上 下
129 / 237
第4章〜不死〜

42話

しおりを挟む
 瘴気の蚊が燃やされると、濃いチリとなって空中を漂う。そして突如、プロドディスの胴体に初めて痛みを伴ったつよい衝撃が体を貫いた。
 ドシャァっと生々しい血の滴る音。肉の繊維が乱暴に千切られ、そこから温かい血液が流れ出る感覚がプロドディスを襲った。

「・・・」

 視線をほんの少し下げて見れば、痛覚の発生原因は明らかだった。
 ルーデスがプロドディスの腹に拳を当て、しかもそれは鎧を貫いて体内に侵入していたのだ。
 幸い、強靭な筋肉のお陰で内臓までは達してはいないが、身体全体に衝撃が走ったらしい。口から押し出された血をたらりと流れた。
 どうやら『モスキート・ドレイン』の灰に紛れて接近を許してしまったようだ。ルーデスも最初から囮のつもりで大技を出したのだ。
 プロドディスなら振り払うこともできるだろう。しかし不思議と体に力が入らない。
 注射で血液を引き抜くような、独特な感覚でプロドディスは察することができた。

「血か」

「えぇ、このまま干からびてもらいますよ」

 文字通り全身の血を抜くつもりなのだ。プロドディスの腹に挿入した腕がそのまま太い血管のように脈打つ。
 その血管は一方通行であった。寄生虫のようにプロドディスのエネルギーを暴食する。

 が、あろうことかプロドディスはルーデスの腕をガッシリと掴むと、更に腹の奥へ行かせようと万力に劣らない力を発揮してみせた。
 ジュクジュクと過激な音がハッキリと聞こえる。

「・・・どうしました?もう諦めちゃうんですか?」

 吸血鬼らしい怪しげな笑みを浮かべたルーデス。プロドディスは何も言わず、まっすぐルーデスのみを見つめていた。
 逃さないようにしているかのように。

「それじゃぁ、時間が勿体無いので始末しますね」

 そう言うと、ルーデスは背後から粘液を呼び出してそれを大剣のように大きい武器に変えた。
 血管の通る武器は禍々しいが、プロドディスはそれでもルーデスから目を離さない。
 舌舐めずりをしたルーデスが、犬歯をチラつかせながら笑う。

「死ね」

「・・・ルーデス、お前・・・変わったな」

 赤い大剣を振り下ろそうとした瞬間、プロドディスがルーデスの注目を引くように呟いた。
 ピクリと肩を揺らし、ルーデスは大剣の動きを止めてプロドディスを見上げた。
 彫りの深い老いた老兵は、依然と正気に溢れた鋭い目をしていた。

「どうしました?今更死ぬのが怖いのですか?」

「昔のお前なら、剣を捨ててでも俺から離れたはずだ。そうしないから、捕まっちまう」

 頭に疑問符を浮かべ、首を傾げたルーデス。プロドディスの言っていることが理解できないのだろう。案外察しの悪くなった元部下に、プロドディスは呆れの感情を露骨に態度へ表した。

「やれぇ!ティム!!」

 プロドディスがここにいるはずのないもう一人の戦士の名を叫ぶと、ルーデスはようやく気づいたようだ。
 これは罠だ、と。大技を使ってすぐには連発できないこの隙をプロドディスは狙っていたのだ。
 ブワッと、背後から何者かが高台から飛び降りる空気の音が聞こえた。
 目だけを振り返って見ると、そこには昔よりだいぶ老けた戦友が、落下しながら薙刀で斬りつけて来ようとする姿だった。

「ルーデスゥウウウウウウ!!」

「・・・ティム、まさかっ」

 ルーデスの表情に初めて驚愕の色が浮かび上がる。
 最初からこのタイミングを待っていたのだろう。彼の振り下ろす薙刀の葉の部分がプロドディスの技と同じように光輝く。

「『聖魔斬』!!」

 斬。ティムの渾身の一撃はルーデスを脳天から真っ二つに切断した。
 すぐに黒い霧が肉体を修復しようと傷口に群がるが、なぜか『モスキート・ドレイン』の時のように瘴気が燃えてしまう。

「あぁああぁっ!が、あ!」

 ルーデスの表情が苦痛に歪んだ。バンパイアロードであるルーデスは身体を切り刻まれたり、魔法攻撃を受けても大した痛みを感じることはなかった。
 しかし、今は何度も食らってきたはずの攻撃に痛みを感じている。それはつまり、生命の危機に近いのではとルーデスの意識の中で結論が流れた。

「てぃ、ティムゥ・・・ソの、スキルはぁっ!!」

「お前がいなくなってから、俺ってば頑張ったんだぜ?・・・お前に使うだなんて思っていなかったけどよ」

「ああああああああああああああ!!!」

 ルーデスの肉体が燃えていく。傷口から伝染していくように全身が炎へと包まれてしまった。
 無意識なのだろう。本能から細胞が傷同士をくっつけようと互いに肉を伸ばすが、炎が邪魔をしてうまく修復できない。
 肉体が徐々に灰になっていく友の姿を見て、ティムは悔しげに下唇を噛んだ。

「ルーデス、お前がユーリさんをどう思ってるか・・・俺もわかる。だけどな、今のお前のやり方を認めるわけにはいかねーんだよ」

「アアアアアアアアアアア!!」

 獣の断末魔のような叫びを上げる。聖なる火炎の中で不死は再生と崩壊を繰り返し、次第にそれは人間の形を失っていく。
真っ二つになった肉が互いを繋ぎ合わせるが、火で炙られてうまくくっつかないらしい。
 再生しようとする肉が、次第に異形の者へと身を転じていく。
 もはや瞼とはいえぬ肉のつなぎ目から、目玉がギョロリとティムとプロドディスを睨んだ。

「コロス!!コロシテヤル!邪マスル奴ラァァァア!!」
しおりを挟む
感想 65

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

転生調理令嬢は諦めることを知らない

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。  主人公が酷く虐げられる描写が苦手な方は、回避をお薦めします。そういう意味もあって、R15指定をしています。  追放令嬢ものに分類されるのでしょうが、追放後の展開はあまり類を見ないものになっていると思います。  2章立てになりますが、1章終盤から2章にかけては、「令嬢」のイメージがぶち壊されるかもしれません。不快に思われる方にはご容赦いただければと存じます。

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

処理中です...