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序章〜迷子のチェシャ猫〜
第1話
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コンコン、としかし乱暴にドアを叩く音が目覚まし代わりに鳴る。重い瞼を開き、カメレオンのように目玉をぎょろぎょろと動かす。生まれつきの目つきの悪さのせいで、眠りから覚める様子はまるで悪魔だ。
だが悪魔というには顔は整っているし、華奢な体付きは年上から保護欲をそそられる。
目覚めた犬のように大口を開け、大きなあくびをかます。首を回すとポキポキと軽い心地の良い音がした。
このまま体を軽く動かしたいという欲求に駆られたバステロだが、相変わらずドアがけたたましく叩かれる。
バステロはめんどくさそうにベットから飛び降り、素足でペタペタと床を歩いてドアまで近づく。
ドアノブを回し、内側に扉を引っ張れば早朝から訪問して来た迷惑な客の姿が見えた。
「‥‥‥ん?」
訪問者は騎士だった。豪華そうな装飾の入った実戦向きではない鎧。腰に下げている剣も見栄えに特化した使いづらそうな鞘に収まっている。
街中にある安い宿だというのに、格好はまるで城から抜け出した置物のようだ。
だがその目は明らかに子供の自分を見下している。
平民をなんとも思ってないプライドの塊である貴族出身の騎士かと、バステロは甲冑の鎧に適当な第一印象を貼り付けた。もしかしたら違うかもしれないが、高圧的な性格なのであろうと半分確信に近い予想を立てる。
「グリフィン騎士団だ。副団長アルバート・フェンス様より貴様を連れてくるよう命じられた。付いて来てもらおうか」
それは拒否されることを全く想定していないような口ぶりであった。というか許してくれそうにない。
当然、騎士相手にそう言われたら誰でも有無を言わず付いて行くことだろう。だがバステロは違った。
承諾の返事より先に、欠伸をしてみせたのだ。
「ふぁぁ‥‥‥」
まさにクソガキと一言である。
「‥‥‥」
騎士の睨んでくる眼力の強さが上がった気がした。
バステロは口内を舌で舐め回し、こびり付いた乾いた唾液を飲み込みながら目ヤニを落とす。
そしてまだ眠そうな顔で騎士を見上げる。
「わかった。着替えるから待ってて」
敬語もなし。敬う気もない。下等な平民に舐められているのだと、騎士は怒鳴ろうとに口を兜の中で開くが、ギリギリで罵声を口の中に留めた。
なぜかというと、自身の上司から「何があっても手を出すな」と念を押されていたからだ。そしてバステロもそのことは知っていたので、舐めた態度を取っていた。
一体なぜ自分がこんな事をと苛立ちを溜め込み、閉じられたドアを睨みつけた。
「あれ?金具どこいったぁ?あれー?」
ガサゴソと何を探す音も聞こえる。のろまなバステロに騎士はさらに苛立ちを積み重ねた。
半刻ほど時間が経ち、ようやくバステロが部屋から出てきた。足取りはノロノロと遅い。まだ眠いのか。
ボロい布を外套のように着込み、その下には黒い鎧。腰には刃の短い刀がある。
(黒騎士‥‥‥バカらしい)
バステロの姿を見て騎士は鼻で笑った。本人は聞こえていない様子であくびをしているが。
とりあえず付いてくるという意思は示したので、騎士はバステロを連れて宿の外へ出た。
移動では馬車を使う。倒れ込んだら死体と大差ないような格好をしているバステロを乗せるのは正直嫌だったが、これを後ろに連れて街を歩く方がもっと嫌だった。
騎士から嫌悪感のこもった視線を向けられるが、バステロは大して気にしない。
宿の主人が心配そうにバステロを見送るが、バステロは能天気そうに笑顔で手を振る。
「おい、早く乗れ」
騎士はバステロのボロマントを力づくで引っ張った。
とても軽い。まるで子猫の首の皮を持ち上げたような重さだった。そのことに騎士は一瞬驚いて手を離す。
なぜ鎧を着てまでここまで軽いのか?人間ではなく、人形なのでは?
‥‥‥と不気味な考えが過ぎるが、大した問題ではないと判断して頭の外に追いやった。この世に不可解な特徴を持つ人間など、そこら中にいるのだから。
「おー!馬車だ。本物だ。すっげー」
まるで常識を持たない子供のようだ。否、実際子供なのだが。
物珍しく馬車を見るバステロに騎士は少し得意げに口元に弧を描く。
街中で馬車に乗るなど、貴族くらいの地位の高い人間しか権利を所有していない。
ようやくこのガキも自分がどういった人物と対面しているのかがわかったかと高慢な考えを浮かべた。
しかしその考えもすぐに崩れ去ることになる。
「何してんだおっさん。早く行こーぜ」
すでに馬車に乗ったバステロが不満げな目で自分を見下ろしていたのだ。
プチンと、何かが弾けた。
「貴様っ!誰の許可を得て‥‥‥!!」
「いや、乗れってアンタが言ったんじゃん」
何言ってんだこの人と言う目で見られた騎士は、確かにそう言ったが‥‥‥と悔しげに唇を噛んだ。
これがただの平民相手ならすぐにでも斬り殺すことが許されるが、あいにくバステロは上司が丁重に連れてくるよう命じた。
言ってみれば護衛対象である。
高ぶった感情に身を任せ、発散でもさせたらどんな罰を受けるかわかったものではない。
最悪騎士の位も剥奪になる恐れもある。騎士は剣を振るう代わりに深く深呼吸をし、バステロを無視して馬車に乗り込んだ。
「‥‥‥出せ」
「は、はっ!」
苛立ちを込めた声で御者に命令し、運転者は怯えた声で返答して馬を操縦した。
コレを副団長の元に送れば全て終わる。それまでの辛抱だと固い決意をして騎士は目を瞑った。視界の端にもバステロを入れたくないのだ。
「おー、はえー」
キャッキャとはしゃぐバステロに青筋を浮かべる騎士。御者はどうか争いごとは起きないでくれと必死に神に願いながら目的地への道を馬を走らせた。
だが悪魔というには顔は整っているし、華奢な体付きは年上から保護欲をそそられる。
目覚めた犬のように大口を開け、大きなあくびをかます。首を回すとポキポキと軽い心地の良い音がした。
このまま体を軽く動かしたいという欲求に駆られたバステロだが、相変わらずドアがけたたましく叩かれる。
バステロはめんどくさそうにベットから飛び降り、素足でペタペタと床を歩いてドアまで近づく。
ドアノブを回し、内側に扉を引っ張れば早朝から訪問して来た迷惑な客の姿が見えた。
「‥‥‥ん?」
訪問者は騎士だった。豪華そうな装飾の入った実戦向きではない鎧。腰に下げている剣も見栄えに特化した使いづらそうな鞘に収まっている。
街中にある安い宿だというのに、格好はまるで城から抜け出した置物のようだ。
だがその目は明らかに子供の自分を見下している。
平民をなんとも思ってないプライドの塊である貴族出身の騎士かと、バステロは甲冑の鎧に適当な第一印象を貼り付けた。もしかしたら違うかもしれないが、高圧的な性格なのであろうと半分確信に近い予想を立てる。
「グリフィン騎士団だ。副団長アルバート・フェンス様より貴様を連れてくるよう命じられた。付いて来てもらおうか」
それは拒否されることを全く想定していないような口ぶりであった。というか許してくれそうにない。
当然、騎士相手にそう言われたら誰でも有無を言わず付いて行くことだろう。だがバステロは違った。
承諾の返事より先に、欠伸をしてみせたのだ。
「ふぁぁ‥‥‥」
まさにクソガキと一言である。
「‥‥‥」
騎士の睨んでくる眼力の強さが上がった気がした。
バステロは口内を舌で舐め回し、こびり付いた乾いた唾液を飲み込みながら目ヤニを落とす。
そしてまだ眠そうな顔で騎士を見上げる。
「わかった。着替えるから待ってて」
敬語もなし。敬う気もない。下等な平民に舐められているのだと、騎士は怒鳴ろうとに口を兜の中で開くが、ギリギリで罵声を口の中に留めた。
なぜかというと、自身の上司から「何があっても手を出すな」と念を押されていたからだ。そしてバステロもそのことは知っていたので、舐めた態度を取っていた。
一体なぜ自分がこんな事をと苛立ちを溜め込み、閉じられたドアを睨みつけた。
「あれ?金具どこいったぁ?あれー?」
ガサゴソと何を探す音も聞こえる。のろまなバステロに騎士はさらに苛立ちを積み重ねた。
半刻ほど時間が経ち、ようやくバステロが部屋から出てきた。足取りはノロノロと遅い。まだ眠いのか。
ボロい布を外套のように着込み、その下には黒い鎧。腰には刃の短い刀がある。
(黒騎士‥‥‥バカらしい)
バステロの姿を見て騎士は鼻で笑った。本人は聞こえていない様子であくびをしているが。
とりあえず付いてくるという意思は示したので、騎士はバステロを連れて宿の外へ出た。
移動では馬車を使う。倒れ込んだら死体と大差ないような格好をしているバステロを乗せるのは正直嫌だったが、これを後ろに連れて街を歩く方がもっと嫌だった。
騎士から嫌悪感のこもった視線を向けられるが、バステロは大して気にしない。
宿の主人が心配そうにバステロを見送るが、バステロは能天気そうに笑顔で手を振る。
「おい、早く乗れ」
騎士はバステロのボロマントを力づくで引っ張った。
とても軽い。まるで子猫の首の皮を持ち上げたような重さだった。そのことに騎士は一瞬驚いて手を離す。
なぜ鎧を着てまでここまで軽いのか?人間ではなく、人形なのでは?
‥‥‥と不気味な考えが過ぎるが、大した問題ではないと判断して頭の外に追いやった。この世に不可解な特徴を持つ人間など、そこら中にいるのだから。
「おー!馬車だ。本物だ。すっげー」
まるで常識を持たない子供のようだ。否、実際子供なのだが。
物珍しく馬車を見るバステロに騎士は少し得意げに口元に弧を描く。
街中で馬車に乗るなど、貴族くらいの地位の高い人間しか権利を所有していない。
ようやくこのガキも自分がどういった人物と対面しているのかがわかったかと高慢な考えを浮かべた。
しかしその考えもすぐに崩れ去ることになる。
「何してんだおっさん。早く行こーぜ」
すでに馬車に乗ったバステロが不満げな目で自分を見下ろしていたのだ。
プチンと、何かが弾けた。
「貴様っ!誰の許可を得て‥‥‥!!」
「いや、乗れってアンタが言ったんじゃん」
何言ってんだこの人と言う目で見られた騎士は、確かにそう言ったが‥‥‥と悔しげに唇を噛んだ。
これがただの平民相手ならすぐにでも斬り殺すことが許されるが、あいにくバステロは上司が丁重に連れてくるよう命じた。
言ってみれば護衛対象である。
高ぶった感情に身を任せ、発散でもさせたらどんな罰を受けるかわかったものではない。
最悪騎士の位も剥奪になる恐れもある。騎士は剣を振るう代わりに深く深呼吸をし、バステロを無視して馬車に乗り込んだ。
「‥‥‥出せ」
「は、はっ!」
苛立ちを込めた声で御者に命令し、運転者は怯えた声で返答して馬を操縦した。
コレを副団長の元に送れば全て終わる。それまでの辛抱だと固い決意をして騎士は目を瞑った。視界の端にもバステロを入れたくないのだ。
「おー、はえー」
キャッキャとはしゃぐバステロに青筋を浮かべる騎士。御者はどうか争いごとは起きないでくれと必死に神に願いながら目的地への道を馬を走らせた。
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