上 下
185 / 237
〜第6章〜ラドン編

60話

しおりを挟む
「うぅ・・・」

 ピチャピチャと雫が落ちる反響音の中に、喉を擦るような少女の呻き声が聞こえてくる。
 周囲は真っ暗で、光源など一切見当たらない。唯一もぞもぞと動く人形が動いたのが輪郭で少しだけわかるくらいだ。

 緑色の髪をした少女・・・シオンの閉じられた大きな目が開いた。布で視界を隠したような暗さに、思わずまだ目を瞑っているのかと勘違いをおこしかける。
 目元をゴシゴシとさすり、ようやく暗闇の中にいることを理解した。

「ここは・・・?」

「んっ」

 キョロキョロと無駄とわかっていても周囲の状況を把握しようとしていると、隣から聞き慣れた妹の声が耳に入る。
 手探りで声の出所を探ると、筋肉質ながらも細い腕を掴むことができた。触った感触だと、怪我はしていないようだ。

「サエラ!起きてください!」

「・・・目ぇ、悪くなった?」

 瞬きを繰り返し、状況判断がうまくいってないのか的外れな予想を立てたサエラ。

「違いますよ。暗いんですよ」

「なるほど。そっか、私たち落ちたんだっけ」

 シオンの指摘でサエラは数刻前であろう起きた出来事を思い出すことができた。何百メートルという高さを落下し、最後は温泉の元湯に巻き込まれて意識を失ったのだ。
 落下しても生きているのは、水がクッションになったのかもしれない。

「ウーロさーん!ガルムさーん!メアリーさーん!」

「ベタ、ガマ。いる?」

 他のメンバーの名前を叫んでみるが、反応はない。洞窟らしく、声が跳ね返って反響するだけだ。それも何度も反響しているのは、今いる場所が相当広いという証明にもなる。
 明かりもない。仲間もいない。どうしたものかと頭を抱えたとき。

「キィィ・・・」

「う、うぬぅ・・・三人とも無事か?」

 喉から出す裏声っぽいきしみ音状の鳴き声と、甲高くも年季を感じる喋り方をする子竜の声が聞こえてきた。
 ティとウロボロスである。シオンは暗闇であるが、立ち上がって口にメガホンのように手を当てる。
 ドラゴンであるウロボロスなら、この暗闇でも夜目で確認できるかもしれないと希望があったからだ。

「ウーロさん!ティちゃん!どこですかぁ!」

 声が反響して、どこから聞こえてきたのかがわからない。もう一度彼らの名を呼びかけると、思わぬ場所から返事が聞こえた。

「お主らの・・・足の下」

「うわわっ!」

「踏んでたっ」

 シオンとサエラは慌てて踏んでいたこんもりと盛り上がってる小山から降りた。
 目を凝らしてよく見てみると、暗闇に目が慣れてきたのかどことなく爬虫類っぽい輪郭を確認することができた。
 黒い影のそれはゆっくりと長い鎌首をもたげ、ランタンのように光る目を二人に向ける。

「ふむ、無事でよかった」

 疲れた感じはするものの、安堵に満ちた声が聞こえる。どうやらウロボロスが2、3メートルほどの大きさのドラゴンに変身しているようだ。
 疲労を滲ませる声質なのは、先の戦いで魔力を消費したからだろう。スプリガンの巨大化の魔法に使う魔力をひねり出したらしい。

「きぃ」

「おぉ、ティも大丈夫か。やれやれ、風呂だというのに肝が冷えたぞ」

 まだウロボロスの背中に乗っているティの声も聞けて、ウロボロスは軽い冗談を吐いた。
 そして次第に小型のワイバーン程度のサイズから、いつもの子竜の姿へと身体を縮めていく。いよいよ魔力が限界らしい。喋る口に元気がない。

「もしかして、ウーロさんがクッションに?」

「無理させた。ごめん」

 寝っ転がるウロボロスの背中を二人は労わって撫でる。下手したら大穴の底に叩きつけられて死んでいたかもしれないのだ。無理してまで守ってくれたウロボロスを優しく触る。

「うーぬ。しかし他の連中が見えんな。はぐれてしまったか?」

 最高戦力というか、メイン火力といって申し分ないSランカーたちの姿を探すウロボロス。
 残念ながら予想通りはぐれてしまったらしい。近くに匂いは感じられない。

「・・・ここ、地脈の一部かな?通路状の洞窟みたい」

 サエラが岩壁を触る。魔力のパルスを広げて周囲の確認を行ったのだ。
 坂はなく、平坦な横に広がる洞窟。モグラが堀った地下通路のような道だ。落下してそのまま底に落ちたのではなく、どこか入り組んだ隙間に入ってしまったらしい。
 ウロボロスが「ふむ」と一呼吸入れた。

「とりあえず進むとしよう。我は夜目で前が見えるし、サエラが補助できる。全員手を繋げば移動できるはずだ」

「でも、どっちに行くんですか?」

 シオンの質問に唸るウロボロス。どちらが出口に近いのか・・・匂いも風向きも何もない状況では、判断材料を見つけることはできない。
 うーむと悩んでいると、どこからかカランコロンと何かが倒れる音が聞こえた。

「・・・こっち」

 サエラが呟く。小太刀を木の枝に見立てて、倒れた方に向かおうという古典的な作戦を実行したらしい。
 確かに道に迷った時は有効だし、なんの根拠もないが一向に進展しないよりははるかにマシだ。
 しかし、倒れた方向が悪かった。

「そっちは壁だぞ」

「・・・」

 指摘され、ピタッと動きを止めるサエラ。するとまたカランと石の上を転がる音が聞こえ、おそらく何食わぬ顔をしてるであろうサエラがまた同じセリフを吐いた。

「こっち」

「・・・うん、そうだな。そうしようか」

 果たしてこんなやり方で脱出できるのか。ウロボロスはいるかわからない曖昧な神に祈るしかできなかった。

「やっぱりこっちかもしれない」

「またか」

「だってどうしても壁の方向いちゃう」

「我に貸せ」

「この先すげぇ不安なんですけど」

「キィィ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~

みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。 生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。 夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。 なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。 きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。 お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。 やっと、私は『私』をやり直せる。 死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

スキル「糸」を手に入れた転生者。糸をバカにする奴は全員ぶっ飛ばす

Gai
ファンタジー
人を助けた代わりにバイクに轢かれた男、工藤 英二 その魂は異世界へと送られ、第二の人生を送ることになった。 侯爵家の三男として生まれ、順風満帆な人生を過ごせる……とは限らない。 裕福な家庭に生まれたとしても、生きていいく中で面倒な壁とぶつかることはある。 そこで先天性スキル、糸を手に入れた。 だが、その糸はただの糸ではなく、英二が生きていく上で大いに役立つスキルとなる。 「おいおい、あんまり糸を嘗めるんじゃねぇぞ」 少々強気な性格を崩さず、英二は己が生きたい道を行く。

もふもふ大好き家族が聖女召喚に巻き込まれる~時空神様からの気まぐれギフト・スキル『ルーム』で家族と愛犬守ります~

鐘ケ江 しのぶ
ファンタジー
 第15回ファンタジー大賞、奨励賞頂きました。  投票していただいた皆さん、ありがとうございます。  励みになりましたので、感想欄は受け付けのままにします。基本的には返信しませんので、ご了承ください。 「あんたいいかげんにせんねっ」  異世界にある大国ディレナスの王子が聖女召喚を行った。呼ばれたのは聖女の称号をもつ華憐と、派手な母親と、華憐の弟と妹。テンプレートのように巻き込まれたのは、聖女華憐に散々迷惑をかけられてきた、水澤一家。  ディレナスの大臣の1人が申し訳ないからと、世話をしてくれるが、絶対にあの華憐が何かやらかすに決まっている。一番の被害者である水澤家長女優衣には、新種のスキルが異世界転移特典のようにあった。『ルーム』だ。  一緒に巻き込まれた両親と弟にもそれぞれスキルがあるが、優衣のスキルだけ異質に思えた。だが、当人はこれでどうにかして、家族と溺愛している愛犬花を守れないかと思う。  まずは、聖女となった華憐から逃げることだ。  聖女召喚に巻き込まれた4人家族+愛犬の、のんびりで、もふもふな生活のつもりが……………    ゆるっと設定、方言がちらほら出ますので、読みにくい解釈しにくい箇所があるかと思いますが、ご了承頂けたら幸いです。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

処理中です...