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第3章〜三大王〜
第162話「獣王の血」
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冬が終わり、春となったこの時期でも朝の冷たさは氷に触れるかのようだ。
裸足で温度が消えた床を歩くのは辛いので、パタパタと飛んで階段を降りる。一階に到着し、そのまま外に出ると目当ての人物が薄着でポツンと立っていた。
庭には昨日から新しく1メートルくらいの大きさの石像が置かれていて、サエラが無言のまま両手で触れている。
目をつむり、集中し、外部からの刺激は完全に断っていた。
ちょうど我がいる場所の隣には砂時計が置かれていて、すでに上にあったはずの砂は全てが下の層へ流れ落ちていた。
「はぁ」
ため息を吐くと白い霧が生まれる。我はサエラの元まで歩いて行き、ポンポンと足を叩いて正気を戻そうと呼びかけた。
「おい、もう時間はとっくに過ぎてるぞ」
「‥‥‥はっ」
それでようやく長時間自分がそこにいたことに気がついたらしい。現実へと呼び起こされたサエラは大きく目を開いて口をぽかんと開けていた。
そして我を責めるようにムッとした顔をこっちに向けてくる。
「‥‥‥あとちょっとだったのに」
「制限時間は1時間までと言ったじゃろうが。もう超してるぞ」
「むぅ」
砂時計を見せると納得がいったのか、けれど残念そうな表情のままサエラは石像から手を離した。
我はおすわりをした犬を模した石像にデコピンをし、これを置いていった獣王へ陰口を叩いた。
「まったくあの畜生め。こんな物まで丁寧に置いて行きよって」
「そんなこと言わないでよ」
サエラはそこまでまで獣王を邪険に思っていないらしい。文句を言う我を持ち上げて家まで連れて行った。
我は抱かれながらもプンプンと頭から湯気を出す。
「まったく、あやつの力を取り込むなど正気ではないぞ!」
昨日獣王がサエラに言ったのは、サエラに王の力を与えようと思ってのことだったそうだ。
王の血を飲むと、王の力を少しだけ得ることができる。ベタとガマが我の血を飲み竜人となったように、獣王の血を飲めば獣人になれるのである。
ちなみに頭文字が同じでも、魔族は魔王の血を飲んで生まれた種族ではない。
「せっかくなら我の血を飲めば良いであろう!なぜあんな出会ったばっかりのババアなんぞに!」
なんだかサエラが獣王に取られたような気がしてムカつく。
「だって、竜人になるには100年かかるんでしょ?」
しかしサエラにそう言われると、我は言い返せずに黙り込んだ。
竜人になるには我の血を飲み、その魔力を自身のものにする必要がある。そのままでは体に入り込んだ異物であるからの。
だから体に馴染むのに時間を必要とするのだが‥‥‥そもそも寿命を持たない竜基準の時間なので、人間にとっては途方もない時間が必要となる。というか人間が竜人になるのは不可能に近い。エルフか魔族くらいしか成ることはできないだろうな。
だからベタとガマが異例すぎるだけなのだ。もはやこの世の唯一の竜人と言っても過言ではない。
「私だって強くなりたい」
「訓練だって続けてるだろ?いつかは‥‥‥」
「正直限界は感じてる。諦めないけど」
「‥‥‥」
サエラの戦闘能力は一般的には高いと言える。が、ガルムやベタとガマとは天と地の差ほどある。
いくら勇者の血統だとしても、サエラは驚異的な能力を持ってるわけでも魔力を保有してるわけでもない。人間の域を超えるのは難しいのは確かだ。
だから獣王はあの時気まぐれで、サエラを獣人にしようかと言い出したのだ。
曰くサエラの中にある力への渇望と、狩りへの強い興味を感じたのだ。獣王は狩人をとてもよく好んでいる。
『妾は自然の中で、獣同士が生き残るために競い合うのが大好物なのじゃ。狩人とは、人であり獣でもある。獲物を仕留める才能ある者を人間のままに留めておくのは勿体ない。彼女には獣となる資格がある』
帰り際に獣王がそう言っていた。村で狩りをして生きていて、強くなるために自分を鍛えていたことが、獣王の目に止まったのかもしれん。
サエラの鍛えられた鋭い魔力を感じたのだ。
「獣人は、長くても10年でなれるんでしょ?」
そのための修行をサエラはしてる。
修行といっても過激なものではない。毎朝獣の石像に触れ、瞑想する。いずれは精霊たちが住う擬似空間が見えるようになり、そこで獣の力を手にするのだ。
そして獣王の血を飲めば完了だ。見た目は人でも、能力は爆発的に跳ね上がるだろう。
「うむむ、むぅ」
けどなぁ。でもなぁ。なんだか複雑である。
結局血を飲むのは最後の工程なので、サエラが獣人になるかはまだわからない。瞑想を続けるだけでも魔力の質を上げる訓練にはなるので無駄にはならない。
「ウーロ‥‥‥もしかしてやきもち焼いてる?」
「そそそ、そんなわけなかろ」
ほっぺをツンツンと突いてくるサエラがこの上なく鬱陶しい。
腹が立った我はそのまま無視を続けていた。が、家に入る時に玄関の前で誰かが立っているのが見えた。
黒い髪。フード付きの厚手のコートを着ていて、背後だけでは判別がつかない。
「おかしいわね‥‥‥まだ寝てるのかしら」
しかし声で誰だかわかった。マーシーだ。
裸足で温度が消えた床を歩くのは辛いので、パタパタと飛んで階段を降りる。一階に到着し、そのまま外に出ると目当ての人物が薄着でポツンと立っていた。
庭には昨日から新しく1メートルくらいの大きさの石像が置かれていて、サエラが無言のまま両手で触れている。
目をつむり、集中し、外部からの刺激は完全に断っていた。
ちょうど我がいる場所の隣には砂時計が置かれていて、すでに上にあったはずの砂は全てが下の層へ流れ落ちていた。
「はぁ」
ため息を吐くと白い霧が生まれる。我はサエラの元まで歩いて行き、ポンポンと足を叩いて正気を戻そうと呼びかけた。
「おい、もう時間はとっくに過ぎてるぞ」
「‥‥‥はっ」
それでようやく長時間自分がそこにいたことに気がついたらしい。現実へと呼び起こされたサエラは大きく目を開いて口をぽかんと開けていた。
そして我を責めるようにムッとした顔をこっちに向けてくる。
「‥‥‥あとちょっとだったのに」
「制限時間は1時間までと言ったじゃろうが。もう超してるぞ」
「むぅ」
砂時計を見せると納得がいったのか、けれど残念そうな表情のままサエラは石像から手を離した。
我はおすわりをした犬を模した石像にデコピンをし、これを置いていった獣王へ陰口を叩いた。
「まったくあの畜生め。こんな物まで丁寧に置いて行きよって」
「そんなこと言わないでよ」
サエラはそこまでまで獣王を邪険に思っていないらしい。文句を言う我を持ち上げて家まで連れて行った。
我は抱かれながらもプンプンと頭から湯気を出す。
「まったく、あやつの力を取り込むなど正気ではないぞ!」
昨日獣王がサエラに言ったのは、サエラに王の力を与えようと思ってのことだったそうだ。
王の血を飲むと、王の力を少しだけ得ることができる。ベタとガマが我の血を飲み竜人となったように、獣王の血を飲めば獣人になれるのである。
ちなみに頭文字が同じでも、魔族は魔王の血を飲んで生まれた種族ではない。
「せっかくなら我の血を飲めば良いであろう!なぜあんな出会ったばっかりのババアなんぞに!」
なんだかサエラが獣王に取られたような気がしてムカつく。
「だって、竜人になるには100年かかるんでしょ?」
しかしサエラにそう言われると、我は言い返せずに黙り込んだ。
竜人になるには我の血を飲み、その魔力を自身のものにする必要がある。そのままでは体に入り込んだ異物であるからの。
だから体に馴染むのに時間を必要とするのだが‥‥‥そもそも寿命を持たない竜基準の時間なので、人間にとっては途方もない時間が必要となる。というか人間が竜人になるのは不可能に近い。エルフか魔族くらいしか成ることはできないだろうな。
だからベタとガマが異例すぎるだけなのだ。もはやこの世の唯一の竜人と言っても過言ではない。
「私だって強くなりたい」
「訓練だって続けてるだろ?いつかは‥‥‥」
「正直限界は感じてる。諦めないけど」
「‥‥‥」
サエラの戦闘能力は一般的には高いと言える。が、ガルムやベタとガマとは天と地の差ほどある。
いくら勇者の血統だとしても、サエラは驚異的な能力を持ってるわけでも魔力を保有してるわけでもない。人間の域を超えるのは難しいのは確かだ。
だから獣王はあの時気まぐれで、サエラを獣人にしようかと言い出したのだ。
曰くサエラの中にある力への渇望と、狩りへの強い興味を感じたのだ。獣王は狩人をとてもよく好んでいる。
『妾は自然の中で、獣同士が生き残るために競い合うのが大好物なのじゃ。狩人とは、人であり獣でもある。獲物を仕留める才能ある者を人間のままに留めておくのは勿体ない。彼女には獣となる資格がある』
帰り際に獣王がそう言っていた。村で狩りをして生きていて、強くなるために自分を鍛えていたことが、獣王の目に止まったのかもしれん。
サエラの鍛えられた鋭い魔力を感じたのだ。
「獣人は、長くても10年でなれるんでしょ?」
そのための修行をサエラはしてる。
修行といっても過激なものではない。毎朝獣の石像に触れ、瞑想する。いずれは精霊たちが住う擬似空間が見えるようになり、そこで獣の力を手にするのだ。
そして獣王の血を飲めば完了だ。見た目は人でも、能力は爆発的に跳ね上がるだろう。
「うむむ、むぅ」
けどなぁ。でもなぁ。なんだか複雑である。
結局血を飲むのは最後の工程なので、サエラが獣人になるかはまだわからない。瞑想を続けるだけでも魔力の質を上げる訓練にはなるので無駄にはならない。
「ウーロ‥‥‥もしかしてやきもち焼いてる?」
「そそそ、そんなわけなかろ」
ほっぺをツンツンと突いてくるサエラがこの上なく鬱陶しい。
腹が立った我はそのまま無視を続けていた。が、家に入る時に玄関の前で誰かが立っているのが見えた。
黒い髪。フード付きの厚手のコートを着ていて、背後だけでは判別がつかない。
「おかしいわね‥‥‥まだ寝てるのかしら」
しかし声で誰だかわかった。マーシーだ。
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