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第三章

40.新生活と友だち

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 豊穣なる大地を統べるものは時とともに移り変わってきた。
 今その座を支配するのは獣と人、両方の姿を持つ「獣人」だ。

 あまねく世界で繁栄を続ける獣人だが、種族による価値観の違いはかつての支配者・人間よりも大きく隔たれている。
 陸で生きるもの、空で生きるもの、水中で生きるもの。
 同じ場所で生きていても、体の大小、食べるもの、暮らし方、家族観までさまざまだ。
 それらをすり合わせようとする努力はどの種族にもない。まったく違う生き方をするものたちを同じ枠に押し込めてうまくいくはずがないと、本能で理解しているためだ。
 獣人は衝突を避けるため、人型という共通項を活かして共存している。
 獣人であればみな持っている二足歩行の別形態。そこに、かつて人間が持っていた社会構造を組み込み、どこで生きていても通じる言語を使用することにした。
 また色々な分類を基にしてさまざまな土地に共同体を作り、独自の社会を築き上げてきた。
 中でも大きな勢力と名高い、肉食者の王国。
 そこでは複数の種族から優秀なものを長として選出し、合議によって国を導いてきた。
 一つの首都と二つの副都、そして種族の数ある町や村。
 小さな諍いや差別、断絶は絶えなかったが、大きな火種とはならず、王国は今も『楽園』である。

「おーい、タビト!」

 中でも大型の肉食獣・草原ライオンが治める副都は、華めき賑わう大都市の一つだ。
 特に有名なのは、町の端を掠めて流れる大河のそばに建つ学校だろう。
 オウルネビュラ騎士学校。
 そこに通うのはさまざまな種族の獣人たち。
 誰もが何かを守りたいと願って門を叩く、強靭な精神と肉体を得るため日夜鍛錬を行う場所だ。
 そんな校内をのんびり歩く一人の獣人に、後から走ってきたもう一人が追いついた。

「タビト、この後の予習やった?」

 同級生を振り向いた小作りな顔は、白い毛に縁取られ神秘的な印象を抱かせる。
 白い髪、その合間から覗く丸い耳も白。
 騎士学校の制服であるモスグリーンの上下に身を包み、袖から伸びる手は褐色肌だが、ジャケットの裾を持ち上げて揺れる長い尾は白。
 なにより目を引くのは、輝く白銀の双眸。
 もはや見慣れた色彩ではあるものの、まだ時折どきりとするとは、親しい級友の言葉だ。
 生後半年ほどで騎士学校に身を寄せたアルビノトラのタビトは、この度三年生になり、強く美しく成長していた。

「やったけど、見せないよ」
「そこをなんとか! 追試だの課題だので予習まで手が回んないんだよ~! 頼む!」
「……食堂三日分」
「もちろん払う! はー助かった~タビトの予習ノートがあれば百獣力だ!」

 今後三日間昼食を奢ることになった同級生は、悲壮な様子も見せず大喜びしている。
 予習まで行き届かないという彼の言葉に嘘はない。
 実技に優れた獣人ではあるが、頭を使う方はいまいちだ。お互い似たような生活をしているのに「忙しい」という理由は不明だが。

「座学の算段はついたし、これで思う存分実技を楽しめるな~!」
「座学のほうも少しくらいがんばったらいいのに」
「無理だって! じっとしてたら寝ちまうもん。それより体動かしてるほうが楽しいし」
「そんなんでよく進級できたね、リゲル……」

 胸を張って「そうだろ、すごいだろ!」と鼻を鳴らすリゲルは、褒められたと勘違いしているかもしれない。
 見上げるほどの長身に見合う長い手足、それから騎士学校随一と言われる長い尾。ところどころ輪の形の斑点があるが、耳も尾も髪も白い彼は、タビトとセットで扱われることが度々ある。
 色味が似通っていることもそうだし、彼は書類上タビトと同じ場所の出身だ。
 「雪山」のヒョウ────その種族だけを、ユキヒョウと呼ぶ。

「リゲルだ」「タビトもいる」「あいつら仲良いなぁ」「また一緒にいるのか」「ねぇやっぱりあの噂って」

 中庭を通り過ぎる際、聞こえのいい耳がいくつもの囁き声を拾った。
 肉食獣人において白という色彩は珍しい。
 目立ってしまうこと自体は覚悟の上で入学したが、まさかめずらしい白い獣が同じ学年にいて、つるむようになったせいでさらに注目を集めやすくなってしまうとは予想外だった。

「あ、タビト。そっちタイルが割れてて危ねぇぞ」

 聴覚に意識を向けていたせいで足元がおろそかになっていた。
 歩道の割れたタイルに足を取られそうになり、リゲルの力強い腕にぐっと肩を引き寄せられる。

「あぁ、ありが」
「きゃっ、見た? 今の見た?」「肩、肩をぎゅって!」「やっぱり噂は本当なのか」

 お礼を言いかけたタビトは、囁きというにはあまりにも大きな黄色い声に閉口した。
 リゲルは仲のいい友であり、それ以上でも以下でもない。
 しかし暇さえあれば連れ立って行動しているせいで、どうも良からぬ噂を立てられているらしい。
 リゲルのほうもそれは承知で、眉間にシワを寄せた。

「アホらし。俺とタビトがどうこうなるわけねーってのに」
「ごめんねリゲル、僕と変な噂が立っちゃったせいで、カノジョできないんだろ」
「あーもう思い出させんな! どのみち寮暮らしじゃ難しいしさ、いいんだよ。それよりタビトは平気なのか?」
「僕は平気。直接なにか言われるわけじゃないし……」
「よォ、またイチャついてるぜこいつら」

 きゃあきゃあと騒ぐ声たちは近寄って来なかったが、代わりに一人のオス獣人が肩で風を切りながら近寄ってきた。
 リゲルと同じくらいの長身。
 結局ほとんど人型が成長しなかったタビトは、背が高いだけでなくきれいに筋肉のついた、整った体型の二人をいつも羨ましく感じてしまう。

「出身が同じだからって種族は違うってのに、べたべたべたべた飽きねぇな。それとも噂通りデキてんのか?」

 片側の口角を引き上げてニヒルに笑う級友に、タビトがなにか言う前に横にいたリゲルが噛みついた。

「うっせぇプー。おまえ毎回毎回イヤミ言わないとタビトに話しかけらんないのか? 自分がべたべたできないからって俺を羨ましがってんじゃねーよ」
「なっ、俺様がおまえを羨ましがっているだと? そんな事実はない、撤回しろ!」
「いやどう見ても羨ましがってるだろうが。だいたいおまえと俺とタビトでトリオ扱いされてんのに、未だにタビトに触れないヤツのほうがガチっぽくて怖いんだよ」
「俺様はおまえみたいな脳筋とトリオじゃない! た、タビトだけならともかく」
「名前呼ぶのも恥ずかしいのガチじゃんプーちゃん」
「その変なあだ名で呼ぶな!」

 今にも互いの牙が届きそうな距離でぎゃんぎゃんと言い合う二人を、タビトは「仲がいいなぁ」などとのんびり眺めた。
 プーと呼ばれる獣人────プロキオンも、タビトと同じくらい白い。
 やや灰混じりの白い髪に、ぴんと立った三角の白い耳。ばっさばっさと左右に振られている尾はネコ科よりやや短めで毛足が長い。

「プロキオン。リゲルは僕が転びそうになったから助けてくれただけなんだ」

 男らしくて端正な顔立ちを苛立たしげに歪め、子どものような言い争いをする二人にタビトはやんわりと割って入った。
 リゲルの前に立ち、プロキオンを見上げると、彼の白い頬はさっと紅色に染まる。

「な、な、そ、そうか。誤解して悪かったな」
「ううん。それよりそろそろ授業だよ、一緒に訓練場に行かないか?」
「ぁ、し、仕方ないな。おまえがそれほどまでに懇願するのであれば、誇り高い雪原オオカミである俺様は応える義務がある」
「ありがとう。じゃあ行こう」

 ふんわりと微笑んで踵を返し、訓練場へ向かうタビトを、左右にゆったりと振られる白いトラの尾を、プロキオンはじっと見つめた。穴が空きそうなくらい見つめた。
 そして後ろからリゲルに殴られた。

「いてぇ! なにすんだこの暴力ネコ!」
「エロい目でタビトのケツを見るな」
「なっ、見てない! 俺様はタビトになんか全然興味ないのだからな!」
「いや見てたよ。嘘ヘタクソすぎるだろ」
「早くしないと遅刻するぞ二人とも~」

 リゲルの物言いもプロキオンのエロい視線も、タビトは気づかなかったようだ。
 二人を急かす小柄な姿は少女にしか見えず、あの体に男らしい性質と獰猛なオスのトラの獣型を隠しているとはとても思えない。
 しかしそこが「イイ」のだ。タビトの後を追いながら、どうしてもヤニ下がってしまうプロキオンを、リゲルが呆れ果てた様子で追いかけた。
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