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〜第6章〜ラドン編
57話
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戦闘後の洞窟内を充満するのは肉の焦げた独特な異臭であったり、糞と乳を混ぜたような鼻に詰まる汚臭だった。
その臭いの発生源は大量のヤゴの死骸である。バラバラに切断されたモノや焼き焦げた黒い炭。
ドラゴンか精霊が通り過ぎたような、まさしく災害と表せる惨状であるが、この光景を引き起こしたのは紛れもなく人間だった。
ただし、人間の枠組みに入れて良いのか疑問を感じる面子ではあるが。
「ふぅ、案外あっさり終わったな」
ひょこひょこと小さい足を精一杯動かしてながら、ウロボロスがヤゴの死骸を一箇所に集め終える。
顔には疲労の色は全く見えない。とても数百匹単位のヤゴを相手にしたとは思えない消耗具合だが、実際のところ生物的にも下等なヤゴを殲滅するのに、竜であるウロボロスが苦労するはずもない。
たとえ肉体の状態が小竜だとしても、エネルギーを可能な限り溜め込んでるのならブレスで一掃できるのだ。
生物の上下関係はとても数で埋められる問題ではない。数が多いのを倒すのは面倒だが、所詮はそのレベルでしかない。
「まぁ、デカくてもただの虫だからな」
ドサドサと風で運んだヤゴを山に追加するガルム。器用に指だけで膝くらいの高さの竜巻を操作し、その上に死骸を乗せて運搬しているのだ。
何気に純粋な魔法使いでも難しい技術だが、ここでもガルムは楽をするために高等技術を無駄なことに使っていた。
ウロボロスはそれを羨ましそうに見上げた。
「ほぉー、いいなぁ、いいなぁ」
小竜らしいキラキラとした目で見られたガルムは、満更でもない様子で「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。
そうして集めたヤゴの死骸が小さな小山を築くと、そこにメアリーが長方形の薄い紙を取り出し、一言二言呟いて紙を小山に放り投げた。
ゆらゆらとゆりかごのように空中を漂った紙がヤゴの死骸の上に乗ると、山は一瞬で炎に包まれる。
しかし特別熱いと言うわけではない。無論触れば火傷はするだろうが、人が恐れを抱くほどの熱があるようには見えない。
シオンはか細く、静かに燃え上がる炎を見て「おー」と言葉ではない声を漏らす。
「なんですか?これ」
「『炎陣の印「葬炎」』だ。死体が腐ったりアンデット化させないための炎だ」
メアリーがピッと先程投げた紙と同じような物を取り出し、それをシオンに見せた。
攻撃系の魔法ではなく、生き絶えた肉体を焼くための特殊な魔法のようだ。珍しそうにシオンは顎に手を当ててふむふむと頷く。
「死体の浸かった湯になど入りたくないからな」
「・・・そっスね」
メアリーのぼやきにシオンは小さく同意した。人間の死体ではないが、それでも大量の虫の死骸の体液やらが混ざった風呂など入りたいとは思えなかった。
たとえその湯が鉱山を循環する時に濾過されたり熱消毒されたとしてもだ。
なのでウロボロスたちは討伐したヤゴを片っ端から集め、それを燃やすという作業をしていた。
とは言っても死骸の量は尋常じゃない。何泊か洞窟で過ごさなければならないだろう。
幸いにも長期戦を予期して食料はそれなりにあるので、充分作業を続けることができる。
一応念のため、サンプルとして状態の良いヤゴの死骸を二、三匹残しておく。白いメガニューラの幼体など聞いたことがないからだ。もしかするとアルビノではなく新種という可能性も否定できない。
標本代わりになったのはサエラが脳天を射抜いた傷の少ない個体だ。
ベタとガマはヤゴの外殻をペタペタと触り、何やら悩むそぶりを見せて首を傾げていた。
「むむ。」
「不可解。」
「どうかした?」
影魔法で死骸を引きずって来たサエラが、標本の前に佇むレッド・キャップに気付く。
話しかけられたことでベタとガマは一斉にサエラの方へ振り返り、テテテと駆け足で足元に集って来た。
「このメガニューラ。不可解。」
「ウム。通常。異なる。」
「然り。」
どうやら普通のヤゴとは微妙にちがう点があると言いたいようだ。だだ白いヤゴというだけで優に異なる。
ベタとガマの言いたいところはそこではないだろうが、サエラには体色が白いという以外でヤゴに不可解な部分は見つからなかった。
「どういうこと?」
「説明は難しい。」
「然り。ヤゴ。魔力。ある。」
「ウム。」
ガマの言葉にベタが頷く。
「魔力?・・・じゃぁこのヤゴは魔物ってこと?」
サエラが首を傾げながら尋ねるが、ベタとガマは困ったように「むぅ」と眉を八の字に曲げて互いの顔を見合わせる。どうやら違うらしい。
「否。魔物と言えない。そこまで魔力はない。」
「ウム。ごく少量。」
魔物ほど強い魔力を宿しているわけではないようだ。ただこの魔力がヤゴの白い理由と何か関連性があると踏んでいるらしく、そこを二人は悩んでいるらしい。
「魔力のある・・・白いヤゴ」
言葉を口の中で転がし、サエラの目は自然と額に穴の空いた物言わない死骸へと向かう。
色素の抜けたような真っ白な甲殻、そして別段血が赤いわけでもないのに充血した大きな複眼。
サエラはなぜかどこかで見たような特徴を持つヤゴを見下ろし、妙な寒気を感じてヤゴから目を離した。
ーーーー
なんか感想欄でウロボロスにてへぺろしてほしいようで
その臭いの発生源は大量のヤゴの死骸である。バラバラに切断されたモノや焼き焦げた黒い炭。
ドラゴンか精霊が通り過ぎたような、まさしく災害と表せる惨状であるが、この光景を引き起こしたのは紛れもなく人間だった。
ただし、人間の枠組みに入れて良いのか疑問を感じる面子ではあるが。
「ふぅ、案外あっさり終わったな」
ひょこひょこと小さい足を精一杯動かしてながら、ウロボロスがヤゴの死骸を一箇所に集め終える。
顔には疲労の色は全く見えない。とても数百匹単位のヤゴを相手にしたとは思えない消耗具合だが、実際のところ生物的にも下等なヤゴを殲滅するのに、竜であるウロボロスが苦労するはずもない。
たとえ肉体の状態が小竜だとしても、エネルギーを可能な限り溜め込んでるのならブレスで一掃できるのだ。
生物の上下関係はとても数で埋められる問題ではない。数が多いのを倒すのは面倒だが、所詮はそのレベルでしかない。
「まぁ、デカくてもただの虫だからな」
ドサドサと風で運んだヤゴを山に追加するガルム。器用に指だけで膝くらいの高さの竜巻を操作し、その上に死骸を乗せて運搬しているのだ。
何気に純粋な魔法使いでも難しい技術だが、ここでもガルムは楽をするために高等技術を無駄なことに使っていた。
ウロボロスはそれを羨ましそうに見上げた。
「ほぉー、いいなぁ、いいなぁ」
小竜らしいキラキラとした目で見られたガルムは、満更でもない様子で「ふふん」と得意げに鼻を鳴らした。
そうして集めたヤゴの死骸が小さな小山を築くと、そこにメアリーが長方形の薄い紙を取り出し、一言二言呟いて紙を小山に放り投げた。
ゆらゆらとゆりかごのように空中を漂った紙がヤゴの死骸の上に乗ると、山は一瞬で炎に包まれる。
しかし特別熱いと言うわけではない。無論触れば火傷はするだろうが、人が恐れを抱くほどの熱があるようには見えない。
シオンはか細く、静かに燃え上がる炎を見て「おー」と言葉ではない声を漏らす。
「なんですか?これ」
「『炎陣の印「葬炎」』だ。死体が腐ったりアンデット化させないための炎だ」
メアリーがピッと先程投げた紙と同じような物を取り出し、それをシオンに見せた。
攻撃系の魔法ではなく、生き絶えた肉体を焼くための特殊な魔法のようだ。珍しそうにシオンは顎に手を当ててふむふむと頷く。
「死体の浸かった湯になど入りたくないからな」
「・・・そっスね」
メアリーのぼやきにシオンは小さく同意した。人間の死体ではないが、それでも大量の虫の死骸の体液やらが混ざった風呂など入りたいとは思えなかった。
たとえその湯が鉱山を循環する時に濾過されたり熱消毒されたとしてもだ。
なのでウロボロスたちは討伐したヤゴを片っ端から集め、それを燃やすという作業をしていた。
とは言っても死骸の量は尋常じゃない。何泊か洞窟で過ごさなければならないだろう。
幸いにも長期戦を予期して食料はそれなりにあるので、充分作業を続けることができる。
一応念のため、サンプルとして状態の良いヤゴの死骸を二、三匹残しておく。白いメガニューラの幼体など聞いたことがないからだ。もしかするとアルビノではなく新種という可能性も否定できない。
標本代わりになったのはサエラが脳天を射抜いた傷の少ない個体だ。
ベタとガマはヤゴの外殻をペタペタと触り、何やら悩むそぶりを見せて首を傾げていた。
「むむ。」
「不可解。」
「どうかした?」
影魔法で死骸を引きずって来たサエラが、標本の前に佇むレッド・キャップに気付く。
話しかけられたことでベタとガマは一斉にサエラの方へ振り返り、テテテと駆け足で足元に集って来た。
「このメガニューラ。不可解。」
「ウム。通常。異なる。」
「然り。」
どうやら普通のヤゴとは微妙にちがう点があると言いたいようだ。だだ白いヤゴというだけで優に異なる。
ベタとガマの言いたいところはそこではないだろうが、サエラには体色が白いという以外でヤゴに不可解な部分は見つからなかった。
「どういうこと?」
「説明は難しい。」
「然り。ヤゴ。魔力。ある。」
「ウム。」
ガマの言葉にベタが頷く。
「魔力?・・・じゃぁこのヤゴは魔物ってこと?」
サエラが首を傾げながら尋ねるが、ベタとガマは困ったように「むぅ」と眉を八の字に曲げて互いの顔を見合わせる。どうやら違うらしい。
「否。魔物と言えない。そこまで魔力はない。」
「ウム。ごく少量。」
魔物ほど強い魔力を宿しているわけではないようだ。ただこの魔力がヤゴの白い理由と何か関連性があると踏んでいるらしく、そこを二人は悩んでいるらしい。
「魔力のある・・・白いヤゴ」
言葉を口の中で転がし、サエラの目は自然と額に穴の空いた物言わない死骸へと向かう。
色素の抜けたような真っ白な甲殻、そして別段血が赤いわけでもないのに充血した大きな複眼。
サエラはなぜかどこかで見たような特徴を持つヤゴを見下ろし、妙な寒気を感じてヤゴから目を離した。
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