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02.闇の精霊
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脚の歪んだテーブルに人間と精霊が座り、膝を突き合わせる。
不思議な光景だが、本人たちは真剣だ。
精霊は自然界にあまねく存在する魔力を糧に生きている。
吹き渡る風、昼に夜に降り注ぐ光、清浄な湧き水、燃え盛る大地。
この星を取り巻くそれらのエネルギーだけで十分生きられる精霊たちに助力を乞い、己の魔力を提供して望みを叶えてもらう約束が、人間と精霊の契約だ。
人間は欲深いためさまざまなことを精霊に要求するが、彼らが動くかどうかは対価である魔力次第。
魔力が足りなければ見向きもされないし、契約もできない。
約束通り魔力を渡せば言うことを聞いてもらえるが、必ず希望通りの事象が起こるとは限らない。
そこで必要になるのが、精霊に人間の要求を違えず伝えることができる言語と言い回し、そして知恵だ。
精霊語と呼ばれるもので召喚の儀式を行い、適切な言葉を選んで双方に齟齬がない契約を提示する。精霊との付き合い方を学んでいるかどうか、経験も必要になる。
これらを兼ね備えた存在が、俺たち魔術師だ。
ただでさえ素人には正しく扱えない精霊という存在。
中でも恐らく相当な高位にあるであろうクロを前にして、俺はかなり緊張していた。
「で、具体的に破壊したいのはどこまでだ」
テーブルには古びた地図が置いてある。
この国を含む大陸が大きく詳細に描かれ、それ以外の大陸や島は簡素な略式世界地図。
その紙の上に手を載せて俺は言った。
「ぜんぶ!」
「馬鹿なのか?」
間髪入れず罵倒された。
「なんで? 無理?」
「無理に決まってる。この惑星の表面をすべて火の海にするつもりか?」
「できれば星ごと木っ端微塵にしたいところだけど」
「おまえ……卵を割るのとはワケが違うんだぞ」
「そっか。クロにもそこまでのことはできないんだ」
クロは俺を馬鹿にしきった表情をやや引き締めて、しばし考え込んだ。
気位の高い精霊の中でもさらに気難しそうな彼のことだ。軽々しくできないと言いたくないはず。
しかし結論は覆らなかった。
「できないことはないが、なにをどうしても足りないな」
「俺の魔力じゃ足りないってこと?」
「おまえの魔力なんて話にならん。この世界に生きる生命すべてを犠牲にしても……星を割ることは不可能だ」
「そっか。じゃあもう少し現実的な範囲を探るか……」
さっさと馬鹿げた案を取り下げると、クロは一瞬なんとも言えない顔になって、また無表情に戻った。
ものすごい美形だし、神経質そうな雰囲気を感じていたからどうなることやらと思ったけど、意外とクロは理性的で短気でもないらしい。
もしくは召喚されたからには、俺に最後まで付き合ってやろうと思ってくれているのか。
なんとも義理堅い精霊だ。
「俺の今の魔力だと、どこまでやれる?」
「このボロ家を吹き飛ばすくらいじゃないか」
「あれ、そんなに魔力消耗してる?」
試しに契約している火の精霊を呼び出してみたら、指先にろうそく程度の火を出現させることしかできなくて驚いた。
どうやらクロの召喚に大量の魔力を消費してしまったらしい。
儀式陣に流し込んだものとは別に、体内で貯め込んでいた魔力も勝手に食って顕現したのか。
俺は魔力量の多さだけしか取り柄がないのに、それもほとんど持っていかれた。やはりクロは相当上位の精霊で間違いない。
当の大飯食らいは、今度こそ呆れた表情を隠さなかった。
「魔力総量を常に把握するなんて魔術師の基本だろう。まさかおまえ見習いじゃないだろうな」
「失礼な。ちゃんと資格持ってるし、魔術師として現場で働いてるよ。魔力が枯渇するなんて滅多にないからびっくりしただけ!」
ムキになって言い返すと、クロはすぅっと黄金の瞳を細めて俺を見つめた。
魔力の総量や質を計っているだけだろうと分かっていても、一瞬どきっとしてしまう。
頭の天辺から足先まで辿る視線に、なにか別の感情が含まれているんじゃないかと身構えてしまった。
いや何考えてるんだ俺。
どんなに美しい見た目でも、相手は精霊だ。
成り立ちも種族も考え方も違いするぎる。ビジネスライクな関係にしかなり得ない。
「確かに容れ物は大きいな。質も悪くない。これなら……」
「どこまでできる?」
「この国の土地半分くらいは滅ぼせそうだ」
がっくりと項垂れてしまった。
魔力を限界まで貯めて、たったそれだけしか壊せないなんて。
「もっと大規模にやれないのか?」
「もちろん糧が多ければもっと力を振るえる。だが私は生半な物では満足しないぞ。この程度じゃ足しにもならん」
クロは長い足で儀式陣の横に供えられていたものを蹴りつけた。
それは俺なりに、闇の精霊が好みそうなものを少しずつ集めた供物の盆だ。
よく乾かしたイチイの枝にアニスの束、烟ったような褐色を内包する煙水晶、万が一召喚の際に命を要求されたときのために生きたニワトリ……を用意しようと思ったが、可哀想なので干し肉を買った。
干し肉だけでも量が多いからなかなかの金がかかっているというのに、それを足蹴にするなんて。
俺は反射的にクロの足を叩き落とした。
「こら! 食べ物を蹴らない!」
「あ?」
「これは俺が精霊に喜んでもらうために用意したんだ。いらないなら構わない、でも粗末に扱うのは許さない」
「……」
堂々と啖呵を切ってから、さっと青褪める。
いけない、実家の弟妹たちにするように叱ってしまった。
でもどこの世界でも食べ物を蹴ったり跨いだりするのは良くないことだと教えるはずだ。
間違ったことは言ってない。
内心の焦りや怯えを表には出さずクロを睨み続けると、金の目が翳った。
「……蹴って悪かった」
謝った!
ばつが悪そうに俯いて、小さな声ではあったけど、クロはしっかりと謝罪をしてくれた。
蹴った盆を手で引き寄せて戻している。
俺はなんともむず痒く思いながら、慌てて頷いた。
「あ、あぁ。わかってくれてよかった」
一瞬変な空気が流れ、わざとらしく咳払いしてみる。
「……で、どういったものを捧げればいい? できればこの国ひとつくらいは滅亡させたい」
「破壊の精霊術には生贄が必要だ。破壊を私とおまえで行うのなら、おまえの命をもらうのが一番手っ取り早い」
「なんだ、そうだったのか。じゃあそれでいいよ」
そんな程度で済むのか、と胸をなでおろした俺に、今度はクロの方が目を剥いて怒り始める。
「おまえの命だぞ? そんな簡単に捧げる者がどこにいる!」
「えっ、なんでクロが怒るんだよ。俺の命一つで済むなら安いもんだ。それより無辜(むこ)の動物の命とか要求される方が嫌だったから良かった」
「これから無辜のこの国の民を皆殺しにしようとしている男が言うセリフか?」
こいつ、精霊のくせにツッコミが的確だなぁ。
なんだか楽しくなってきた俺は、人間の命は別であることを伝えた。
人間は醜く愚かだ。数も多すぎる。
他の生命を奪うことしかせず、殺しても食べないことすらある。
終いには同族同士で争い、傷つけ合う。そんなのはもうたくさんだ。
この国は数年前まで大規模な内乱を起こしていたし、その前は他国と戦争していた。
俺たち魔術師の雇用主にあたる王族も、地位と権利と金目のものにばかり執着して愚鈍だし、そんなやつにへーこら頭下げて食い扶持を稼がなきゃ生きてられない自分にも反吐が出る。
人間はダメだ。だから全部壊して、まっさらにしたい。
「闇の精霊のあんたにならわかるだろ?」
「……まぁ、わからんでもない。人間が愚かないきものであることは太古の昔から自明の理だ」
「だよな! あぁ、話のわかる精霊を喚べて良かった」
クロは同意を示してくれた。
俺はたった一回の挑戦で見事、素晴らしい協力者を召喚することができたようだ。考えうる限り最高の結果だ。
これが他の属性の精霊なら、きっと話も聞いてもらえなかっただろう。
「俺の魔力はだいぶ減っちゃってるから、これが戻るまで。十分に貯まったら、魔力と俺の命で破壊を行う。それでいいか?」
「あぁ」
「契約成立、だな」
自然と浮かんだ笑みに同じものが返されることはなかったが、クロの方に不満はなさそうだった。
「契約印はどこにする?」
呼び出した者を認めた精霊は、人間の体に触れて仮契約を行い、魔力の相性や量、契約内容を確認する。
それにも同意となれば、人間の体のどこかに精霊語に基づいた印を刻み、契約の締結を表すとともに不履行の際の罰則も設ける。
生物としての本能や意思をほとんど持たない低級精霊であれば、契約を違えたとしても契約が破棄されるだけだが、位の高い精霊であればあるほど裏切ったときの代償は大きい。
クロは再び俺の体を舐め回すように眺めてから、どこか皮肉げに嗤(わら)った。
「そうだな……ここにしよう」
黒衣の腕が伸ばされて、俺の襟首をぐっと掴む。
そのままテーブルの天板に引き倒されるかと思うほどの力で引き寄せられ────咄嗟に目をつぶったが、覚悟した衝撃はなかった。
その代わり、唇に柔らかな感触があり、ぬるりとした何かが入り込んでくる。
「んっ……うわぁ!?」
「うるさい。わめくな」
俺は椅子から転げ落ちて、さらに数歩後ずさった。
それなのにクロのやつは平然としている。
「いやだって、今の、き、キッ……」
「おまえの舌に契約印を刻んだ。おまえが怖気づいて逃げ出しても、代価の魂は確実に取り立てさせてもらう。妙な気は起こすなよ」
「あ……そ、そっか……」
契約印を刻むには該当箇所に触れる必要がある。
さっきのキスはそれだけの行為で意味などないと突きつけられ、俺は恥ずかしくなった。
そもそも精霊は繁殖や生き死にといった、生物的な概念の上にない存在だ。さっきのも、人間たちがキスと呼ぶ行為であるという知識すらないかもしれない。
だとしても指などで触れればいいものを、よりによって唇を重ねてくるなんて。
(そりゃクロはなんとも思わないかも知れないけど……俺は、見た目が好みド真ん中の男にキスされたら、嬉しくなっちゃうんだよっ!)
赤く染まった頬を不自然に思われないように擦る。
こうして俺はこの美しく恐ろしい精霊と契約を交わし、一致した目的のために行動を開始したのだった。
不思議な光景だが、本人たちは真剣だ。
精霊は自然界にあまねく存在する魔力を糧に生きている。
吹き渡る風、昼に夜に降り注ぐ光、清浄な湧き水、燃え盛る大地。
この星を取り巻くそれらのエネルギーだけで十分生きられる精霊たちに助力を乞い、己の魔力を提供して望みを叶えてもらう約束が、人間と精霊の契約だ。
人間は欲深いためさまざまなことを精霊に要求するが、彼らが動くかどうかは対価である魔力次第。
魔力が足りなければ見向きもされないし、契約もできない。
約束通り魔力を渡せば言うことを聞いてもらえるが、必ず希望通りの事象が起こるとは限らない。
そこで必要になるのが、精霊に人間の要求を違えず伝えることができる言語と言い回し、そして知恵だ。
精霊語と呼ばれるもので召喚の儀式を行い、適切な言葉を選んで双方に齟齬がない契約を提示する。精霊との付き合い方を学んでいるかどうか、経験も必要になる。
これらを兼ね備えた存在が、俺たち魔術師だ。
ただでさえ素人には正しく扱えない精霊という存在。
中でも恐らく相当な高位にあるであろうクロを前にして、俺はかなり緊張していた。
「で、具体的に破壊したいのはどこまでだ」
テーブルには古びた地図が置いてある。
この国を含む大陸が大きく詳細に描かれ、それ以外の大陸や島は簡素な略式世界地図。
その紙の上に手を載せて俺は言った。
「ぜんぶ!」
「馬鹿なのか?」
間髪入れず罵倒された。
「なんで? 無理?」
「無理に決まってる。この惑星の表面をすべて火の海にするつもりか?」
「できれば星ごと木っ端微塵にしたいところだけど」
「おまえ……卵を割るのとはワケが違うんだぞ」
「そっか。クロにもそこまでのことはできないんだ」
クロは俺を馬鹿にしきった表情をやや引き締めて、しばし考え込んだ。
気位の高い精霊の中でもさらに気難しそうな彼のことだ。軽々しくできないと言いたくないはず。
しかし結論は覆らなかった。
「できないことはないが、なにをどうしても足りないな」
「俺の魔力じゃ足りないってこと?」
「おまえの魔力なんて話にならん。この世界に生きる生命すべてを犠牲にしても……星を割ることは不可能だ」
「そっか。じゃあもう少し現実的な範囲を探るか……」
さっさと馬鹿げた案を取り下げると、クロは一瞬なんとも言えない顔になって、また無表情に戻った。
ものすごい美形だし、神経質そうな雰囲気を感じていたからどうなることやらと思ったけど、意外とクロは理性的で短気でもないらしい。
もしくは召喚されたからには、俺に最後まで付き合ってやろうと思ってくれているのか。
なんとも義理堅い精霊だ。
「俺の今の魔力だと、どこまでやれる?」
「このボロ家を吹き飛ばすくらいじゃないか」
「あれ、そんなに魔力消耗してる?」
試しに契約している火の精霊を呼び出してみたら、指先にろうそく程度の火を出現させることしかできなくて驚いた。
どうやらクロの召喚に大量の魔力を消費してしまったらしい。
儀式陣に流し込んだものとは別に、体内で貯め込んでいた魔力も勝手に食って顕現したのか。
俺は魔力量の多さだけしか取り柄がないのに、それもほとんど持っていかれた。やはりクロは相当上位の精霊で間違いない。
当の大飯食らいは、今度こそ呆れた表情を隠さなかった。
「魔力総量を常に把握するなんて魔術師の基本だろう。まさかおまえ見習いじゃないだろうな」
「失礼な。ちゃんと資格持ってるし、魔術師として現場で働いてるよ。魔力が枯渇するなんて滅多にないからびっくりしただけ!」
ムキになって言い返すと、クロはすぅっと黄金の瞳を細めて俺を見つめた。
魔力の総量や質を計っているだけだろうと分かっていても、一瞬どきっとしてしまう。
頭の天辺から足先まで辿る視線に、なにか別の感情が含まれているんじゃないかと身構えてしまった。
いや何考えてるんだ俺。
どんなに美しい見た目でも、相手は精霊だ。
成り立ちも種族も考え方も違いするぎる。ビジネスライクな関係にしかなり得ない。
「確かに容れ物は大きいな。質も悪くない。これなら……」
「どこまでできる?」
「この国の土地半分くらいは滅ぼせそうだ」
がっくりと項垂れてしまった。
魔力を限界まで貯めて、たったそれだけしか壊せないなんて。
「もっと大規模にやれないのか?」
「もちろん糧が多ければもっと力を振るえる。だが私は生半な物では満足しないぞ。この程度じゃ足しにもならん」
クロは長い足で儀式陣の横に供えられていたものを蹴りつけた。
それは俺なりに、闇の精霊が好みそうなものを少しずつ集めた供物の盆だ。
よく乾かしたイチイの枝にアニスの束、烟ったような褐色を内包する煙水晶、万が一召喚の際に命を要求されたときのために生きたニワトリ……を用意しようと思ったが、可哀想なので干し肉を買った。
干し肉だけでも量が多いからなかなかの金がかかっているというのに、それを足蹴にするなんて。
俺は反射的にクロの足を叩き落とした。
「こら! 食べ物を蹴らない!」
「あ?」
「これは俺が精霊に喜んでもらうために用意したんだ。いらないなら構わない、でも粗末に扱うのは許さない」
「……」
堂々と啖呵を切ってから、さっと青褪める。
いけない、実家の弟妹たちにするように叱ってしまった。
でもどこの世界でも食べ物を蹴ったり跨いだりするのは良くないことだと教えるはずだ。
間違ったことは言ってない。
内心の焦りや怯えを表には出さずクロを睨み続けると、金の目が翳った。
「……蹴って悪かった」
謝った!
ばつが悪そうに俯いて、小さな声ではあったけど、クロはしっかりと謝罪をしてくれた。
蹴った盆を手で引き寄せて戻している。
俺はなんともむず痒く思いながら、慌てて頷いた。
「あ、あぁ。わかってくれてよかった」
一瞬変な空気が流れ、わざとらしく咳払いしてみる。
「……で、どういったものを捧げればいい? できればこの国ひとつくらいは滅亡させたい」
「破壊の精霊術には生贄が必要だ。破壊を私とおまえで行うのなら、おまえの命をもらうのが一番手っ取り早い」
「なんだ、そうだったのか。じゃあそれでいいよ」
そんな程度で済むのか、と胸をなでおろした俺に、今度はクロの方が目を剥いて怒り始める。
「おまえの命だぞ? そんな簡単に捧げる者がどこにいる!」
「えっ、なんでクロが怒るんだよ。俺の命一つで済むなら安いもんだ。それより無辜(むこ)の動物の命とか要求される方が嫌だったから良かった」
「これから無辜のこの国の民を皆殺しにしようとしている男が言うセリフか?」
こいつ、精霊のくせにツッコミが的確だなぁ。
なんだか楽しくなってきた俺は、人間の命は別であることを伝えた。
人間は醜く愚かだ。数も多すぎる。
他の生命を奪うことしかせず、殺しても食べないことすらある。
終いには同族同士で争い、傷つけ合う。そんなのはもうたくさんだ。
この国は数年前まで大規模な内乱を起こしていたし、その前は他国と戦争していた。
俺たち魔術師の雇用主にあたる王族も、地位と権利と金目のものにばかり執着して愚鈍だし、そんなやつにへーこら頭下げて食い扶持を稼がなきゃ生きてられない自分にも反吐が出る。
人間はダメだ。だから全部壊して、まっさらにしたい。
「闇の精霊のあんたにならわかるだろ?」
「……まぁ、わからんでもない。人間が愚かないきものであることは太古の昔から自明の理だ」
「だよな! あぁ、話のわかる精霊を喚べて良かった」
クロは同意を示してくれた。
俺はたった一回の挑戦で見事、素晴らしい協力者を召喚することができたようだ。考えうる限り最高の結果だ。
これが他の属性の精霊なら、きっと話も聞いてもらえなかっただろう。
「俺の魔力はだいぶ減っちゃってるから、これが戻るまで。十分に貯まったら、魔力と俺の命で破壊を行う。それでいいか?」
「あぁ」
「契約成立、だな」
自然と浮かんだ笑みに同じものが返されることはなかったが、クロの方に不満はなさそうだった。
「契約印はどこにする?」
呼び出した者を認めた精霊は、人間の体に触れて仮契約を行い、魔力の相性や量、契約内容を確認する。
それにも同意となれば、人間の体のどこかに精霊語に基づいた印を刻み、契約の締結を表すとともに不履行の際の罰則も設ける。
生物としての本能や意思をほとんど持たない低級精霊であれば、契約を違えたとしても契約が破棄されるだけだが、位の高い精霊であればあるほど裏切ったときの代償は大きい。
クロは再び俺の体を舐め回すように眺めてから、どこか皮肉げに嗤(わら)った。
「そうだな……ここにしよう」
黒衣の腕が伸ばされて、俺の襟首をぐっと掴む。
そのままテーブルの天板に引き倒されるかと思うほどの力で引き寄せられ────咄嗟に目をつぶったが、覚悟した衝撃はなかった。
その代わり、唇に柔らかな感触があり、ぬるりとした何かが入り込んでくる。
「んっ……うわぁ!?」
「うるさい。わめくな」
俺は椅子から転げ落ちて、さらに数歩後ずさった。
それなのにクロのやつは平然としている。
「いやだって、今の、き、キッ……」
「おまえの舌に契約印を刻んだ。おまえが怖気づいて逃げ出しても、代価の魂は確実に取り立てさせてもらう。妙な気は起こすなよ」
「あ……そ、そっか……」
契約印を刻むには該当箇所に触れる必要がある。
さっきのキスはそれだけの行為で意味などないと突きつけられ、俺は恥ずかしくなった。
そもそも精霊は繁殖や生き死にといった、生物的な概念の上にない存在だ。さっきのも、人間たちがキスと呼ぶ行為であるという知識すらないかもしれない。
だとしても指などで触れればいいものを、よりによって唇を重ねてくるなんて。
(そりゃクロはなんとも思わないかも知れないけど……俺は、見た目が好みド真ん中の男にキスされたら、嬉しくなっちゃうんだよっ!)
赤く染まった頬を不自然に思われないように擦る。
こうして俺はこの美しく恐ろしい精霊と契約を交わし、一致した目的のために行動を開始したのだった。
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