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第一章〜猫と犬〜
3話
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バステロの古い記憶の中でも、この世界にやってきた時の出来事ほど、脳に刻まれた強烈な思い出は他にない。
俗に言う、異世界転移。
バステロは当時の記憶をしっかりと頭の中に残していた。
昔からバステロは身体が頑丈で、階段から落ちても、自転車に轢かれても、大した大怪我を負うことはほとんど無かった。
致命傷かと思われる出血でも彼の命に別状はなく、次の日には何でもない顔で学校へ登校していた。
もしそれが高校生や中学生だった場合、通常の人間とは違う異質な気配を感じ、人々は彼から遠ざかっていただろう。
だが不幸にもバステロの頑丈さが目立ったのは小学生‥‥‥それも低学年の時だった。
彼の周りとは違う身体の作りに興味を持った同級生たちは、排他するのではなくイジメでバステロをいたぶったのだ。
いくら殴っても蹴っても、傷は次の日には完治する。逸脱した回復力を子供は恐怖するのではなく、面白がっておもちゃにした。
そして、バステロも子供だった。
反撃するという自立した対抗意識を持たず、ただダンゴムシのように丸まって痛みに耐えるしかなかった。
怪我をしなくとも、痛いのだ。大人に助けを求めても怪我をしてない体を見れば誰も何とも思わない。
子供のじゃれあい。そう判断され、バステロに降りかかる暴力を止めてくれる大人はいなかった。
いじめはエスカレートしする。特に小綺麗な女顔だったバステロを殴るというのは、子供らしい道徳面の欠けた残虐性をより刺激する燃料となる。
異世界へと旅立ったあの日も、バステロはいつものようにいじめられていた。下校の時に捕まり、公園で蹴られたり踏まれたりなど暴力を振るわれていたのだ。
夕方でも遅い時刻で、寂れた公園では子供の泣き声と笑い声がいつまでも鳴り響いていた。
同級生が馬乗りになり、乱暴な手つきで髪を引っ張る。握った拳でバステロの顔面を殴ろうとした‥‥‥その時だった。
宙に亀裂が生まれた。石を投げられたガラスのごとく、蜘蛛の巣みたいなヒビが子供たちを包むように広がった。
いじめをしていた子供も、受けていたバステロも一瞬動きが止まる。
何だろうと好奇心と恐怖の入れ混じった目で亀裂を見上げると、それはさらにヒビを広げ、破片を撒き散らしながら大穴と変わった。
目を縦にしたような、曲線のあるひし形と言えば良いだろう。中は光のない黒となっており、刹那の後には掃除機のようにモノを吸い込み始める。
同級生たちが悲鳴を上げて必死に何かを掴もうと手を伸ばすが、子供の短い手では何も取ることはできない。
空気中に現れた謎の大穴は、同級生もバステロも、周囲にあったゴミや荷物も全て平等に吸入した。
そして何事もなかったかのように亀裂は閉じ、後に残ったのは地面に乱雑に置かれた数個のランドセルだけである。
その後は地獄だったと言う他ないだろう。
まず、その空間には空気がなかった。大気の代わりに水のような何かに満たされていて、その中を濁流に飲み込まれた小枝みたいに流されていく。
毛を抜かれ、皮を破かれ、肉を削ぎ落とされる。今まで経験したことのない激痛がバステロを襲った。
それはバステロだけではない。巻き込まれた同級生たちも、同じような苦しみを味わっていたのだ。
彼らはこの世のものとは思えない声を荒げていた。まるで野獣のような悲鳴。目の前でいじめの主犯の顔が骸骨になっていく様をバステロは間近で見てしまった。
自分もこうなるのか。そんな恐怖は湧かなかった。あるのは痛みに対する恐怖のみ。
頭がおかしくなりそうだった。バステロは目を瞑り、早く終われと願うことで正気を保つ。
さっきまで自分をいじめてゲラゲラ笑っていた同級生たちはその間にも骨となって死んでいく。
それをいい気味だとは思えない。自分もこうなるかもしれない、いやすでになっているのかも。
痛みに耐えていくうちに、すでに身体は痛覚を脳に知らせることをやめていた。
思考もぼんやりしてきて、意識が遠のいていく。
二重、三重にも視界が重なり、不意に手を伸ばす。バステロは何かを掴む感触を感じ、ついに意識を無くしてしまった。
気付けば薄暗い森の中で寝転がされている自分。
剥がされた皮や肉は元に戻っていたが、服は消えて無くなってしまった。
生まれたばかりの赤子と同じ姿。羞恥を感じたバステロは身体を小さく丸まって蹲った。
いつまでそうしていたか。寒さに体が震え、余儀なく歩き出した先に待っていたのは凶悪な獣。
噛まれ、引き裂かれ、食い千切られ、血に濡れながらも必死に走った。逃げた。
いつしか力尽き、また同じように倒れた。今度は白かった肌に泥と血を付けて。
死という概念がはっきりとしていき、対照的に意識はぼんやりと薄まっていく。
最後に見たのはこちらに歩み寄ってきた黒い人影で‥‥‥。
俗に言う、異世界転移。
バステロは当時の記憶をしっかりと頭の中に残していた。
昔からバステロは身体が頑丈で、階段から落ちても、自転車に轢かれても、大した大怪我を負うことはほとんど無かった。
致命傷かと思われる出血でも彼の命に別状はなく、次の日には何でもない顔で学校へ登校していた。
もしそれが高校生や中学生だった場合、通常の人間とは違う異質な気配を感じ、人々は彼から遠ざかっていただろう。
だが不幸にもバステロの頑丈さが目立ったのは小学生‥‥‥それも低学年の時だった。
彼の周りとは違う身体の作りに興味を持った同級生たちは、排他するのではなくイジメでバステロをいたぶったのだ。
いくら殴っても蹴っても、傷は次の日には完治する。逸脱した回復力を子供は恐怖するのではなく、面白がっておもちゃにした。
そして、バステロも子供だった。
反撃するという自立した対抗意識を持たず、ただダンゴムシのように丸まって痛みに耐えるしかなかった。
怪我をしなくとも、痛いのだ。大人に助けを求めても怪我をしてない体を見れば誰も何とも思わない。
子供のじゃれあい。そう判断され、バステロに降りかかる暴力を止めてくれる大人はいなかった。
いじめはエスカレートしする。特に小綺麗な女顔だったバステロを殴るというのは、子供らしい道徳面の欠けた残虐性をより刺激する燃料となる。
異世界へと旅立ったあの日も、バステロはいつものようにいじめられていた。下校の時に捕まり、公園で蹴られたり踏まれたりなど暴力を振るわれていたのだ。
夕方でも遅い時刻で、寂れた公園では子供の泣き声と笑い声がいつまでも鳴り響いていた。
同級生が馬乗りになり、乱暴な手つきで髪を引っ張る。握った拳でバステロの顔面を殴ろうとした‥‥‥その時だった。
宙に亀裂が生まれた。石を投げられたガラスのごとく、蜘蛛の巣みたいなヒビが子供たちを包むように広がった。
いじめをしていた子供も、受けていたバステロも一瞬動きが止まる。
何だろうと好奇心と恐怖の入れ混じった目で亀裂を見上げると、それはさらにヒビを広げ、破片を撒き散らしながら大穴と変わった。
目を縦にしたような、曲線のあるひし形と言えば良いだろう。中は光のない黒となっており、刹那の後には掃除機のようにモノを吸い込み始める。
同級生たちが悲鳴を上げて必死に何かを掴もうと手を伸ばすが、子供の短い手では何も取ることはできない。
空気中に現れた謎の大穴は、同級生もバステロも、周囲にあったゴミや荷物も全て平等に吸入した。
そして何事もなかったかのように亀裂は閉じ、後に残ったのは地面に乱雑に置かれた数個のランドセルだけである。
その後は地獄だったと言う他ないだろう。
まず、その空間には空気がなかった。大気の代わりに水のような何かに満たされていて、その中を濁流に飲み込まれた小枝みたいに流されていく。
毛を抜かれ、皮を破かれ、肉を削ぎ落とされる。今まで経験したことのない激痛がバステロを襲った。
それはバステロだけではない。巻き込まれた同級生たちも、同じような苦しみを味わっていたのだ。
彼らはこの世のものとは思えない声を荒げていた。まるで野獣のような悲鳴。目の前でいじめの主犯の顔が骸骨になっていく様をバステロは間近で見てしまった。
自分もこうなるのか。そんな恐怖は湧かなかった。あるのは痛みに対する恐怖のみ。
頭がおかしくなりそうだった。バステロは目を瞑り、早く終われと願うことで正気を保つ。
さっきまで自分をいじめてゲラゲラ笑っていた同級生たちはその間にも骨となって死んでいく。
それをいい気味だとは思えない。自分もこうなるかもしれない、いやすでになっているのかも。
痛みに耐えていくうちに、すでに身体は痛覚を脳に知らせることをやめていた。
思考もぼんやりしてきて、意識が遠のいていく。
二重、三重にも視界が重なり、不意に手を伸ばす。バステロは何かを掴む感触を感じ、ついに意識を無くしてしまった。
気付けば薄暗い森の中で寝転がされている自分。
剥がされた皮や肉は元に戻っていたが、服は消えて無くなってしまった。
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いつまでそうしていたか。寒さに体が震え、余儀なく歩き出した先に待っていたのは凶悪な獣。
噛まれ、引き裂かれ、食い千切られ、血に濡れながらも必死に走った。逃げた。
いつしか力尽き、また同じように倒れた。今度は白かった肌に泥と血を付けて。
死という概念がはっきりとしていき、対照的に意識はぼんやりと薄まっていく。
最後に見たのはこちらに歩み寄ってきた黒い人影で‥‥‥。
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