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第二章
28.ツガイ
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結局タビトは、アルシャウの使った雑巾もまとめて洗って絞って庭に干し、レグルスの部屋へ戻った。
その頃には明日の町行きがレグルスの耳にも入っていて、決定事項になっていた。
「オレも行く」
「レグルスも町に行くの?」
「あたりまえだろ? タビトとあいつを二匹になんてさせられない」
「そっか、うん。ちょっとだけ、町に行くのが怖かったから、レグルスが来てくれるならうれしい」
タビトとハカセの乗る車は町へ着く直前に盗賊に襲われた。
あの時の恐怖はもうだいぶ薄れたけれど、なくなったわけじゃない。
それに町にはたくさんの獣人がいるという。
人化するのが遅かった上に、四つ足姿が特殊なタビトは終始緊張を敷いられる。
横に彼がいてくれればきっと心強い。
感謝の意を込めてレグルスのたてがみに頬を擦り付けると、何倍にもなって返ってきた。
「タビトっ! 町あそび、たのしもうな!」
「うん。たのしみにしてる」
ぐるぐると唸りながらほおずりされ、くすぐったさに笑う。
以前ハカセが、町には色んな景色やおもしろいものがあると話してくれたのを思い出す。
レグルスと一緒なら、怖いこともなく、楽しい町遊びができそうだ。
請われて夜はレグルスの部屋で眠り、朝食を食べ終えたら出発ということになった。
目指すは屋敷から一番近い町。
正門に集まるように言われ、タビトとレグルスは手持ち無沙汰に二つ足で待っていた。
そこへ現れたアルシャウは、四つ足姿だった。
「なんで獣型なの?」
「なんでって、徒歩だからだよ。どちらかといえば走るけど」
「えぇっ」
驚く二匹に、アルシャウは肩に背負った袋を見せた。
「ここに服入れろ。森を抜けるまでは四つ足で行く。森を出る直前で人型になる。歩いてもいいし走ってもいい。ほら行くぞ」
「まってまって」
慌てて服を脱いで丸め、袋に押し込んでから獣化する。
布が一枚ないだけでなんだか心もとないと思うようになってしまった。
レグルスも落ち着かなさそうにしっぽをパタパタと振っている。
そんな二匹をアルシャウは顧みることなく、ずんずん歩いて森へ分け入った。仕方なくタビトたちも続く。
「ねぇ、車は使わないの?」
「あれは引くウマが必要だし、色々面倒だろ。それに成獣の大型ネコ科は馬車に乗るとウマに嫌がられるんだ。俺はめったに使わねぇな」
「そうなんだ……」
ハカセが使っていた馬車も、引いていたのは獣人だった。
レグルスの屋敷にはウマ獣人がいないし、獣舎のウマはおとなしい性格で、たしかにオトナのトラを怖がりそうだ。
「よし、競争するか」
「えっ」
アルシャウは口吻を持ち上げて振り返った。
「おまえらの方が先に森の端に着いたら、好きな昼メシを奢ってやる。俺が勝ったらおまえらは荷物持ちだ。行くぞ!」
「あっずるい! タビト行こう!」
「う、うんっ」
オトナのオスのトラは一歩がとても大きくて、とても追いつけないと文句を言いながら二匹は走った。なんとか後ろ姿を見失わない程度についていく。
しばらく追いかけていると、アルシャウのスピードが少し落ちた。
不規則に飛び出している木の根っこに苦戦しているようだ。
そしてついに、森を抜ける直前でタビトとレグルスは揃ってアルシャウを抜き去った。
「やったー! いっちばーん!」
「はぁはぁ……げほっ、速いな、ガキども……」
「へへへ、やったねタビト! お昼ごはんは肉にしよーぜ! 屋台の串焼きは羊がおいしいんだ!」
「うん!」
そのまま町の方へ駆け出した二匹は、がくんと宙に浮いた。
「うぎゃっ」
「おいこらガキども」
首根っこを引っ掴まれている。
もがきながら見上げると、素早く人化したアルシャウがまだ整わない息で二匹を掴み上げていた。
「町では人型がマナーだ、ムルじいに習わなかったか?」
「そうだった。アルシャウ、服出して! はやく!」
「あーもーこれだから子どもってのは……」
まだゆっくりとしか変化できないタビトは、受け取った服をもたもたと頭からかぶる。レグルスはボタンがいくつもある服をタビトよりずっと早く着終わっていた。
最後に、屋敷の中では身につけない靴を履く。
屋外の地面には鋭い小石や木の根、町中にはガラスや金属の破片が落ちていることがあるという。
そういう危険から足を守るため、木と獣の皮で作られた靴があつらえられたのは数日前のこと。
服はレグルスのお下がりだったが、靴はタビト専用に型を取って作られた。
後ろ足を覆う布の感触にはまだ違和感しかないけれど、楽しい町歩きのために我慢する。
やっと準備が整ったところで、レグルスと共に町へ入る。
「わぁ……」
町は、いくつもの建物と、さまざまな方向へ伸びていく道、そしてたくさんの獣人たちで形作られていた。
どの人型にも獣の耳がある。尾があることも獣人の特徴だが、オトナは服の中に隠してしまうようで見えている者は少なかった。
見慣れたネコ科の耳以外にも、さまざまな耳を持つ獣人が通り過ぎていく。時折、見たことのない形の耳や尾を見かける。
人型の大きさもさまざまだ。子どものように小さいのに顔はオトナという獣人がいる一方で、大柄な獣人があどけない表情で子どもたちに混ざって遊んでいるところも見た。獣型は種族によって体格が大きく異なるが、それは人型にも言えることらしい。
たくさん並び立つ建物にも圧倒される。
四角い石を積んで造られた建物が多く、レンガというのだと教わった。それ以外にも木造や、大きな石を切り出して模様を彫り込んだ豪華な建物もある。そういう店は子ども向けではないので入らないようにと注意される。
景色を眺めているだけで楽しくてワクワクして、立ち止まったまま動けなくなってしまった。
そんなタビトの手をレグルスが引っ張る。
「中に入ろうよタビト!」
「うん! レグルス、町ってすごいんだね!」
「あはは、そうかな。オレは見慣れちゃったから。でもこの町は、この国ではまだ小さい方なんだよ」
「えぇっ?」
こんなにも獣人がたくさんいて、お店もたくさんあって。さまざまな獣人たちの話し声や立てる音でうるさくて、さまざまな店が漂わせる料理の匂いでむせ返りそうなのに。
これでも小規模だというのか。
「いこいこ! 串焼きが一番でっかい店でおごってもらうんだから!」
「うん!」
「おまえらお手柔らかにな……」
渋い顔をしているアルシャウを放置して、二匹は跳ねるように駆け出した。
勝手知ったる地元の子レグルスに手を引かれて入ったのは、町の中央を広く陣取る市場だ。
店から長く庇が伸びている常設のものから、屋根のついたワゴン、端材を組み立てた簡素な屋台、敷物の上に商品を並べただけの店もある。
レグルスはさっそく串焼き肉の屋台をいくつも見て回り、一番おいしそうで肉の大きい店に目をつけた。
「おじちゃん、串三本!」
「はいよ!」
普段よりずっと大きく元気なレグルスの声に、タビトのしっぽが驚いてビッと逆立つ。
さらに耳が痛くなるほど大きな返事が屋台の向こうから寄越されて、しっぽの毛がブワッと太くなった。
周りが騒がしいから、これくらい大きい声を出さないと聞こえないのだとタビトが理解したのは、再び手を引かれて市場のエリアを出てからだった。
「はいこれ、タビトのぶん。こうやってかぶりつくんだよ」
「ん……わ、おいしい。やわらかいし、味が濃い」
「でしょ」
しっかりと火が通っているのに肉の生々しい味や血のにおいが滴るようで、タビトは夢中で串にしゃぶりつく。
その食べっぷりにレグルスは満足げに笑い、自分のぶんを腹におさめた。
「ったくおまえら、遠慮ってもんがないな。一番高い仔羊串なんて買いやがって」
「アルシャウのおごりなんだからエンリョなんてしないし。ほら、アルシャウのぶんも買ったし」
「俺の金だっつの」
ぶつぶつ文句を言いつつ、アルシャウも大口開けて串肉を噛みちぎった。味に文句はないらしい。
「タビト、口ついてる」
「ん、わ」
「オレのもなめて」
「んー」
レグルスが口の端を舐め取ってくれたので、タビトもレグルスの鼻先と顎の横をぺろぺろと舐めた。
垂れるほど肉汁がある焼いた肉なんて初めてだ。
もう一口かじると、また口元が汚れてしまった。唇をつんと突き出して、再びレグルスのお世話になる。
その瞬間、くっついていた二匹は力強い手によってべりっと引き剥がされた。
「わっ」
「うわ、なんだよアルシャウ」
「待ておまえら、待て待て」
アルシャウはなんだか妙な顔でタビトたちを見下ろしている。
「おまえら、そういうことなのか?」
二匹は顔を見合わせた。
そういうこと、ってどういうこと?
「あー、つまり、ただの群れとかじゃなく、ツガイなのかってことだ」
「つがい?」
動物たちの繁殖形態はシンプルだ。
子を作る相手か、そうじゃないか。
オスとメスが出会って子を作っても、ずっといっしょにいるとは限らない。
動物たちは毎年あたたかい季節に相手を求めるし、それが去年と違う相手でもおかしなことじゃない。
よりよい繁殖を求めて、相手を多く抱えるものもいる。繁殖相手で群れを作ることもめずらしくない。ライオンのプライドもその側面がある。
一方で獣人には、唯一絶対の相手という概念がある。
お互いにその相手だけ。子孫繁栄を第一に考えるケモノの本能とは真っ向から対立する。
死ぬまで、いや死しても他を求めることのない、魂の関係。
そういう相手のことを番という。
動物の世界にもツガイの概念はあるが、獣人にとってのツガイはもっと重みのある、替えの効かない存在のことを指す。
「アルシャウなに言ってるの。ツガイって、オレたちにとってメスのことでしょ」
タビトの疑問をレグルスが先に口に出した。
アルシャウは「あー」などと言いながら、珍しく煮え切らない渋面だ。
「動物の社会にも間々あることだが、俺たち獣人のツガイは異性に限らない。オスがオスと番うこともある」
「えっ、そうなんだ」
「だから聞いたんだが、あー、これやっちまったか……?」
なぜか余計に頭を抱えてしまったアルシャウをよそに、タビトはレグルスを見た。
レグルスもタビトを見つめる。
ずっと一緒にいようと約束を交わした。
それがツガイになることだとはお互いに思ってもいなかったし、レグルスの群れに入れば約束は果たされ続けるから、それ以外の関係のことを考えなかった。
オトナたちがメスに想うように、レグルスを想っているだろうか。
夕焼け色の瞳を見つめながら、しかしタビトはメスに出会ったことがないので全くピンと来ない。
タビトと同じように、タビトの銀色の瞳を見つめていたレグルスがなにか言いたげにした瞬間、二匹は再び引き剥がされた。
「まだ早い」
「ちょっともう、なんなんだよバカトラ!」
不審な行動が目立つアルシャウにレグルスは怒ったが、肉の串を追加されて一瞬で機嫌が良くなった。
結局、ツガイの話はうやむやになってしまった。
その頃には明日の町行きがレグルスの耳にも入っていて、決定事項になっていた。
「オレも行く」
「レグルスも町に行くの?」
「あたりまえだろ? タビトとあいつを二匹になんてさせられない」
「そっか、うん。ちょっとだけ、町に行くのが怖かったから、レグルスが来てくれるならうれしい」
タビトとハカセの乗る車は町へ着く直前に盗賊に襲われた。
あの時の恐怖はもうだいぶ薄れたけれど、なくなったわけじゃない。
それに町にはたくさんの獣人がいるという。
人化するのが遅かった上に、四つ足姿が特殊なタビトは終始緊張を敷いられる。
横に彼がいてくれればきっと心強い。
感謝の意を込めてレグルスのたてがみに頬を擦り付けると、何倍にもなって返ってきた。
「タビトっ! 町あそび、たのしもうな!」
「うん。たのしみにしてる」
ぐるぐると唸りながらほおずりされ、くすぐったさに笑う。
以前ハカセが、町には色んな景色やおもしろいものがあると話してくれたのを思い出す。
レグルスと一緒なら、怖いこともなく、楽しい町遊びができそうだ。
請われて夜はレグルスの部屋で眠り、朝食を食べ終えたら出発ということになった。
目指すは屋敷から一番近い町。
正門に集まるように言われ、タビトとレグルスは手持ち無沙汰に二つ足で待っていた。
そこへ現れたアルシャウは、四つ足姿だった。
「なんで獣型なの?」
「なんでって、徒歩だからだよ。どちらかといえば走るけど」
「えぇっ」
驚く二匹に、アルシャウは肩に背負った袋を見せた。
「ここに服入れろ。森を抜けるまでは四つ足で行く。森を出る直前で人型になる。歩いてもいいし走ってもいい。ほら行くぞ」
「まってまって」
慌てて服を脱いで丸め、袋に押し込んでから獣化する。
布が一枚ないだけでなんだか心もとないと思うようになってしまった。
レグルスも落ち着かなさそうにしっぽをパタパタと振っている。
そんな二匹をアルシャウは顧みることなく、ずんずん歩いて森へ分け入った。仕方なくタビトたちも続く。
「ねぇ、車は使わないの?」
「あれは引くウマが必要だし、色々面倒だろ。それに成獣の大型ネコ科は馬車に乗るとウマに嫌がられるんだ。俺はめったに使わねぇな」
「そうなんだ……」
ハカセが使っていた馬車も、引いていたのは獣人だった。
レグルスの屋敷にはウマ獣人がいないし、獣舎のウマはおとなしい性格で、たしかにオトナのトラを怖がりそうだ。
「よし、競争するか」
「えっ」
アルシャウは口吻を持ち上げて振り返った。
「おまえらの方が先に森の端に着いたら、好きな昼メシを奢ってやる。俺が勝ったらおまえらは荷物持ちだ。行くぞ!」
「あっずるい! タビト行こう!」
「う、うんっ」
オトナのオスのトラは一歩がとても大きくて、とても追いつけないと文句を言いながら二匹は走った。なんとか後ろ姿を見失わない程度についていく。
しばらく追いかけていると、アルシャウのスピードが少し落ちた。
不規則に飛び出している木の根っこに苦戦しているようだ。
そしてついに、森を抜ける直前でタビトとレグルスは揃ってアルシャウを抜き去った。
「やったー! いっちばーん!」
「はぁはぁ……げほっ、速いな、ガキども……」
「へへへ、やったねタビト! お昼ごはんは肉にしよーぜ! 屋台の串焼きは羊がおいしいんだ!」
「うん!」
そのまま町の方へ駆け出した二匹は、がくんと宙に浮いた。
「うぎゃっ」
「おいこらガキども」
首根っこを引っ掴まれている。
もがきながら見上げると、素早く人化したアルシャウがまだ整わない息で二匹を掴み上げていた。
「町では人型がマナーだ、ムルじいに習わなかったか?」
「そうだった。アルシャウ、服出して! はやく!」
「あーもーこれだから子どもってのは……」
まだゆっくりとしか変化できないタビトは、受け取った服をもたもたと頭からかぶる。レグルスはボタンがいくつもある服をタビトよりずっと早く着終わっていた。
最後に、屋敷の中では身につけない靴を履く。
屋外の地面には鋭い小石や木の根、町中にはガラスや金属の破片が落ちていることがあるという。
そういう危険から足を守るため、木と獣の皮で作られた靴があつらえられたのは数日前のこと。
服はレグルスのお下がりだったが、靴はタビト専用に型を取って作られた。
後ろ足を覆う布の感触にはまだ違和感しかないけれど、楽しい町歩きのために我慢する。
やっと準備が整ったところで、レグルスと共に町へ入る。
「わぁ……」
町は、いくつもの建物と、さまざまな方向へ伸びていく道、そしてたくさんの獣人たちで形作られていた。
どの人型にも獣の耳がある。尾があることも獣人の特徴だが、オトナは服の中に隠してしまうようで見えている者は少なかった。
見慣れたネコ科の耳以外にも、さまざまな耳を持つ獣人が通り過ぎていく。時折、見たことのない形の耳や尾を見かける。
人型の大きさもさまざまだ。子どものように小さいのに顔はオトナという獣人がいる一方で、大柄な獣人があどけない表情で子どもたちに混ざって遊んでいるところも見た。獣型は種族によって体格が大きく異なるが、それは人型にも言えることらしい。
たくさん並び立つ建物にも圧倒される。
四角い石を積んで造られた建物が多く、レンガというのだと教わった。それ以外にも木造や、大きな石を切り出して模様を彫り込んだ豪華な建物もある。そういう店は子ども向けではないので入らないようにと注意される。
景色を眺めているだけで楽しくてワクワクして、立ち止まったまま動けなくなってしまった。
そんなタビトの手をレグルスが引っ張る。
「中に入ろうよタビト!」
「うん! レグルス、町ってすごいんだね!」
「あはは、そうかな。オレは見慣れちゃったから。でもこの町は、この国ではまだ小さい方なんだよ」
「えぇっ?」
こんなにも獣人がたくさんいて、お店もたくさんあって。さまざまな獣人たちの話し声や立てる音でうるさくて、さまざまな店が漂わせる料理の匂いでむせ返りそうなのに。
これでも小規模だというのか。
「いこいこ! 串焼きが一番でっかい店でおごってもらうんだから!」
「うん!」
「おまえらお手柔らかにな……」
渋い顔をしているアルシャウを放置して、二匹は跳ねるように駆け出した。
勝手知ったる地元の子レグルスに手を引かれて入ったのは、町の中央を広く陣取る市場だ。
店から長く庇が伸びている常設のものから、屋根のついたワゴン、端材を組み立てた簡素な屋台、敷物の上に商品を並べただけの店もある。
レグルスはさっそく串焼き肉の屋台をいくつも見て回り、一番おいしそうで肉の大きい店に目をつけた。
「おじちゃん、串三本!」
「はいよ!」
普段よりずっと大きく元気なレグルスの声に、タビトのしっぽが驚いてビッと逆立つ。
さらに耳が痛くなるほど大きな返事が屋台の向こうから寄越されて、しっぽの毛がブワッと太くなった。
周りが騒がしいから、これくらい大きい声を出さないと聞こえないのだとタビトが理解したのは、再び手を引かれて市場のエリアを出てからだった。
「はいこれ、タビトのぶん。こうやってかぶりつくんだよ」
「ん……わ、おいしい。やわらかいし、味が濃い」
「でしょ」
しっかりと火が通っているのに肉の生々しい味や血のにおいが滴るようで、タビトは夢中で串にしゃぶりつく。
その食べっぷりにレグルスは満足げに笑い、自分のぶんを腹におさめた。
「ったくおまえら、遠慮ってもんがないな。一番高い仔羊串なんて買いやがって」
「アルシャウのおごりなんだからエンリョなんてしないし。ほら、アルシャウのぶんも買ったし」
「俺の金だっつの」
ぶつぶつ文句を言いつつ、アルシャウも大口開けて串肉を噛みちぎった。味に文句はないらしい。
「タビト、口ついてる」
「ん、わ」
「オレのもなめて」
「んー」
レグルスが口の端を舐め取ってくれたので、タビトもレグルスの鼻先と顎の横をぺろぺろと舐めた。
垂れるほど肉汁がある焼いた肉なんて初めてだ。
もう一口かじると、また口元が汚れてしまった。唇をつんと突き出して、再びレグルスのお世話になる。
その瞬間、くっついていた二匹は力強い手によってべりっと引き剥がされた。
「わっ」
「うわ、なんだよアルシャウ」
「待ておまえら、待て待て」
アルシャウはなんだか妙な顔でタビトたちを見下ろしている。
「おまえら、そういうことなのか?」
二匹は顔を見合わせた。
そういうこと、ってどういうこと?
「あー、つまり、ただの群れとかじゃなく、ツガイなのかってことだ」
「つがい?」
動物たちの繁殖形態はシンプルだ。
子を作る相手か、そうじゃないか。
オスとメスが出会って子を作っても、ずっといっしょにいるとは限らない。
動物たちは毎年あたたかい季節に相手を求めるし、それが去年と違う相手でもおかしなことじゃない。
よりよい繁殖を求めて、相手を多く抱えるものもいる。繁殖相手で群れを作ることもめずらしくない。ライオンのプライドもその側面がある。
一方で獣人には、唯一絶対の相手という概念がある。
お互いにその相手だけ。子孫繁栄を第一に考えるケモノの本能とは真っ向から対立する。
死ぬまで、いや死しても他を求めることのない、魂の関係。
そういう相手のことを番という。
動物の世界にもツガイの概念はあるが、獣人にとってのツガイはもっと重みのある、替えの効かない存在のことを指す。
「アルシャウなに言ってるの。ツガイって、オレたちにとってメスのことでしょ」
タビトの疑問をレグルスが先に口に出した。
アルシャウは「あー」などと言いながら、珍しく煮え切らない渋面だ。
「動物の社会にも間々あることだが、俺たち獣人のツガイは異性に限らない。オスがオスと番うこともある」
「えっ、そうなんだ」
「だから聞いたんだが、あー、これやっちまったか……?」
なぜか余計に頭を抱えてしまったアルシャウをよそに、タビトはレグルスを見た。
レグルスもタビトを見つめる。
ずっと一緒にいようと約束を交わした。
それがツガイになることだとはお互いに思ってもいなかったし、レグルスの群れに入れば約束は果たされ続けるから、それ以外の関係のことを考えなかった。
オトナたちがメスに想うように、レグルスを想っているだろうか。
夕焼け色の瞳を見つめながら、しかしタビトはメスに出会ったことがないので全くピンと来ない。
タビトと同じように、タビトの銀色の瞳を見つめていたレグルスがなにか言いたげにした瞬間、二匹は再び引き剥がされた。
「まだ早い」
「ちょっともう、なんなんだよバカトラ!」
不審な行動が目立つアルシャウにレグルスは怒ったが、肉の串を追加されて一瞬で機嫌が良くなった。
結局、ツガイの話はうやむやになってしまった。
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