踊り子は二度逃げる

キザキ ケイ

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旅のつづき

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 眩しい光が差して、重たい瞼を持ち上げる。
 めっちゃ腫れてる。目が開かない……。
 手足も重くて、泥に浸かっているような心地だ。

 身動きしようと四苦八苦していたら、両瞼に優しい指が触れた。
 途端に目がぱっちり開くようになって、驚いて反射的に上体を起こす。

「いっ……! ぅー……」
「大丈夫ですか? アンフィス」

 俺の横に寝そべっていたルー様が慌てて体を支えてくれた。
 そうだった。結局昨日は一日中ベッドに籠もってあれこれやってたんだった。
 声はがらがらに嗄れてるし、体中が怠いとか痛いとかそういう領域を超越して自分のものではないような感覚だ。特に腰。
 ルー様の心配そうな顔に一発ぶちかまそうかちょっと考えていたら、ゆるゆると擦られている腰の痛みが少しマシになった気がした。

「なにしてるんです? ルー様」
「アンフィスの痛みが少しでも楽になるようにと、擦っています」

 ルー様はとくになにかしている様子はない。
 それでも痛みは徐々に消えていった。違和感は残っているが、その程度だ。

「こうすると痛みが楽になると、王宮に暮らしていたころ、従者さんたちにとても喜ばれたのです」

 俺を擦るルー様の手が腕や脚などに滑ると、そこがほわりと暖かくなって痛みが和らぐ。
 十中八九なにかの能力を使っているんだろうが、自覚なしでこれほどの力……うーん、なにから説明したらいいのか。
 というか王宮では従者の痛む脚とか擦ってやってたのか? 仮にも王族だぞ?

 しばらくルー様の好きにさせていたら、痛みはだいぶ楽になった。
 怠さと脱力感は多少和らいだ、という程度なのでまだ本調子ではないが……痛みはなくなった。すごい。
 礼を言って起き上がって、ふと自分の手を見下ろす。
 やけに白い。
 慌てて振り向いて、背中に垂れた長い髪を確認する。
 真っ白だ。

「あぁぁ!?」
「ど、どうしました?」

 立ちあがってベッドから降りると、明らかに身長が足りない。
 髪は引きずるほど長く、全部白。
 極めつけは、俺の頭上に浮いている小さな雲。
 ここは屋内、そこに雲。つまりこれは────俺の本体だ。

「姿が……俺そのものになってる!」

 驚いて思わず叫んだ。
 これだけだと頭がヤバい人みたいな発言だがもちろん違う。
 本来俺の体は二色しかない。白と、青だ。
 髪は真っ白、下に血が通っていない肌も白。そして瞳だけは青だ。
 昔は自分の容姿をなんとも思わなかったが、人と交わるうちに、このままでは絶対に人間に溶け込むことのできない異彩だということを自覚して、以来この姿は封印していた。
 それがいつの間にか剥がれて、色鮮やかだった仮の姿がなくなってしまっている。
 ────もしかして。

「ルー様……寝てる間、俺になにか言いました?」

 殺気立つ俺にルー様はちょっと驚いたようだったが、少し考え込んで言った。

「えぇと……昨日アンフィスが寝てしまってからは、『かわいい』『愛しています』『ずっと一緒にいてください』と言いました」

 な、なんつー恥ずかしいことを……って、それだ!
 本当の名前を知られた状態で、「一緒に居ろ」と言われた……だから俺は存在を縛られ、仮の姿を暴かれたのか。
 命令口調じゃなくてもいいのか。
 ちょっと判定厳しいんじゃないか?

 ということはつまり、しばらく俺はこの姿で過ごさなきゃならないということ……。
 強い命令でなければ、真名による能力の制限はそこまで長引かない。
 効果が切れるのを待てば大丈夫だが……。

「アンフィス、わたしはなにかしてしまいましたか……?」
「……いや、いいです。ルー様に隠す気はなかったので」

 捨てられた子犬のような頼りなさげな顔で言われては、怒るに怒れない。
 彼は俺の名の制約なんか知る由もないんだし、不可抗力だ。

「でもこの姿だと、俺は出歩けないんです」
「なぜですか?」
「見た目が人間と違いすぎて、人間じゃないことがすぐバレちゃうので……」
「人間でないとわかると、なぜよくないのですか?」

 心底不思議そうな顔をされた。
 そりゃあ、奇異の目で見られたり、人さらいに目をつけられたり、能力を都合よく使おうとする人間が近寄ってきたり……。
 人間に混じって生きたいと思っていた俺にとっては、良くないことだらけだ。

 でも、考えてみると。
 この規格外の神と一緒にいるのなら、どっちみち人間らしい暮らしはできないのでは?

「……よく考えたら、特に不都合はなかったです」
「そうですか、よかった。踊り子のあなたも、竜のあなたも素敵ですが、わたしはその姿のアンフィスが一番好きです」
「あ、アリガトウゴザイマス……」

 彼には羞恥心がないらしい。
 こんな言葉攻めを四六時中されたら、俺どうなっちゃうんだろう。
 恥ずかしくて悶え死にそうになっている俺の横で、ルー様はなにも気にしていない。マイペースに俺を抱き寄せ、髪や額にキスを落としてくる。
 そうされているとまたベッドに逆戻りしたくな……いやだめだ、流されるとまた足腰立たなくされる!

「ルー様、まずは世話になったエーベアルテにお礼言いに行きましょう!」

 抱きしめられていた腕からなんとか抜け出して、俺はルー様を説得にかかる。
 お誘いを拒否した形になったが、ルー様は特に気にした様子もなく「そうですね」と同意して部屋を片付けはじめた。
 俺も手早く服を着る。
 この部屋には何枚か服が用意してあって、殆どはルー様サイズだったが、かろうじて俺が着られる服もあった。
 部屋の維持をしてくれていたのは村人だろうか、もしくは氷の女神かもしれない。そっちもあとで感謝を伝えに行こう。

 とはいえさすがに旅支度に必要なものなどはない。
 いざとなれば二人とも食料すらいらないと思うが、砂漠を超えるための装備はないに越したことはない。
 村にそういった諸々を買い集められる店が今もあればいいのだが。

「じゃあ、行きましょうか」
「え?」

 ルー様はここに来たときと同じ、薄布で出来た服を着込んだだけで、おもむろに俺の手を握ってきた。
 なんで手?
 と思った次の瞬間には、俺とルー様は月神殿の石室の中に移動していた。

「うぉっ、いきなり現れるな。驚くじゃろうが」

 そして目の前には、優雅な仕草でお茶を飲むエーベアルテと、その向かい側に座る驚愕の表情のサミエルがいた。



 サミエルが淹れてくれたお茶を飲みながら、改めて色々な話をする。
 最初は俺の姿に「誰?」となっていたサミエルも、俺が踊り子のアリスだとわかってからは泣いたり笑ったりと忙しく、現在は俺の長すぎる髪をどうにか纏めようと三つ編みなどしている。

 サミエルは蛇毒の谷へ俺に会いに来た後、帰り道を辿っていたが、途中で王都に向けて飛ぶ白竜(俺)を目撃、大急ぎで王都に入ったらしい。
 ただ着いた頃にはもう全部終わっていて、俺はルー様とジェディーヤ村に飛ばされた後だった。
 そこでサミエルは神殿の合言葉を使い、エーベアルテの元で俺たちを待っていたそうだ。

「心配かけたな、サミエル」
「うぅん、アリスはいつでも出来る男だもん。信じてたよ」

 朗らかに笑うサミエルに俺がどれだけ癒されたことか。
 ヤバい神に囲まれてたから一般人的なサミエルがいると地に足つけるような安心感がある。まぁこいつも神だけど。
 サミエルが俺の髪を弄り回している間、俺はエーベアルテと問答していた。
 手持ち無沙汰なのか、ルー様は石室の空いた天井からぼんやり空を眺めていた。

「お前の竜姿はなかなかのものじゃったぞ。白い竜が颯爽と降り立ち、王宮を破壊し尽くす姿……すぐにでも叙事詩が作られそうじゃな」
「げ、勘弁してくれよ。悪役みたいな恥ずかしいこと言ってたろ、俺」
「なに、叙事詩にならんでも我らがしかと見届けて後世に伝えてやるから安心せい」
「余計に嫌だ!」

 エーベアルテはニヤニヤし続けている。
 後からサミエルに聞いた話では、王宮に神を拘束して力を奪い続けていたことがどこからか漏れて、神をも恐れぬ王族に創世竜のしもべが天罰を下した……という逸話になっているらしかった。
 どうせ情報源は月神殿だろうが。
 その後数年は、王都だけでなく砂漠全土で、白い竜の置物などグッズがバカ売れしたそうだ。
 叙事詩になるのは嫌だが、俺の勇姿で経済が回ると思うとちょっとこそばゆい。

「ていうかさ、姐さん。ルー様ってどういう力の区分になってる?」
「なにを知りたい?」
「まず熱の放出でしょ。それとここに来た時の瞬間移動。体に接触することで痛みを取ったりもできるみたい」
「そうか、お前には説明しとらんかったか」

 エーベアルテはやっと下品な笑いを引っ込めて説明してくれた。
 曰く、ルー様は現存する最古の依代を持つ最上の神なので、ありとあらゆる神がその認知に関わらず、ルー様を敬い、ルー様の力になりたいと願ってしまう……らしい。
 ルー様が健やかに存在できることこそが至高、みたいな、そういう考え方が全ての神の無意識領域にあるとか。

「だからあらゆる神が此奴に力を貸したいと願い、此奴はそれに応える形であらゆる力を使えるんじゃ。太陽は万物の源とも言えるしな」
「えっ、なにそれ。最強ってこと?」
「なにと比べて最強というのかわからんが……此奴に敵うものはおらんじゃろうなぁ」
「そんな神と俺……」

 超尊い主神相手にいろいろしちゃったんですけど……。
 思い起こされる数々のあれやこれやに、顔が赤くなったり青くなったりしてしまう。
 そうなると、もしかして、俺がルー様をす……好きだと……思うのは、その無条件降伏状態に引き摺られてる、ということにならないか?
 そんな俺を見てエーベアルテはふんと鼻を鳴らした。

「安心せい、お前は神の制約を受けぬと言ったろ。お前が此奴に無条件で服従するということはない。そもそも主神に力を貸したいという願いは全ての神が持つが、それだけで身も心も捧げるということにはならんじゃろ」

 えっ?

「お前と此奴が会うたび交接しとったことくらい知っとるわ」

 うわーっ!
 そりゃ薄々知られてるんじゃないかとは思ってたけどそういうこと、直球で言う? 交接って。力のある神ってやつはどいつもこいつも恥じらいがない。
 それに実の姉のように慕っている月女神にそのへんのことも知られているというのは、尋常じゃない恥ずかしさだ。穴があったら入りたい。
 両手で顔を覆った俺に、髪結いが終わったらしいサミエルが小さな声で言う。

「エーベアルテ様はね、いきなり現れた年下の上司に弟をられたみたいで気に入らないんだって。名前で呼ぶのもこそばゆくて嫌だって」
「こ、これサミエル! それは秘密にするよう言ったじゃろ!」

 全然悪くなさそうな顔ですみませんと謝るサミエルと、少しだけ顔を赤らめてそっぽを向いたエーベアルテを交互に見る。
 こいつらいつの間にこんなに仲良くなったんだ。

「……まぁ良い。とにかくまずはアンフィス、お前に貸しておいた通信石を返してもらおうかの」
「あぁ、そっか。谷に置いてきちまったんだ、すぐ取ってくるよ」
「ならぬ」
「へ?」
「力を使って移動して取ってくるのでは味気ないじゃろ、自分の足で取ってこい」

 なぜそんなまどろっこしいことを。
 ルー様もエーベアルテも一瞬で好きな場所に移動できるんだから、わざわざ時間のかかる方法を取る必要はない。
 相変わらずあさっての方向に顔を背けている月女神の意図がよくわからない。
 なにか特別な意味があるのか、と勘繰る俺に、サミエルが再び耳打ちした。

「ルー様は生まれてからずっと、自由に旅ができる立場じゃなかったんでしょ? 新婚旅行も兼ねて行ってきたら良いって」
「し、新婚じゃないけど……素直じゃないな姐さんは」
「そこ! 聞こえておるぞ!」

 俺はサミエルにつくづく弱いが、どうやら老獪な新月女神さえサミエルにかかると形無しのようだ。そんな彼女が新鮮で俺は笑ってしまう。
 笑われて気分を害したのか、エーベアルテは機嫌を損ねてしまった。唇がひん曲がって美貌が台無しだ。

「ときにアンフィス、お前その姿ということは、此奴に縛られてしまったんじゃろ?」
「う……そうです」

 機嫌が悪いせいか、触れられたくないところを直球で抉られる。
 エーベアルテにとってこの姿はただ懐かしいだけらしい。俺はなんだか服を着てないみたいで恥ずかしいし、目を細めて頭から足先まで眺められて居心地が悪い。

「今まで人間のフリでのらくらしとった罰じゃな。旅支度はしてやったから、そのまま行ってこい」

 追い出すように手の甲を振ってみせるエーベアルテの横から、サミエルがいそいそと布袋を持ってきた。
 袋の中には保存の効く食料や水、丈夫な布や油紙などが丁寧に詰め込まれている。この几帳面な仕事は間違いなくサミエルによるものだ。

「じゃあのんびり行ってくるよ。本当にありがとな、姐さん」
「ふん、お前たちのために働いたのではないわ。思い上がるな」
「エーベアルテ様?」

 憎まれ口を叩くエーベアルテが、まるでお母さんのようなサミエルの圧に耐えかねて俺を見る。

「…………無事に戻ってこい、アンフィス。それと、ルー」

 ちょっとだけ寂しそうな彼女の様子を意外に思っていたら、彼女はまっすぐにルー様を見た。
 相変わらずぼんやりしているルー様としっかり視線が絡む。

「我らの弟を幸せにせねば承知せんぞ。しっかり守れ」
「はい、そうします」
「くっ……こいつに丁寧語を使われると背中がむず痒くて堪らんわ! さっさと行け!」

 言うが早いか、エーベアルテはついに姿を消してしまった。
 去り際に真っ赤になっていたのをばっちり見てしまった俺とサミエルは大笑いして、なにがなんだか分からないという表情のルー様はぽかんとしていた。

「さ、行きましょうかルー様! 俺の育てた花と泉の渓谷はとても良いところですよ」
「あなたのいるところならどこへでも」

 布袋を背負って手をつないで、どちらからともなく口付ける。
 目指すは西の果て、蛇毒のなくなった谷。
 用事を済ませたら次は南へ行こう。ジェディーヤの守り女神に挨拶して、そのあとは俺のよく知る砂漠をのんびり渡ってもいい。
 どこへでも行ける。ルー様と一緒なら。





 大砂漠には真髪の踊り子がいる。

 彼は気まぐれに現れ、気さくな様子で人々と接し、この世のものとは思えないほど美しい舞を見せてくれたという。
 ときには不思議な楽器を弾きこなし、歌を口ずさむこともあった。
 その踊り子の傍には、不思議な布で体を隠した行商人が常に付き添い、仲睦まじい様子であったという。

 彼らは外つ国にもよく出かけていたが、数年に一度は必ず砂漠に戻って、月神殿へ祈りを捧げていた。
 彼らが国にいるときは、月と太陽がひときわ美しく輝くことから、後に白い髪の踊り子は「天に愛されしかんなぎ」と呼ばれ、人々に永く慕われる存在となったという。


 おわり

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