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〜第6章〜ラドン編

56話

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 ゴゴゴと扉の動く重々しい音を再び聞き、帰り道が閉ざされてしまったのを理解する。
 地底湖はこの先真っ直ぐ進んだ所にあると聞いた一行は、壁を覆うように生えているヒカリゴケの明かりを頼りに道を進んでいく。
 リメットの『魔物の口』とは違い、オーソドックスな洞窟型の迷宮のようだ。もちろんこの地底湖はただの洞窟なのだが。

「むぅ」

 シオンの肩にしがみついたウロボロスが不満気な声を出して身体を揺らす。
 それに最も早く気付いたのは当然シオンであった。

「どうしたんですか?」

「いや、こう、肌に張り付くというか、ムワッとした空気がなんというか・・・」

 苦手なのだ。と繋げ、ウロボロスはゴシゴシと大きな前足で額を擦る。
 要は湿気である。汗を掻くほど熱くはないが、代わりにジメジメとした水っぽい暑さが肌を濡らすのだ。
 だがシオンたちは大して気にした様子はない。人と竜の感じる感覚の差だろうか。そこまで気になるほどではないだろうが、ウロボロスは少々敏感に感じ取っていた。

「そうですか?わたしはそんなに感じませんけど」

「ウーロは水竜の特徴も持ってんだろ?だから空気中の水も集めやすいんじゃねーの?」

「ぐぬぬ」

 ガルムの指摘で納得したらしいウロボロスは憎々しい眼差しで自身の身体を見下ろした。
 高性能な身体の所為でこんな目に遭うとは・・・と、ギリギリと歯ぎしりする。
 そんなウロボロスを気の毒に思ったのか、ガルムは手袋をつけた手をオーケストラの指揮者のようにクルりと動かし、自身の魔力をウロボロスに送る。
 魔力は次第に風となり、それは余分な水分を弾き飛ばした。
 風のコートがウロボロスを包み、湿ってツヤの出ていた鱗の表面を乾燥させる。
 急に身体を蝕む不快な感覚が消えたことに、ウロボロスは「おー」と嬉しそうに声を上げた。

「これは快適である!」

「乾燥の魔法だ。洗濯で役立つぞー?」

「偉大な魔法を家事に使うのはガルムくらいだ。本当に」

 珍しく呆れた目でガルムを見上げるメアリー。そんな視線から目をそらして逃げ、拗ねたように「いいだろ便利だし」と言い返す。
 メアリーから魔法を教わったガルムはこの件に関しては強気に出れないらしい。
 魔法とは奇跡であり、超能力で、時には神聖な扱いをされる現実改変技術である。
 魔力を対価に臨む現象を引き起こし、本来の自然の流れを覆すのだ。
 魔法の研究者といっても過言ではない存在である魔女。
 メアリーにとって、ガルムが生活の利便性のために魔法を使うのは複雑な気持ちなのだろう。
 ガルムも重々承知しているようだが、いかんせん人は楽を覚えてしまう生き物だ。今更生活から魔法を抜き捨てるのは不可能であった。

「まーまーそう言うな魔女よ!便利なら良いではないか」

 わっはっはと上機嫌に笑うウロボロス。よほど湿気が気持ち悪かったのか、テンションがうざい。
 するとそんなウロボロスを見て何を思ったのか、ガルムのカバンに入っている小型化したフィンがねだるようにくーんと鳴く。

「ん?どうしたフィン」

「我と同じ魔法をかけて欲しいのではないか?分厚い毛皮で湿気は鬱陶しいだろう」

 ウロボロスの予想は的中していたらしく、同意を示すようにフィンが一声「ワン!」と吠えた。
 なるほどと頷くガルムは、ウロボロスと同じように水分を弾く風魔法をフィンに向けた。満足したのかフィンは再びカバンの中へ潜り込んだ。
 サボりめと苦笑いするガルム。そんなガルムにサエラが尋ねた。

「フィンは小さいままで良いの?」

 ウロボロスとは違い、フィンは魔法によって小さくなっている状態だ。メアリーが魔法の効果を打ち消せば元の3メートル近い大きな狼に姿を戻すだろう。
 だが洞窟に入っても一向にフィンを戻す様子は見せないので不審に思ったのだ。

「いや、あのデカさで洞窟の中は戦えないだろ」

 ガルムの言葉を聞き、サエラは視界の中に幻想のフィンを走らせる。確かに低い天井や狭い通路で戦うにはフィンの体は大きすぎた。

「まー、今回フィンはマスコット枠ってことで」

 するとウロボロスが両手をポンっと叩き、えっへんと胸を張ってこう言った。

「我枠だな!」

 むふんとドヤ顔。自身が愛らしい子竜であると微塵も疑っていない様子だ。
 だが、火炎放射を吐いたり岩も切り裂く爪を持つマスコットが居てたまるかと、全員がウロボロスのセリフをスルーする。
 哀れ。悪名高い竜王がマスコット枠になるには戦力が高すぎた。

「と、とにかく!ウーロさんが湿気を感じてるって事は、地底湖までもうすぐって事ですね!気を引き締めましょう!」

「そうだね」

「然り。」

「ウム。」

「キィ」

「お主らなんなのだ」

 露骨に目をそらして話題を変えようとする仲間や娘たちを見て、ウロボロスは納得できないように頬を膨らませる。
 そんなやりとりを見て、ガルムとメアリーは巻き込まれないように洞窟の道の先を見るのだった。



 
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