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第1章〜ウロボロス復活〜

第29話「呪い」

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 ゾクリと、寒気がした。
 背中を‥‥‥いや、皮膚を剥がし、筋肉も削ぎ、骨も外して神経そのものを舐られるようなそんな不快な視線。
 体の中が真っ黒な液体で満たされたような錯覚がした。黒く、重く、粘着質な感情。それらが張り付くようにくっついてくる。

 底なし沼のタールのような異質な視線に、我は震える体を抑えながら振り返った。
 何もいないでほしい。ただの勘違いだ。と我は安心したかった。が、その想いは天に届くことはなく消えてしまっていた。

 メリーアは我を見ていた。見開かれた瞳はドス黒く、様々な感情が沈殿ちんでんしている。
 シオンたちには目を向けず、我だけを見ていた。この世に我しかいなくなったみたいに、我の心に視線は突き刺さり、離さない。

 モリを刺された魚の気分だ。
 もう逃げられない。そう思うと呼吸がおかしくなった。乱れた息と冷や汗がダラダラと溢れはじめる。
 そして我はある結論に至った。

 間違いない。アイツは、あやつは我を知ってる‥‥‥!!

「ウーロさん?大丈夫ですか!?」

 ガシッと何かが我の肩を掴み、引っ張った。メリーアへの注意を別方向へ向けられる。
 シオンが心配そうな表情を浮き出して、我の背中をさすった。

「へ?あ、あれ?我?」

 一瞬、この世界が真っ黒になっていた。シオンたちがいる事すらも忘れてて、顔を見ても数秒誰だかわからなかった。
 真っ赤なルビーのようなシオンの目を凝視して、ようやく我の息は整い、汗は止まった。
 それを見てシオンは安堵の息を吐いた。

「すっごい息はしてましたよ。過呼吸ですか?汗もすごいしどうしたんですか」

「いや‥‥‥なんでもない。なんでもないのだ」

 首を横に振る。理由なんて言えるわけがないし、それに‥‥‥あぁ考えたくもない。
 気が付けばメリーアもすでに去っていて、次の注目は我に注がれていた。サエラもメアリーも、我を気遣うような視線を送ってくる。

「ウーロ平気?」

「や、やつかれの分食べるか?」

「大丈夫だって。すまん、ありがとう」

 メアリーがササネリの乗った皿を渡そうとしてくるが、丁重にお断りしておく。
 足の震えはもう止まっていて、我は自身の腕をさすった。いわゆる鳥肌というものがたっていて、我はあの老婆に恐怖していたことを自覚する。

 殺し合いをすれば、間違いなく我は勝てる。だが、そういう恐怖ではないのだ。
 転生する前を思い出す。我はいつもあの視線に晒されていた。欲に塗れ、我を金のなる木としか見ないあの、無機物を見る目。
 慣れている。慣れてはいるのだ。なのになぜ‥‥‥我はこんなに怯えているのだ?

「ウーロ?」

 サエラが我の額を触り、前髪を持ち上げた。下を向いていた顔を上げれば、目の前でしゃがんだサエラが眉を八の字にして我を見つめている。
 大丈夫。大丈夫。我は、我は平気だ。平気ったら平気だ。

「問題ない‥‥‥ササネリが喉に詰まっただけだ」

「「‥‥‥」」

 そう言ってごまかすが、姉妹は疑いを持った視線をやめようとはしない。な、なんだ?どうした2人とも。
 我をそんな風に見ないでくれ。

「嘘ですね」

「嘘下手だねウーロは」

 ふぇ?

「具合悪いなら言ってくださいよ。メアリーさんの魔法薬飲んだらそういうこともあると思いますし」

「!?」

「一旦帰ろう?副作用になにがあるかわからないし」

「!!?」

 シオンとサエラに支えられてながら、我らは菓子屋を後にした。メアリーが幾分かショックを受けていたのがかわいそうだが、実際シオンは酷い目に遭ったし、メアリーもその辺りは自覚があったのだろう。
 ついでに言うと、足が痺れて動けなかったので結果的に支えてもらえたのは助かった。




「‥‥‥」

 しばらく歩くと痺れも震えも止まり、我は自分1人で歩けるようになった。
 が、過保護に心配するシオンとサエラはそれぞれが我の手を握り、まるで帰路につく姉弟のように3人で並んで帰ることとなった。

「もう平気なのだが‥‥‥」

「ダメですよー。転んだらどうするんですか」

「ウーロは弟だから」

 弟じゃねぇ。けど、なんだろうな。居心地は良い。
 シオンの手は女子おなごらしく繊細で線が細いが、柔らかくてモチモチしている。
 サエラはシオンより細く、剣を使うからか所々カチカチと硬く、けれどすべすべしていて、我の手に吸い付くように包んでくる。

 どちらも暖かくて、以前の我には考えられないくらいの温もりだった。
 そういえば、シオンたちに家に来ないかと言われた時もこんな気持ちであったな。
 2人の温度が我の中に入り、循環して溶け込んでいく気がしてきた。背中にこびりつくあの視線の残りカスが剥がれていくような感じがする。

 「2人とも、ありがとう」

 無意識のうちに、我は自然と感謝の言葉を呟いていた。それを聞いた2人は何のことかと小首を傾げ、変なものでも見るような顔で笑った。

「なんですか急に、もーこれくらいいつでもしますよ」

「肩に乗せたり抱っこするのと大差ない」

どうやら今支えてもらえていることに感謝しているのと思われてしまったようだ。
 まぁ、それでいい。
 視線が地面に落ちていく。ふみ鳴らす足音は3人分で、もうそれが当たり前になっていた。

 でもいつか、近いうちにここを離れなければならないかも知らない。竜の巫女姫は確実に我の存在を知ったはずだ。
 何百年前と、それこそシオンたちのように我の全盛期時代で生まれていなかったエルフでも、巫女姫という立場を使って操ろうとするかもしれない。
 我をどうにかして金にしようとするだろう。あの目は何度も見てきた。

 今の我では太刀打ちできない。逃げなければ、この村から。

「‥‥‥」

 もうすこし‥‥‥もう少しだけ。我はギュッと2人の手を掴む力を強めた。



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