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16.もう一度約束を
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契約精霊を呼び出すための魔術にはタイムラグがつきものだが、クロは呼んだ瞬間に現れた。案外と近くにいたらしい。
どこへ行っていたのか……気にならないと言えば嘘になる。
病気を隠していたことも、どう思っているのか聞きたい。
しかし今はそれより「敵」の排除が優先だ。
「さぁて、どう料理してやろうか。ご注文は? ご主人サマ」
クロは機嫌良さげに軽口を叩きながら、すっと腕を伸ばした。
俺より一回りは大柄なイェリミの体が宙に浮く。
「離せ、このっ……ヴェナ! やめさせろ!」
もがきながら叫ぶ男が、ぐるんと回転した。
物理法則を無視した方向と速さで突然体を回され、可哀想に舌を噛んでしまったらしい。イェリミは静かになった。
「活きがいいな。このまま肉になるまで回してやろうか。血抜きの手間が省ける。それとも生きたまま炙るか。臭みがありそうだから煮てもいいな」
振り向いたクロは精霊術を使っている様子すらないのに、イェリミを空中でくるくる回す。
愉しそうに嗤い、残虐な言葉を吐くクロに背筋が冷たくなる思いがした。
クロが危険な精霊であることは間違いないが、今は味方だ。
気圧されそうになる心を深い呼吸で落ち着かせ、言霊を意識しながら命令する。
「殺すな。放り出せ」
「それだけでいいのか? よかったな人間、命拾いしたぞ」
クロの腕が優雅に振られ、ひとりでに玄関扉が開いた。
まるでボールかなにかのように無造作に、外へ向かって人間が投げ飛ばされる。
「てめぇら覚えてろよーッ!」
自然ではあり得ない速度で侵入者は家から放り出され、イェリミの捨て台詞が遠ざかりながら聞こえて、それきりだった。
俺は緊張の糸が切れて膝が折れ、床に座り込んでしまった。
ざらつく木目の感触に、自分が震えていたことに気づく。
怖かった。だからこそクロがすぐに現れてくれて、心から安堵した。
「覚えてろ、だと。人間の言うことはどれほど時代がうつろうとも変わらないものだな」
見上げると、美しい黒衣の精霊がくすくすと笑っている。
しかし笑みはすぐに消え、氷のように冷たい眼差しが俺を射抜いた。
びくりと肩が揺れる。
「しかしあの男は復讐などできはしまい。おまえはもう長くない」
「ぁ……」
「答えてもらおう、契約者よ。おまえは俺を謀り契約を結んだのか? 果たすつもりのない、果たせるはずのない約束をしたのか」
「ち、違う!」
かっと頭に血が上って、気づいたら立ち上がっていた。
それでもクロとは身長差があるが、気圧されないようきつく睨みつける。
「たしかに俺はもう保たない。病気がきっかけで、あの破滅的な願いを持ったのは事実だ。対価に命を使ってもいいと思ったのも。でも契約を果たす気がなかったわけじゃない!」
「しかしおまえはもう死ぬ。儀式陣が完成するまで生きられるとは思えん」
「生きるよ!!」
クロの様子は変わらない。
少し打ち解けてきたかと思っていた柔らかさを感じる気配は微塵もなく、あるのはただ契約主を疑う精霊の冷淡さだけだ。
温度のない黄金色の瞳のなんと恐ろしいことか。
人を嬲ることに欠片の躊躇も見せない彼は、紛うことなく破壊と死を司る存在だ。
それでもクロは俺の願いを聞き入れ、約束が果たされるその日のために傍にいてくれた。
クロと過ごした日々に嘘はない。
「儀式陣は期日までに完成させる。それまで俺はなんとしてでも生きる。生きて、このクソッタレな世界をぶち壊して、そして────俺の命をクロに渡す。契約に変更はない」
「……」
しばし睨み合った後、クロが先に目を逸らした。
「それならいい」
小さく嘆息して、浮かせていた手をボトムのポケットに突っ込む。
俺はその動作を見て初めて、彼は返答次第で契約を反故にする魔術師の命を奪うつもりだったことを知った。
緊張の連続で今度こそ力が抜けてしまい、俺は倒れ込むようにベッドに座った。
「はぁー……よかった。クロに信じてもらえて」
「ふん、勘違いするな。おまえが陣を完成させる前に死ぬようなら、病に絡め取られる前に殺せばいいと思い直しただけだ。おまえを殺した後に世界を壊せば契約違反にはならん」
「え? ……たしかにそうかも?」
何もかもぶっ壊したい、とその一心で結んだ契約は結構大きめの穴があったみたいだ。
でも破壊の行使に俺の命を捧げる以上、世界が壊れていくさまを俺が見ることはできない事実は変わらないし、結果が同じならどうでもいいか。
「じゃあ、儀式の成功はクロが見届けてよ。俺はクロの胃袋の中から結果を知るからさ」
「のんきだな。とても死にかけの魔術師とは思えん」
「そりゃ死ぬのは怖いけど、四六時中怖がってたら儀式陣の完成なんて夢のまた夢で終わっちゃうし。俺の命がかかってる以上、俺が満足できるように頑張るから。……あと」
思えばクロには助けられてばかりだ。
対価を必要としない手助けもあったし、クロの言葉が俺の心を救ってくれたこともある。
「あいつを放り出してくれて、ありがとな。クロがいてくれてよかった」
情けないことに語尾が少し震えた俺の髪を、くしゃりと撫でるものがあった。
決して器用とは言えないクロの手のひらがぐしゃぐしゃと麦色の髪をかき混ぜていく。
俺の哀しみを散らして、心をあたたかくしてくれる。
こんなにも簡単に、魔術を使うこともなく。
(あぁ、好きだなぁ)
人生の最後に、絶対に叶わない恋をした。
天運に見放され失敗ばかりだった俺の人生にふさわしい結末だ。
恋愛感情などという人間のエゴでしかない感情を、精霊であるクロに告げることはない。
命尽きる瞬間まで、この気持ちは大切に抱えていよう。
その代わりに俺の心に浮かんだのは、この愛しい精霊に何かお返しができないか、という想いだった。
先程まで儀式陣に魔力を流し込んでいたこともあり、俺は倒れ込んだベッドからついに動けなくなってしまった。
おまけに胸の不快感が広がって、咳き込む始末。
近頃は咳が出ると同時に血も吐いてしまうので、口元に布を当てなければならない。すごく面倒だ。
「げほッ、ぅ……あ、クロ?」
口内の鉄臭いものを布に吐き出していると、背中に冷たい柔らかさが押し当てられた。
上下に動くそれはもしかしなくても、クロの手だ。
クロが背中をさすってくれている。
体調不良とは別のところで固まってしまった俺を、クロが訝しげに覗き込んだ。
「どうした。つらいのか」
「あ、いやそれほどでもないけど、あの、手」
「あぁ。人間は病人にこうしてやるものだろう。不快だったか」
「うぅん全然! さすってくれたおかげでほら、呼吸が楽になったかも!」
「この行為にはそれほどまでに即効性があったのか。侮れんな」
じっと自分の手を見下ろしているクロの勘違いは正さなかった。
だってまた背をさすってくれるかもしれないし。
人間とは明らかに違う体温を持たない体でも、他意はなくても、ほんの少しだけでも、クロから俺に触れてくれる幸運を噛み締めたい。
じんわりと喜んでいると、クロに頬を掴まれた。
あぁそういえば、さっきクロに「命令」をしたんだった。その対価の魔力を要求されるんだろう。
「ごめん、今口の中が血なまぐさいから、うがいを」
「必要ない。それごともらう」
口端についていた血を舐め取られた。
冷え冷えとした黄金の瞳が一転して、獣の光を宿す。
精霊に情欲などないのに、魔力以外のものを求められているかのような錯覚を起こさせるこの眼が、俺はだんだん苦手に思えてきていた。
「ん、んぅ……」
喉の奥から否応なしに魔力を引きずり出され、口腔をクロの舌が蹂躙していく。
さっき倉庫で血を飲まれたときにつけられた舌の傷を抉られて呻く。
唾液と共に鮮血まで啜られ、急速に魔力が失われる感覚と併せて気が遠くなった。
なんとか失神寸前で解放してもらえたけど、俺はもう一歩も動けないほど疲労困憊してしまった。
必死に呼吸を整える俺に、クロが再び覆いかぶさってきた。首を掴み上げられてぎょっとする。
「く、クロ? ちょっと休憩……」
「口を開けろ」
「ひぅ、う、んっ?」
再び唇が重なり、口の中になにか丸いものが押し込まれた。
戸惑って押し返そうとする俺の生理的な反応をねじ伏せるように、クロの舌が喉奥まで丸いものを送り込んで離れない。
噎せて大変なことになる前になんとか飲み込んだが、唇を離された後は結局咳き込んでしまった。
今度は吐血しなかったが、喉の違和感が大きい。
「ぅおぇ……何、今の何」
「実だ」
「ミ? え、木の実? なんの?」
「わからん」
正体不明の木の実を食べさせられた。何故?
「おまえのような症状の人間を過去に見たことがある。その人間は召使いに、あの木の実を用意させ食べていた」
「えっ……じゃあ、俺のために?」
「勘違いするな。契約満了までに死なれては困るだけだ」
それだけ言って消えた精霊は終始背を向けていて、表情は伺えなかった。
でも彼の行動は俺のためとしか受け取れない。
さっきクロが言ったように、この契約は俺が生きて見届ける内容になっていない。
期日前に俺が死んでいても、契約内容をクロが代行してくれれば契約違反にはならず、魔術師にも精霊にもペナルティは発生しない。
それなのに病で苦しむ俺のために実をとってきてくれた。
あんなにも高貴で美しい、孤高の精霊であるはずのクロが。
「あぁもう……」
胸が苦しい。これは病の症状じゃない。
余計に好きになってしまう。
なんて罪作りな精霊なんだ。
どうしようもない疼きを抱えたまま、俺は大きく溜め息を吐き出すことしかできなかった。
どこへ行っていたのか……気にならないと言えば嘘になる。
病気を隠していたことも、どう思っているのか聞きたい。
しかし今はそれより「敵」の排除が優先だ。
「さぁて、どう料理してやろうか。ご注文は? ご主人サマ」
クロは機嫌良さげに軽口を叩きながら、すっと腕を伸ばした。
俺より一回りは大柄なイェリミの体が宙に浮く。
「離せ、このっ……ヴェナ! やめさせろ!」
もがきながら叫ぶ男が、ぐるんと回転した。
物理法則を無視した方向と速さで突然体を回され、可哀想に舌を噛んでしまったらしい。イェリミは静かになった。
「活きがいいな。このまま肉になるまで回してやろうか。血抜きの手間が省ける。それとも生きたまま炙るか。臭みがありそうだから煮てもいいな」
振り向いたクロは精霊術を使っている様子すらないのに、イェリミを空中でくるくる回す。
愉しそうに嗤い、残虐な言葉を吐くクロに背筋が冷たくなる思いがした。
クロが危険な精霊であることは間違いないが、今は味方だ。
気圧されそうになる心を深い呼吸で落ち着かせ、言霊を意識しながら命令する。
「殺すな。放り出せ」
「それだけでいいのか? よかったな人間、命拾いしたぞ」
クロの腕が優雅に振られ、ひとりでに玄関扉が開いた。
まるでボールかなにかのように無造作に、外へ向かって人間が投げ飛ばされる。
「てめぇら覚えてろよーッ!」
自然ではあり得ない速度で侵入者は家から放り出され、イェリミの捨て台詞が遠ざかりながら聞こえて、それきりだった。
俺は緊張の糸が切れて膝が折れ、床に座り込んでしまった。
ざらつく木目の感触に、自分が震えていたことに気づく。
怖かった。だからこそクロがすぐに現れてくれて、心から安堵した。
「覚えてろ、だと。人間の言うことはどれほど時代がうつろうとも変わらないものだな」
見上げると、美しい黒衣の精霊がくすくすと笑っている。
しかし笑みはすぐに消え、氷のように冷たい眼差しが俺を射抜いた。
びくりと肩が揺れる。
「しかしあの男は復讐などできはしまい。おまえはもう長くない」
「ぁ……」
「答えてもらおう、契約者よ。おまえは俺を謀り契約を結んだのか? 果たすつもりのない、果たせるはずのない約束をしたのか」
「ち、違う!」
かっと頭に血が上って、気づいたら立ち上がっていた。
それでもクロとは身長差があるが、気圧されないようきつく睨みつける。
「たしかに俺はもう保たない。病気がきっかけで、あの破滅的な願いを持ったのは事実だ。対価に命を使ってもいいと思ったのも。でも契約を果たす気がなかったわけじゃない!」
「しかしおまえはもう死ぬ。儀式陣が完成するまで生きられるとは思えん」
「生きるよ!!」
クロの様子は変わらない。
少し打ち解けてきたかと思っていた柔らかさを感じる気配は微塵もなく、あるのはただ契約主を疑う精霊の冷淡さだけだ。
温度のない黄金色の瞳のなんと恐ろしいことか。
人を嬲ることに欠片の躊躇も見せない彼は、紛うことなく破壊と死を司る存在だ。
それでもクロは俺の願いを聞き入れ、約束が果たされるその日のために傍にいてくれた。
クロと過ごした日々に嘘はない。
「儀式陣は期日までに完成させる。それまで俺はなんとしてでも生きる。生きて、このクソッタレな世界をぶち壊して、そして────俺の命をクロに渡す。契約に変更はない」
「……」
しばし睨み合った後、クロが先に目を逸らした。
「それならいい」
小さく嘆息して、浮かせていた手をボトムのポケットに突っ込む。
俺はその動作を見て初めて、彼は返答次第で契約を反故にする魔術師の命を奪うつもりだったことを知った。
緊張の連続で今度こそ力が抜けてしまい、俺は倒れ込むようにベッドに座った。
「はぁー……よかった。クロに信じてもらえて」
「ふん、勘違いするな。おまえが陣を完成させる前に死ぬようなら、病に絡め取られる前に殺せばいいと思い直しただけだ。おまえを殺した後に世界を壊せば契約違反にはならん」
「え? ……たしかにそうかも?」
何もかもぶっ壊したい、とその一心で結んだ契約は結構大きめの穴があったみたいだ。
でも破壊の行使に俺の命を捧げる以上、世界が壊れていくさまを俺が見ることはできない事実は変わらないし、結果が同じならどうでもいいか。
「じゃあ、儀式の成功はクロが見届けてよ。俺はクロの胃袋の中から結果を知るからさ」
「のんきだな。とても死にかけの魔術師とは思えん」
「そりゃ死ぬのは怖いけど、四六時中怖がってたら儀式陣の完成なんて夢のまた夢で終わっちゃうし。俺の命がかかってる以上、俺が満足できるように頑張るから。……あと」
思えばクロには助けられてばかりだ。
対価を必要としない手助けもあったし、クロの言葉が俺の心を救ってくれたこともある。
「あいつを放り出してくれて、ありがとな。クロがいてくれてよかった」
情けないことに語尾が少し震えた俺の髪を、くしゃりと撫でるものがあった。
決して器用とは言えないクロの手のひらがぐしゃぐしゃと麦色の髪をかき混ぜていく。
俺の哀しみを散らして、心をあたたかくしてくれる。
こんなにも簡単に、魔術を使うこともなく。
(あぁ、好きだなぁ)
人生の最後に、絶対に叶わない恋をした。
天運に見放され失敗ばかりだった俺の人生にふさわしい結末だ。
恋愛感情などという人間のエゴでしかない感情を、精霊であるクロに告げることはない。
命尽きる瞬間まで、この気持ちは大切に抱えていよう。
その代わりに俺の心に浮かんだのは、この愛しい精霊に何かお返しができないか、という想いだった。
先程まで儀式陣に魔力を流し込んでいたこともあり、俺は倒れ込んだベッドからついに動けなくなってしまった。
おまけに胸の不快感が広がって、咳き込む始末。
近頃は咳が出ると同時に血も吐いてしまうので、口元に布を当てなければならない。すごく面倒だ。
「げほッ、ぅ……あ、クロ?」
口内の鉄臭いものを布に吐き出していると、背中に冷たい柔らかさが押し当てられた。
上下に動くそれはもしかしなくても、クロの手だ。
クロが背中をさすってくれている。
体調不良とは別のところで固まってしまった俺を、クロが訝しげに覗き込んだ。
「どうした。つらいのか」
「あ、いやそれほどでもないけど、あの、手」
「あぁ。人間は病人にこうしてやるものだろう。不快だったか」
「うぅん全然! さすってくれたおかげでほら、呼吸が楽になったかも!」
「この行為にはそれほどまでに即効性があったのか。侮れんな」
じっと自分の手を見下ろしているクロの勘違いは正さなかった。
だってまた背をさすってくれるかもしれないし。
人間とは明らかに違う体温を持たない体でも、他意はなくても、ほんの少しだけでも、クロから俺に触れてくれる幸運を噛み締めたい。
じんわりと喜んでいると、クロに頬を掴まれた。
あぁそういえば、さっきクロに「命令」をしたんだった。その対価の魔力を要求されるんだろう。
「ごめん、今口の中が血なまぐさいから、うがいを」
「必要ない。それごともらう」
口端についていた血を舐め取られた。
冷え冷えとした黄金の瞳が一転して、獣の光を宿す。
精霊に情欲などないのに、魔力以外のものを求められているかのような錯覚を起こさせるこの眼が、俺はだんだん苦手に思えてきていた。
「ん、んぅ……」
喉の奥から否応なしに魔力を引きずり出され、口腔をクロの舌が蹂躙していく。
さっき倉庫で血を飲まれたときにつけられた舌の傷を抉られて呻く。
唾液と共に鮮血まで啜られ、急速に魔力が失われる感覚と併せて気が遠くなった。
なんとか失神寸前で解放してもらえたけど、俺はもう一歩も動けないほど疲労困憊してしまった。
必死に呼吸を整える俺に、クロが再び覆いかぶさってきた。首を掴み上げられてぎょっとする。
「く、クロ? ちょっと休憩……」
「口を開けろ」
「ひぅ、う、んっ?」
再び唇が重なり、口の中になにか丸いものが押し込まれた。
戸惑って押し返そうとする俺の生理的な反応をねじ伏せるように、クロの舌が喉奥まで丸いものを送り込んで離れない。
噎せて大変なことになる前になんとか飲み込んだが、唇を離された後は結局咳き込んでしまった。
今度は吐血しなかったが、喉の違和感が大きい。
「ぅおぇ……何、今の何」
「実だ」
「ミ? え、木の実? なんの?」
「わからん」
正体不明の木の実を食べさせられた。何故?
「おまえのような症状の人間を過去に見たことがある。その人間は召使いに、あの木の実を用意させ食べていた」
「えっ……じゃあ、俺のために?」
「勘違いするな。契約満了までに死なれては困るだけだ」
それだけ言って消えた精霊は終始背を向けていて、表情は伺えなかった。
でも彼の行動は俺のためとしか受け取れない。
さっきクロが言ったように、この契約は俺が生きて見届ける内容になっていない。
期日前に俺が死んでいても、契約内容をクロが代行してくれれば契約違反にはならず、魔術師にも精霊にもペナルティは発生しない。
それなのに病で苦しむ俺のために実をとってきてくれた。
あんなにも高貴で美しい、孤高の精霊であるはずのクロが。
「あぁもう……」
胸が苦しい。これは病の症状じゃない。
余計に好きになってしまう。
なんて罪作りな精霊なんだ。
どうしようもない疼きを抱えたまま、俺は大きく溜め息を吐き出すことしかできなかった。
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