192 / 237
〜第6章〜ラドン編
62話
しおりを挟む
ピチャリ、ピチャリと水分を多分に含んだ布が鱗をこする。分厚いながらも柔軟性を誇る柔らかな鱗から体温が抜き取られ、代わりに冷気が体の部位を冷やした。
その刺激は、痛打によって意識を失ったウロボロスを目覚めさせるには十分なものであった。上下にある瞼が収縮し、熟した果実のように大きな瞳があらわになる。大気に触れた黄色の眼球の中で、ギョロリと縦割れした猫目が回った。
見上げてみると茶色い土が固まった天井が見え、それより低い位置で白髪の赤い目をした女性が自身を見下ろしているのが見えた。
ダボっとした、チュニックに近い簡易的な服だ。むき出しになった胸元と太ももが女性らしいラインを浮かばせている。年頃の男子なら目に毒だろう。だが性的な欲求を活性化させるにはウロボロスは理性的過ぎたし、なによりも枯れていた。
なので目覚めがてら、もやもやした頼りない思考で冷静に状況を分析する。
「・・・ここは?」
考えてもわからないので体を拭いていたのであろう女性に話しかけてみた。するとアルビノと言っても間違いではない白さが目立つ女性が「まぁ!」と口に手を当て驚いて見せ、そのまま立ち上がるとパタパタと小走りで「大変だわ」と走り去っていってしまう。
謎の女性の謎の行動にあっけにとられたウロボロスは阿呆そうに大口を開け、寝ころんだまま女性の背中を見ることしかできない。
「・・・あ、喋ってもうた」
女性の不可解な行動で頭が少し冷静になったウロボロスは、自らが犯してしまったミスにあっと気づく。もしかしたら急に子竜が喋って驚かせてしまったのかもしれない。もしそうだとしたら、次あったらネコをかぶろうと心に決める。
そして次には、いやいやいやとだからここはどこなのだ?と疑問を生み出し、起き上がって周囲を見渡した。粘土で固めた壁に、血管のように広がる木枠・・・否、石の柱だ。
アドべレンガというものだろうか。ジャー二ィバードから聞いた日干し煉瓦で、その作りやすさからウロボロスも寝床を作る際によく利用した。
砂や粘土と藁、そして有機物質を練り合わせて作る煉瓦。ウロボロスは自身の糞を混ぜて作っていたが、ここにあるのは粘土と藁を混ぜて作ったものだろう。
サッと爪で傷つけないように軽く触ると、手触りの良いザラザラとした感触があった。ふむと顎に手を当て、頷く。大丈夫だ、糞は混ざってない。
「ウ―ロさんっ」
「キィ!」
聞きなれた呼び声に反応して振り返ると、そこには灰色の髪が綺麗なエルフの少女と、その肩に乗るスプリガンがいた。
一人と一匹はドアのついてない入口に佇み、ウロボロスが驚きながら目を見開いているのを認めるとその身の元へと駆け出す。ギュッと小さな子竜を抱き上げ、むっちりとした柔らかい肉に顔をうずめる。
「よかった。怪我無くて」
「キィ、キィ」
サエラに抱かれたウロボロスはちょうど肩に乗ったティと顔が合い、頬をペロリと舐められた。動物らしい親愛の示し方に、状況が把握しきれてないウロボロスも自然と表情を緩めた。
仲睦まじい様子に三人目の仲間は呆れた視線を送りながら唇を尖らせてやってくる。
「なんですかもう・・・けっこうわたしより仲良しですよね」
シオンはゆっくりと歩みながら、それでも頭に岩をぶつけたウロボロスの無事を見て息を吐く。すねたようなセリフが、果たしてサエラに言ったのかウロボロスに言ったのか。もしかしたら両方か。
老人らしい鈍い思考なウロボロスはシオンの言葉に気づくことはなく、皆の様子を見て笑みを浮かべる。
「おお、皆も無事であったか。温水に流されたときは冷や冷やしたぞ」
「・・・ちょっと待ってください。ウ―ロさんは頭に石ぶつけて気絶したんですよ?」
「んう?」
コテンと小首をかしげるウロボロス。どうやら記憶が飛んでしまっているようだ。シオンはため息をつきながらも、ここまで来た経緯を改めて説明した。
そうすることで、ウロボロスもようやくなぜ自分が寝ていたのかを思い出したらしい。
なるほどと腕を組んでシオンを見上げる。
「それで、遭難者は無事救助できたのか?」
「そうですね。怪我一つありませんよ」
ウロボロスの問いにシオンが頷き、流れるようにして背後へ顔を向けた。シオンの言葉を合図に、ひょっこりと少女が建物の入り口から顔を出す。
白くて透き通る髪や肌。ルビーのような赤い瞳。けれども先ほどの女性ではなく、幼さを残した少女は表情に戸惑いや遠慮を浮かべて眉を八の字に下げていた。
あぁ、そういえばこんな少女だったと、ウロボロスは完全に思い出す。精神は老いていても、脳みそは若かった。
「えっと、ドラゴンさん。助けてくれて・・・その、ありがとう・・・ございます」
人見知りなのだろうか。きれいな声とは裏腹にこれだけのセリフ量で大層な勇気を感じる。
ウロボロスは応えていいのかと焦ってシオンたちを見渡すが、サエラが「みんな事情しってる」と伝えてくれたことにより、ニッコリと笑みを浮かべて少女に返答した。
「うむ、どこか体を痛めてはいないかね?」
「う、うん。へーき」
「そうかそうか、それはよかった。かわいい女子の肌に傷がついてはいかんからのぅ」
「あぅ」
ほっほっほとジジイらしい言葉を吐くウロボロス。少女の方は未知の生命体に少々戸惑いを感じていたようだが、物腰の柔らかい言い方に警戒心は氷のように溶けだしたようだ。小さく笑みを浮かべる。
「あんなこと言ってますよサエラ、ティちゃん」
「キィィィィ・・・」
「ベタとガマにチクろう?そうしよう」
ちょ、やめてとウロボロスは土下座をかます勢いでサエラに詰め寄るのであった。
その刺激は、痛打によって意識を失ったウロボロスを目覚めさせるには十分なものであった。上下にある瞼が収縮し、熟した果実のように大きな瞳があらわになる。大気に触れた黄色の眼球の中で、ギョロリと縦割れした猫目が回った。
見上げてみると茶色い土が固まった天井が見え、それより低い位置で白髪の赤い目をした女性が自身を見下ろしているのが見えた。
ダボっとした、チュニックに近い簡易的な服だ。むき出しになった胸元と太ももが女性らしいラインを浮かばせている。年頃の男子なら目に毒だろう。だが性的な欲求を活性化させるにはウロボロスは理性的過ぎたし、なによりも枯れていた。
なので目覚めがてら、もやもやした頼りない思考で冷静に状況を分析する。
「・・・ここは?」
考えてもわからないので体を拭いていたのであろう女性に話しかけてみた。するとアルビノと言っても間違いではない白さが目立つ女性が「まぁ!」と口に手を当て驚いて見せ、そのまま立ち上がるとパタパタと小走りで「大変だわ」と走り去っていってしまう。
謎の女性の謎の行動にあっけにとられたウロボロスは阿呆そうに大口を開け、寝ころんだまま女性の背中を見ることしかできない。
「・・・あ、喋ってもうた」
女性の不可解な行動で頭が少し冷静になったウロボロスは、自らが犯してしまったミスにあっと気づく。もしかしたら急に子竜が喋って驚かせてしまったのかもしれない。もしそうだとしたら、次あったらネコをかぶろうと心に決める。
そして次には、いやいやいやとだからここはどこなのだ?と疑問を生み出し、起き上がって周囲を見渡した。粘土で固めた壁に、血管のように広がる木枠・・・否、石の柱だ。
アドべレンガというものだろうか。ジャー二ィバードから聞いた日干し煉瓦で、その作りやすさからウロボロスも寝床を作る際によく利用した。
砂や粘土と藁、そして有機物質を練り合わせて作る煉瓦。ウロボロスは自身の糞を混ぜて作っていたが、ここにあるのは粘土と藁を混ぜて作ったものだろう。
サッと爪で傷つけないように軽く触ると、手触りの良いザラザラとした感触があった。ふむと顎に手を当て、頷く。大丈夫だ、糞は混ざってない。
「ウ―ロさんっ」
「キィ!」
聞きなれた呼び声に反応して振り返ると、そこには灰色の髪が綺麗なエルフの少女と、その肩に乗るスプリガンがいた。
一人と一匹はドアのついてない入口に佇み、ウロボロスが驚きながら目を見開いているのを認めるとその身の元へと駆け出す。ギュッと小さな子竜を抱き上げ、むっちりとした柔らかい肉に顔をうずめる。
「よかった。怪我無くて」
「キィ、キィ」
サエラに抱かれたウロボロスはちょうど肩に乗ったティと顔が合い、頬をペロリと舐められた。動物らしい親愛の示し方に、状況が把握しきれてないウロボロスも自然と表情を緩めた。
仲睦まじい様子に三人目の仲間は呆れた視線を送りながら唇を尖らせてやってくる。
「なんですかもう・・・けっこうわたしより仲良しですよね」
シオンはゆっくりと歩みながら、それでも頭に岩をぶつけたウロボロスの無事を見て息を吐く。すねたようなセリフが、果たしてサエラに言ったのかウロボロスに言ったのか。もしかしたら両方か。
老人らしい鈍い思考なウロボロスはシオンの言葉に気づくことはなく、皆の様子を見て笑みを浮かべる。
「おお、皆も無事であったか。温水に流されたときは冷や冷やしたぞ」
「・・・ちょっと待ってください。ウ―ロさんは頭に石ぶつけて気絶したんですよ?」
「んう?」
コテンと小首をかしげるウロボロス。どうやら記憶が飛んでしまっているようだ。シオンはため息をつきながらも、ここまで来た経緯を改めて説明した。
そうすることで、ウロボロスもようやくなぜ自分が寝ていたのかを思い出したらしい。
なるほどと腕を組んでシオンを見上げる。
「それで、遭難者は無事救助できたのか?」
「そうですね。怪我一つありませんよ」
ウロボロスの問いにシオンが頷き、流れるようにして背後へ顔を向けた。シオンの言葉を合図に、ひょっこりと少女が建物の入り口から顔を出す。
白くて透き通る髪や肌。ルビーのような赤い瞳。けれども先ほどの女性ではなく、幼さを残した少女は表情に戸惑いや遠慮を浮かべて眉を八の字に下げていた。
あぁ、そういえばこんな少女だったと、ウロボロスは完全に思い出す。精神は老いていても、脳みそは若かった。
「えっと、ドラゴンさん。助けてくれて・・・その、ありがとう・・・ございます」
人見知りなのだろうか。きれいな声とは裏腹にこれだけのセリフ量で大層な勇気を感じる。
ウロボロスは応えていいのかと焦ってシオンたちを見渡すが、サエラが「みんな事情しってる」と伝えてくれたことにより、ニッコリと笑みを浮かべて少女に返答した。
「うむ、どこか体を痛めてはいないかね?」
「う、うん。へーき」
「そうかそうか、それはよかった。かわいい女子の肌に傷がついてはいかんからのぅ」
「あぅ」
ほっほっほとジジイらしい言葉を吐くウロボロス。少女の方は未知の生命体に少々戸惑いを感じていたようだが、物腰の柔らかい言い方に警戒心は氷のように溶けだしたようだ。小さく笑みを浮かべる。
「あんなこと言ってますよサエラ、ティちゃん」
「キィィィィ・・・」
「ベタとガマにチクろう?そうしよう」
ちょ、やめてとウロボロスは土下座をかます勢いでサエラに詰め寄るのであった。
0
お気に入りに追加
911
あなたにおすすめの小説
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
白湯ジジイ
ワサビー=わさお
大衆娯楽
家族とかかわるのが面倒なとき、家族がうざったるいとき、そんなときも案外大切だったりします。
今しかないものを、今のうちに感じ、手にしたいものです。
今も昔も変わらない話になったかと思います。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる