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番外編

01-2.相談

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「んで? その純粋ノンケのバツイチ子持ち年下男とどうやってヤればいいか、だったか?」
「大筋は間違っている気がするが、結論は合ってる」

 居酒屋から移動した先は居酒屋であった。
 もっともこちらは戸を閉めると半個室になる店で、周囲のざわざわとした賑やかさも相まって変な話をしていても聞き咎められる心配がない。
 テツに聞かれるがまま答えた。
 マオの相手は(前世で)女性と結婚していたくらいだから恋愛対象は女性だが、今はなぜかマオと付き合っていて、男同士でセックスできるなどと想像することすらないピュアであり、すでに(前世で)(マオとの間に)(世間的に見れば樹木の種子でしかない)子どもがいる、ということを伝えた。
 子持ち云々に関しては、前世で妃との間にひとりかふたり子がいた記憶はあるのでそれほど間違っていないだろうが、彼はしっかり一度死んでいるし、ノーカウントかもしれない。

「一応聞くけどマオ、おまえは男同士もヤれること知ってるんだよな?」
「うん。ものの本で勉強した。しかしあまり詳しいことが載っていなくて……」
「なんの本だよ……それに職場の規則でスマホ所持禁止ってごりごりのブラックじゃねーか」
「ブラックなことは否定しないが、ごりごりってほどではない」
「いやもうこのご時世にスマホ禁止とかほとんど人権侵害だからな?」
「……」

 人ではないマオに侵害される権利はないのだが、反論はしない。
 はぁーっと深く溜め息を吐き出し、テツは固い椅子にもぞもぞ座り直した。

「まさかとは思うけどマオ、俺に実地で教えてほしいとか、言わないよな?」
「実地?」
「あー、つまり、俺がおまえを実際に抱いて、やり方を知るっていう……」
「それはない。魔族にも貞操の概念くらいある」
「だよな……はぁ。相手が俺だからいいけどよ、他の男にそんな話したら誘ってると勘違いされるぞ。おまえ顔立ちは整ってんだから」
「もちろんテツだから話してるんだ」

 胸を張って答えると、テツはますます深く嘆息してしまった。
 変なことを言っただろうか。マオとしては今のところ順調にコトが進んでいるつもりなのだが。
 学生時代、話の流れでテツが同性愛者であり、同性の恋人がいることを知ったとき、マオの容姿の話になった。
 テツいわく、マオは「地味だが目鼻立ちが整っていて、清涼感のある顔立ち」であり、「常にやや不健康そう」で、「自分の手で崩してやりたいと思わせるストイックさが危うい」らしい。
 人間の価値基準はよくわからないので、そういうものかと素直に拝聴したが、テツの言う通りならマオが誘えばユウは乗ってきてくれるのではないかと思う。
 あとはマオが正しいやり方を知っていればいい。

「本気みたいだから、おまえのためを思って言うけどな。今日俺にこういう話をしたこと含めて全部カレシに伝えろ。思ってることも、やる気があることも全部だ」

 なぜか据わった目で睨まれながら言われたのは、実質マオの要求を拒絶するものだった。

「やり方を教えてくれるという話では……」
「考えてもみろ。相手はノンケなのにマオに惚れたんだろ? 成人同士の付き合い、しかも男同士で同棲って慎重になるもんなのに、すぐマオを家に連れ込んでる。本気の度合いが知れるってもんだ」
「それは私の住環境が悪かったせいもあって……それに彼は異性愛者だから、付き合ったら一緒に住むという価値観の持ち主なのかもしれない」
「まぁ百歩譲ってそうだとしてもだよ。マオのことだけ気持ちよくして、自分はマオに触らせもしないんだろ? 挿れる以外にも奉仕させるやり方はある。それすらないまま、もう何ヶ月同棲してるって? マオを大切にしようとしてるってことだろ」
「……」

 大切にされている自覚はある。
 同じ家に帰るようになって、ユウとの時間が増えた。
 いっしょに食事をとるときや、何気なく話しているとき、ユウはとても優しい目でマオを見つめることがある。
 あれをただ、欲しかったものを手に入れた優越感だと見るには、受け取る愛情が多すぎて誤解する余地すらない。
 差し出すことはあっても、もらうことのなかったマオは、どうしたらいいかわからなくなってしまう。

「マオのほうが年上だからリードしたいのかもしれないけどな、ちゃんと話し合え。決定的にすれ違って、その原因が俺だなんて言われちゃたまんねーからな」
「そんなことは言わない。テツに連絡とれないし」
「そこもだよ! 職場にバレないようにスマホくらい持て!」

 結局収穫はほとんどなかった。
 テツはさっさと帰ってしまった。大学時代から付き合っている彼が家で待っているからと。
 残ったのは、スマホを買ったら連絡しろと渡された電話番号のメモだけ。
 お互いに近況を少しだけ話して、発破をかけられ、それだけだった。

「うぅ……」

 近頃魔力量管理ができていたため久しくなかった胃の痛みがぶりかえしている。
 きりきり痛む腹を抱えて帰宅すると、家にはユウがいた。

「おかえり。どうした、腹が痛むのか」
「あ、これは大丈夫です。すぐ治りますから」
「薬は……効かないんだったな。とりあえず横になれ」

 マオとユウの距離が縮まった頃、こんなふうに体調不良のマオをユウが寝かせてくれたことがあった。
 違うのは、ユウが当然のようにソファに横たわるマオを膝枕していることと、痛む腹を撫でてくることだ。

「まだ痛むか」
「だいぶ良くなりました」
「同期会はどうだった? 楽しかったか」
「えぇ。懐かしい顔ぶれと再会できて……」

 ふと、出かける前のことを思い出す。
 ユウはなにか話があると、深刻な顔で言っていた。

「ゆ、ユウ……」
「話があると言ったのを覚えているか」
「ぁ、う、はい……」

 マオは慌てて起き上がり向き直る。
 別れ話だ。絶対そうだ。
 結局のところ、別れ話をされるかもしれない状況でセックスのやり方を探るなんて、体で繋ぎ止めようという浅ましい願いでしかない。
 だって仕方がないだろう。
 先に好きになったのはユウのほうだったとしても、マオだってもう、後戻りできないくらいに惚れてしまっているのだから。
 最悪の結末の前にできることがあるならあがきたい。そう思っていたのに、腹痛のせいで彼の話の前に提案することができなかった。
 ソファの座面に正座して、ぎゅっと両手を握る。ちょっと泣きそう。
 聞きたくない。でも聞かなければならない。

「ずっと考えていたことだ」
「……はい」
「真央。本当はアンタ、元の世界に帰りたいんじゃないか?」
「……はい?」

 マオはぽかんと口を開けた。

「以前アンタが案件不備であの世界に行ったとき、魔力を存分に振るう姿がいきいきしているように見えて、ずっと気になっていた。この世界には魔素がない。魔術は使えても十分な威力を持たない。そんな世界で、監視されて自由もなく、飼い殺しにされているようなものだ。俺は……アンタの足枷になっていやしないだろうか」
「はぇ」
「それにあの種も……アンタが魔力を注いでやって、あの世界の土に下ろせば芽吹くんじゃないか。あの子のためにも、アンタを手放して帰してやるべきなんじゃないかと……ずっと、悩んでいた」

 呆けたマオに構わず話し続けるユウは、眉間にシワを寄せてとても深刻そうだ。
 だがマオは心から安堵していた。
 別れ話じゃなかった。
 いや、もしかして遠回しなだけで、これも別れ話なのだろうか?

「えぇと、なにから説明すればいいか……とりあえず、あの世界には戻りません」
「なぜそう言い切れる? 自分でも感じただろう、魔素のある場所では思うままに魔術を操ることができる。魔術師タイプのマオであれば、魔素のない今の環境は監獄にいるようなものだ」
「魔力の話だけすればそうですけど、あの世界ってここに比べて魔素の存在以外にアドバンテージあります?」

 マオのいた赤い月の昇る地は、常に荒れていた。
 魔族と人族の戦い。それ以外の種族との戦い。一方が片付くと、今度は同族同士で殺し合う。
 勝った負けたのあとのつかのまの平和な時期も、永い寿命を持つマオのような種族にしてみれば一瞬の静寂に過ぎない。
 魔力があればあるほど戦争に巻き込まれ、抜け出せなくなる。
 望まずとも他者を殺さなければならなくなる。
 翻って、この世界はどうだ。

「少なくともこの国は戦争に巻き込まれていません。世界単位で見れば争いはありますが……あの世界に安住の地はなかった。誰しもが争い合っていた……いっそ異常なほどに」

 きっとあの地もいつかは今の地球のように、戦争が減り、文明が花開き、人々に笑顔が戻る日が来るのだろう。
 しかし今、平和な日本を知ってしまったマオがそんな場所に、兵器として使われるだけとわかっている場所に子ともども戻りたいとは思わない。

「だが、マオの帰還を待ち望んでいた者もいた」
「あの地にはあなたがいない」
「!」

 手を伸ばす。
 マオと同様に膝の上で固められたユウの手は、冷えて震えていた。

「魔王を討ち、王として役目を果たしたあなたをみすみす暗殺されるような世界にあなたを置いておけない。あなたがいない世界に行く意味なんてない。ユウは、私をあの地へ戻したいのですか?」
「っ、そんなわけがない! だが、マオが望むなら俺は、」
「私が望むのはあなたの隣だけ」

 握りしめられた手をほどき、顔をこちらへ向けさせる。
 不安に揺れる瞳はきっとさっきまでのマオと同じ色をしているのだろう。

「魔素がなくても、種が芽吹かなくてもいい。いっしょにいましょう、ユウ」

 絡めた指先の震えは止まり、しっかりと握られ想いを伝えてくれた。
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