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第一章

閑話 三匹の子ネコ

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 ふわふわ、ぱたぱた。
 ふりふり。

「みゃっ」

 たしっ。
 ふわふわ~。

「あー」
「あー……」

 メイサの一撃は届かず、小さなちょうちょはひらひらと風に乗って遠ざかっていく。
 それをぽかんと見送る小さなネコと、それよりはやや大きめのネコ二匹。

「メイサは狩りが下手だなぁ。こんなんでよく生きてこれたな」
「みゃっ! みゃっみゃっ!」
「なんて言ってる?」
「みゃっ、とだけ」
「怒りに言葉をわすれちゃったか……」

 タビトの通訳を介して会話するレグルスとメイサの関係は、微妙なところで落ち着いた。
 お互いに干渉しないが、お互いを「タビトの付属物」と位置づけることで尊重する、というような間柄のようだ。
 昼食を庭に持ってきて、三匹で食べる。
 メイサは一番に食べ終えて、虫や小鳥を追いかけたり、木に登ったり芝生を駆け回ったりと忙しい。
 そんな大暴れをするものだから、食べ終えた直後に吐き戻すことがあるので、飼い主のタビトとしては気の抜けない時間だ。

「メイサもすっかりここのネコになったなぁ」
「そうだね。なんだか少し重くなった気がするよ」
「あいつ太ったの?」
「そこまでじゃないと思うけど……」

 蝶を諦め、今度は枯れ葉を追い回し始めたメイサは、出会ったばかりのみすぼらしく弱々しい姿がウソのように、みるみるうちに健康になった。
 今は体重が増えて毛艶が良くなり、ふくふくとかわいらしい子ネコだ。
 勢いで保護してしまったので、タビトのような未熟な子トラがさらに小さな子ネコの世話などできるだろうか……と心配したのもほんの僅かな間だけ。
 子ネコはたくましく、図太かった。

「こないだなんか、獣舎のウシの背中に乗ってたぞ」

 何十倍も大きい乳牛の背に座り、まるで支配者のごとくすまし顔をするメイサがありありと思い描けて、タビトは苦笑した。
 獣舎で、メイサ以外の動物と会話できないか試みたことがある。
 結果は失敗。
 ウシやブタ、ニワトリなどの家畜たちは大声で盛んに鳴くものの、意味ある言葉を放つことはないらしい。
 もしくはタビトにそれを聞き取る能力がないのか。
 その代わりのように能力を発揮したのは、メイサだった。

「ウシさんが、背中カユいっていってた。ぼくはおてつだいしただけ」

 いつの間にかそばに戻ってきていたメイサが、えへんと胸を張る。
 タビトは褒めるようにメイサの毛を舐めてやった。
 メイサは正確に動物たちの言い分を理解できるらしい。
 この子ネコが獣舎の動物たちに受け入れられたのは、彼らの言葉を聞いて手助けできる存在であるところが大きい。
 家畜たちの言葉をメイサがタビトに伝え、タビトが適切な使用人に伝達する。
 それで解決した物事がいくつかあった。
 ほとんどはレグルスに伝え、レグルスから関係各所に伝わるため、屋敷のものたちは坊っちゃんが急に獣舎の環境整備に力を入れ始めたと首をひねっている。
 タビトが動物の声を聞けることは、レグルス以外には話してない。
 なんとなく、あまり知られたくないと思った。

 ふりふり、ふりふり。
 ぴょん、がぶ。

「いて!」
「み゛み゛み゛ぃ~」

 メイサの次の興味は、ゆっくりと振られるレグルスのしっぽに移っていた。
 しっぽに噛みつかれ悲鳴を上げるレグルスなどおかまいなしに、メイサはがじがじと金毛の尾を弄んでいる。
 正直、気持ちはわかる。
 レグルスのライオンの尾は先端にだけ黒っぽい茶毛がこんもり生えていて、なんというか、こう、絶妙に、ネコ科の本能をくすぐる形状だ。
 タビトも何度か飛びかかりたくなったし、実際やった。
 そういえば、レグルスの尾は少しだけ毛の密度を増した気がする。
 そしてふと見ると、四つ足で伏せるレグルスが以前より大きくなっていることに気づいた。

「レグルス、背のびた?」
「ん? あぁ、たぶん。タビトもそうだと思うけど」
「え?」
成長期せーちょーきだよ、オレたち。毎日ニョキニョキ大きくなるんだって」

 地面についた前肢を見下ろし、体や後肢、尾を眺めてみる。
 自分ではあまり成長したという実感はないが、体周りが少し太くなったかもしれない。

「子どもはあっという間にオトナになっちゃうんだって」

 レグルスの言葉に悲壮さはなく、ただ未来への期待感があった。
 そういうものか、とタビトは納得して、以前よりさらに寄りかかり甲斐のある金毛の腹に頭を乗せる。
 いつか見た図鑑のオスライオンのように、レグルスも立派なオトナになるのだろう。
 その横に立っているのがいつまでも自分なら良いと思う。
 でも、自分がどんなオトナのトラになるのかは、タビトにはいつまでも想像できないのだった。
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