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第4章〜不死〜
42話
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瘴気の蚊が燃やされると、濃いチリとなって空中を漂う。そして突如、プロドディスの胴体に初めて痛みを伴ったつよい衝撃が体を貫いた。
ドシャァっと生々しい血の滴る音。肉の繊維が乱暴に千切られ、そこから温かい血液が流れ出る感覚がプロドディスを襲った。
「・・・」
視線をほんの少し下げて見れば、痛覚の発生原因は明らかだった。
ルーデスがプロドディスの腹に拳を当て、しかもそれは鎧を貫いて体内に侵入していたのだ。
幸い、強靭な筋肉のお陰で内臓までは達してはいないが、身体全体に衝撃が走ったらしい。口から押し出された血をたらりと流れた。
どうやら『モスキート・ドレイン』の灰に紛れて接近を許してしまったようだ。ルーデスも最初から囮のつもりで大技を出したのだ。
プロドディスなら振り払うこともできるだろう。しかし不思議と体に力が入らない。
注射で血液を引き抜くような、独特な感覚でプロドディスは察することができた。
「血か」
「えぇ、このまま干からびてもらいますよ」
文字通り全身の血を抜くつもりなのだ。プロドディスの腹に挿入した腕がそのまま太い血管のように脈打つ。
その血管は一方通行であった。寄生虫のようにプロドディスのエネルギーを暴食する。
が、あろうことかプロドディスはルーデスの腕をガッシリと掴むと、更に腹の奥へ行かせようと万力に劣らない力を発揮してみせた。
ジュクジュクと過激な音がハッキリと聞こえる。
「・・・どうしました?もう諦めちゃうんですか?」
吸血鬼らしい怪しげな笑みを浮かべたルーデス。プロドディスは何も言わず、まっすぐルーデスのみを見つめていた。
逃さないようにしているかのように。
「それじゃぁ、時間が勿体無いので始末しますね」
そう言うと、ルーデスは背後から粘液を呼び出してそれを大剣のように大きい武器に変えた。
血管の通る武器は禍々しいが、プロドディスはそれでもルーデスから目を離さない。
舌舐めずりをしたルーデスが、犬歯をチラつかせながら笑う。
「死ね」
「・・・ルーデス、お前・・・変わったな」
赤い大剣を振り下ろそうとした瞬間、プロドディスがルーデスの注目を引くように呟いた。
ピクリと肩を揺らし、ルーデスは大剣の動きを止めてプロドディスを見上げた。
彫りの深い老いた老兵は、依然と正気に溢れた鋭い目をしていた。
「どうしました?今更死ぬのが怖いのですか?」
「昔のお前なら、剣を捨ててでも俺から離れたはずだ。そうしないから、捕まっちまう」
頭に疑問符を浮かべ、首を傾げたルーデス。プロドディスの言っていることが理解できないのだろう。案外察しの悪くなった元部下に、プロドディスは呆れの感情を露骨に態度へ表した。
「やれぇ!ティム!!」
プロドディスがここにいるはずのないもう一人の戦士の名を叫ぶと、ルーデスはようやく気づいたようだ。
これは罠だ、と。大技を使ってすぐには連発できないこの隙をプロドディスは狙っていたのだ。
ブワッと、背後から何者かが高台から飛び降りる空気の音が聞こえた。
目だけを振り返って見ると、そこには昔よりだいぶ老けた戦友が、落下しながら薙刀で斬りつけて来ようとする姿だった。
「ルーデスゥウウウウウウ!!」
「・・・ティム、まさかっ」
ルーデスの表情に初めて驚愕の色が浮かび上がる。
最初からこのタイミングを待っていたのだろう。彼の振り下ろす薙刀の葉の部分がプロドディスの技と同じように光輝く。
「『聖魔斬』!!」
斬。ティムの渾身の一撃はルーデスを脳天から真っ二つに切断した。
すぐに黒い霧が肉体を修復しようと傷口に群がるが、なぜか『モスキート・ドレイン』の時のように瘴気が燃えてしまう。
「あぁああぁっ!が、あ!」
ルーデスの表情が苦痛に歪んだ。バンパイアロードであるルーデスは身体を切り刻まれたり、魔法攻撃を受けても大した痛みを感じることはなかった。
しかし、今は何度も食らってきたはずの攻撃に痛みを感じている。それはつまり、生命の危機に近いのではとルーデスの意識の中で結論が流れた。
「てぃ、ティムゥ・・・ソの、スキルはぁっ!!」
「お前がいなくなってから、俺ってば頑張ったんだぜ?・・・お前に使うだなんて思っていなかったけどよ」
「ああああああああああああああ!!!」
ルーデスの肉体が燃えていく。傷口から伝染していくように全身が炎へと包まれてしまった。
無意識なのだろう。本能から細胞が傷同士をくっつけようと互いに肉を伸ばすが、炎が邪魔をしてうまく修復できない。
肉体が徐々に灰になっていく友の姿を見て、ティムは悔しげに下唇を噛んだ。
「ルーデス、お前がユーリさんをどう思ってるか・・・俺もわかる。だけどな、今のお前のやり方を認めるわけにはいかねーんだよ」
「アアアアアアアアアアア!!」
獣の断末魔のような叫びを上げる。聖なる火炎の中で不死は再生と崩壊を繰り返し、次第にそれは人間の形を失っていく。
真っ二つになった肉が互いを繋ぎ合わせるが、火で炙られてうまくくっつかないらしい。
再生しようとする肉が、次第に異形の者へと身を転じていく。
もはや瞼とはいえぬ肉のつなぎ目から、目玉がギョロリとティムとプロドディスを睨んだ。
「コロス!!コロシテヤル!邪マスル奴ラァァァア!!」
ドシャァっと生々しい血の滴る音。肉の繊維が乱暴に千切られ、そこから温かい血液が流れ出る感覚がプロドディスを襲った。
「・・・」
視線をほんの少し下げて見れば、痛覚の発生原因は明らかだった。
ルーデスがプロドディスの腹に拳を当て、しかもそれは鎧を貫いて体内に侵入していたのだ。
幸い、強靭な筋肉のお陰で内臓までは達してはいないが、身体全体に衝撃が走ったらしい。口から押し出された血をたらりと流れた。
どうやら『モスキート・ドレイン』の灰に紛れて接近を許してしまったようだ。ルーデスも最初から囮のつもりで大技を出したのだ。
プロドディスなら振り払うこともできるだろう。しかし不思議と体に力が入らない。
注射で血液を引き抜くような、独特な感覚でプロドディスは察することができた。
「血か」
「えぇ、このまま干からびてもらいますよ」
文字通り全身の血を抜くつもりなのだ。プロドディスの腹に挿入した腕がそのまま太い血管のように脈打つ。
その血管は一方通行であった。寄生虫のようにプロドディスのエネルギーを暴食する。
が、あろうことかプロドディスはルーデスの腕をガッシリと掴むと、更に腹の奥へ行かせようと万力に劣らない力を発揮してみせた。
ジュクジュクと過激な音がハッキリと聞こえる。
「・・・どうしました?もう諦めちゃうんですか?」
吸血鬼らしい怪しげな笑みを浮かべたルーデス。プロドディスは何も言わず、まっすぐルーデスのみを見つめていた。
逃さないようにしているかのように。
「それじゃぁ、時間が勿体無いので始末しますね」
そう言うと、ルーデスは背後から粘液を呼び出してそれを大剣のように大きい武器に変えた。
血管の通る武器は禍々しいが、プロドディスはそれでもルーデスから目を離さない。
舌舐めずりをしたルーデスが、犬歯をチラつかせながら笑う。
「死ね」
「・・・ルーデス、お前・・・変わったな」
赤い大剣を振り下ろそうとした瞬間、プロドディスがルーデスの注目を引くように呟いた。
ピクリと肩を揺らし、ルーデスは大剣の動きを止めてプロドディスを見上げた。
彫りの深い老いた老兵は、依然と正気に溢れた鋭い目をしていた。
「どうしました?今更死ぬのが怖いのですか?」
「昔のお前なら、剣を捨ててでも俺から離れたはずだ。そうしないから、捕まっちまう」
頭に疑問符を浮かべ、首を傾げたルーデス。プロドディスの言っていることが理解できないのだろう。案外察しの悪くなった元部下に、プロドディスは呆れの感情を露骨に態度へ表した。
「やれぇ!ティム!!」
プロドディスがここにいるはずのないもう一人の戦士の名を叫ぶと、ルーデスはようやく気づいたようだ。
これは罠だ、と。大技を使ってすぐには連発できないこの隙をプロドディスは狙っていたのだ。
ブワッと、背後から何者かが高台から飛び降りる空気の音が聞こえた。
目だけを振り返って見ると、そこには昔よりだいぶ老けた戦友が、落下しながら薙刀で斬りつけて来ようとする姿だった。
「ルーデスゥウウウウウウ!!」
「・・・ティム、まさかっ」
ルーデスの表情に初めて驚愕の色が浮かび上がる。
最初からこのタイミングを待っていたのだろう。彼の振り下ろす薙刀の葉の部分がプロドディスの技と同じように光輝く。
「『聖魔斬』!!」
斬。ティムの渾身の一撃はルーデスを脳天から真っ二つに切断した。
すぐに黒い霧が肉体を修復しようと傷口に群がるが、なぜか『モスキート・ドレイン』の時のように瘴気が燃えてしまう。
「あぁああぁっ!が、あ!」
ルーデスの表情が苦痛に歪んだ。バンパイアロードであるルーデスは身体を切り刻まれたり、魔法攻撃を受けても大した痛みを感じることはなかった。
しかし、今は何度も食らってきたはずの攻撃に痛みを感じている。それはつまり、生命の危機に近いのではとルーデスの意識の中で結論が流れた。
「てぃ、ティムゥ・・・ソの、スキルはぁっ!!」
「お前がいなくなってから、俺ってば頑張ったんだぜ?・・・お前に使うだなんて思っていなかったけどよ」
「ああああああああああああああ!!!」
ルーデスの肉体が燃えていく。傷口から伝染していくように全身が炎へと包まれてしまった。
無意識なのだろう。本能から細胞が傷同士をくっつけようと互いに肉を伸ばすが、炎が邪魔をしてうまく修復できない。
肉体が徐々に灰になっていく友の姿を見て、ティムは悔しげに下唇を噛んだ。
「ルーデス、お前がユーリさんをどう思ってるか・・・俺もわかる。だけどな、今のお前のやり方を認めるわけにはいかねーんだよ」
「アアアアアアアアアアア!!」
獣の断末魔のような叫びを上げる。聖なる火炎の中で不死は再生と崩壊を繰り返し、次第にそれは人間の形を失っていく。
真っ二つになった肉が互いを繋ぎ合わせるが、火で炙られてうまくくっつかないらしい。
再生しようとする肉が、次第に異形の者へと身を転じていく。
もはや瞼とはいえぬ肉のつなぎ目から、目玉がギョロリとティムとプロドディスを睨んだ。
「コロス!!コロシテヤル!邪マスル奴ラァァァア!!」
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