声が、私の耳に届いたのだ。

「っ!?誰!!」

 私は声が聞こえた方に振り向き、周囲には聞こえない程度の鋭い声と強い警戒を謎の人物に向けた。
 しばらくするとそれは、半透明となって徐々に姿を現し、最後はボロ布に包まれた無残な姿を晒け出した。
 その人物は、私がよく知っている人物だった。

「お、叔父さん!?」

 見るに堪えない姿となったその人は・・・私と姉さんを育ててくれた叔父だった。
 暗いせいでよくは見えないが、顔は至る所が殴られたのか血と痣だらけになっていて、ボロ布からはみ出した足は間接の部分に包帯が巻かれている。ただ、血が滲んでる部分を見ればそれが腱を切断した後だというのはすぐにわかった。
 叔父の変わり果てた姿に驚いた私は、見張りがいることも忘れて側に駆け寄る。

「叔父さん・・・どうしてそんなっ」

 今日の朝までいつもの元気な姿だったのに・・・

「ゴホッ・・・やはりサエラか、ということは・・・シオンは・・・」

 叔父さんは事情を知っているようだった。私は拳を握りしめ、叔父さんの察しているだろう結末に頷いた。

「姉さんは・・・頂上に・・・」

「そ・・うか、すまんな、サエラ、儂は止めることができなかった」

 叔父さんが悔しさと悲しさを練り混ぜたかのような表情でそう言った。
 姉さんを生贄として送り出すことに一番に反対したのは叔父さんだったのだろう。でも、だからってこんな傷・・・放っておけば死んでしまうような外傷を負わせる必要がどこにあったんだ!!
 悪いのは叔父さんじゃない。そう言いたかったのに、うまく口を動かすことができなかった。出たのはうめき声に近い嗚咽だけ。
 私は溢れ出る自分の涙にさえ気づかず、叔父さんの手を握った。悲しかった。憎たらしかった。私の大事な二人を傷つけるあのクソババアが憎たらしくてしょうがなかった。
 しばらく叔父さんは、そんな私を力なく見ているとこんなことを言い出した。

「・・・サエラ、お前に、ウロボロスの真実を、教えておく・・・」

「もう・・・やめてよ、聞きたくない・・・そんな話っ!!」

「聞きなさいサエラ。」

 叔父さんの今までにない厳しい口調に、一瞬ビクリと驚いた。だけど頬を撫でる手は、いつもの叔父さんの優しく温かい手だった。
 口をつぐみ、黙って叔父さんに頷く。
 それを見て満足げに頷く叔父さんは、伝説と呼ばれるウロボロスと、この村の竜の巫女姫の真実について教えてくれた。

しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ウロボロス「竜王やめます」

ケモトカゲ
ファンタジー
死と生を超越した不死竜ウロボロス。彼は竜王と偉大な異名で呼ばれていたものの、勇者の試練と称して何千年も討伐されドラゴンの素材を剥ぎ取られ続けていた。 素材集主目的に討伐されたウロボロスはそしてついにブチギレ、竜王をやめることを決意する。 これはウロボロスが好き勝手に生きるための物語である。(リメイク版です)

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 
恋愛
男しか爵位を受け継げないために、侯爵令嬢のロザリーは、男と女の双子ということにして、一人二役をやってどうにか侯爵家を守っていた。18歳になり、騎士団に入隊しなければならなくなった時、憧れていた第二王子付きに任命されたが、だが第二王子は90日後・・隣国の王女と結婚する。 女として、密かに王子に恋をし…。男として、体を張って王子を守るロザリー。 そんなロザリーに王子は惹かれて行くが… 本篇、番外編(結婚までの7日間 Lucian & Rosalie)完結です。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

英雄冒険者のお荷物は、切り札です

製作する黒猫
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれ、その日の内に城を追い出された無力の転移者シーナは、とある契約により、英雄と呼ばれるS級冒険者ユズフェルトの主となり、命を守られるだけでなく生活の面倒まで見てもらうことに。 英雄パーティーのお荷物として周囲に疎まれるが、本当はユズフェルトの切り札であることを彼しか知らない。 それを周囲が知る日は来るのか? 小説家になろうにて、先行連載中。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...