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第二章
32.副都へ
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旅立ちの日は、朝から雨だった。
ちょうどアルシャウが屋敷にやってきた日に似た、薄暗い重苦しさがある。
屋敷の前にはタビト、アルシャウ、レグルスと、見送りのムルジムが集まった。
「悪いな、雨猫でよ」
ネコ科は雨や湿気が苦手なのに、行く先々に雨を呼んでしまう者をそう呼ぶらしい。
もっともトラは水を嫌わないほうなので、周囲のネコ科仲間に疎まれるばかりだという。レグルスは落ちてくる雨垂れをとても嫌そうにしている。
アルシャウは肩をすくめながら、耳に落ちた水滴を払った。
「タビトは外出に良い思い出がないし、こっちでできるかぎりの手配をした」
分厚い雨合羽を着込みながらアルシャウが紹介してくれたのは、車を引っ張ってくれるウマの獣人だった。
……なんだか見覚えがある。
「あっ、もしかしてハカセのときの」
「覚えていてくれたんだね。あのときは危ない目に合わせてしまって申し訳なかった……」
「うぅん、あなたのおかげで僕、なんともなかった。助けを呼んでくれてありがとう」
あの日、誰よりも速く町へ走ってくれたウマ獣人は、差し出されたタビトの手をきゅっと強く握った。
あの密猟団は、ほとんどを町の警備獣人が捕まえてくれたらしいが、取り逃がしもいるのだという。
町が警備を強化してくれているとはいえ、安全とは言えない森の道を再び往復してくれるというのだから、この獣人はとても勇気がある。オトナだって、武器を持った密猟者相手は怖かったはずなのに。
そういう状況なので、アルシャウは今回、馬車には乗らず横を並走することにしたらしい。
「俺は護衛だ。それから、移動中および停車中の安全を確認する偵察部隊を一名」
「ごえー……てーさつ?」
「お、来た来た」
護衛はなんとなくわかる。再び密猟者が襲ってこないように、また彼らがもし襲ってきたらすぐに反撃できるように準備しておく戦うための人のことだ。
しかし偵察とは。
首を傾げるタビトたちの前に現れたのは、見慣れた小さな影だった。
「あれ、メイサ? どうしたの」
「ぼくもついてく!」
「メイサが? なんで?」
「ぼく、偵察兵に『スカウト』されたの! トラのひとが、ぼくがいちばんいいって」
「そうなの? アルシャウ」
「あぁ。このチビは目がいい、耳もいい。眠っていても物音に敏感だ。ケモノ半分の俺たちより、周囲の状況把握に適任だ」
「アルシャウより? それってすごいね」
「えっへん」
メイサは小さな胸を突き出して鼻を鳴らす。
タビトは新米偵察兵の頭をわしわし撫でてやった。
どさくさに紛れてアルシャウも同じようにメイサへ手を伸ばしたが、子ネコは素早く逃げた。心なしか、トラ耳が残念そうにへにょと垂れた気がする。
気を取りなおすような咳払いのあと、アルシャウが付け加える。
「それに俺たち肉食獣は、所詮は捕食側だ。襲ってくるやつへの対処はどうしても遅れる。その点このチビなら危機管理意識が高く、俺たちを頼るすべも知っている」
メイサは獣舎の家畜たちと交流するだけでなく、彼らを野生動物の被害から守っているとは聞いていた。
獣舎の屋根に軽々上り、遠くを見渡して猛禽や中小型の肉食動物が近づいていないかどうか、日々監視を行う。
そういった脅威を発見した場合、周囲の獣人へ鋭く鳴いて存在を知らせることもできるという。その腕を買われたということだろう。
「トラのひと、こわいけど、メイサの有能さ知ってるの、えらい」
メイサは上から目線でアルシャウを評した。
二匹の間に言葉のやりとりはないはずなのに、きちんと通じ合えているのが微笑ましい。
「それにメイサを飼っているのはタビトですからね。ペットの世話はきちんと見なくては」
今までずっと黙っていたムルジムが、ぼそっと言う。
タビトは反射的に背筋を伸ばした。
ムルジム、見送りに来てくれたのか文句を言いにきたのかわかりにくい。
こうして、予想より大所帯となった旅の一行は出発した。
獣型のアルシャウが馬車の側で駆けている。
常に両側の森へ視線を走らせ、何かが飛び出てこないか、危険が迫っていないか確認している。
偵察隊のメイサは馬車外壁の装飾部を器用に伝い歩き、雨滴を避けながら周囲を伺っていた。
「みんながそれぞれ仕事してるのに、僕たちだけ中で何もしなくていいのかなぁ」
「心配しなくていいよタビト。オレたちにもあるから、やること」
「そうなの?」
「そう。これをやらなきゃいけない……町につくまでに」
レグルスが荷物の中から取り出したのは、見慣れた教本だ。
たっぷり出された課題を前に、タビトたちは車窓の景色を楽しむ余裕もなく、うんうん唸りながらペンを握りしめたのだった。
副都までは馬車で二日ほどの距離だという。
それなら車を引いてもらわずとも、獣型で走ればいいのではないかと思ったが、街道は町の中と同じように獣型での往来は制限されていて、道なき道を行こうとすると結局馬車を使う以上に時間がかかるそうだ。
「街道を外れると野盗に遭う確率が高いしな。タビトの件で、この辺は大規模に山狩りされたそうだが、結局密猟者の首領級は取り逃がしてるし、密猟される獣人を買うやつらの取り締まりもできてない」
街道沿いに設けられた広場で他の馬車や旅人に混じって休憩しながら、アルシャウの話を聞く。
タビトが被害者だからか、はたまた子どもだからか、あのあと悪者たちがどうなったか教えられることはなかった。
しかしアルシャウはタビトたちを子ども扱いしないから、聞けば答えてくれる。
「あのときの、つかまってないんだね」
「タビト、へいき……?」
レグルスが不安そうにしっぽを絡めてくる。
「そう不安がるな。この辺は元々治安がいいし、道も整備されているからめったに賊は出ない。それに俺という大型肉食獣がついてるのを見て襲ってくる間抜けはいねぇよ」
自信満々に胸を張るアルシャウに、苦笑しながら同意したのは同じく休憩中のウマ獣人だった。
「ふつうの獣人にとって大型の肉食獣人は、やはり本能的な部分で恐れがあります。小型の草食なら、たとえ大事な用があっても近づかないでしょう」
「そうなんだ……」
故郷の山で見かけた小さな生き物や、蹄を持つものたちと仲良くなれるなど思ったこともなかった。
彼らはタビトたちにとって「エサ」だったから。
この地の生き物は、たとえ獣型が肉食と草食に分かれていても人の姿を取れるのだし、事情が違うのではないかと漠然と考えていたが、やはりケモノの本能というものは強いらしい。
街道沿いの宿場町で一泊し、時折見かける休息地で足を止める以外、一行はひたすら進み続けた。
屋敷から一番近いあの町はとっくに通り過ぎていたし、立ち寄りもしなかった。アルシャウなりの気遣いだったのだろう。
タビトはレグルスとともに宿でも馬車の中でもひたすら課題をこなした。
せっかくの外泊なのに、非日常を楽しむこともできなかった。もっとも雨続きなので、宿の外を散歩することもできなかっただろうけれど。
アルシャウは常に周囲を警戒し、時おり偵察兵メイサに話しかけていた。
言葉はわからなくても通じ合うものがあるらしい。
揺れる車内でペンを持つのにすっかり慣れた頃、車に伝わる振動が目に見えて弱くなった。ほとんど揺れなくなって、タビトはふと窓を見た。
向かう先に大きな山が見える。
樹木がない禿山なのか、赤褐色の土が露出した見慣れない威容ではあるが、故郷の空気を思い出してタビトは心が踊った。
「レグルス見て、山があるよ」
「山? あぁ、あれが副都だよ」
「えぇ?」
馬車が山へ近づくにつれて、レグルスの言葉の意味がわかった。
岩山に張り付くように造られた、巨大な都市────あれが副都。
山嶺に見えていた赤茶はすべて建物で、建造物の壁や屋根だけでなく、街路も階段も何もかもが赤茶色をしている。
「近くでとれる土と石のせいでこんな色なんだって。その土から栄養を吸うから、この辺は木もこういう色になっちゃって、ほかの色の建物をたてるのがむずかしいくらいだって」
いかにも聞きかじりの知識をレグルスから聞きつつ、タビトの目は副都の風景に釘付けになっていた。
人、人、人。獣人だらけ。
みな耳を出して、しっぽは出たり出てなかったりするが、視界の端から端まで獣人ばかりが目に入る。
屋敷の最寄りの町が「小規模」だと言ったレグルスの言葉をやっと理解した。
副都は、町の何倍も人だかりがあった。
これで今日がお祭りなどの特別な日ではないというのだからすさまじい。
「ここからは徒歩だ。おまえら、荷物を下ろせ」
二匹は慌てて車から荷物を引っ張り出し、お別れとなるウマ獣人と馬車に丁寧にお礼を述べた。
袋にまとめた荷物を背負うと、役目を終えたメイサがぴょんと肩に乗ってくる。
そのまま器用にバランスを取り、肩乗りネコに落ち着いた。
「メイサ、おつかれ」
「うん、ぼくつかれた……」
休憩しながらとはいえ、二日間の監視任務は子ネコには過酷だっただろう。
おでこを指先で撫でてやると、メイサはくすぐったそうに首を振って大きなあくびをした。
眠くて目を開けていられないメイサを肩に乗せたまま、副都の中へ足を踏み入れる。
足元がとても平らかでまず驚かされた。
タイルで舗装された道は副都の外へも続いていて、馬車の揺れがなくなったのはこのおかげだ。
「いいか、俺の後ろにぴったりついてこい。無理に周囲を避けようとするな、ぶつかってもいいから堂々としてろ」
「タビト、手つなご」
大柄なアルシャウを先頭に、レグルスが手を繋いでくれて、人波を渡る。
すれ違うのは、アルシャウと同じくらい背の高い獣人もいれば、タビトより小さいのにしわくちゃで腰の曲がった獣人もいて多種多様だ。オトナたちの足の間を、これまた大小さまざまな獣人の子どもが駆け抜けていく。
もっと地上近くには、動物もいた。
ネコやネズミ、小鳥、紐で繋がれたものにはイヌからウシ、ロバやウマまでこちらもさまざまだ。たまに近くをすれ違ったが、言葉を聞き取れた動物はいなかった。
こうしてキョロキョロしていられるのも、レグルスが力強く引っ張ってくれるおかげだ。
タビトは前を行くトラの尾とライオンの丸い耳をしっかりと見ながら、慣れない町を渡っていった。
「副都大部分があの山に張り付くようにできていて、とにかく斜面だらけだから、坂や階段が多い。これから登るぞ。足元に気をつけろ」
「うん。レグルスのおうちはあの山の中にあるの?」
「そうだよ。ここからは見えないけど、ぐるっと回りこむと広くて平たいところがあるんだ」
「へぇ」
そんな説明を聞きながら、坂や階段を登りながら、向かった先にレグルスの実家はあった。
ちょうどアルシャウが屋敷にやってきた日に似た、薄暗い重苦しさがある。
屋敷の前にはタビト、アルシャウ、レグルスと、見送りのムルジムが集まった。
「悪いな、雨猫でよ」
ネコ科は雨や湿気が苦手なのに、行く先々に雨を呼んでしまう者をそう呼ぶらしい。
もっともトラは水を嫌わないほうなので、周囲のネコ科仲間に疎まれるばかりだという。レグルスは落ちてくる雨垂れをとても嫌そうにしている。
アルシャウは肩をすくめながら、耳に落ちた水滴を払った。
「タビトは外出に良い思い出がないし、こっちでできるかぎりの手配をした」
分厚い雨合羽を着込みながらアルシャウが紹介してくれたのは、車を引っ張ってくれるウマの獣人だった。
……なんだか見覚えがある。
「あっ、もしかしてハカセのときの」
「覚えていてくれたんだね。あのときは危ない目に合わせてしまって申し訳なかった……」
「うぅん、あなたのおかげで僕、なんともなかった。助けを呼んでくれてありがとう」
あの日、誰よりも速く町へ走ってくれたウマ獣人は、差し出されたタビトの手をきゅっと強く握った。
あの密猟団は、ほとんどを町の警備獣人が捕まえてくれたらしいが、取り逃がしもいるのだという。
町が警備を強化してくれているとはいえ、安全とは言えない森の道を再び往復してくれるというのだから、この獣人はとても勇気がある。オトナだって、武器を持った密猟者相手は怖かったはずなのに。
そういう状況なので、アルシャウは今回、馬車には乗らず横を並走することにしたらしい。
「俺は護衛だ。それから、移動中および停車中の安全を確認する偵察部隊を一名」
「ごえー……てーさつ?」
「お、来た来た」
護衛はなんとなくわかる。再び密猟者が襲ってこないように、また彼らがもし襲ってきたらすぐに反撃できるように準備しておく戦うための人のことだ。
しかし偵察とは。
首を傾げるタビトたちの前に現れたのは、見慣れた小さな影だった。
「あれ、メイサ? どうしたの」
「ぼくもついてく!」
「メイサが? なんで?」
「ぼく、偵察兵に『スカウト』されたの! トラのひとが、ぼくがいちばんいいって」
「そうなの? アルシャウ」
「あぁ。このチビは目がいい、耳もいい。眠っていても物音に敏感だ。ケモノ半分の俺たちより、周囲の状況把握に適任だ」
「アルシャウより? それってすごいね」
「えっへん」
メイサは小さな胸を突き出して鼻を鳴らす。
タビトは新米偵察兵の頭をわしわし撫でてやった。
どさくさに紛れてアルシャウも同じようにメイサへ手を伸ばしたが、子ネコは素早く逃げた。心なしか、トラ耳が残念そうにへにょと垂れた気がする。
気を取りなおすような咳払いのあと、アルシャウが付け加える。
「それに俺たち肉食獣は、所詮は捕食側だ。襲ってくるやつへの対処はどうしても遅れる。その点このチビなら危機管理意識が高く、俺たちを頼るすべも知っている」
メイサは獣舎の家畜たちと交流するだけでなく、彼らを野生動物の被害から守っているとは聞いていた。
獣舎の屋根に軽々上り、遠くを見渡して猛禽や中小型の肉食動物が近づいていないかどうか、日々監視を行う。
そういった脅威を発見した場合、周囲の獣人へ鋭く鳴いて存在を知らせることもできるという。その腕を買われたということだろう。
「トラのひと、こわいけど、メイサの有能さ知ってるの、えらい」
メイサは上から目線でアルシャウを評した。
二匹の間に言葉のやりとりはないはずなのに、きちんと通じ合えているのが微笑ましい。
「それにメイサを飼っているのはタビトですからね。ペットの世話はきちんと見なくては」
今までずっと黙っていたムルジムが、ぼそっと言う。
タビトは反射的に背筋を伸ばした。
ムルジム、見送りに来てくれたのか文句を言いにきたのかわかりにくい。
こうして、予想より大所帯となった旅の一行は出発した。
獣型のアルシャウが馬車の側で駆けている。
常に両側の森へ視線を走らせ、何かが飛び出てこないか、危険が迫っていないか確認している。
偵察隊のメイサは馬車外壁の装飾部を器用に伝い歩き、雨滴を避けながら周囲を伺っていた。
「みんながそれぞれ仕事してるのに、僕たちだけ中で何もしなくていいのかなぁ」
「心配しなくていいよタビト。オレたちにもあるから、やること」
「そうなの?」
「そう。これをやらなきゃいけない……町につくまでに」
レグルスが荷物の中から取り出したのは、見慣れた教本だ。
たっぷり出された課題を前に、タビトたちは車窓の景色を楽しむ余裕もなく、うんうん唸りながらペンを握りしめたのだった。
副都までは馬車で二日ほどの距離だという。
それなら車を引いてもらわずとも、獣型で走ればいいのではないかと思ったが、街道は町の中と同じように獣型での往来は制限されていて、道なき道を行こうとすると結局馬車を使う以上に時間がかかるそうだ。
「街道を外れると野盗に遭う確率が高いしな。タビトの件で、この辺は大規模に山狩りされたそうだが、結局密猟者の首領級は取り逃がしてるし、密猟される獣人を買うやつらの取り締まりもできてない」
街道沿いに設けられた広場で他の馬車や旅人に混じって休憩しながら、アルシャウの話を聞く。
タビトが被害者だからか、はたまた子どもだからか、あのあと悪者たちがどうなったか教えられることはなかった。
しかしアルシャウはタビトたちを子ども扱いしないから、聞けば答えてくれる。
「あのときの、つかまってないんだね」
「タビト、へいき……?」
レグルスが不安そうにしっぽを絡めてくる。
「そう不安がるな。この辺は元々治安がいいし、道も整備されているからめったに賊は出ない。それに俺という大型肉食獣がついてるのを見て襲ってくる間抜けはいねぇよ」
自信満々に胸を張るアルシャウに、苦笑しながら同意したのは同じく休憩中のウマ獣人だった。
「ふつうの獣人にとって大型の肉食獣人は、やはり本能的な部分で恐れがあります。小型の草食なら、たとえ大事な用があっても近づかないでしょう」
「そうなんだ……」
故郷の山で見かけた小さな生き物や、蹄を持つものたちと仲良くなれるなど思ったこともなかった。
彼らはタビトたちにとって「エサ」だったから。
この地の生き物は、たとえ獣型が肉食と草食に分かれていても人の姿を取れるのだし、事情が違うのではないかと漠然と考えていたが、やはりケモノの本能というものは強いらしい。
街道沿いの宿場町で一泊し、時折見かける休息地で足を止める以外、一行はひたすら進み続けた。
屋敷から一番近いあの町はとっくに通り過ぎていたし、立ち寄りもしなかった。アルシャウなりの気遣いだったのだろう。
タビトはレグルスとともに宿でも馬車の中でもひたすら課題をこなした。
せっかくの外泊なのに、非日常を楽しむこともできなかった。もっとも雨続きなので、宿の外を散歩することもできなかっただろうけれど。
アルシャウは常に周囲を警戒し、時おり偵察兵メイサに話しかけていた。
言葉はわからなくても通じ合うものがあるらしい。
揺れる車内でペンを持つのにすっかり慣れた頃、車に伝わる振動が目に見えて弱くなった。ほとんど揺れなくなって、タビトはふと窓を見た。
向かう先に大きな山が見える。
樹木がない禿山なのか、赤褐色の土が露出した見慣れない威容ではあるが、故郷の空気を思い出してタビトは心が踊った。
「レグルス見て、山があるよ」
「山? あぁ、あれが副都だよ」
「えぇ?」
馬車が山へ近づくにつれて、レグルスの言葉の意味がわかった。
岩山に張り付くように造られた、巨大な都市────あれが副都。
山嶺に見えていた赤茶はすべて建物で、建造物の壁や屋根だけでなく、街路も階段も何もかもが赤茶色をしている。
「近くでとれる土と石のせいでこんな色なんだって。その土から栄養を吸うから、この辺は木もこういう色になっちゃって、ほかの色の建物をたてるのがむずかしいくらいだって」
いかにも聞きかじりの知識をレグルスから聞きつつ、タビトの目は副都の風景に釘付けになっていた。
人、人、人。獣人だらけ。
みな耳を出して、しっぽは出たり出てなかったりするが、視界の端から端まで獣人ばかりが目に入る。
屋敷の最寄りの町が「小規模」だと言ったレグルスの言葉をやっと理解した。
副都は、町の何倍も人だかりがあった。
これで今日がお祭りなどの特別な日ではないというのだからすさまじい。
「ここからは徒歩だ。おまえら、荷物を下ろせ」
二匹は慌てて車から荷物を引っ張り出し、お別れとなるウマ獣人と馬車に丁寧にお礼を述べた。
袋にまとめた荷物を背負うと、役目を終えたメイサがぴょんと肩に乗ってくる。
そのまま器用にバランスを取り、肩乗りネコに落ち着いた。
「メイサ、おつかれ」
「うん、ぼくつかれた……」
休憩しながらとはいえ、二日間の監視任務は子ネコには過酷だっただろう。
おでこを指先で撫でてやると、メイサはくすぐったそうに首を振って大きなあくびをした。
眠くて目を開けていられないメイサを肩に乗せたまま、副都の中へ足を踏み入れる。
足元がとても平らかでまず驚かされた。
タイルで舗装された道は副都の外へも続いていて、馬車の揺れがなくなったのはこのおかげだ。
「いいか、俺の後ろにぴったりついてこい。無理に周囲を避けようとするな、ぶつかってもいいから堂々としてろ」
「タビト、手つなご」
大柄なアルシャウを先頭に、レグルスが手を繋いでくれて、人波を渡る。
すれ違うのは、アルシャウと同じくらい背の高い獣人もいれば、タビトより小さいのにしわくちゃで腰の曲がった獣人もいて多種多様だ。オトナたちの足の間を、これまた大小さまざまな獣人の子どもが駆け抜けていく。
もっと地上近くには、動物もいた。
ネコやネズミ、小鳥、紐で繋がれたものにはイヌからウシ、ロバやウマまでこちらもさまざまだ。たまに近くをすれ違ったが、言葉を聞き取れた動物はいなかった。
こうしてキョロキョロしていられるのも、レグルスが力強く引っ張ってくれるおかげだ。
タビトは前を行くトラの尾とライオンの丸い耳をしっかりと見ながら、慣れない町を渡っていった。
「副都大部分があの山に張り付くようにできていて、とにかく斜面だらけだから、坂や階段が多い。これから登るぞ。足元に気をつけろ」
「うん。レグルスのおうちはあの山の中にあるの?」
「そうだよ。ここからは見えないけど、ぐるっと回りこむと広くて平たいところがあるんだ」
「へぇ」
そんな説明を聞きながら、坂や階段を登りながら、向かった先にレグルスの実家はあった。
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