上 下
196 / 237
〜第6章〜ラドン編

63話

しおりを挟む
 えっとね、えっとね。

 うむうむ。

 ここがね、ご飯を置いておく場所なの。

 なるほど、貯蔵庫か。

 いっぱい・・・あるの。

 ほぉ、このような地下空間では食料を集めるのも一苦労だろうに。

 そ、そんなことないよ。ほら、みて。

 お、おぅ・・・これは・・・。

 少し離れた場所にて、小さな二つの影がウロチョロしていた。一つは幼い幼児の影で、もう一つは膝くらいの高さがある小動物の影である。
 ラスによる道案内に付いていったのはウロボロスだった。つたなく、途切れ途切れにしゃべる口調でもウロボロスは急かすことなく、適度に相槌を打ちながら話を聞いている。

 その様子ははたから見れば、陽気な老人と、それに構ってほしい手を引く孫のようにも見えた。
 ほのぼのとした様子を面白くなさそうに見ている人物がいた。意外にもそれは、サエラであった。

「・・・」

 ジーっと細く鋭い目が遠くにいるウロボロスの背中を見つめる。知らぬものが見れば睨みつけているように見えるし、彼女をよく知るものが見れば単に拗ねているようにも感じた。

 そんなサエラを見て、シオンはぽんぽんと肩をたたく。サエラは現実世界に引き戻され一瞬目を開き、すぐに通常のジト目に戻す。
 半目で眠たげで、それでもウロボロスが表すように刃物の鋭さがある。

「・・・何」

 ボソッと小さい口を開き、鎌首をもたげた言葉が這い出てくる。
 シオンに向けて放った言葉は決して彼女の細腕に噛み付くことはなく、その手に絡みつき、彼女は優しくそれを撫でた。

「何」

 急に頭を撫でられたサエラは眉を八の字にし、不可解そうに小首を傾げた。
 ウーロさんが撫でるとあんなに嬉しそうにするのにこの差はなんだとシオンは苦笑いをする。 

「子供相手に対抗心燃やすのはやめましょーねー」

「・・・別にそんなことない」

 ハッキリとした否定の言葉。けれども当の本人は顔ごと明後日の方へ向き、シオンからの視線から逃げるばかり。正直な仕草である。
 嫉妬心なのか。視線を一か所に固定させている姿は羨んでいるようにも見えた。
 それとも喪失感か。ウロボロスを抱えて歩くのはシオンの立ち位置だったが、いつも一緒にいるのはサエラだった。
 ずるい、うらやましい、子供じみた慎ましい独占欲。本人の知らぬまま生み出した感情の行き場は視線であり、姉であるシオンはサエラの視線で何を考えているのか察しがついた。

「うふふ、二人は仲がいいのね」

 口元に手を当て、上品に笑うのは白い髪と赤い目をしたシング族の女性。ウロボロスが目覚めて初めて見たあの女性であった。
 その手には図太い円状の細長い棒を握っていて、もう片方の手には黒曜石製の黒い刃物状の石器を握っている。
 シング族の女性はつるりとした比較的平らな表面を持つ石の上に棒を乗せると、黒曜石の石器をそれに押し当てた。
 棒が二つに裂け、中からピンク色の柔らかい肉が出てくる。これは彼女らシング族が主食としている食べ物らしく、地上でいう燻製塩漬け肉・・・いわゆるハムに近いものである。

 地下では食べ物は限定され、タンパク質などはモグラやミミズのような土壌動物から獲得しているらしい。
 一見豚のボンレスハムのように見えるこの肉塊も実はミミズだそうで、子供でも容易に捕れる獲物なのでほとんどの食卓に並ぶと言う。

 シオンとサエラは、シング族の女性から食べ物の説明と手伝いをすることにしたそうだ。なかなか広い空間がある小屋の中で、シオンら二人とシング族の女性五名によるお料理教室なるものが開かれていた。
 もっとも、完成品がシング族の食卓に並ぶので遊んではいられない。それでも丁寧な教えによって料理が苦手な姉妹たちもそれなりに形にすることができたらしい。

「ずっと一緒に育ってきましたからね」

 シング族の女性にシオンはニコニコと人当たりのいい笑顔で返す。すると別のシング族が声を出す。

「あたしは姉妹とかいねぇケドさ、兄貴と弟がいんだよ。でもいっつも喧嘩ばっかで全然仲良くねぇぞ」

「男と女では違うでしょう」

 別のシング族も会話に加わる。どうやらこの部族でも、女性のおしゃべりというのは共通の特徴らしい。

「ところで、シオンちゃん、サエラちゃん」

 馬鈴薯のような地底栽培された植物を水洗いしていた女性が顔を上げる。姉妹は黒曜石という新感覚の刃物の扱いに苦戦しつつ、一度手を止めて言葉の続きを待つ。

「あのドラゴンさん・・・ウ―ロさんといったかしら?あの子は二人にとってどういう存在なの?」

「ペットです」

「おじいちゃん」

 「「え?」」

 お互いの言葉が重なり、しかしハモらなかったことで二人の視線が重なった。ペットと言ったのがシオンで、おじいちゃんと言ったのがサエラである。
 するととたんにシオンの表情が「ほほぉ~ん?」と挑発的なにやけ顔を作り、サエラは虫を見るような歪めた表情をして顔をそらす。

「なるほどー?だからですかぁ。昔からおじいちゃんっ子でしたもんねぇ?」

「・・・黙れ」

 ボソッと強い口調でサエラが呟くがシオンは止まらない。普段からからかわれている意趣返しもある。シオンはシング族の女性たちを巻き込む形で話をつづけた。

「この子ってば、ラスちゃんとウ―ロさんが仲良くしてるのに嫉妬しちゃってて・・・」

「あらあら」

「そういや、さっきからずっとあいつら見てるよな」

「ツンツンしてると思ったら、かわいいところもあんのね。アナタ」

「・・・ね」

 サエラの顔はもう真っ赤であった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

白湯ジジイ

ワサビー=わさお
大衆娯楽
 家族とかかわるのが面倒なとき、家族がうざったるいとき、そんなときも案外大切だったりします。  今しかないものを、今のうちに感じ、手にしたいものです。  今も昔も変わらない話になったかと思います。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...