踊り子は二度逃げる

キザキ ケイ

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番外編

着衣争奪戦争

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 ゆっくりと意識が浮上する。
 眠りから覚める時のふわふわとした感触は好きだ。
 それが愛するものと一緒の朝であればなおさら素敵なものになる。

 ただ、近頃彼にはひとつ悩みがあった。

「昨日、服を着て寝たはずですが……」

 夜きちんと着たはずの寝間着が、隣で幸せそうに眠る人物の腕の中にあるのを見つけて、それが数週間続いていて、ルーは途方に暮れていた。



「本当ごめん、でも自分で治そうとしてもどうしようもなくて……」
「いえ、いいんですよアンフィス。なんとなく、なんとなく落ち着かないだけなんです」
「スイマセン……」

 ベッドの上で小さくなって謝罪する。
 ルーは何度も問題ないと言ってくれるが、気にしていないわけではないのは様子を見ていればわかる。
 そりゃあ、昨夜しっかり着て寝たはずの寝間着がまったく気づかないうちに脱がされて俺が抱えて寝てるんだから、気にはなるだろう。

 確かに踊り子時代、団員と雑魚寝することが多かった頃、よく男性団員の寝間着を俺が脱がせているという苦情は入っていた。
 サミエルと再会した時もそれを理由に同室が嫌だとゴネられた。
 でも俺としては、女の子を脱がしてるわけじゃないし、気にしなくていいと思っていたんだ。
 ひとつのベッドで誰かと一緒に眠る日々がこんなに続くと思っていなかったから。

「アンフィスは、わたしが服を着て寝るのが嫌なのでしょうか?」
「決してそんなことは……」
「では、他人の服が肌に擦れるのが嫌とか?」
「特にそんなことも思いませんけど……」
「そうですか……」

 まったく不可解というようにルーが考え込んでしまった。
 俺にも理由なんてさっぱりわからない。
 そもそも、男の服しか脱がさないのであれば、その寝相(なのか?)が発動している間は、少なくとも相手を見ているということだ。
 相手を見て、脱がせてもいいと判断して、なぜか相手に気づかれることなく上衣を脱がす。場合によっては下衣も脱がす。
 そして下着一枚にされたまま朝を迎えたサミエルやエベラ団長に怒られる。
 昔はわりとよくある朝の光景だった。
 ルーは怒っていないみたいなのでまだマシだが、俺だって自分に神業みたいな服脱がせテクがあることを毎日確認したくなんてないし、この寝相が治せるのであれば治したい。

「そもそも」
「ん?」
「他人の服を脱がすのに慣れるほど、他人の服を脱がせてきたのですか?」
「はっ!?」

 俺の目をしっかりと見たまま爆弾を落としてくるルー。
 怒りも訝しみもなく、ただ疑問に思って問いかけただけの様子だが、そんなことを真顔で聞いてくる事自体が怖い。

「ルーさ……ルー、が心配するようなことは、なにも」
「やはりまだ呼び名は慣れませんか?」
「うん、ずっと様付けで呼んでいたし……」

 呼び名に「様」をつけないでくれというのは、初対面のときから言われていたことだったが、当時は俺が断った。
 そして最近、すっかり恋人同士も板についてきたということで、再度呼び名のことを切り出されたのだ。
 丁寧語の口調のほうはなんとか取れてきたものの、呼び名はまだ改まっていなかった。
 俺としては長年の慣れとか、微妙な照れとかあったんだ。
 それも数日前、ベッドの中で脅しのように呼び捨てにするよう迫られて、結局ただ「ルー」とだけ呼ぶように約束させられてしまった。

 このままでは、寝床で迫ればなんでも許してしまうチョロいやつだと思われるのも時間の問題だ。
 それだけは避けないといけない。
 実際に要求を撥ねつけられるかどうかは、別だけど……。
 それじゃあルーの丁寧語はどうなんだと言い返したら「わたしはずっとこうなので」と開き直られてしまった。不公平だ。

「アンフィスは、この癖を治したいですよね?」
「もちろん!」
「では今夜から少しずついろいろ試してみましょう。まず今夜はわたしがアンフィスを見張ります」
「えっ!?」
「一緒に寝ている人が起きていれば脱がさないのか、脱がそうとしているのはどういうときなのか……まずは状況把握です」

 まずい、ルーの研究者気質が出てしまった。
 任せろとでもいうように胸を張っているこの人は、すべてを思いのままにできる最高神の一柱であるのに、ものの構造やことの成り立ち、果ては人間の感情に至るまで「どうしてそうなっているのか」ということに興味を示すことが多い。
 そんなことだから、この旅のあいだもあっちへフラフラ、こっちへフラフラと落ち着きなく無軌道で、俺は大変に苦労していた。
 大型の獣を連れて旅しているようなものだ。
 そして、彼のスイッチが入ってしまうとそれを切るのは至難の技だということもよく分かっている。
 俺の寝相解明アンド改善に張り切るルーに、俺は溜め息を吐いて諦めるしかなかった。

「ではおやすみなさい、アンフィス」
「おやすみなさい……」

 ベッドに潜り込んだ俺の白く長い髪をかきあげて、額にひとつ口付けを落としたルーは、横に滑り込んで俺を抱き寄せ、目を閉じた。
 恋人の仕草も手慣れたものだ。
 彼の腕の中で眠ることもだいぶ慣れた。

 日中、俺は仕事をして過ごす。
 仕事と言っても今までのやり方とは全く違う。
 今の俺の見た目ではどう取り繕っても神であることは隠せないので、村やオアシスに立ち寄って人々に一通り崇められたあと、困りごとを解決したり、雨を降らせたり風を吹かせたり、踊ったり演奏したりする。
 もはやなんでもござれの芸人だ。
 そのかわりに一晩の宿を求めたり、食べ物を分けてもらったりしている。
 ルーは滅多に食べ物を口にしないので、仕事をするのも招待された食事にお邪魔するのも俺の役目だ。

 今までは芸を売る仕事だったので、ある程度規模のある街やオアシス、都市を巡る旅が主だった。
 しかしこうして金銭をもらわずに旅をはじめてみれば、行動範囲は格段に広がった。
 大砂漠の村は、どこもぎりぎりで暮らしている。
 現金をほとんど持っていない村も多く、そうなると旅一座を呼んで宴を催すなんて一生縁がないという人々は大勢いた。
 踊り子を初めて見たという老人がいる村には驚いたし、歯がゆい気持ちにさせられた。
 俺の今までの旅はやはり、独りよがりで、狭い範囲で満足して、世界に目を向けるということが足りていなかったのだと……痛感させられる。
 それに、貧しい彼らが最初で最後に見る踊り子が男の俺っていうのも、いたたまれなかった。

(豊かさって、難しいな)

 俺の降らせる雨に歓喜の涙を流す人々、俺の踊りに胸を震わせる人々を見るたびに、もどかしさに胸を掻きむしりたくなる。
 それでも彼らは、俺たちに清潔な部屋を提供してくれて、食べ物を分けてくれる。自分たちの食い扶持の中から精一杯、少しでもいいものを分け与えようとしてくれる。

(神の一柱として、みんなを幸せにできたらいいな……)

 目は閉じているが寝てはいないだろうルーの胸に額を擦り寄せて、詰めていた息を吐く。
 ゆっくりと近づいてくる眠気に身を任せた。



「おはようございます、アンフィス」
「おは……なんか怒ってません? ルー」
「? 怒っていません」

 朝日の眩しさに目を覚ますと、目の前には椅子に座ったルーがいた。睨まれたような気がするが、怒ってはいないという。

「まず昨夜の報告をしましょう」

 なんとなくベッドの上に正座して、話を聞く姿勢を取る。
 見る限りルーの服は乱れてはおらず、昨日のままのようだった。

「アンフィス、昨夜目を覚ました記憶はありますか?」
「え、いいえ。起きてないと思います」
「夜更けにあなたは目を覚まして、わたしの服を掴みました。わたしが目を開けると、あなたはとても驚いた顔をして、そのままもう一度眠りました」

 驚いた。俺は目を開けたのか。
 毎日一晩中ぐっすり寝ていると思っていたので、ルーの話は衝撃的だった。

「昨夜のことで、わたしが寝ずにいれば服を脱がされることはないという結論が出ましたが……アンフィスの希望はあくまで癖の矯正。今夜も少しやりかたを変えて、検証してみましょう」
「あ、いやそんな、無理しなくても」
「あなたといっしょに安心して眠ることができないのは、つらいので」

 さらりと殺し文句のようなことを言われて、二の句を継げなくなる。
 この人はすぐこうやって、油断した俺を蕩けさせるようなことを言ってくるから本当に危険だ。
 これを真顔で言っているのだから敵わない。

「だいじょうぶ、きっと治せますよ。がんばりましょう」
「はい……」

 俺たち、真剣になにしてるんだろう……。
 一瞬頭の端を掠めた考えは、結局口からでることはなかった。



 窓辺の椅子に座って夜空を眺めていたルーは、ベッドで眠る人物が寝返りを打ったことでそちらに目を向けた。
 仰向けで寝ていたアンフィスがこちらに体を向けて、片手をぱたぱたとシーツの上で彷徨わせている。
 なにをしているのかとルーが見ている前で、アンフィスはしばらくシーツを叩いていた。そしておもむろに身を起こした。

「?」

 上半身を勢いよく持ち上げたアンフィスの肩から、長い白銀の髪が滑り落ちる。
 驚くルーに気づいていないのか、アンフィスはきょろきょろと周囲を見回した。
 まるであるべきものがなくなっていて、それを探すような仕草。
 やがて糸が切れたようにベッドに沈み、体を丸めて再び眠りについたアンフィスを、ルーは言葉を失って見つめた。



 なにかが自分の頭を撫でている。
 髪を指先で梳かされ、そのまま耳朶や首筋に触れる。かと思えばまた髪に戻ってくる。

「……ん」
「おはようございます、アンフィス」
「ルー様……おはよう」
「また呼び名が戻っていますよ」
「あ」

 寝ぼけてて昔の呼び名で呼んでしまった。
 そんな俺の様子を目を細めてルーが見つめてくる。髪を撫でる手は止まらず、年甲斐もなく恥ずかしい。
 いつから触られていたんだろうか。

「そ、そうだ。昨日はどうだった? 脱がされませんでした?」

 話の矛先を変えようと慌てて切り出すと、ルーは珍しく煮え切らない表情になった。
 ルーはあまり感情が顔に出ないので、こういう態度は珍しい。

「どうしたの?」
「あ……いえ。昨日はベッドに入らなかったから、服は無事でした」

 そうか、昨日は俺一人寝だったんだ。
 本来ベッドってのはこれくらい広いものなんだよな、いつもぎゅうぎゅうになって寝ているから忘れがちだけど。
 ベッドが広いのはルーが一緒に寝ていないからであって、俺がチビなせいではない。
 断じてない。
 微妙に煮え切らない態度のルーを不思議に思いながら、俺は伸びをして一日の活動を開始した。

 今日も俺は一日働いた。
 この村は神の受け入れに好意的で、何日でも居ていいと言われていた。
 さすがにそう長居する気はないが、小さな村で三泊というのは俺たちにとっては長期滞在だ。
 子供達と明日も遊ぶと無理やり約束させられてしまったので、もう一泊もさっき決定した。急ぐ旅ではないし、村人の負担にならないのであれば構わないんだけどな。

 普段は空き家となっている宿に帰る。
 どうやら近頃は、俺たちが移動するルートを行商人が予測して訪れそうな村々に噂を流しているらしい。こちらがなにも言わなくても宿が準備されていることが多い。
 村人の負担になりたくないのであまり目立ちたくはないのだが、商人に俺たちのことを知らせるなと言うのも変だし……なにより目立っているのは俺のせいだ。
 なのでいまいち有効な手段を講じることができずにいる。

「ただいまー……まだか」

 やや埃っぽい匂いはするものの、しっかり清掃された宿の部屋にまだルーは帰ってきていなかった。
 ルーは人間相手には「行商人」と名乗っている。そう思われていなくとも。
 彼は地味な容姿で、偉そうにすることも神の力を行使することもないのに、なぜか行く先々で人間たちに高位の神だとすぐにバレる。
 出歩けばそのたびに拝まれたり貢物を渡されたりと忙しい。
 過度な貢物は断っていて、それでも断り切れないこともあるらしく、両腕に余るほどの野菜や果物をもらってくることがある。
 そのときの途方にくれた様子といったら……いつ見てもおかしくて笑える。

 それにしても、俺は村の子供に肩車をせがまれたり、髪を引っ張られたりと敬われる気配すらないのにこの差は一体……実体の年齢で言えば俺の方がかなり年上なのに、不公平じゃないか?
 見た目か、それとも雰囲気? まさか身長……?

「ただいま、アンフィス」
「あ、おかえりなさい。ルー」

 ぐるぐると考え事をしていたら、ルーが帰ってきた。
 今日は食べ物はなにも持っていなかったが、きれいな黄色の花を一輪手に持っている。

「それは?」
「村の子供にもらったのです。お礼を言う前に走っていってしまいましたが」

 正直、ルーはモテる。
 普段は顔筋がないのかと思うほど表情が変わらない、妙な威圧感を放つ出で立ちだが、訪れる先々で人々に、特に子供に好かれている。
 走り去ったという子供も照れてしまっただけだろう。
 その情景が目に浮かんで少し笑うと、ルーは花を俺の耳の上の髪に差し入れてきた。

「よく似合いますよ」
「……」

 ルーに渡した花を俺に飾り付ける無神経か、すぐ恥ずかしくなるようなことをいうその口か、どっちに憤慨するべきか悩んで……結局顔を赤らめることしかできなかった。

 夜。
 明日の準備をしながら寝支度をする。
 そろそろこの村からもお暇しないといけない。そのために明日は水や食料を調達しなければ。

「アンフィス」

 俺の作業が終わるのを見計らって、ベッドに腰掛けているルーが手招きをする。
 近づくと腰を引き寄せられ、膝の上に横抱きにされた。
 結びを解いた俺の髪に口付けするルーの、きざにしか思えない仕草にももう慣れた。
 どこでこういうことを習ったのかはいつか問いただしたいが、同じ高位神のエーベアルテも気取ったところがあるので、そういうものなのかもしれない。

「今日は寝るときどうする? 別々に?」
「いえ。今日は、最終手段を試します」
「最終手段?」
「服を着ないで寝ます」

 きっぱりと言い切ったルーはなぜか堂々としていて、俺は反論を忘れて呆然としてしまった。

 ルーに抱き込まれてベッドに横になる。それはいつも通り。
 いつも通りじゃないのは、ルーが服を着ていないということだ。下衣は履いている。俺は上下とも着衣だ。
 どうしてこうなった。

 いや、正直に言えばこの申し出は想定の範囲内だった。
 脱がされたくなければ、着なければいい。いつか言い出すのはわかっていたが、実際に本人が言い出すまでその選択肢は考えたくなかった。
 頭を胸に抱え込まれているので、嫌でもルーの匂いが鼻腔いっぱいに広がる。
 彼の体組織が何でできているか聞いたことはないが、ルーはいつも陽の光を含んだ乾いた空気の匂いがして、それを嗅ぐと安心できる。
 もっとも、ただ安心できるだけなら良かったんだが。

(これで寝ろって、拷問だろ……)

 そういえばこいつは昔から拷問か、拷問まがいの焦らし行為が好きだったな。ナチュラルに俺を苦しめてくる。
 きっとそういう性癖の持ち主なんだろう。自覚は一切ないだろうが。
 こう考えるとまるでめちゃめちゃ酷い恋人みたいじゃないか?

(年下なのに俺より偉くて、無表情、拷問好きで、俺の名を縛っていて、ヤり捨て2回、一度は俺の依代を9割ふっ飛ばした張本人……)

 うーん、考えると本当に酷いやつに思えてきた。
 なんで俺こんな酷いやつと一緒にいるんだっけ?
 俺は無性にむかついてきて、目の前に無防備に晒されている小麦色の喉仏に噛み付いた。

「いっ……!?」

 眠っていたのか微睡んでいたのか、突然の痛みにルーが悲鳴を上げる。
 まったく構わずに喉にがじがじと歯を立てた。
 思ったよりしっかり歯型がついてしまったが、俺が今までベッドの上で受けてきた仕打ちに比べれば大したことはない。

「アンフィス……痛いです。どうしたのですか?」
「どうもしない!」

 困惑しきった顔で見下ろしてくるルーに背を向けて目を閉じる。
 さっきの痛そうな顔。
 あれでだいぶ溜飲が下がった俺は、日中の疲れもあってすぐに寝入ってしまった。



 ────夢を見ている。

 俺は基本的に夢は見ないんだが、見る時はかなりリアルな内容になる。
 王宮でルーと会ったときみたいに、たまに夢っぽいと思いつつ実は夢じゃなかったみたいなことはあるが、大体はリアルなだけで、はちゃめちゃな内容の夢だ。舞踊団の歌劇顔負けの感動作品なこともある。
 次は脚本家なんてのもアリかもしれないな。

 今回は確実にはちゃめちゃな内容の夢だ。
 俺が、ベッドの上で固まっているルーに跨っているという内容だから。

「もう服脱いでるなんて、ずいぶん準備がいいじゃん。なぁ、太陽神サマ」
「アンフィス……?」

 今まで見たことがないくらい動揺して目を丸くしているルーの、腹の上に俺が乗っていて、ものすごくガラの悪い敵役みたいな台詞を吐きながら舌なめずりをする。
 いや~そんなにご無沙汰じゃないけど俺、欲求不満なのかな?
 こんな夢を見てしまうとは……恥ずかしい。
 夢の中の俺は、現実の俺の意思にまったく関係なくどんどん悪役になっていく。

「俺と一緒に寝ておきながら、服まで脱いでおきながら、なにもせずに寝るなんてことあり得ねぇよな?」
「えっと、わたしももう寝ますが」
「ふざけんな! このヘタレ野郎! ここにぶら下がってるモンは飾りか!?」

 ガラが悪すぎる夢の中の俺がルーの下腹部をがっと掴んで恫喝する。
 夢の中の俺すげーな!?
 積極的だし下品だし、まさに俺とは正反対って感じだ。
 夢って本当に自由だよなぁ。
 あんまり脳の構造を人間に寄せたつもりはないんだけど、かなり人間っぽいよなこういうの。
 ルーは完全に硬直してしまっている。

「そーかそーか。お前にその気がないってんなら、俺がその気にさせてやるよ」
「アンフィス? 起きてます? ほんとうにアンフィスですか?」
「あ゛ぁん!? てめー俺が俺じゃなかったらなんだってんだ!? 俺以外のやつとヤるつもりか!」
「いえそんなことは一言も」
「あいにくお前を誰かに渡してやる気はねぇ。大人しく転がってりゃ気持ちよくしてやるよ」

 ルーの腹の上に乗ったまま、夢の中の俺がルーの体に愛撫を施していく。
 うぅむ……相手が俺だっていうのは理性ではわかっているんだけど、至近距離で恋人の浮気を見ているような気がしてちょっとモヤモヤする。
 ルーは微妙な力で俺を押し返そうと抵抗している。
 まぁ夢の存在とはいえ俺は俺だし、全力で振り払うことができないんだろう。
 夢の中のルーもすごくリアルだ。愛のなせる技かな。

 いつもは俺が組み敷かれて、体中鬱血だらけにさせられるが、夢の中では上下が逆転していて、俺がルーの浅黒い肌にいくつも痕を残している。
 そしてあろうことか、俺は自分で服を脱いで、なぜかいつも旅荷物に入っている潤滑油を……自分の秘部に自分で塗り込めていた。
 夢の中の俺……すごい積極的。

「なんだ、ちゃんと勃つじゃねえか。俺じゃ勃たないのかと思ってたぜ」

 潤滑油をたっぷりと自らの後孔に注ぎ入れた俺は、戯れに腰に当たっていたルーの屹立に触れた。
 自分が勝ち誇ったような表情をしているのがわかる。
 ちらりと視界に映ったルーがとてもつらそうな、それでいてものすごく色気のある表情をしていて、どきりとした。

「アンフィス、あなたがそんなことをしなくても」
「うるせぇ! ヘタレ野郎は黙って感じてな、俺がやってやる」
「アンフィス……」

 粗雑な言葉と裏腹に、夢の中の俺は少し泣きそうになっているみたいだった。ルーが目元を優しく拭って、びくりと体が震える。
 それでも夢の中の俺は行為をやめず、柔らかく解れた自らの蕾をルーの剛直に宛てがって、腰を沈めはじめる。
 そこで────「俺の」腰がありえない程の快感に襲われた。

「ひっ!? あぁあっ!」

 いきなり夢から覚醒したと思ったら、それが夢じゃなくて、思わず体を支えていた膝の力が抜けた俺を太いものが一気に刺し貫く。

「う、ぁ! ふ、かぃ……え、なんで、これ、夢じゃ……」
「アンフィス、アンフィス。だいじょうぶですか」
「だいじょ、じゃ、ないです……」

 身動きしたら収められたものが変なところに当たってしまいそうで、俺はとにかく必死で呼吸を整えた。

「さっきまで……俺、寝てて、ゆめみてて、俺がルーに乗っかってる夢で……」
「たぶん、最初から夢ではなかったと思います」
「そんな……」

 じゃあさっきまで夢だと思ってたの全部俺?
 あんな悪役みたいな言葉遣いしないぞ!
 と思ったが、そういえば、過去にもことが……悪役みたいな振る舞いをしたことがないわけじゃないことを思い出す。
 元々俺の中には激しい気性があるのかもしれない……息を整えながら現状理解につとめていた時、腹に収められていたものの刺激が電撃のように体を突き抜けて一瞬意識が飛んだ。

「────っぁ! や、ダメ、動かないで」
「アンフィス、すみません。あなたがこんなに欲がたまって苦しんでいたなんて、気がつきませんでした。恋人失格ですね……」
「ちが、今くるしい、うごいちゃだめぇ……」
「怒ったあなたもあのときの竜のようで、驚きましたが、すてきです」

 俺の両腕を掴んでいるルーが下から腰を突き上げてきて、奥を凶悪に抉ってくる。
 無防備な体を貫かれ、串刺しにされる。
 衝撃に思考が吹き飛んだ。快感を追う以外になにもできなくなってしまう。

「んぁああっ! だめ、ルー、俺いっちゃうっ、あ、あぁっ」
「かわいいわたしのアンフィス……夜中に目覚めることのないくらい、たっぷり愛してあげますから」
「ひ、あ、はっ……ルー……ああっ……!」

 襲っていた姿勢のまま貪り尽くすように中をかき混ぜられて、深く最奥を穿たれて、自重のせいで抜け出すこともできず、わけもわからず喘ぐ。
 平然といつもの調子を取り戻したルーに、俺は何回も体位を変えさせられながら食われまくった。



「おはようございます、アンフィス。起きられそうですか?」
「…………無理です」

 あたたかい朝の日差しが差し込む中、シーツを被ってベッドに籠城中。
 昨夜は空が白みはじめるまで延々と貪り尽くされ、気をやるようにして眠った。
 朝目を覚ますと俺の体はきれいにされていて、でも昨日の記憶はきれいに消えてなどいなくて、恥ずかしさにルーの顔を見られずシーツに包まっている。

「アンフィス、やはりもう一度謝らせてください。あなたがあそこまで追い詰められているなんて気づかなくて……」
「いえ、全然そんな事実は全然ないので! 悩み苦しみも欲求不満もないので!」
「でも昨夜あなたはあんなに乱れて」
「忘れて! 忘れろーー!」

 顔にどんどん集まってくる熱を絶対に見られたくなくて、俺はさらに小さく丸まった。
 ベッド横に膝をついているルーと、どんな顔をして話せばいいのか全然わからない。昨日まではふつうだったのに。
 やはり彼が服を脱いでベッドに入ったことが、なにか俺の琴線に触れてしまったのだろうか。
 あんな、あんな痴態としか言いようがないことを、自分から……己が己でなくなったようで恐ろしく、恥ずかしすぎる。
 蓑虫状態の俺に、シーツ越しにあたたかい手が触れた。

「わかりました。朝ごはんをもらってきますから、気が向いたら出てきてください」

 ぱたぱたと部屋を出ていく音がしたのでシーツを手放してベッドに座る。
 恥ずかしいし、忘れたいけど、昨夜は本当にすごくて、久しぶりなこともあって正直燃えた。
 俺が欲求不満を爆発させたのだと誤解したルーの、いつも以上にねちっこくて奉仕的な行為はとても気持ちが良くて……まずい、思い出したら色々熱くなりそうだ。
 ルーが帰ってきたら、とりあえずしばらくベッドを分けて眠るよう提案しよう。
 一定の距離があれば俺の脱がせ癖が出ないことは、確認されていたはず。
 結局しばらくしたらまた癖が再発して、ベッドを分けても俺がルーのベッドに潜り込み服を脱がせるようになってしまうのだが、それはまた別の話だ。

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