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〜第5章〜

49話「シオン、鍋パがしたい」 6

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 となればウロボロスも自身の唾液を飲み込むのも辛くなる。全盛期時代でも川で取れるサワガニをウロボロスはよく食していた。だがリメットで食べたウォリアーアントは食用に適さない。
 この街ではカニは食べられないと思っていたウロボロスにとって、このカニは何よりも嬉しいものであった。

「それで、ウーロさんとティの入れたのは?」

 サエラの質問に、シオンはハッと嫌なものを思い出すかのように顔を歪めた。
 そう、ウロボロスの投入した具材はことごとく悲鳴や奇声を上げるという奇妙な現象を引き起こした。
 この鍋を見た感じ特に違和感は見当たらないが、間違いなく入っている筈だ。正体がわかるまで、いかにカニが入っていようと食べるわけにはいかなかった。

「ふふふ、なら種明かしをしようか」

 もったいぶるウロボロス。具材を入れたり取り出すために使う長い箸を持つと、鍋に入っていた馬鈴薯のような塊を取り出してみせた。

「これである」

「・・・なんですかこれ」

「見たことない」

「芋?。」
「否。」

 正体不明の植物に首をかしげる女性陣。ウロボロスは気を良くしたのか、愉悦に浸る鼻息をフンと鳴らしてその正体を明らかにした。

「むふふ!これはマンドラゴラである!」

「マンドラゴラ!?錬金術で使う最高級品じゃないですか!」

 思わぬ具材の価値にシオンはバン!と机を叩いて立ち上がった。
 マンドラゴラ。主に媚薬や精力剤のポーション材料として使われる魔法植物の一種。わかりやすく説明すると魔力を含んだ植物である。

「まさか。竜王様。まだ早い。」
「子作り。」

 マンドラゴラを見てレッド・キャップがもじもじしだす。マンドラゴラの主な利用法を知っているのだろう。
 これは重症だ。シオンは薬も使ってないのに発情しだした幼女から目をそらした。

「ん?何の話だ。マンドラゴラは栄養価が高くて体に良いのだぞ!煮込めば薬用としても使えるのだ」

 精力剤などに利用されるマンドラゴラだが、要は肉体を活性化させる効能があるということだ。
 基本的に未加工であるならば媚薬というよりも食材としての役割が強い。
 つまりエロい使い方をしたわけではない。それを察したベタとガマは氷水でも当てられたようにスッと大人しくなってしまった。
 急に黙ってしまったベタとガマに、ウロボロスは首をかしげる。

「どうした・・・?」

「気にしない方が良いですよ」

 シオンがポンっと肩を叩く。まさかウロボロスも、娘同然の存在が自らの貞操を狙っているということは知りたくはないだろう。
 ショックで転生してしまうかもしれない。

「それにしても、ゲテモノにならなくてよかった」

 話題を変えるように露骨にサエラが鍋に視線を向ける。妹の狙いを察したシオンはコクコクと頷く。

「本当ですよ。叫び声が聞こえた時はどうしようと思いましたもん」

「マンドラゴラは内部に声帯に似た空洞があるのだ。だから刺激すると声みたいな音が鳴るのだぞ」

 どうでもいい情報である。

「で、最後。ベタ、ガマ。何を入れた?」

 ウロボロスがニコニコしながらレッド・キャップに長い箸を渡した。
 若干残念そうにショボンとしていた二人。ふわふわとおぼつかない手の動かし方で箸を操る。
 それでもベタとガマは無言で鍋の中を漁り始めるが、それらしい具材が見つからないのかむーっと不満げな唸り声を上げる。
 ついに発見できず、箸をウロボロスに返した。そしてこう言う。

「無い。」
「残念。」

「「いなくなってる。」」

・・・。


「そうですかぁ。残念ですねぇ」

「ん、気になる」

「何だったのだろうなぁ?」

 あはははと皆が愉快に笑う中、ウロボロスとサエラとシオンの3人は、頭の中で同じセリフがハモった。

((( いなくなった・・・・・・・・・?))

 けれども、それが何なのかは誰も聞こうとはしなかった。世の中には、知らない方が幸せになれることもあるのである。





「いやぁ、中々楽しかったな」

 鍋を平らげ、ひとまわり大きくなった腹を摩るウロボロスをベットの上からサエラが微笑ましそうに眺める。

「たくさん食べたね。ウーロさん」

「お主も結構だぞ?」

 食の細いサエラも、今回ばかりはおかわりもして満腹感に満たされていた。どうにもマンドラゴラの煮込みが気に入ったらしい。味というより、身体に力がみなぎる感覚が気に入ったのだろうが。

「さてシオン。これで満足か?」

 むくりと起き上がったウロボロスが、今回の鍋パーティーの主催者に向けてそんな問いを投げ付けた。
 日記に細かく文字を書くシオンは満面の笑みを浮かべて頷いた。

「もちろんです!これで学校のみんなに自慢できます!」

 飯もうまく、楽しい時間も過ごせた。シオンはホクホク顔だ。
 面倒だったが、やって良かったとウロボロスはそんな笑顔を見て満足げに頷いた。
 だが、まだ謎が残っている。ベタとガマの食材だ。

「結局あやつら、何を入れたのだろうな?」

「・・・さぁ?毒ではないと思いますけど」

 恐ろしくて聞き出せなかった。しかし聞いてみたいとも思わない。このまま真相を闇の中にしまうのが一番な気もすると、三人とも無言で了解していた。

「言葉間違っただけですよねきっと。なにか、お湯で溶けるやつだったんですよ」

「おぉ、確かにそうだな。うむうむそうだな。そうに違いない」

「うん」

 そんな適当な結論を出した時だった、居間の方からドシーン!と激しい揺れが部屋まで伝わってきた。
 次に聞こえてくるのはベタとガマの大声。そして名状しがたい甲高い鳴き声。

『片割れ。逃すな。外に出たら大事。』

『承知。』

『まさか。鍋から逃げ出すとは。だが。我らから逃亡。不可能。」

『仕留める。』

『KYAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』

 次に聞こえてくるのは激しい戦闘音、そして時折家が揺れる振動。
 ウロボロスたちはそれを子守唄代わりに無言で各々ふとんに潜り込み、瞳をまぶたで閉じた。

「・・・シオン、次はいつ鍋パーティーをしようか」

 ウロボロスの何気ない質問。シオンはふっと軽く笑ってみせた。


「もう・・・いいです」

 実際、この後シオンが進んで鍋料理を提案することは無かったそうだ。
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