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〜第6章〜ラドン編

60話

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「虫が吸血鬼って・・・いやいやいや」

 シオンがありえないと首を横に振るが、ウロボロスはくるりと振り返って口を動かした。光る眼には一切の不真面目さはない。

「体色が抜け落ち、魔力によって目が赤く変色する。吸血鬼の特徴と被ってるとは思わぬか?」

 少なくともアルビノ個体が群れをなすよりは説得力がある。
 ウロボロスはモゴモゴと喉元を動かし始めた。蛇が獲物を丸呑みするのとは逆に、吐き出そうとしているように見える。
 喉の皮膚がたるんで脈打ち、何かを排出しようと運動する。そして「オエッ」と粘り気のある声と共にウロボロスは口から薄く、平たい小さな板を吐き出した。

「汚い」

「そこは勘弁しておくれ」

 見えなくとも嘔吐の音は聞こえたサエラが不快そうに目を細める。ウロボロスは軽く傷付きつつ、吐いたモノを目の明かりで照らした。

「それ、ヤゴの甲殻ですか?」

 ウロボロスの黄色に光る眼のせいで若干黄ばんだように見えるが、その白くつるりとした表面を持つ殻はヤゴのものだった。
 カニと同じ味がするのではと食した足のカケラが、まだ胃袋に残っていたらしい。
 先端の丸っこい鉤爪で弾き、くるくると宙を回転させる。何の変哲も無いキチン質の材質である。

「うむ。下級の吸血鬼は確か、再生能力は有していても日光に当たると燃えてしまう弱点があるだろう?」

 一般的な吸血鬼は日光の魔力に弱いとされる。バンパイアロードのような例外も存在するが、大抵は光に耐性がないので暗い洞窟や真夜中にしか活動しない。
 ウロボロスはヤゴのかけらを地面に置き、指先に力を込めた。

「・・・っ!ウーロさん!」

 鋭い声でサエラが諌める。魔力パルスによる検知能力でウロボロスが何をしようとしているかを理解したらしい。
 ウロボロスはサエラの制止を無視し、底をついた魔力の代わりに身体の一部を分解して炎へ置き換えた。
 指先に小さな光が灯り、真っ暗な洞窟を一瞬照らした。

「うわっ」

「キィッ!」

 突然視界を白く染めた閃光に、その場にいる全員が反射的に目を閉じた。
 次の瞬間には真っ暗に戻っており、本当に光ったのは一瞬だったのがわかる。一瞬にしては力強い明かりであったが。

「なんで危険なことをするの?」

 魔力パルスでウロボロスの位置を知っていたサエラは、ギュッと両手でウロボロスの顔を掴み、外側に頰を引っ張りだした。
 怒りの感情を含ませた低い声の主からくるお仕置き。その鈍い痛みにウロボロスも堪らず「いだだだだだ!!」と悲鳴を上げる。
 何が起こったのかわからないシオンは戸惑うことしかできなかった。

「え?な、なんだったんですか今の」

「ウーロさん、業火使った」

 シオンの疑問にサエラが答える。業火はドラゴンにとっては危険な必殺技で、文字通り身を削る奥義である。再生能力で命をかけずに使えるとはいえ、魔力が空に近いウロボロスがするにはあまりにも危険な行為であった。

「どうして急に?」

「いや、業火は日光と同じ効果があるであろう?だからヤゴの殻が灰になれば、確定できると思ってのぅ」

 サエラのお仕置きから解放されたウロボロスが、両頬をさすりながら言う。顔面の両サイドの鱗がどうも緩い。もしかしたら伸びて、肥満した肉のようにだらしなく垂れ下がっているのかもしれない。実際はそんなことも無いのだが。

「だからって危ないことしないで。死んだらどうするの」

 軽くサエラが言うが、実際命に関わる技なのでこればかりはウロボロスも言い返せずに「す、すまん」と肩身を狭くして謝った。
 もう気軽に死ねない身なのである。

「しかし、ほれ。やはり我の予想は正しかったようだ」

 ウロボロスが灰と化したヤゴの甲殻を持ち上げ、子供が捕まえた虫を親に見せるように掲げる。
 白い甲殻は焦げた黒さを混じらせた灰色にくすみ、砂のような粉塵状に変化していた。それはどう見ても吸血鬼が灰になったものである。
 見事予想が的中し、ウロボロスは得意げに鼻息を鳴らした。

「・・・ウーロさん。暗くて見えない」

「わたしもわかんないです」

「・・・触って?」

 少々しょんぼりしてテンションのレベルが下がったウロボロス。声しかわからないが、相当同情を誘うような顔をしているのだろう。シオンたちはウロボロスの手のひらにある灰を順番に触った。

「本当に灰ですね」

「ウーロさんすごいね」

 サエラの褒め方が露骨だった。

「いやの?地上に出るのは熱湯に耐えられなかった通常の個体で、地底湖にいたのは再生能力で熱湯に耐え切れても、日光の下には出れない吸血鬼化した個体たちではないかと思ったのだ。それならば衛兵たちが白いヤゴに気付かんし、ヤゴたちの白い理由と合致するのではと思ったのだ」

 一応根拠はあったらしい。適当に「再生するし、白くて赤いから吸血鬼じゃね」と思ったわけでは無いようだ。
 信じがたい事実であったが、現にウロボロスの持つヤゴの殻は灰塵と化している。
 ここに来てもまた吸血鬼かと、ティを除く全員がため息を吐くのだった。

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